いま、いったい何が起きているのか2020年07月30日 09時14分57秒

★コロナウイルス、先のこと案ずるより、まず今どうなっているか、だ。

 コロナウイルス感染拡大が止まらない。
 東京では連日300人前後が通常となってしまったし、大阪や愛知でも連日100人越えという記録更新が続いている。昨日はついに全国で一日で千人を超す感染者数が報告された。

 だが、政府も行政も無策というかか一切何も手は打たずに、「緊張感をもって状況を注視している」と繰り返すのみだ。注視するだけなら猿でもできる。
 そして各都府県の長は、住民にはよりいっそうの三密対策を、と繰り返し呼びかけ、できるだけ移動はするなと言う一方、政府は、旅行推奨のため「「Go To トラベル」強行とは、行政は、まさにブレーキとつつアクセルを同時に踏むがごとく方針はバラバラ、支離滅裂と言うしかない。
 政府ができる対策は、またまた小さい布マスクを広く配布することだけなのであろうか。それだけで抑制効果あるのであろうか。彼らにこの国をこのまま任せて大丈夫か。
 確かなことは、何の対策もしなければ、感染拡大はさらに日毎に増大していくことだ。
 まさに「#悪夢のような安倍政権」である。

 これではほんとうに大変なことになるとお気楽な我すら不安になって来る。さらに世界中からコロナに関連せずとも不穏なニュースが次々流れて来る。
 未だあけない梅雨のどんよりとした空を眺めて溜息をつく。いったいこの先、この国は、そして世界はどうなってしまうのか、と。
 しかし先のことを憂い案ずるよりもまず今、この現実をできるだけきちんと把握、分析して、その上でできること、すべきことを一日でも早く始めることだ。

 私事だが、我母は、先年癌で死んだのだが、その年明けから次第に体調が悪くなってきたかと思うと、6月ごろから一気に体調が重篤化し自宅で完全に寝たきりとなってしまった。そして二か月後、食事も摂れなくなって痩せ衰えて9月に入ったらあっけなく衰弱死してしまった。
 今思うと、どうしてもっと早く、事態が進む前に手を打たなかったのかと悔やまれる。まだ動けるときにできることはいくらでもあったはずだ。だが、せいぜい食事に気を使った程度で我は、母本人もだが、日々その状況を漫然と「注視」するだけで、何とかせねばと考えつつも何もしなかった。
 そして事態はさらに進み常時看護が必要になって来ると、基本我一人しかいつも側に付いて母の世話をする者はいないこの家では、我は疲労と睡眠不足でともかく毎日心身疲弊し、何も考えられなくなって結果として母を死なせてしまったのである。
 果たして母は、それでそのとき死ぬべき運命にあったか、と今もときどき自問するが、もう少し早くに、事態が真に悪化し何も手を打つこと、対策がなくなる前にまだできることはあったことは間違いないと思える。

 癌という進行性の病気にかかり、手術が成功し一度は治癒したものの再発してこんどは抗癌剤も効かないという末期的状況になって来たのだから、その先には、「死」という破滅しかないのは確かなわけで、実は当初からわかっていたことだった。※医師たちはそれを早くから深く認識していた。
 ただ、思えば、我らは「そのこと」については意識して考えないようにしていたし、何のアテもないのに、何とかなる、まだ大丈夫だと希望を持ちその年は春先までのんびり安穏としていた。
 そして今ならわかるが、体調不良など全ての予兆はじょじょに現れていたし、高い発熱で緊急搬送という本格的に癌が動き出す前に、もう少し真剣にあらゆる対策を模索すべきであった。春先まではまだ元気で動けていたのだから精いっぱいできることをすべきだった。
 そうすれば今も母は生きていたかもしれないし、もう少し長く生かすこともできたと思える。 しかしもう今では遅い。
 
 そう、何であれ、何より大事なことは、「先のコト」ではなく、「今このとき」、今いったい何が起きているのか、きちんと分析し判断理解して、誰もがそのとき、できる最善最良の手を打つことだ。事態をぼんやり注視している暇はない。
 そうしないと何事も取り返しのつかない結果となる。そして後になって残るのは、何であのとき、何もせずにぼうっとしていたのかという後悔と慚愧の念である。

 政治の世界で為政者たち、安倍政権と小池都知事らが国民都民に感染拡大予防にさらなる注意喚起を呼び掛けるだけで一切何もしないのならば、我らは声を大きく上げよう。まず国会を開け、事態をきちんと精査して説明せよと。
 政治家たちに任せておけないのだからこそ、政治の在り方をもう一度再考しよう。
 そして自粛を「要請」するのならば誰にもきちんと公的保証を、と求めていこう。ともかく声を上げることで動かない政治を動かしていくことだ。

 このコロナ禍は、無策無能かつ自らのことしか考えない安倍政権が迷走と暴走の挙句拡大させてしまった人災である。
 が、まだ今できる、すべきことはかならずある。

リモートでの「コンサート」を終えて思う・追記2020年07月29日 22時16分20秒

★顔が見える関係を今だからこそ築いていきたい

 ケータイやスマホが物心ついた頃から身近にあり、日常生活の必需品である今の若い人たちは当たり前だと思うだろうが、我のような旧い世代の者には、誰もがごく簡単にスマホ一つで文字や文章だけでなく画像や映像、音楽までも素人でもごくカンタンに世に発信できる時代が来るなんてまさに夢のように思える。
 昔はチラシや文集などの印刷ですら、自分でやるとしたらごく簡単にでもガリ版刷りや「プリントごっこ」でいろいろ下準備して一枚づつ手作業で刷っていくしかなかった。
 写真だってカメラは 広く一般大衆に普及したものの高級趣味として自宅に暗室つくって自ら現像、焼き付けいる人もいたけれど、フツーは街の写真屋やプリントショップという専門店に持ち込んで焼いてもらうしかなかった。
 映像などはまたさらに金のかかる趣味であり、自分の子どもの成長を動画で記録。保存したいとしたら、フジカなどの8ミリカメラでの1本僅か3分という方式しか手はなかった。
 音楽に至っては、カセットテープの普及により、誰もがラジカセやカセットデッキなどで宅録もできるようになったが、友人や恋人に配布はともかく、それを世に発表する方法は、各種オーデション、コンテストのようなものや関係者にそのカセットを直接送ってまず聴いてもらうしかなかった。
 何にせよ 自らでするとしたらどれもが非常に手間と時間、そして金もがかかり、またそのための作業は楽しくもあったが、誰もがすぐできる簡便なことでは絶対なかった。
 我も十代の頃、ガリ版での様々な文芸同人誌的なものや軽オフでのミニコミ誌、プリントゴッコでの漫画同人誌などあれこれ各種出した懐かしき思い出がある。
 また拙い自分のフォークソングも、テレコに録音して友人に配ったものだ。

 それが今日では、スマホ一つあれば、事故や火災などの現場の映像も個人でカンタンに撮影してそのまますぐさまネットにアップすることもできるし、文章も長い小説のようなものでも自らサイトを作って配信することも可能だし、音楽でさえ映像付きで、コンサートそのものを世界中に生配信できるのである。それもプロや専門家でなく誰でも素人がだ。
 昔なら世間にそれを発表するのに時間だけでなくひと手間もふた手間も、さらにはお金もかけなくてはできなかったことが、今ではスマホやパソコンなどネット環境にあれば誰でも即時世界中に発信できるのだ。
 まさに今は、昔の、隔世の感がわいてくる。ものすごく便利で簡便である。しかし、ではそれで人と人はより繋がったのか、人との関係は深まったのか。

 スマホとさまざまなSNSアプリの普及で、まったくの素人でもときには誰でもユーチューバ―やブロガーとして世の注目を集めるようになった。数々の人気者や話題になる人たちも登場している。有名タレントや芸能人でなくてもフォロワーなる人たちを何百人、何千人も抱えている人もいるようだ。これも実に21世紀的な現象だと感嘆感心してしまう。
 そうした事象についても思うところ多々あるが、話を戻して、コンサートの生配信についてである。
 今回は、フェイスブックの機能を使って無観客コンサートの途中から「生配信」をお願いしたのだが、こうした「リモートでの「観客」は、やはり観客とは言えないのではないか。
 YouTubeもだが、コンサートの映像などをこうして配信をすれば、そのコンサートに来れなかった人や関心がなかった人、こちらを知らなかった人たちにも見て、知ってもらえる。それはとても良いことで大きな意味と宣伝効果もある。
 が、同時配信で、見ながらすぐさま感想を映像上に書き込んでくれたとしても、観客は観客だとしてもやはりそれはただ「見た」のであって、その場に来て、じっさいの観客として体験してくれたのとはやはり根本的に異なる。
 何故なら我々、ステージ側からは、その「顔」が見えないからで、向き合う顔が見えて、良くも悪くも「反応」がその場ですぐ確認できてこそ「観客」であり、それがコンサートなのだと気がつく。
 よってやはり残念だが、リモートで「見る」ことと、じっさいの「観覧」、つまり「体験」とはまったく別なものだと言うしかない。むろん「見て」「知って」もらうこともちっとも悪いことではないしそこにも大きな意義と価値があろう。
 が・・・

 いつの頃か、YouTubeなどにプロの有名ミュージシャンでなくても、アマプロ問わず、様々な映像がアップされるようになって、我も時おり調べ者的に覗いてみることがある。
 内外問わず貴重なものや昔の懐かしいものなどまさに映像の宝庫であり、しかもタダで観覧できるとあれば、これは素晴らしいライフラリーである。
 そしてミュージシャンやシンガー自らがその音楽映像をアップしてることもあるが、ファンや関係者が撮ったライブのものも多く、画像の質も様々であることに気づく。
 巷では、グーグルで検索するがごとくに、YouTubeでよく知らないシンガーや楽曲を確認する人も多いかと思われる。じっさい、音楽好き仲間が集まってとあるシンガーの話題になったときなど、すぐさまスマホ取り出してYouTubeからそのシンガーのライブ映像を探し出し、その場で見せてくれたこともある。特に我が知らなかったシンガーの場合は。
 だが、我は基本的に、まだ生で見たことのない未知のシンガーやミュージシャンについてはその映像を見ないようにしている。
 というのは、じっさいのライブで観るのとYouTubeなどに上がったものとは出来が大きく違うことが多いからだ。画質も音質も違うだけでなく、その場の状況、雰囲気がわからないから、その「切り取られた」一部分だけで判断して、この人はこういう感じの人だ、と即断、決めつけてしまうのは大いに危険かつ誤りではないかと考えるからだ。

 我は、若い頃から人の話はろくに聞かず、それは友達が好きなかったからでもあるが、ともかく独断専行、自分勝手に自分のルールで生きてきた。それは、自分の目と耳で見たこと、聴いたこと以外は信じないということだ。
 そう、何であれ、体験してみないことには実際、ほんとうのことはわからない。特にそれは芸術こそ顕著で、何でもオリジナルかそれにできるだけ近いものに直接ふれるにこしたことはない。
 中でも音楽こそ、生の歌声、そのステージを観て評価、判断すべきはずのものであろう。YouTubeであれ、画質も音も悪い映像を見て、それでこんな感じのシンガーかと即断してしまうのは実に非礼なことだ。
 そしてそれはニンゲン関係もまた同様のはずで、我は百人の「顔の見えない」フォロワーよりも一人のそこにいる実際の「観客」が嬉しいし有難い。
 いや、これは音楽に関係する人は皆そう思っているはずだ。コンサートの告知に対して、100のいいね!よりも、一人の生の観客こそが有難いと。

 このコロナ感染拡大最中、人と人とが直に出会い集える場はきわめて難しい。しかし、だからこそ我は、これからも顔の見える関係をもう一度築けるよう、できるかぎりのことを模索していきたい。

リモートでの「コンサート」を終えて思う2020年07月28日 15時03分37秒

★ネットを通して「見る」ことと生で「体験」することはやっぱり違う

 俗に「見ると聞くでは大違い」という諺というか、俚諺がある。
 つまるところ、耳で聞いて既に知ってはいたことが、実際に見ると、つまり「体験」してみたら、それは全く違っていた、ということであろう。
 これは何だってその通りで、知識として既に知っていたとしても、じっさいの経験してみたことは違うし遠く及ばないという絶対的真理である。
 昨今、きちんと読まずともその本のストーリーや趣旨、大意が○○分でわかると謳う本がかなり出ている。つまり粗筋を簡便にまとめたものだ。テレビでも同様の企画があったかと記憶する。「20分でわかる何々の類」である。

 確かにこの世には、やたら長大な何冊何十巻にも及ぶ長い物語が古今東西にいくつもあって、世間の常識として、あるいは就職などのときの適性検査での「常識的知識」として、一度は読み通しておきたいと願う名前だけは有名な「名作」本がたくさんある。
 が、この我もだが、そんな長い物語は時間も気力もなくなかなか最後まで読み通せたものはごくわずかしかない。で、それを誰でもどんな話かすぐにわかるように、ストーリーと要点をまとめて教えてくれるのである。ある意味有難いことだ。
 確かに、それでその物語は読んではないが読んだ気もするし、話はどんなかわかったと思えて来る。
 が、それはただ「知った」に過ぎないことは説明するまでもないだろう。
じっさいに読んで、読み通さない限りは、その本を読んだという「体験」「経験」にはならないし、その物語の真に名作である所以、つまりほんとうに大事なこと、価値はわかっていない。
 それは本に限らず何だってすべて同様で、「見る」にしてもじっさいに体験して「見る」のでなくネット上で「見た」こと、視聴したことなどは、実際にその場にいて「見た」こと、つまり実際に「体験」したことに遠く及ばないことは間違いない。

 今は、21世紀、実に便利な時代で、このコロナ禍騒動でも現実問題として人が一堂に集えないとしても学校教育などの現場では、リモートで、つまりインターネットを通して「会い」、集い、語らい、教え、学ぶこともできる。会社などの「業務」も信じがたいが七割はそうしたテレワークで代行できるらしい。
 「教育」や「仕事」は、ともかくそこに何らかの「結果や成果」が出れば、そうした出社や登校不要のオンラインでのテレワークやリモート、Zoomなどで代用がきくのであろう。
 では、コンサートはどうか、である。
 ずっと考えているのだが、たとえ生配信であろうとも、「見ること」と直にその場で「参加する」ことはやはり大きな違い、隔たりがあると言わざる得ない。代用はきかないのだ。

 ※もう一回このこと書き足します。

再開「共謀」コンサート、無観客で終えて2020年07月27日 20時11分14秒

★ともかく疲れた。そしてこの「もやもや」感は何だ!?

 おかげさまで、この全国的にコロナウィルスさらに感染拡大中にも関わらず、月一恒例の「月刊・共謀コンサート」、7月の回は、25日の土曜日に再開・開催し終えた。
 ほっとしているしそれなりに満足感、充足感はある。が、やはり観客がいないのと、リモートでの生配信という初めての事態は、どうにも勝手が違い、失態さらすばかりで自らの限界を今噛みしめている。
 そしてただ何よりも疲れた。いつもと違いギターも手にせず一曲も唄わなかったのにどうしたことか。昨日は終日寝込んでしまった。

 実は、2週間ほど前になるか、父を朝、施設に送り出すときに、迎えが来たので居間に座った彼を慌てて抱き起しエイやっと持ち上げたとき、ぎっくり腰的に激痛が走った。
 幸い、ほんとうのぎっくり腰には至らずに済んで、日常活動には問題なく動けているが、それでも座り仕事したりすると腰が固まってしまいしばらくは痛くて動けなくなる。
 そんなで椅子に座って一定時間パソコンに向き合うブログもなかなか書けずにいたし、今もまだ本調子ではなく腰周辺は鈍く痛みが続いている。
 そんな体調で迎えた三か月ぶりのコンサート、音楽そのものは素晴らしかったし、久々に敬愛するシンガーたちの歌声を堪能して喜びと満足はしたのだが、何か名状しがたいスッキリしないものが残った。いつもより疲労感が開催中もやたらあった。
 理由は一つしかない。体調に加えて何よりまず観客が不在であったからだ。

 このコロナ禍騒動が終息していない今、「コンサート」をやるとしたら、ともかくまずは「無観客」での開催しか手はない。
 むろん少人数の観覧希望者を事前に連絡して集め、座席も空間空けて「観客」を入れることは今はできる。
 が、かけこみ亭でのこのコンサートの場合、基本「投げ銭制」でチャージは取っていないし、前売り券のようなチケットもない。これまでも予約は受け付けたことはあったが、観客は当日自由に来られる方を期待しこちらはただ待つしかない。
 しかしそれではコロナ禍の「新しい様式」に反してしまうし、もしかしたら一見さんがウィルスを持ち込む可能性も生ずる。仕方なく、ならば最初から「無観客」としてお客は入れないで開催となった次第だ。
 そうなると、それは仲間内の練習やセッションとどう違うのか、だ。
 いろいろ悩み迷ったが、無観客だからこそライブでの生配信を、このところよく訊く「リモート」ってやつを試しにやろうじゃないかと思い立った。
 幸いここかけこみ亭では、このところはずっと毎週水曜と土曜日に、店からの生配信として『かけこみ亭からAIをこめて』と題して約30分程度のリモートを始めていた。
 お店側のご厚意と関係者に撮影をお願いして、その枠内で特別に「共謀コンサート」も30分程度だけど生配信してもらうことになった。自分にとっては初の経験である。※当日の模様はかけこみ亭のHP、フェイスブックから今も自由観覧できるはずだ。

 で、30分枠だとして、ネットで流すのならば、当日の様子をそこだけそのまま切り取るのではなく、ダイジェスト的に、今回出られる演者たちをできるだけ全員網羅できたらとも考えた。リモートでの「観客」に向けての「紹介」としても。
 となると、休憩や間合いとらず次々すぐさま転換してもらわねばならない。そのため各々の方の時間配分に「現場」で慌て迷い苦悩した。
 昔、ドリフのテレビ番組などは公開生放送だったので常に「生放送」で流していたから、最後のほうになると、ときには皆でうたうエンディングのテーマ曲『いい湯だな』の替え歌が時間が押して猛スピードになってしまったことがよくあった。
 それと同様に、「生放送」というのは、終わりの時刻が決まってないとしてもかなり緊張して時間配分にいつもより気を遣うことが強いられ、これまでとは違う思いの経験をした。

 最後のほうで我はスタッフから質問に戸惑いうろたえ醜態をさらしてしまったが、ともかく約30分の枠内で、演者四方をそれぞれハイライトシーン的に収録、流すことはできた(と思う)。
 生配信を終えたとたん、我は腰の痛みと緊張感が途切れてその場にへなへなと座り込んでしまった。それからかなり長い休憩時間をとって、詩人の奥主榮氏の朗読と館野公一、太田三造のシンガーお二方にフィナーレ的に〆てもらい何とか無事にこの初の無観客・一部生配信のコンサートを終えることができた。

 終えて・・・
 ともかく疲労感が残った。腰の痛みも続いていたこともあったからだが、これまではどんなに寝不足や体調不良でもコンサートが始まってしまえば我はテンションが上がり帰宅後はともかくも開演中は一切疲れなど感じなかった。時間は常に始まればあっという間に過ぎて行った。
 が、久しぶりの再開ということはともかく、その最中も腰痛も続き身体はしんどくいつもより短時間のライブのはずなのにその日は一日がずいぶん長く疲労感が続いていた。こんなことは初めてのことだ。
 そして良いコンサートだったと思うのに何か心の底には満足いかない、もやもやとした正体のわからない何かが残った。

 それが何かずっと自問して今は何かわかった。それはその場に一人も「観客」がいなかったからだ。居たのは全て出演者も含めて店の関係者、つまり友人知人だけであった。
 むろんリモートで、「観客」は少ながらずいたかと信ずるし、後々もバックナンバー的にかけこみ亭のHPからその生配信したシーンを「観覧」してくれる方々もいると信ずるが、その日、その場にはじっさいの「観客」は一人もいなかった。
 そのこと、じっさいの観客が不在だったということが、企画者として、進行役としての我にとってすごく大きいことで何かもう一つスッキリしない「何か」の原因だと今は思える。
 我は常に、その場のそこにいる「観客」を意識して、たとえごく数人でも彼らに向き合って、ある意味顔色を窺いつつコンサートを進めてきた。
 が、今回はそこに常にいるはずの「観客」は一人もいないとなるとそうした反応、反響が読み取れないし確認ができない。これが困惑の理由でありもう一つ今回乗らない、満足できないわけはそこにあると気づいた。※むろん店には来れない「観客」というのもその場にはいたはずだと思いたいが・・・

 つまりボールを投げるにも、そこに相手の顔が見えるかどうかということだ。直の反応が確認できることをいつも我は求めていたのだ。
 ライブとはそうしたものこそが最も大事であって、ライブ「配信」とはやはり異なると気がつく。むろん、リモートでもすぐに流れている映像に書き込みがあったり、即レスポンスも返ってくるものなのだと理解できる。
 しかし、やはりそれは観客であっても「参加者」ではない。様々な媒体、メディアを通して多くの観客、つまり「見てくれた人」は増えたとしてもその場に「参加」したこととはまさに次元が異なる。

 しかしそれでも今はこうしてやっていくしかないのである。コロナの感染拡大はこの先もさらに続くだろう。その中で最良のこと、最善のあり方を模索していく。
 次回は、8月30日だ。

 この件についてもう少し書き足したい。

「月刊・共謀コンサート」、再開のお知らせ2020年07月24日 11時00分12秒

★谷保かけこみ亭での「月刊・共謀コンサート」、再開のお知らせです。

 今年は、1月より毎月、多彩な出演者でやってきた『護憲と反戦平和のための「共謀」コンサート』は、4月の回までは状況を見ながら何とか開催してきましたが、コロナウィルスの感染拡大による「緊急事態宣言」の発令と「営業自粛要請」などのため、5月、6月とやむなく「休止」いたしました。

 が、今月7月25日の回より、店内消毒など万全の感染予防対策と出演者数も絞り時間も従来より短くしたうえ、「三密」状態を避けるべく「無観客」で「再開」いたします。


・出演は、謎の覆面バンド「三密クラスターズ」(仮称)の方々三人です。

♪♪なお当日は、ごく一部ですが、生ライブ配信します(夜7時半くらいから〜30分程度の予定)
↑↑↑↑↑↑
★かけこみ亭フェイスブックページより生配信。
https://m.facebook.com/Kakekomitei/?ref=bookmarks

 蔓延するコロナは未だ収束はまったく見えない東京ですが、こんな状況だからこそ、唄いたい歌と唄いたい人と、聴きたい仲間たちに「うたの力」を届けたいと思います。

 まずは無観客ですが、7月25日から再開いたします。 
       「共謀コンサート」首謀・企画、全責任者 マスダ昭哲 拝

ニューノーマルという「分断」の時代をどう生きていくか・後2020年07月23日 23時23分24秒

★コロナファシズムによるヒトとヒトとの分断と断絶を乗り越えて
 
 アフターコロナだかウイズコロナだか知らないが、東京だけでなく大阪も愛知も全国的に感染拡大が止まらない。今日ついに東京では新たな感染者数が一日で300人を超えてしまった。大丈夫なのか、この状況で旅行を促進させる「Go To トラベル」は。
 
 このコロナ感染拡大中の状況下、誰もが様々な不自由と不便を強いられて我もだが、多くの人がストレスを抱えて鬱的状態になっているかと案じている。
 何しろ身内が入院していてもお見舞いにも行けないし、コロナ感染者でなくても亡くなった場合、多くの参列者を招いてきちんと葬儀や法事すら催すことは「三密」を避けるためにも今は難しいのである。
 これは明らかに異常かつ許しがたい悪しき事態である。

 ところが、この感染状況下ではそれは「今は仕方ない」と肯定され、誰も抗えない。異論を唱えたり無理して強行すれば、国家や警察からではなく、周囲の多くの人から批判され糾弾されてしまう。
 何しろこのコロナウィルスは目に見えないし、感染したとしても症状がはっきり出ない人や発祥したとしても確認されるまで二週間?時間がかかる。ということは、そのときは良くても、自分だけは大丈夫だと思っても、果たして本当に安全かの保障がないのである。
 だから都知事も大臣も何度となく繰り返して一人一人自らの感染予防にさらなる注意を呼び掛けている。じっさい人ができることはそれしかない。
 マスク着用と「三密」状況は避ける。人と人との距離は手を伸ばしても届かない程度に空ける。学校でも「君が代」斉唱時は例外!?として音楽教育の場でも大きな声を出してはならないとされている。

 しかし、それを厳守したとしてもおそらくこの感染拡大状況はまだまだ続くと我は見ている。はっきり言えば、かかる人は全員かかって、国民のほとんど全員、多くの人が抗体を持つまで感染者数は増減を繰り返しじわじわとこの先も数年間はコロナ新時代は続くのではないか。とても一年後、来年の今ごろ、人類がコロナに打ち克った証として「完全な形で」東京五輪ができるなんて誰一人実のところ思っていないのではないか。

 さておき、今のコロナ感染状況下の市井の様子は、先の大戦での「戦時下」との共通点が指摘されている。
 コロナウイルスという、とてつもない「絶対悪」を前にすると、人は、それまでの思想や心情とは関係なく、あらゆるコロナ感染防止対策は全て「善」「良いこと」として「正義」であり、罪も理由もなく感染してしまった人たちは、患者さえも「悪」だと判定してしまった。
 よって、かかってしまった人たちは、芸能人ならずともお詫びや「謝罪」会見はするし、どこそこで感染者が出たと噂されると、真偽不明でもその店や家、地区は排斥し村八分にしてしまう。
 さらに、都や政府の「自粛」要請に従わずに営業を続けていたり、感染防止対策をとっていないとか、不備がある店舗には、自粛警察やコロナ自警団なる正義の志士たちによる「嫌がらせ」が相継ぐ。
 また、地方では、他県ナンバー、特に都市部のナンバーを付けた車が来ていると発見次第通報したり、露骨な嫌がらせに出るケースも報告されている。

 これらは全て、コロナ禍中における「正義VS悪」の闘いという図式の証であって、こうした暴挙を行う人たちは元より悪意や悪気などはなく全てはコロナに対する恐怖心から起きた「正義感」によってなのである。
 つまりコロナ感染をこれ以上拡大させてはならない、ともかく早くコロナを収束させたいという強い思いから、それに反する行為は全て悪だと目されて当然だと考えるわけだ。自分たちは正義を行使していると。
 しかし、それは明らかに間違っている。善悪というのはそんなカンタンに二分化や大別できやしない。だが、コロナ状況下、ニューノーマルの世界では、マスク着用が社会生活の通行券であるが如く、違反者は店にも入ることを拒絶されても仕方ないのである。何故ならマスクしていない者は、コロナ下では、絶対悪、感染を広げる悪いことだから。

 かつての日本、あの大戦下、つまり「戦時下」では、やはり善悪はきわめて簡単、単純に二分化され国民はそれに唯唯諾諾従っていた。
 それは戦争遂行と勝利こそが全ててあり、つまるところ「国体の護持」こそが全てにおいて最優先とされた。
 戦時下では、そもそも戦争に反対した者は、非国民、もしくはスパイとして逮捕・拘禁されたし、戦争に協力しない者、防火訓練にも理由なく参加しないだけで、ときの権力の機関、憲兵や特高に取り調べを受け町内会からも村八分的扱いを受けた。
 反体制的活動をしていた共産党やそのシンパたちはことごとく捕らえられ獄中にいたし、戦争に懐疑的・批判的な発言をうっかりしただけで聞きつけた隣人に通報されることもあったときく。
 戦時下は、戦争遂行という大きな「正義」、いや国家の「大義」のために生活も仕事もあらゆる何もかも全ての社会生活が犠牲にされ、それに反すること、抗うことは言論さえも自由はなく「悪」として絶対に許されなかったのである。
 今のコロナ「戦時下」はどうであろうか。どう違うか。

 我は今まだ言論化の自由があると信じて声高に叫ぶが、「ニューノーマル」にしろ「新しい日常」にしろ、これは絶対的に間違っているしちっとも良いことではない。人々に不自由と不便を強いるだけのことで、あくまでも感染予防のための便宜的なことだ。リモートやテレワーク、時差出勤なども同様に。
 だから、それは正義でもないしそこに大義もない。感染症予防対策として、かつては風邪やインフルエンザに対して外から帰ったら手洗いとうがいを推奨したように、それは個人各自の自由、人権と尊厳の問題でもあるはずだ。
 ところが今は、リベラルな思想の持ち主たと思っていた文化人たちさえも、このコロナファシズム、全体主義を是として肯定してさらなる上からの拡大防止策の徹底を要望している。
 先に菅長官が口にしたように、夜の街での予防対策が徹底されていない(と目される)店舗への警察の立ち入りなんて言語道断だと我は思うのにその発言はあまり問題視されない。
 かつての戦時下と今のコロナ戦時下はきわめて近しい。そこに胸を痛める。まさに歴史は繰り返すし、関東大震災時のデマや流言飛語からの朝鮮人など在日外国人虐殺事件もまったく当然至極起きたことだったと今にして腑に落ちる。日本人は歴史から何も学ばない。

 長くなったが、それと もう一つさらに気になることがある。
 このままこのコロナ禍の日常が当たり前になってしまうと、これからこの新しい日常で育っていく子供たちは果たして人間関係が正しく築けるのであろうか。
 人は人と密に、密節に親しく付き合ってこそ真に心を開く関係が結ばれる。それがオンラインやリモート中心の付き合いしかなく、時には取っ組み合いのケンカしさえして仲直りするような経験のない子、人たちは一人で生きていけるのであろうか。
 大人だって同様で、会社員でもときに同僚と集い飲み屋で仕事や上司の愚痴をこぼすことでどれほど気分が晴れ救われたかわからないはずだ。

 そうした気晴らし、気分転換はリモートやネットでの飲み会で代用できるか、だ。おそらくそこではとことん腹を割った話などはできないだろうしベロベロに酔っぱらって仲間に抱きかかえられ帰ることもない。
 モニターを通して会うことで多少のストレスは晴れるだろうが、逆に物足りなさでさらにストレスが溜まる人も多いのではないか。
 真に言いたいことや大事な話は、人は直に会って、その人に打明け聴いてもらいたいのである。そうした近しい場でないとと人は本音はなかなか話せない。開襟は開けない。
 実際の出会いや密になる関係が禁じられてしまった社会で育った人たちは、いったん心の危機を迎えたとき、その対処法がなく存外すごく脆いのではないか。
 この「ニューノーマル」という嫌な言葉が当たり前になった時代、人々の孤独感は深まりさらに自殺者は増えると我は予測している。

 人は一人では生きられない。やはり仲間や様々な友人、親友がいて気軽に会え、膝を交えて語らい愚痴をこぼし悩みや苦しみを包み隠さずうちあけられて何とか生きていける。
 残念ながらリモート環境下やオンラインの集まりではそれは代行代用できやしない。

 この我も、かつて不登校児として学校はほとんど行かなかったけれど、若い頃は日本のあちこちをぶらぶらして、いろんな場所に出入りして多くの人たちと出会い親しくなった。
 今も人間関係は不器用で多々問題あるとは思うが、そうした密な関係、知らない場所での様々な偶然の出会いがあったからこそ多くの知己を得、今も経験としてそれが力となり生きていける。
 もし今のコロナ禍の新しい日常下のごとく、いろいんなことが「三密」だとして禁じられ忌避されていたら我は孤独のあまりきっと今頃は生きていない。とっくに自殺していたと思う。

 人は直に、実際に会うことでしか真の関係は結べない。我は非力ながらもそうした関係の場をこれからもてきるだけ作っていく。
 このコロナ戦時下だからこそ、人が人であるためのこと、当たり前のことをしていこう。
 コロナは怖れるに値しない。真に怖いのは人と分断され世界から断絶したときの孤独である。人と人とが直に結びつく人間らしい社会を取り戻していきたい。

ニューノーマルという「分断」の時代をどう生きていくか・中2020年07月19日 23時00分16秒

★コロナで分断された「人間」を、連帯と共闘・共謀へ

 自分は、昔は良かったとか、(青春時代の)あの頃に帰りたいなんて絶対に思わないが、それでもこのところ過ぎた日のことがただただ懐かしく思い出される。
 そんな昔のことではない。せいぜい10年ぐらい前、移動も含めて何でも自由にやれていた頃のことだ。

 毎年、4月末から5月の頭にかけての大型連休は、毎年恒例の旅行として、我は関西、大阪、京都へと夜行バスで出かけていた。短くても一週間は向うにいただろう。
 目的は、大阪郊外の公園で開かれていたフォークソングの祭典、野外コンサート『春一番』観覧のためで、若き日、1970年代に天王寺野音で開催していた頃からも含めれば通算で10回は通ったかと思う。
 そのコンサートは、長い時は、5日間にも及んだときもあったから、まずそれを観て、ついでに京都にも立ち寄ってその地の友人知人と会ったりもする、ときに10日間近くにもなったときもある、年に一度の我にとって旅道楽であった。
 そのコンサートに何回も通っているうちに、いつしか同好の士というか、ほぼ同世代のフォークソングマニアの音楽仲間もでき、彼らと年に一度その地で再会するのも大いなる楽しみになっていた。

 が、いろいろあって、我はそのコンサートの主宰者側とトラブルとなって出禁、いや、入場禁止となってしまい、大震災の年、その2011年の回を途中で追い出されてからは、恒例の音楽旅行は途絶えてしまった。※その理由についてはこれまでも拙ブログやあちこちで書いて来たからもう今さら書く気しない。その後も春一は続いていたが、ついに今春はコロナ禍でやむなく中止となったらしい。
 
 懐かしく思うのは、コンサートそのものよりも、友人となった音楽好きの仲間たちと西成の同じ安宿に泊まり、通天閣下やジャンジャン横丁で終演後集い吞んだり、朝も待ち合わせして二日酔い気分で御堂筋線で春一番会場へと向かったことなどだ。
 また京都で古本屋仲間と会ったり、詩人の有馬敲さんや敬愛するフォークシンガーのオクノさんや古川豪氏とそれぞれのお店で会い語らうのも恒例の楽しみであった。
 好きな音楽のライブ観覧ももちろん楽しみではあったが、何よりそうした向うでの人たちとの出会いこそが今はとても懐かしく思い出される。だが、それはもう二度と戻らない。

 春一へは、来年また再開されたとしても行くことはないし、京都へもぜひとも再訪したいと強く願うけれども今はもうとても旅行どころではない。コロナ禍で移動自粛以前に、我は今は母を亡くし、超高齢の父を一人で抱えているので家を空けられないのだ。手のかかる犬猫たちもいるし。
 かつてはそんなに長く毎年関西へ出向けたのは、まだ母が健在で、我の留守の期間の家のことは安心して任せられたし父も今ほど老衰は進んでいなかったからだ。
 それでも最後に行った年は、その母は癌という病に侵されたけれども手術で病巣は取り除かれ一時期ほぼ平癒へと回復していたので何とか行けた次第で、ある意味、無理を押して出向いたが故に結果として入場禁止となったわけで、やはり本来はその年は行くべきではなかったのだと後から深く思い至った。
 そして今、いずれにせよ、このコロナ下、かつてのように満席の夜行バスに揺られて気軽に旅に出て、現地で楽しく密な人間関係を築くということは難しい状況となってしまった。

 さておき、新元号令和が昨年5月に始まって一年少しが過ぎた。新元号に喜び沸き立っていたわけではないが、まさか令和とはこんな大変かつ困難な時代になるとは誰一人想像も予測もしなかっただろう。
 今思うと「平成」の世が懐かしく感じてしまうのは我だけか。平成とは、まさに平静ではなかったし、二度の大地震など様々な大災害や原発事故など悲惨な大事件も多々起きたけれどもまだそれは地域の異なる局所的なことであったと気づく。
 大震災も西日本なり東日本と、それぞれ離れた地域で起こったものだったから、被災した当事者たちを救援、支援すべく被災地に向けて災害ボランティアやあらゆる支援の輪は移動も含めてすぐに広がることができた。
 ※移動の自由はあったから、原発事故の避難としてフクシマから遠く離れた四国や九州、沖縄の地へと疎開も移住もできた。

 が、このコロナ禍は違う。まさに日本国中、北海道から沖縄までまんべんなく患者は拡散し、感染の怖れある「当事者」でない人は一人もいない。つい先日の九州をまたも襲った豪雨水害でも感染拡大の怖れのため「三密」を避けるべく県外からボランティアを集めることすらできやしないのだ。復興のため現地では多くの人手を切望し、支援に駆けつけたいと思う多くの人がいても感染対策上それは許されないのである。
 実に理不尽というかおかしなことだと思うが、それが人から人へと感染する、見えないウィルス故に、確かに避難所などで集団感染が起きる可能性も高い以上それも仕方ないのかと嘆息するしかない。
 そう、日本国中どこにも安全な場所はないし、どこにも逃げられないし逃げても県外者は逆に排斥されてしまう。

 コロナウィルスが怖いのは、感染したら死ぬとか苦しくてタイヘンということ以前に、いつ自分もうつるか、そして気づかずに周囲にうつすかもしれないという「恐怖」と「不安」であり、結果として予防策として常時マスクと手洗いと「三密」空間を避けるという「ニューノーマル」、新様式施行しか手はない。
 が、それは人間関係そのものをも破壊することではないのか。人と人との距離を取らねばならないということは、人間そのものの存在じたいを根底から否定している。

 人は、ヒトであるけれど、日本語では、「人間」と書く。つまるところ「人との間」、そのヒトとヒトとの「関係」こそがニンゲンなのだとわかる。
 コロナはどこかへの移動も含めて、人間が本来持ち得る、人類が長い間に築き希求して来た「人間性」じたいを破壊している。
 そう、コロナは、人と人との間を「分断」してしまったのだ。

 だからこそ、もう一度「連帯」が求められる。人が人として元通りにあるべくために、何ができるか、どうすべきか。
 少なくともそれはリモートやらテレワークやら、オンラインやら今までの関係の代替・代行策では置き換えられないのではないかと我は考えている。

ニューノーマルという「分断」の時代をどう生きていくか・前2020年07月18日 23時37分04秒

★今、何が起きているのか、この先いったいどうなるのか

 誰もが先がまったく見えない時代だとつくづく思う。
 物心ついてからも思えばかれこれ半世紀以上生きてきて、毎年夏を迎えてきたわけだが、今年の夏こそ不穏かつ不安な夏は記憶にない。夏なのにまったくすべてが夏らしくない。

 収束するどころか感染拡大がまったく衰えないコロナ禍に加えて、この夏は長雨の豪雨災害に全国的に見舞われて、ここ東京でも先月末から今日まで何と19日間も雨の降った日が続いている。明日もまた雨との予報だ。
 おまけに7月も半ば過ぎとなるのに気温が低く、ウチのほう、内陸の西多摩地域では、朝夕は20度に至らない。夏なのに肌寒いというかうすら寒い日が続いている。
 冷夏というほどではないとしてもこれでは全国的に日照不足と低温で、農作物にも被害がでるのではないか。こんなに長く続く梅雨も不穏である。梅雨明けはまだ先だと予報士は言っていた。

 春先から猛威を振るい出したコロナウィルスも夏が来てそろそろ収束の兆しが見えても良いと思うのに、緊急事態宣言や東京アラートの解除後の今またさらに感染者数は連日増え続けている。
 特にここ東京では、一昨日が286人という記録的数字が出たと思ったら、昨日はそれをさらに上回る293人、そして今日は290人と連続して300人に迫る勢いで伸びている。いったいどうしたことか。
 全国的にも今日一日の感染者数は、「宣言」解除後の最多となる664人となり、東京の感染者数も間もなくトータルで1万人に近づいてきている。
 これが第二波の襲来だか、第一波の再燃だかはともかく、先にも書いたが、観光促進の「Go To トラベル」キャンペーンから東京だけ外したとしても全国的にさらに感染者数は今後も増え続けることは予想に難くない。
 ということは、再び「宣言」が出るかはともかく、ノンキな我ですら今こそ「大変な事態」だと思わざる得ない。春先の頃より感染のリスクは増えているのだから、「夜の街」に限らず、やはりよりいっそう「三密」環境には注意しないとならぬと今さらだが思い知った。

 小池都知事の常套句、PCR検査数が増えているから患者数も増えて来る、というのは詭弁以外なにものでもなく、要するに間違いなく街中で感染拡大は全世代的に進んでいる証であって、若者は重体化しないから感染しても軽症で済むなどとすまし顔で言ってたからこんな事態になったのだと断じたい。
 警戒感、緊張感をもって推移を見守りたいなどと都知事も大臣も首相も繰り返すばかりで、真逆のこと、経済活動再開優先でこの現実に対し対策は何もせず放擲してきた。我はまた新たな「自粛」の強制はまっぴらごめんという気持ちだが、では、いったいどうすべきか、国民はマスクの常態化とソーシャルティスタンスなど「新しい生活様式」以外に何ができるか、すべきなのか。自問しても思いつかない。

 ただはっきりしていることは、感染拡大はおいそれと収束しないだろうということだ。新規感染者数はこれからも増減しつつも増え続けていく。ということはこの不快かつ不自由な新しい日常、ニューノーマルなる生活様式は今後も常態化し、その中で嫌でも生きていくしかないということだ。
 ライブイベントやコンサートのような集いも開催するとしたらよほどの感染防止対策と細心の注意で臨まないと大変な事態になると先日の新宿の劇場発のクラスターは警鐘を鳴らした。
 我が願い求める、かつてのような人と人とが密に集まり繋がり関係を深める場はもう開催できないのかとも考えてしまうが、だからこそ、「その中」で今、これから何ができるか何回かに分けて考えてみたいと思う。

「諸悪の根源」は東京ではなく、都知事と自公政権だ!2020年07月13日 11時05分37秒

★政治家は民のことよりも自らの保身と私利私欲しか頭にない

 某県知事が言い放ったそうだが、東京、つまり都民は諸悪の根源なのだそうだ。確かにコロナがやっと収束した地方の県に来てはウィルスを撒き散らす。暴言ではあるが、地方の心理としては理解できなくもない。
 だが、そうした「観光」やスポーツイベント再開に前のめりで進んでいるのは、現政権であり、都内では新感染者が100人を超したかと思ってたら今は連日200人越えの過去最多の最中、政府は経済活動の再開を加速させている。10日には、大規模なイベント開催の制限を緩和。観光支援策「Go To トラベル」なるキャンペーンの前倒しも発表した。

 都民ならずとも国民誰もが、果たしてこの感染拡大状況下に観光業復興、経済活動再開だとしても旅行の移動などして大丈夫なのか不安に思うことは間違いない。
 しかも政府や都知事はこの感染拡大状況もすまし顔で、感染者は夜の町の方中心、しかも若い人たちだから重症化しない、入院施設も春の頃に比べると十分余裕があるから大丈夫だとして余裕見でいる。
 都知事選某候補者の謂いではないが、「コロナは風邪」程度という認識を持つ我、コンサートの元通りの再開を強く待ち望む者でさえも今この状況で何の対策も打たず、経済活動を緩めて本当に大丈夫か大いに不安である。

 コロナ禍が起こって以来、さらに独断と迷走を繰り返して来た安倍政権だが、いよいよ混乱の極みの支離滅裂の末期的症状となって来た。
 小池都知事も同様に、彼らの発言は都民、国民に間違ったメッセージを与え続けている。
 まず第一に、若者だから重症化しないという発言。確かにそれは事実であろう。しかし、だからこそ感染させるリスクが高く、発熱もなく罹ったことに気づくのが遅れれば老人や子供などに家庭内で感染していく。
 また病院施設に余裕があるからといってこのまま何の対策も打たなければ、感染者数は倍々で爆発的に増え続け行く。百人が二百人に跳ね上がれば、次は四百人となろうし、その先は八百人、さらには連日千人超えとなろう。
 そうなってしまえばすぐさま入院ベッドは不足して、また今春のような医療崩壊の危機が訪れるはずだ。
 感染者が増え続けても若者だから大丈夫だ、とか、夜の街の方中心だからとか、医療体制に余裕があるから問題ないというノンキな発言は、これまでの警戒心を緩めさせる効果しかない。彼らの頭の中を疑う。
 たとえそれが「事実」だとしても為政者こそ先憂後楽、そうした楽観論は口にしてはならないのである。

 経済活動再開も当然大事なことだが、今度こそきちんと休業補償を確実にして、都とその隣接近県は発生源と目される店舗の休業要請と再度の移動の「自粛」も含めた緊急事態宣言を出すべきだとこの我ですら考える。
 でないと本当にアメリカやブラジルのように数十万単位の感染者が出てしまう。今ならまだ間に合うのに、手が打てるのに、どうして春にはあれだけ「緊急事態」だと大騒ぎしていた小池都知事はこの状況でもすまし顔で平然としていられるのか。
 要するに彼女にとっては都知事選再選までの「働いてるふり」に過ぎなかったのだと我は断言する。ほんとうに自らの事しか頭にない無責任な女だと思う。
 いや、政治家と言う輩はほぼ誰もが自分のことしか考えていない。次の選挙でうまく当選できるか、どうしたら党勢拡大できるかしか頭になく、真に今困っている民、都民や国民のこと、特に弱者たちのことはそのまた次なのである。

 菅氏が言いはるように、「この(コロナ)問題は圧倒的に『東京問題』と言っても過言ではない。東京中心の問題になってきている」では絶対ない。その東京にある国会の問題、つまり国会議員と自公政権が「問題」であり、根本原因なのである。
 彼らのその場しのぎの愚策愚行が感染をいたずらに長期化させ収束の兆しすら見えなくしているのだ。

 もう一日も早く本当に安倍政治を終わりにさせないと、このままでは日本はコロナと大雨水害という異常気象で壊滅的打撃を受け「沈没」してしまうだろう。そんな国で来夏の東京オリンピックができますか、選手も観光客も誰が東京に来ますか、来れますか、だ!!

やっと一段落、ようやく「道すじ」がついた2020年07月12日 17時31分14秒

★近況もろもろ。

 都知事選の後、家のことや父のこと等ともかくあれこれ慌ただしくてまたまたブログの更新できなかった。※都知事選の結果については後ほど書き足していきます。
 一昨日夕方から一日早く父はショートステイに預けて、ひたすら家事に集中してようやく少し時間ができた。
 父が帰るのは明日月曜の夕方だから今晩も一人でゆっくり自分のことに専念できる。これからのこともだが、我マス坊の近況など記したい。

 若い時から何事も深く考えず、そのときどきの面白いことや楽しいことに夢中になってこの歳まで生きてきた。
 多くの人は、たぶん大学を出る頃には、自らの将来について「人生設計」を立てるのだろうが、我はほんまもんのバカで、おまけに親も甘かったからきちんと就職もせずにそのときごと、目先のことだけにかまけてまさに思い通りに生きてきた。
 そうした無計画人生は、当然ながら行き詰まる。ろくに働いていないからお金がないこともだが、我の性格的破綻でモノが溢れて収拾つかなくなってしまった。そう、ともかく捨てられないし片付けられないのである。
 若い時から何であれ「収集癖」があり、特に紙モノは自ら書いたもの、メモ類だけでなく街で拾ったパンフ類、新聞広告、チラシの類でも捨てられない。
 同時代を生きてきたみうらじゅん氏も近しく同類だと思うが、彼と違うのはそれらをきちんと整理整頓することがまったくできないことだ。
 氏のように次々常にスクラップしてまとめていけば散乱することはないはずだが、我は集めるだけ集めては捨てずにとっておくだけで一切整理しない。いや、そういう作業ができない。これは亡き母も同様で、遺伝的「片付けられない」症候群なのだと思うが、ただ溜まり続けあちこち散乱してしまう。※母も身の回りに溜まると、父が見かねて段ボールに詰め込んでいた。今もまだ母のそうした「遺品」がいくつも残っている。

 人が来たりすると足の踏み場がないから仕方なく段ボール箱にともかく詰め込んで移動させておく。年代順、時間軸で溜まっているならばまだそれでも分類、活用しやすいのだが、またその段ボール箱もやかでは崩れて中身もまた散乱して時間軸もめちゃくちゃになる。
 それでもこの数年、母が死んでからは意識的に溜まった紙類を分別・処分して来た。が、年に一度、友人知人を招いての拙宅でのクリスマスライブパーティなどの折、スペースをつくるため大慌てでまた箱詰めしてあちこち移動したりすると、せっかく分別したものまでまた散乱してしまいまさに「元の木阿弥」であった。

 以前も書いたが、母が死んでからは、一時期は失意のあまり何もかもやる気を失い、生活そのものにネグレクトしてしまい、我家はまさにゴミ屋敷と化してしまった。
 ある意味、唯一のそこからの脱出は、その年に一度の友人たちを招くパーティの開催であり、それはそれで意味があったわけだけど、結果としてそれでは ほとんど何も片付かない。
 少しづつでも時間あるときは分別作業は続けてきたが、遅々とした歩みであることと、生きている限りモノは増え続け溜まっていくわけだから、まさにギリシア神話にある牛小屋の掃除である。
 しかも父の介護の他にこのところはコンサートも毎月企画していたのだから、その手配や宣伝、後始末でまた時間はとられてしまう。お金がないこともだが、ともかく忙しく時間がないことに頭を痛めてきた。

 そこにこのコロナ禍での「自粛」騒動である。※このところようやく様々な「自粛」が段階的に解除されるようになってきたが、そもそも都や国から「解除される」ならばそもそもそれは「自粛」ではないだろう。さておき・・・
 おそらく誰もがそうであるように、移動も含めてヒトとの距離を取らねばならず、不自由を強いられ結局、我らはコンサートなども開催不可能となった。それでようやく時間が出来てきた。

 以前からの悲願であったが、掃除にしろ片付けにせよともかくじっくり腰を据えて、そのことに専念したいと思っていた。
 が、高齢の父がいて、週のうちかなりの日数、介護施設に預けられるとしても在宅の日もあるとそのときは、終日ろくに夜も落ち着いて眠れないほど手がかかり、朝施設に送り出した日は、疲れ果て一日寝込んでしまい何もできない。
 いま父は二泊三日で、それぞれ二か所の施設に行ってもらってるのだが、そんなでほんとうに自由に時間が使えるのは、中一日だけで、帰宅日も夕方までは時間あるといっても落ち着いて何かできるわけではない。そしてそうこうしていると毎月のコンサートが近づく。
 が、そのコンサートがなくなったので、5月、6月とこの二か月、ようやく自分の時間ができた。やっと自分のことに専念できた。むろんコンサートの今後のことについてあれこれ頭悩ましたが、やっと片付け進めるための「環境」ができた。
 そう、溜まりに溜まった紙類や本処分のための片付け進めるための作業場所ができた。

 恥ずかしいことだが、「足の踏み場がない」という言葉があるが、まさにこのところ家中どこに行くにも通り道にモノが溢れていて、踏み越えたり跨いで通るしかなかった。
 今月に入って、子猫騒動も一段落したこともあって(この件についても後ほど報告したい)、拙ブログも更新ほかして、必死に通り道だけでも片づけ進めていた。そして今週やっとベッドのある寝室と作業場への道筋ができたのだ。
 作業場と言うのは、先だって購入した新パソコンを設置した机とその周辺のことで、パーティ開催の際、皆が集う広間の真ん中に平机を置き新たなパソコンを設置した。そこで溜まり溜まった紙類、まず書類は仕分け分別して、保存するものはキャビネットにそれぞれ収納していく。本や雑誌は、処分するにあたってまずネットで売れる価値があるか検索していくのだ。

 実は情けない話、これまではそういう広い「作業場」がなかった。
 この自室、古いパソコンがある、小さい机の周りは、印刷した紙類や自分のメモ類とか溜まった本が平積みとなり、まさに汗牛充棟の有様で、天井近くまで高く本の山ができていた。
 そうなってしまうと既に検索した、捨てるべき「不要本」なのか、未検索の本なのか、あるいは自分用に必要な本なのかもわからなくなる。紙類も同様、何につけ探し物にも時間がかかるしそれでは分別作業はできやしない。
 今やっと新パソコン中心に場ができて、検索と分別作業に専念していく「道すじ」ができた。ようやく当たり前のことができる、緒に就いた、スタート台に立った感がある。

 つくづく思う。自分は当たり前のことができない、頭がおかしいのだと。世間の人なら誰もが当たり前にできることがまったくできやしない。が、やっとだが、室内の移動も含めて道すじができてきた。片付いたわけでは全然ない。今ようやくそれに専念するための環境整備が終えただけだ。
 それでも新パソコンは快適だし、あとは少しでも時間あれば粛々と作業を進めて行けば、溜まりに溜まった未整理の紙類は分別でき、やがてほとんど処分できると思えてきた。
 そして今年こそは、拙宅でのライブパーティ早くから準備して「三密」にも留意し、またその場を片付けし終えて、しっかり取り組めるかと思う。あと半年近くあるのだ。きっとそれもかなう。

 コロナは多くの人に不便と不自由を強い今も続いている。それが「新しい日常」だとかニューノーマルだと言うが、それが「良いこと」「当たり前」だなんて絶対に思わない。が、誰にとってもこれまで「当たり前」だと思っていた「日常」を考え問い直す機会になったことは間違いない。
 大事なことはそこで、その新たな日常の中で何ができるか、何をすべきかだろう。そう、刑務所の中でも待遇改善を求めていくことが大事であり、どこにいてもどんな世界でも諦めず常に声を上げていくことだ。
 おかしなことはおかしいと、人間らしくありたいと。