共謀コンサート出演者・102017年11月24日 19時42分23秒

マンドリン館野公一と共に、熱血ステージをこの日もとことん繰り広げた。
★今回の共謀コンサート、大トリはもちろん御大・地元国立在住の中川五郎!

共謀コンサート出演順・82017年11月24日 19時33分54秒

「予告編」として1曲、アザミの花 唄いました。
★突然の飛び入り参加、次回第三回目2/24.出演の「みほこん」!

共謀コンサート出演者・72017年11月24日 19時28分38秒

亡きのみ亭のやっちゃんが結びつけてくれた出会いでの登場、ありがとうやっちゃん!
★かけこみ亭初登場!実力派山口敦子

共謀コンサート出演順・62017年11月24日 19時23分58秒

今回は、パートナーMIKIKOがたっぷり唄い館野はサポートに。
★館野公一&MIKIKOのステージは観客を大いに沸かせアンコールも。

共謀コンサート出演順・52017年11月24日 19時17分38秒

今回は、パートナーのMIKIKOとお二人で登場
★休憩を挟んで、後半第二部のトップは、館野公一

共謀コンサート出演順・42017年11月24日 19時11分30秒

まさにいぶし銀の歌声とギタープレイに魅せられた。
★前半第一部のトリは、もちろん沖縄からやってきた ながいよう。沖縄の「今」を熱く語り自在に唄ってくれた。

共謀コンサート出演順・32017年11月24日 19時06分48秒

前回、反戦歌コンサート以来、二度目登場、若き実力派人気シンガー
★青梅からやってきた「W・サルーン」の店長でもある水野美里

共謀コンサート第二回出演順・22017年11月24日 19時00分40秒

おなじみソーブラ、近く五十嵐正史ソロで、かけこみで館野公一と演ります。
★五十嵐正史とソウルブラザーズ

第二回かけこみ亭での「共謀」コンサート、アーチスト出演順に2017年11月24日 15時09分52秒

ソーブラ紅一点、梅田ゆかり
★護憲と反戦・平和のために「共謀」した、熱く良いコンサートを画像で追っていきます。
 ブログのシステム上、時間軸は下から上へと読むとき逆に上がっていくのでご理解下さい。

 オープニングは、五十嵐正史とソウルブラザーズ
 今回は、コーラス担当の女性ボーカル梅ちゃんもソロをとりました。

出逢いの場をつくり、人と人とを繋げていくこと2017年11月24日 08時42分40秒

トリはもちろん御大中川五郎!フォーエバーヤング
★この世には様々な縁がある、それをしっかり結んでいく

 泥のように眠った。大荷物を抱えて深夜一時近くに家に戻ってから、犬たちの散歩に行ったり、庭先の道にいっぱいの落葉を掃き集めたり、一通りの「家事」をしてから少しだけブログで報告したが、もう疲労は極限で、何を書いたか、頭も混乱していたようだ。
 
 良く晴れた爽やかな朝だ。短時間だったが深く眠れた。いつもコンサートの終わった夜は寝ながらも興奮覚めやらずからかまたあれこれ考えて、忘れ物や失くし物などの「不安」に囚われかなり苦しい思いをする。
 が、今回はあまりに良いコンサートであったことと、我の関わりがはっきりさせて臨んだので、立場がはっきりしていたので、全体の進行担当しつつ、撮影や録音まで留意しないとならないのはかなりヘビーであったが、それこそが我が「役割」だと任ずれば気持ちに何も迷いがないのだと今気づいた。
 我はステージ上に皆と共にいてはならないし、我はそこにいない。我は彼らとまず連絡を取り、各自のスケジュールを調整し宣伝告知に勤めて、多くの良いお客を一人でも多く集めて、良いステージを提供していく。そしてそれを後世に、出演者にも「あったこと」として記録保存していく。一人で何役も担当しているとやはりつい失態失敗もあってなかなか完全に録画など全部きちんと不備なくできたことがないのが実際のところだが、誰か記録してくれる人がいないのだから我がしないでどうするのか。

 歌や音楽はそのとき会場で観て聴いて楽しめばよいそれ以上は何も不要だとf春一の主宰者・福岡風太は言っていた。そうも思う。が、それではあまりに雲散霧消、まさに風に吹かれて、であり、今の時代なのだから、素晴らしい良いコンサートならばこそ、きちんと全て「保存・記録」せねばと我は考えている。
 我の役割、存在意義はそれが一つ。そしてもう一つは、そもそもそうした良い場を企画し、関係者も含めて多くの人たちを集め、出会う機会をつくることだ。そういう場がないと、ミュージシャン同士は、ステージの上以外では、自ら他の音楽家、シンガーと出会うことはない。
 陳腐な言葉だが、そうした「友達の輪」を広げ、良い音楽家たちの繋がりをつくっていくこと、そして来場者もまた同様に繋げていくこと。そうしたきっかけの場を作る事こそが我の役割であり、一つの使命なのだと今改めて思っている。

 この世には様々な出会いの場がある。それが自殺系サイトで知り合い、淋しく孤独な若者たちを騙して襲い殺害する場となることもある。多くの人たちは、常に出会いを求めている。それは我もまた同様で、好きな音楽を通してライブの場で、多くの人たちと知り合うことができた。
 西荻のみ亭はなくなってしまったけれど、あの店で、あのライブの場で我は実に多くの歌い手たちとお客と知り合い、多くの繋がりを得ることができた。もし、そうした「出会い」がなければ、我は今よりさらに孤独な、古本と古いレコードに埋もれた世捨て人のような人生を歩んでいたことだろう。
 ただ、そうした場を設け、多くの参加者に出会いを与えたいと考えても、現実のはなし、なかなか人は集まらない。それはおそらくSNSとか、今の人たちの情報発信・伝達の手段を我が知らないからだと思える。
 何しろ我の情報喧伝のルーツは、昔、吉祥寺の「ぐゎらん堂」の壁に貼ってあったポスターや壁に留められ麻ひもにぶら下がっていたチラシであって、ついでが「ぴあ」や「シティロード」のようなタウン誌、情報誌だけだったのだから、今の手法、新たなメディアについていけない。
 60の手習いで、還暦を迎えた今、老人は国会突入しないまでも、新たなニューメディア(この言葉自体もう古い)を利用せねばならないようだ。ずっと拒んできたが、まずはフェイスブックでもやってみようか。

 このブログの読み手の方もおそらく中高年ばかりかもと思うが、新たな情報伝達の手法として、何からまず始めるべきか事情通の方はご教示頂けたら幸甚だ。ハガキ代も上がったので、郵便ってのは勘弁してほしい。