2020都知事選を考える2020年07月05日 18時49分23秒

★さらにまた不自由な状況となろうとも~できることを少しでも続けていく

 今日5日、日曜は、東京都知事選の投開票日である。
 このところ自分のことや、コロナ禍後の生き方についていろいろ思うところがあって鬱々して、このブログさえ書けないでいた。
 以前なら気軽に政治のことや社会的話題についても私的に思うところを気軽に書けたのだが、そんな気分になれなかった。
 まずは当面の進路、自らの行き先を定めないとならないわけで、世間様のこと、他者の動向などは無責任にもどうでもいいと思えていた。
 が、都知事選は、やはり東京に住む者にとっていちばんの身近な政治案件であるし、総理大臣はカンタンに変えられなくともかつて革新都政が誕生したように民意を結集すれば我らの思いはかなうかもしれない直接選挙なのだ。
 今、時刻は、午後7時を過ぎた。投票は8時までできるからぜひとも棄権はせずに自らの一票を活かしてほしいと希む。

 が・・・
、今回の都知事選に関しても当然のこと思うところは多々あり、選挙期間中は、書こうにも躊躇う気持ちがあって書けなかったが、今、投票終了直前だからまずいくつか気になってることだけ記しておく。
 最終的集計が終わればまたそのとき書くこともあるかと思うが。

 おそらく8時の投票終了同時に、NHKはまた現職の自分ファーストの都知事当確の報を出口調査に基づいてすぐさま流すだろう。それは間違いない。
 何故なら、今回は自民党は候補を擁立せず自主投票としながら実質的支援をしているし、ならば与党公明党の支持もあろう。そして現職の強みとこのコロナ騒動での良くも悪くも知名度は高まっていた。
 そしてさらにその盤石の当選を保証することとなったのは、対する野党側、というべきか、反小池都政である、昔で言う「革新」陣営が分裂してしまったことで、野党が結集して一騎打ちならともかくも、今回の都知事選は早くから結果は見えていた。
 そして問題は誰が次点に躍り出るかという一点のみが話題となってしまった。※そこには今後の国政選挙の主導権を誰が握るかという思惑しかない。
 思うのだが、もし今回分裂した野党候補二人を合わせた反小池票が現職知事を上まった場合、誰が「分裂」の責をとるのであろうか。いや、おそらく現職知事の圧勝で終わり、低投票率もあって他は雨後の筍、団栗の背比べ状態ならばそもそもこの都知事選は茶番でしかない。

 前回、2016年の都知事選でも野党というべきか、革新陣営はそもそも都知事の資質に値しない老ジャーナリストを、単に知名度があるからと統一候補に担いで惨敗した。そのときは、今回も立っている弁護士は、やむなく野党統一の大義の名の元辞退させられたのだ。
 その愚、過ち失態もきちんと総括せず、今回もまたしても足並みが揃わず、ある意味、現職知事のこれまでのコロナ騒動の対応の是非をきちんと問うことのできる絶好の機会を単なる二番手争い騒動に矮小化させてしまった。

 おそらく新都知事は、再選後は再度の東京アラートはともかく、国と謀って新規感染者増を抑えるべくまたまた新たな「非常事態宣言」、もしくは厳しい「自粛要請」を再度出してくることだろう。

 はっきり書くが、彼ら政治家は、国民の命などまったく考えていない。コロナの新規感染者が増加したのも、東京五輪が延期となったとたんその数値は跳ね上がったし、東京アラートの中途半端な解除も今連日100人超える新たな感染者が報告されているのに、一切何も手を打たずにすまし顔でいるのは、単に今この選挙期間中だからに過ぎない。ここでまた非常事態だと騒げば、自らの失政を認めることになるからである。
 彼らの頭にあるのは、常に自分のたちのこと、選挙や五輪開催など目先のことだけなのだ。
 さらに情けないのは、対峙・攻撃する側もまた同様に自分たちの国政選挙のことしか頭にない。ある意味、誰もが自分ファーストで、都民のことは念頭にない。
 
 しかし、今は絶望しない。呆れ果てうんざりはするが、もう知ったことか、とかカンケイないとネグレクトはしない。
 政治家たちに頼る事が出来ないからこそ、さらに悪化していく状況、その中でも、「できない」中で、少しでも「できること」、すべきことを 模索していきたい。

 マスクの中でも唇にうたを。心に灯を、である。

「共謀コンサート」も含めすべて「再開」していきます。続き2020年07月03日 08時42分36秒

★どんなときでも「うたの場」を維持していく

 先にも書いたが、「共謀」コンサート開催の趣旨、コンセプトとは、同じ思いを抱きながらも分断されている人たちを、演者、観客の境をなくして一つに繋ぐ、結びつけること=新たな「共謀」の場として誰でも広く緩~く自由に参加を求めたくて始めたわけだ。
 いわば、より「密に」しっかりと新たな人間関係を再構築していこうとの思いからだった。
 しかしそれが、このコロナ下、人と人は集って密になってはならない、ソーシャルディスタンスやらで常に距離をとらねばならないとの「新しい生活様式」と相容れぬどころか、真逆の行為として、「自粛」という名目で禁止されてしまう。ならば、あえて抗いはしないまでもこのコロナファシズム、全体主義に抗議の意味も込めて、開催は中止するべきとも考えもした。
 
 が、多くの関係者、演者の方からも貴重なご意見を頂き、自らも考えに考えて気持ちは変わった。何であれ、どんな状況下でもその「灯」は消してはならないのだと。
 そこには現況の香港市民の苦境を知ったことも大きい。彼らの絶望、今の閉塞状況を思えば、我らの苦境などいかぼとのものかであろう。
 とにもかくにも表現の場があるのならば、そして広く世にカクサンする手段があるのならば、それを活用しない手はない。
 100%思い通りにならないからといってふてくされネグレクトする子供であってはならないのである。

 何であれ、ちょっとした躓きや不自由、不具合があったとき、それを理由にしてやめてしまうのならば、それはそれだけのものでしかない。
 このコロナ騒動下、うたの場がなくなったからと音楽活動を休止してしまった人は多いかもしれない。それは仕方ない現実だけれど、それを了として、そのまま音楽を手放してしまうのならば、それはそれだけのものでしかなかったということだろう。つまりそれは趣味、道楽の類だったんだと。
 この我も、自問した。ヒトを招くコンサートの場が設けられないからといって、「共謀」コンサートも含めて企画活動をここで終わりにしてしまうのならば、しょせんそれだけの思いでしかなかったということではないか、と。

 思いは誰にでもある。が、それはじっと自らの心の内に閉じ込めているのならば、誰にも伝わらない。誰も気づかない。何も変わらない。
 ほんの少しでも、少しづつでも外に出してカタチにして、「表現」していくこと。人と人の関係も含めて、世界を変えていくには目に見えるものや、声や言葉にして「表現」していくしかない。つまるところ「行動」である。
 そしてもう一つ大事なことは、それを続けていくことだ。もしそれが良いこと、良い習慣であるならば、どんなことであれ「反復と継続」していくことが肝心なのである。
 もし月一で、「゜うたの場」がまだ存在し続けるのならば、たとえ無観客でも、ともかくその場とその「習慣」を維持していこう。

 先のことはわからない。連日100人を超える感染者数が再び報告されている今、おそらく都知事選が終われば、またしても都と国は謀って、都と隣接諸県にまた再度の「緊急事態宣言」を出すことだろう。そしてまた再度の夜間外出禁止、飲食店の営業休止「要請」も。
 じっさいそうなれば、また店側も「休業」余儀なくされるだろうが、無理して抗いはしないが、そうした状況でもできる限りまた「共謀コンサート」は再開し継続していく。そのことを約束する。

 で、まず今月は、7月25日(土)。無観客だが、一部は、生配信する予定でいる。かけこみ亭のサイトから観れるように調整中だ。

「共謀コンサート」も含めすべて「再開」していきます。2020年07月01日 22時07分42秒

★どれほど不便不自由であろうとも~生きている間にできることを

 生暖かい強風が時おり滝のように強い雨をもたらし、今年後半の初日、7月が始まった。颱風襲来のような一日だった。今も雨は断続的に降り続いている。

 先だっての土曜日27日、予定では本来は「共謀コンサート」開催の日に、谷保かけこみ亭に夜出向いた。連絡行き違いからもしかしたら「共謀」に来られる方がおられるかもしれないと思ったことと、店側とも今後のことについて相談もしたかったからだ。
 けっきょく、「共謀」関係の方は誰も来なかったが、当日は、『かけこみ亭よりアイを込めて』と題して、このところ週に二回定例となっている、ぼけまる氏の生配信があったので、それをしかと見学することができた。その場であれこれご説明も受け、ようやくライブ配信とはどういう仕組みか大まかに理解することができた。
 スマホ一つあれば、ごく簡単にその場でフェイスブックを通して配信ができ、しかもそれは、後日また誰でもいつでも観ることができるのだと言う。画像も想像していたよりはるかに綺麗で音も割れてなく十分鑑賞に堪えられるものだと思えた。
 自分が知らないうちに、いや、積極的に関心を持たない間に、モバイルとネットの世界は、たいへん簡便かつ快適になっていたのである。
 ただただ感心し、かつ驚かされた。予想したより極めてカンタンなようである。※ただその場で「編集」はできず、基本ぶっつけ本番で流しっぱなし、つまり撮りっぱなしとなるそうだ。

 このコロナ禍騒動が本格化して数か月。今年は毎月定例開催と銘打って始めた、我マスダが企画・進行を任されている、ここかけこみ亭での『月刊「共謀」コンサート』、である。
 何とかこの4月までは、四回、予定通りに開催できたものの(といっても4月の回は、自粛要請の最中、観客に対して事前の宣伝も事後の報告も告知できなかった)、以降、5月、6月と「緊急事態宣言」下ということと、かけこみ亭から感染者を出さないためにも、と開催することはできないでいた。
 そして今、東京アラートは解除され、今日7月からは、あちこちの遊興施設でも感染症対策を徹底して営業再開の動きが報じられている。ただし、劇場などでは観客席の間隔を空けるとか、事前に予約した客だけに限って満席時の半分以下の客数しか入れないなど「新たな日常」対策で臨んでいるとのこと。
 だが、やはり不特定多数の観客を想定しての「コンサート」などは開催は難しいのが現実であろう。もし企画するとしても、あくまでも事前に予約した観客数に絞って客席の間隔も空けて三密にならないよう予防措置を徹底したうえでとなろう。
 ならば、我の気持ちとしては、そもそも演者のみならず来られた観客との「共謀」を目して始めたコンサートの性質上、それがコロナで許されぬのならばもはや開催する意味がないのでは、と自問し続けた。
 正直、頭痛めて悩み迷い、この二か月鬱々としていた。が、今はやっと気持ちが定まった。本来は、いろいろご相談し、キチン内ご意見、直言を頂いた「共謀」関係者、かつての出演者方にまずお知らせすべきが筋だと思うが、まずはこの場で、今の気持ちを告知していきたい。

コロナ禍後の世界で何を、どうすべきか・12020年06月26日 14時21分32秒

★明日27日予定の「月刊・共謀」コンサートは、中止いたします。※マスダは店に顔出してます。

 緊急事態宣言が解除されて一か月。全国的にはようやく元の「日常」が戻りつつあるが、我が東京都では、相変わらず一日50人前後もの新たな感染者数の報告が続いている。
 谷保かけこみ亭で、今年は毎月必ず月末の土曜、もしくは日曜に定期開催と決めて新たな思いでリニューアルした『「月刊・共謀」コンサート』。コロナ禍騒動の最中、何とか4月の回までは開催できたものの、、ついに店側が「休業」となり、5月の回は中止となった。
 そして6月の回は、当初、某映画評論家を招いて『映画で共謀』としてプロジェクターで映像を流してライブ実演も加味して企画していたのだが、コンサート形式として不特定の観客を入れての開催は不可能であるためその企画は流れてしまった。
 が、せっかく「共謀コンサート」用に、当日6/27日は店側が場を空けて用意してくれていたわけだから、たとえ無観客でも居合わせた人たち相手にライブのようなことはできるかもと夢想していた。むろん無配信で。
 じっさい盟友太田三造さんは、お仕事の後に駆けつけてくれると約束してくれていた。また他にも顔出すと連絡してくれた方もいた。

 が、やはりそれは、「共謀コンサート」ではないし、仲間内で集うことに意味がなくはないかもしれないが、迷い思い考えなおした。喫緊のお知らせで申し訳ありません。
 他のシンガーやミュージシャンはどうか知らないが、、自分にとっての「うた」、「音楽」とは=「共謀」行為であるわけで、どのようなカタチでも他者へ、観客・聴衆に、その「思い」が発信できなければ今は慎むべきかと気持ちが変わった。
 そして今後の「月刊・共謀」コンサートも、まず来月7月の回は、現状のコロナ下が続くならば、当然、店の客数そのものが制限されるだろうから、出演者数も絞ったうえで、「無観客」で開催することは決めた。そしてそれを、生配信となるかは検討中だが、ネットで「配信」してみるつもりでいる。※今の気持ちでは生配信はいろいろ怖いので、荒編集でも多少のチェックしたうえで演者の確認・承諾の上で公開したいと考えている。
 まずはそうして一回、コンサートを配信してみたうえで、今後のことについてはまた新たに考え直そうと思った。
 
 YouTubeなどSNSの活用は以前から我の課題であった。じっさい毎回、自分が関わるライブ公演はこの数年来映像録画と録音は欠かしたことがない。※いろいご批判は多々あろうけれども。
 が、今は録るだけとってもそれを編集しネット上にあげる行為にまで時間がなく、特に「共謀」コンサートを毎月開催するようになってからは、もうそれだけで手いっぱいで、毎回の準備・手配と後始末で、他のライブ、誘われたコンサートに出向くことすら難しくなっていた。

 ならば、再びまた元のように、通常のコンサートの開催、=無制限に観客を招き入れて誰とでも気軽に「共謀」できるときが戻るまで真に「自粛」とし、「共謀コンサート」の開催は中止にして、その間は録り溜めた「共謀」関連の映像をアップしていく。つまり過去の映像であるけれどもSNSを利用してこのライブの様子を流すことで視聴者方に「共謀」を求めていくことも一つの「手段」ではなかろうか。
 むろんそれはあくまでも今は代替の、仕方なくのことでもあり、本来のコトとはまた別の、当然いつかすべきことであった。これまでととって替われる新しい「様式」ではないし、将来的にも置き換える気はまったくない。
 ただこのコロナ新生活習慣下、この不自由なときを利用して今まで直近のコンサートの企画という「多忙」を理由に放擲していた自分の「宿題」を片付けることができるのではないか。そう、今は時間がある。新たなコンサートを企画しなければ。

 さておき、それもまた一つのコロナ禍後の世界、アフターコロナだかウイズコロナだか、知らないが新たな対応策の一つだろう。
 正直な気持ちを記せば、たとえ生配信できたとしても「無観客」ならば、「共謀」コンサートはそもそもそのコンセプト上からも開催する意味はないような気がしている。今は。

 何回か今思うところを書いていきます。

コロナ禍後の世界で何を、どうすべきか2020年06月18日 00時00分16秒

★まずは近況からお知らせを

 何の効果があるのか目的すらよくわからない「東京アラート」なるものは解除されたが、その後も東京では五月雨式に感染者数の増減を繰り返している。おそらく今後もこうした一定数の感染者の報告は続く。

 政府はじょじょに様々な自粛要請を段階的に緩めていくようだが、ここ東京においては、おそらく今後とも「三密」を避けるべく、人と人との距離はとらねばならないという「新しい日常」が続いていくのだろう。
 じっさい、コロナ感染者数が全国的にゼロとなったとしても、世界中ではちっともまだ収束に至るどころか感染拡大は続いている地域と状況はあるわけで、観光立国として再び外国人観光客に門戸を開放したとたん、また新規の国内感染者が出て来ることは想像に難くない。
 ならば、たとえいったん国内ではコロナは「終息」したとしても、感染拡大の予防からもかつてのような「三密」空間は許されないし戻らない。
 そう、コンサートのことである。我らが谷保かけこみ亭で、企画・開催して来た「共謀コンサート」はどうしたものか。
 人と集まることが許されない世界で、我は何ができるのか、できることがあるのだろうか。このところずっと自問している。
 読み手の皆様にも広くご意見、お考えを頂きたいと願うが、そうしたこを記す前にまず我が「近況」を。

 さておき。
 またまた間が空いてしまったが、何とか新パソコンは設定完了し終えた。さっそくその新しいパソコンで、今回のブログは送信していると言いたいが、まだパスワードの再設定が残っていて、以前の東芝のPC、レグザでこれは書いている。下手にいじると新旧どちらからもこのアサブロのサイトにアクセスできなくなる怖れがあるので、慎重にならなくてはならない。
 じっさい新たなパソコン使用開始にあたって、予想はしていたが、その「設定」にずいぶん時間がとられた。そうしたことをまず報告していく。

 我、マス坊は、パソコンとの出会いは、世が21世紀に入ってからで、それまでのフリーター暮らしがついに行き詰まり、食うに困って仕方なく「インターネットの古本屋稼業」に活路を見出すべく導入決めたのだった。
 一番最初のは、ソーテックのウインドウズXPのであった。以後、やはりXPで、二台目は富士通の。そしてマイクロソフトの勝手なバージョンアップとサポート中止ごとに、ビスタ、8.1と買い替えて、今の東芝のレクザもウインドウズ8.1が入っている。
 商売柄、メールも含めて常にデータは増え続けパソコン本体の容量はすぐにいっぱいになってしまう。昔は外付けのハードディスクという知識がなかったから、そもそもの容量が少なかった時代だったこともあって、動きが遅くなったりフリーズが多発するとその都度新パソコンに買い替えてきた。
 また、パソコンが突然壊れてしまった場合、商売に重大な支障が起きしまうので、基本二台常に起動させていた。一台は、古本商売専用、もう一台は、私的趣味専用として。
 世の中には、ノートタイプのブック型パソコンでも問題なく使っている人も多いと思うが、我はブログも含めてともかく使用頻度が高く、キーボードが平らだとタイピングが疲れて来る。また目も悪いから、できるだけ大きな画面のモニターが付いている、デスクトップ式のタイプを用いてきた。
 実は、ウインドウズ8.1では、富士通のも東芝レクザと同時に併用していた。が、母が死ぬ前の年、2015年の晩夏9月、ものすごい残暑の日にパソコンのない部屋で起動させたら暑さでクラッシュしてしまい、それ以降、何とかこの東芝の一台だけで何とかやりくりしてきた。※重くならないよう、画像や映像などのデータは、最近はすべて外付けHDに保存して来た。
 そして何とか無事に持ちこたえられて、ついに今回は、ウィンドウズでは最も新しいウインドウズ10である。容量も1テラあるが、今回も録り溜めた、いやこれからも増え続けるデータ類は全部ハードティスクに最初から移していく予定でいる。

 それにしても新パソコン、初期設定のやり方には驚かされた。まさに日進月歩、21世紀も中庸となれば、である。
 紙の説明書の類はもはや一枚もなく、全てがパソコンに内蔵されているAIの女の子の音声と「対話」しながら進めていくのである。
 我がパソコンに出会った頃は、最低でも数冊の仕様書と基本的使用法を説くマニュアルが付いていたのに。むろんそれでも初心者はちんぷんかんぷんで、仕方なく市販の解説本を買ったり、どうしても手に負えないときは、メーカーのサポートに、えんえん窓口で待たされて指示を仰いだものだったのに。
 まさに「時代は変わる」であった。しかし、そのAⅠ、名前は、コルタナという女声とは、どうにもウマがあわず、「申し訳ありません。聞き取れませんでした」とか、遅々として先へ進めず、有線でネットを繋ぎ、インターネット開通するまで一晩かかった。

さあ、もう一度、「親密なる」確かなものを求めて2020年06月08日 13時18分05秒

★人生がまだ続いていくならば

 申し訳ない。いろいろあってブログも長い間更新できなかった。どうしてしまったのかとご心配された方がいたとしたらまず心からお詫びしたい。

 自分にとって、「危機」、「破滅」というのは常に自らの内にあり自分でもたらすものであったのだが、今回はそれは外から来て、ついにそれに吞み込まれてしまった。長い人生でもこんなことは初めてだ。
 言うまでもない「コロナウィルス騒動」である。いや、我に言わせれば「コロナ・ファシズム」というべきか。
 長くなるかと思うが経緯を記していく。

 先に心霊?的不可解現象に悩まされたと書いた。その主に真夜中に鳴るチャイムの音は終息した。※5月末の土曜日の朝、父が在宅のときに一度鳴って以来鳴らなくなった。と、思ったが、この5日の夕刻にも父がいるときにまたもや鳴ったが、以前のような深夜に何度もということはもうなくなった。

 ネットで話題の妖怪アマエビだかアマビエだかよく知らないが、悪疫であろうと悪霊であろうと我は退散は願わずコロナも含め何であれ来るものは拒まず受け容れていくことに決めた。
 そう開き直って覚悟決めたらそのチャイム騒動は収まって来た。※しかし不思議なのはもう鳴る機械はすべて取り外したはずなのに、まだどこからか鳴るときは鳴るという「事実」である。しかしもうそのことは何も怖れないし気にしない。
 それよりも我を苦しめ不調に至らしめたのは、コロナ禍による「不自由さ」の強制で、繰り返しになるが、もうこの国に自分の居場所はないように感じていた。

 コンサートが開催不能となったこともだが、街に出ると様々な「三密」禁止処置に遭遇して息詰まりともかく不快でならなかった。マスク着用していない者は入店を拒むこともだが、どこそこの施設を利用するに際し、間隔とって並ばされ、頭下げて非接触型体温計で体温を測定され入店の可否が決められるなんて絶対に耐えられない。我が人に頭を下げるのはミサのとき、司祭にだけと決めているのでもしそんな「強制」を受けるならばその場を立ち去るしかない。

 また何より不可解かつ不愉快なことは、そうした店側の「法則」をスーパーやドラッグストアなどの商業施設ではくどくどと何度でも放送で流して客に強い求めていることで、レジの前でも一人づつ社会的距離を保るようにとか、もしマスク無しで来て咳が出そうなときは口をハンカチなどで押さえるようにしろとかいちいち細かい指示にイライラしてくる。

 しかもそうした異常な事態に国民の多くは、誰も異を唱えず大人も子供も与党も野党も唯唯諾諾と従っていることだ。このコロナウイルスより日本中に広がる全体主義は、我にすれば戦時下と同様のファシズムだと感じるが皆それをおかしいと思わずただ言われるままに自粛し「新しい様式」を粛々と受け容れている。
 先日も夏日でもマスクをして顔覆って炎天下に走っている人を見たが、熱射病で倒れる危険性よりもコロナ感染阻止・予防の方が彼にとっては重要なのだろうから呆れ果てるしかない。

 そもそも国民皆保険とはいえ、医師も病院ベッド数も抗体検査数も医療体制何もかもが他国に比べて脆弱なこの国で、コロナ感染t拡大後、現在のような患者数・死亡者数で推移してきていること自体、まさに暴言大臣・麻生氏の言うように「民度のレベル」の違いだと言うしかない。同感した。ただし我は民度が高いとは思わない。真逆である。
 コロナとの闘い、という名目の前に、様々な自由、私権が制限されても当然とされて基本的人権、中でも皮肉なことに「生存権」が損なわれているのではないのか。何より人間としての尊厳が脅かされていると考えるのは我だけなのか。
 むろん感染拡大させない、じぶんを守ることが大切な人を守ることに繋がるというリクツには誰も異論も抗いもできやしない。しかしここまで官民挙げて一体となって過敏に過剰に自粛委縮した国民は世界に類がないと思える。

 ソーシャルディスタンス、人と人との社会的距離をとれ、とは実に嫌な言葉である。
 しかしそれでは客商売は飲食業も映画館、ライブハウスなどの興業施設も経営が成り立たない。非常事態宣言は解除されたわけだが、現実的にいったいどうやって店を維持していけば良いのであろうか。コロナが収束し日常生活が元に戻るまで都や国は店側の赤字保証し支えてくれるわけではないだろう。

 我は、今年はこのところ毎月ごと、月末に谷保かけこみ亭で「月刊・共謀」コンサートを企画して、その流れで毎月の日々の流れができていた。
 それがこの春先からコロナ流行下、果たして開催できるのか、すべきなのかあれこれ滞るようになってきて、ついに先月5月の回は、店側からも「休業」宣言が出て中止となった。今月もまだ何をどうすべきか皆目予定も立てられずにいる。現実的な話として、これまでのような不特定多数の観客を集めるような形態では開催はできない。かといって「無観客」でネット配信するような形式には今はまだ気持ちが至らないでいる。
 コンサートがなくなってしまうと、我には何もすべきことがなくなってしまい、ギターは埃被り我はストレスからついついひたすらアルコールに溺れてとうとう生活も何もかもが崩れてしまった。

 今、このコロナ禍、あるいはウイズコロナで、通勤せずにあちこちの会社でも社員は在宅での仕事するあり方が模索されている。が、そもそも我こそはネットで一人で古本商売していたわけで、この20年来会社勤めや通勤は一切せずにひたすら家に籠ってパソコンに向かっていたのだ。

 そんな我だからこそ、皆が怖れ厭い禁ずる「三密」、密なる空間、特にライブイベントというのは唯一の息抜き、父以外の他者と出会う機会であって、その集いの場が失われてしまうと、もう一切誰とも会うことも口きくこともなく、買物で街に出ても不快な気分になるだけのことで、まさに行き場がなく一人で家で悶々鬱々とするしかなかった。
 しかしそれでもまたも増えてしまった猫たちのことや夏が近づき鬱蒼としてきた庭先の植栽のこと等頭痛める成すべき雑事はいくらでもある。さらにそこに様々な不具合や不可解なことも多々起こり、本当に息詰まるような思いでいた。決して暇でのんびり呑んだくれていたわけではない。そんなお気楽気分になれたらどんなに良かったか。
 パソコンも何故かこのところフリーズすることが続き、思い通りにサクサクとブログも書けないときも多い。政府から有難くも頂いた10万円を元手にして新たにパソコンも買い替えることに決めた。

 コロナがこのまま収束していくのか、また新たに感染が拡大していくのかそれはともかく、この先も我にとって生き辛いのは同じであろう。
 しかしだからといって自堕落に、結果自滅と自死へとなし崩し的に向かうのはやはり望みはしない。ここでこのまま死ぬのはあまりに情けない。
 誰も助けてくれないしそもそも孤独は自分だけのものなのだから、自分で出口と少しでも良くなるように解決策を求めていくしかない。

 人生はまだ続いていくのだろう。ならばこのままセルフネグレクトしている暇はない。我にとって真に必要な密なるもの、その関係と場を改めて求めていく。また自ら築いていく。それこそが「文化」なのだと、そこに文化があると信じて。

 ブログ、今度こそ日々再開していきます。が、新パソコンのセッティングなどでもう少し時間とられるかもしれません。
 、

たとえそれが悪しきものでも我に訪れるものは受け容れていく2020年05月30日 19時48分54秒

★これは書くべきか大いに迷ったが

 霊的な世界やモノゴトって果たしてあるのだろうか。こんなこと書くと皆さんお嗤いになろうと思う。
 我もいちおう科学的社会主義を学んだ者として、そんな目に見えない非科学的な事物は、まやかしだと断言もできる。
 が、この世には、科学的にはどうしても説明できないことや、目に見えない考えても理解できない不可思議なこともあるのは絶対的真実であって、理解できなくても起こる不思議なことは確かにある。それは否定できないし、あったのに、なかったという立場をとるのは科学的ではない。原因不明でもやはりそれは事実でなのだから。

 このところ真夜中に玄関のチャイムが鳴る。深夜の2時とかまだ夜もあけぬ暗いうちで、最初は耳の迷いとか寝ぼけたかと思ったが、まだ寝てないとき、日中でも鳴るときがあって、その都度玄関戸を開けて外に出るのだが、人の気配はなく誰もいない。深夜のときは小心者ゆえ怖さと不安で正直ドキドキした。いったい誰が何の目的でウチを訪れるのかと独り身ゆえ本当に怖かった。
 ちょうど父が介護施設にお泊りに行っているときでもあって、父の体調に異変が起きたのかもと、ならば携帯に連絡があるかと、枕元に携帯を置いて一晩眠れない思いもした。

 実は先日のこと、とある友人のところに車で出かけ、そこの不要荷物の運び出しをした。
 そこは都内の高層マンションで、棟の最上階14階だったと思う。廊下通路からエレベータで下まで段ボール箱をいくつか何回かに分けて降ろしたのだが、運んでる途中の廊下でつい下を見下ろす妙に引っ張られられる場所がある。何故か必ずそこで立ち止まって下を見てしまう。
 何か不安な感じがしたので、後で訊いてみると、数年前その棟の通路から飛び降り自殺者が出たとのことだった。我がつい引かれた場所はどうもそこらしい。
 それ以降である。真夜中に、いや昼夜を問わずチャイムが鳴るようになったのは。参ったなあ、である。何かを連れてきてしまった、何かが我に憑いているのか。それは単なる迷信か。

 俗にこの世にはスピリチュアルな世界に詳しい人とか、霊感体質と呼ぶべき人たちがいる。いわゆる、江原さんや美輪さんたち、亡き宜保さんたち霊能力者の本もたくさん古本屋として扱って手にしてきた。
 彼らのように霊視したり、ときに悪霊をお祓いしたりするのは嘘くさいと思うし、そうした霊感商法「ビジネス」は、基本狐狸の類の起こすようなもので、まったく信じてはいなかった。それはきキリスト者のはしくれとして当然であろう。神は唯一なのだから。
 ただ聖書にも、悪霊の類は多々記録されていて、憑いたものを弟子たちは追い出すことはかなわなかったが、イエスはできたとはっきり書いてある箇所がいくつもある。ならば霊的世界は確実にあるのである。
 また、これは一度はきちんと書き記したいとかねてから考えていることだが、アルカシックレコードというようなものは確かにあって、かのエドガー・ケイシ―のような特異な霊能力者が実在したことは事実であると同時に、そうした現代科学では解明できない「世界」は、確かに存在することは間違いない。
 ただ我はちっとも霊感体質ではないはずだし、そうした幽霊のようなもの、霊的なものは見たことは一度もない。ただ、感ずるときはある。はっきりわからないが、感ずるとしばらく体調がおかしくなる。これは事実として。

 もう何年も前のこと、先年亡くなってしまった、精神を病んでいた友人が入院を余儀なくされていた精神病院に何回か見舞いに行った。
 彼に請われてのことだが行くのも何故か気が進まないだけではなく、行った後は必ず心身ともに体調がおかしくなっていつも一週間は寝込んでしまった。
 はっきり見えはないが、どんよりとした息詰まる「気」がそこには漂っていて、待合室というか、面会室にいるのも耐え難いほどだった。何でだか今もわからないが、イエスならば追い払えた悪霊のようなものがそこにはいたのだろうか我にはわからない。

 ただ、うちの真夜中のチャイムは、その自殺者の出た公団を訪れてから突然起こるようになり、真夜中にまず起こされたからだが、いったい何が原因なのか今もわからず、困惑し正直精神的にも消耗してしまった。これはブログに書くべきことではない。
 我の書くことは、たとえごく個人的些末なことでも、ある程度誰にでも起こる可能性がある、共有、共感可能なことを書くべきというスタンスでやってきた。
 が、今回の件は、きわめて特異な不可解かつ不穏な特殊事例であろう。誰にでも起こる事ではないし、そもそも我自ら理解できない。振り回されただ悩み困惑している。

 俗に霊障とかポルターガイストというものがあるとされている。ラップ音とかしたり、居る場所のないところに誰かがいたり、突然何かが動いたり起こるはずのないことが起こることだ。佐藤愛子の著作にもいくつかそうした不可解な事例がいくつも記されているし亡き色川武大の随筆にもぞっとするような話がさらっと書いてある。これはその類なのであろうか。

 今回のチャイム、これは確実に物理的かつ現実の話で、最初は真夜中の出来事だったから、誰かが深夜に来たのか、いたずらで誰か外からチャイムを鳴らしているのか、ほんとうに不安でならなかった。
 ドキドキしながら、「誰~!!」と叫びながら、明かりをいくつも点けて、防御する器具も手にしながら玄関戸を開けて外の気配を窺った。
 が、人の姿はなく、ウチの中にいる犬のベルコも特に騒いだり吠えたりはしないので、誰も人間はいないと次第に確信するようになった。
 じっさい日中でも、我が起きて下の部屋にいる時でも鳴って、慌てて外に出てみてもやはり誰もいない。
 単なる電気的故障や異常なのかと思うが、鳴るときは突然だし、ずっと鳴り続けることはなく、あくまでも誰かが来てチャイムを押しているようにしばらくすると鳴りやむ。不可解としか思えない。

 当初は、玄関戸の傍に設置してあるそのチャイム、つまりインターフォンを押してみると、確かにピンポンと鳴った。
 が、室内のその端末、奥の部屋で、表のそれを受けて返答できる機器もあれこれいじって鳴らないようにしたら、外から押しても反応しなくなった。もうこれで鳴らないと思って一安心したら、またその後も次の夜鳴ったのである。
 今度は、裏の部屋の壁に付いていたチャイムの音の出る部分も取り外した。もうこれで鳴るもの自体が無いのだから、と昨晩は枕高くして眠れた。
 しかし、今朝がた、父を施設に送り出すとき、もう鳴らないはずだと、スピーカー部は室内何処にもないはずなのに、またもやピンポーンと二回鳴った。壊れたのかもう通話はできないはずのインターフォンから鳴るのであろうか。本当に理解に苦しむ。

 思い余って友人に相談したら、単にその機器自体が古くなって誤作動起こすようになったのに過ぎないと断言されたが、じっさいそうだと考えるしかない。ただ何でいったい今もどういう仕組みで鳴り続けるのか、どうしてそれが突然始まったのか、本当に理解に苦しむ。こちらも振り回されて心身病んでしまい、睡眠不足にもなった。また今晩も鳴って我を起こすのであろうか。

 しかし今はこう考えることにした。それが単なる器具の異常であれ、あるいは霊的な何かの仕業、メッセージだとしても、我は全てを受け容れて行こうと。いたずらに怖れても仕方ない。
 たとえそれが悪しきものであろうともこの我に訪れるものは、抗わず受け容れていくべきであろうし、それしかできないではないか。

 全ては神の計らいなのである。この世らは理解できないことや科学でも解明できないことはいくらでもある。どれほどひどいことや理解に苦しむことでも起きる時は起こる。それは自然災害もこのコロナウィルスの流行も同様に。
 その都度悩み苦しみ逃れようとあたふたするよりも、ともかくその現実を前にして事態を冷静に対処してその都度、今できることをやっていくしかない。
 もう何であれ怖れない。そのことだけをまずここで記す。その先我に何が起ころうとも。まず今これを記しておく。誰も訪れはないのに真夜中に何故かチャイムが鳴ると。

「新しい行動様式」に抗っていくために2020年05月24日 14時55分30秒

★新時代に取り残され、忘れ去られようとも

 このところつくづくこの国には自分の居場所がないと思いしっている。「緊急事態」解除後も、我が好み築こうとしてきた「三密」状態が禁じられるのならば、もうできることは我には何も無いのである。

 あえてそれを行うとするならば、我は「社会の敵」として公共の福祉、治安破壊者であり、どれほど批判、糾弾されるかわからない。
 むろん自分一人ならばそれもまったくかまわない。他者から厭い嫌われ呆れ果てられた末に罵られるのは毎度のことだから苦にも気にもしない。
 じっさい社会にとっては、そうした「敵」もまた必要なわけで、彼らの正義の前に、こちらを「害悪」として排斥、糾弾されるのも望みはしないが、この生き方として致し方ないと覚悟している。世間の流れと同調する気もなくそもそも全てが違うのだから。

 が、コトは、我一人だけですむことではなく、けっきょく何せよ仲間や賛同者、協力者、そして行うための場所がなくてはならない。そう、我一人では非力で何もできやしない。情けないがそれもまた事実である。
 三密を無視してイベントやら決行したとして、結局は、他の人たちまで撒きこんで様々な迷惑や批判の矛先が向くのは望むところではない。むろん誰か覚悟のうえで、同じ苦難の道を同行してくれるのなら話は別だが。なかなかそんな奇特な変わり者はまずいない。

 あのナザレのイエスさえも捕縛され十字架刑に遭うときには、最愛の弟子たちすらたちまち逃げてしまったではないか。弟子の筆頭ペテロでさえも保身のため師を三度も否認してしまった。
 最後のとき、共に十字架上の傍らにいたのは、何の関係もなかった悪事起こしての死刑囚二人だけであった。
 が、その一人はその場で悔い改め、イエスにすがり死後の救いを求めた。イエスは彼に応えてくれた。我もまたその一人に倣いたいと願う。
 そう、善悪は、この世の中だけのことであり、正義は時代や状況、そのときどきころころ常に変わる。ただ怖いのは、お上のお墨付きの正義であり、いつしかまた戦時中の「鬼畜米英」的に変わるかもしれない。
 あの時代は信じられないが、民主主義。国民主権という概念そのものが悪であったのだから。コロナとの闘いを名目に、その「正義」の掛け声が、またこのところ聴こえてくるような気がする。

 さておき・・・
 一部の進化論者は、昔からこう説く。環境の変化に対応できない生物、その種は、滅び消え去っていくと。
 ゴジラのような形態の大型爬虫類、恐竜たちは、隕石の落下が原因だか?地球環境の激変にうまく対応できず、死滅してしまったとされる。変わってネズミの祖ような小型の哺乳類が生き残り進化を重ねて今の我々が在るのだと。
 つまり生き残るためにはそのときどきごと常に移り変わっていく環境にうまく対応していかねばならない。適者生存が正しいのならば。それは何でも同様であろう。
 20世紀前半、街にあった商売、職業が今日では大部分残っていないように、自然の流れ、法則でもある。一例として、ラオ屋(羅宇屋)を上げておこう。

 コロナ禍後の世界では、もう既に多くのミュージシャン、シンガーたちが始めていることだが、SNSを利用したネット配信のような活動スタイルが、「新しい様式」ということなのであろう。
 これまでのような地道な生のライブ活動が「三密」として難しいならば、うたの場、音楽発表の場は、そうしたネット上で求めていくしかない。そこに聴き手がいて、場合によっては収益も得られるのならば、そうした音楽配信が有名無名、マイナー、メジャーを関係なく主流になっていくに違いない。
 ならば、我も、我らもそのような方向での活動に移行すべきであろうか。

 検討の余地は大いにある。じっさいにそうしてコンサート自体を「配信」できたらならば、記録という意味を越えて、その場そのときそこに来れない、居なかった人たちとも広く「共謀」できることであろう。そうした拡散こそが、SNSの役割であろうし、21世紀の「興業」のあり方なのだと確信もする。
 しかし、それはあくまでも新たな手段の一つ、ツールであり、これまでの音楽活動の代替、とって変えられるものではない。どれほどの視聴者数があろうと自分が求めているものとは何かが違う気がしている。
 それはすべきこと、取り組むべき課題ではある。が、今はまだすぐに移行できない。むろんこのまま永久に生のライブ、コンサート形式のことができないならば、それしか手はないのだからおいおい導入するしかないだろうが・・・。
 要は目的と手段のことなのだ。人はよくそれをいつしか取り違え
て気づかない。

 お金を欲し求めるのも、お金で買える何かのためである。お金は目的のための手段でしかない。が、いつしかお金自体をたくさん求めることが目的になってしまい、必要以上に、やみくもに金儲けや蓄財に夢中になってしまう人がいかに多いことか。そしてこの国の場合、我が知る限り、金持ちの人はすべてケチである。気前よく金を使いまくる金持は見たことがない。
 ビル・ゲイツや孫正義級のいったい人生を何百回生き直しても使いきれないほどの資産を持つ超大金持ちの人たちは、何故にそれだけ稼いでもまだ金に収着するのであろうか。不思議でならない。

 さておき同様に、ユーチューバ―のような形で、ライブ映像や新曲の画像をアップして、凄い数のフォロワーや視聴者数が増えてたくさん反応があったとする。それは確かに嬉しいだろうし、大いに励みにもなろう。弱気な自分に自信も持つことができる。お金も入って来るかもしれない。
 だが、我の求め願うことはそれとは違う。誰かが言ってたが、100のいいね!より、1人の客である。その確信は揺らがない。
 実際に来ない、会えない人たちが百人いて、その人たちとネットで繋がってトモダチになっているとしても、我は一人の、その場に来てくれた人のほうが嬉しく有難い。何故なら生の出会いであるからだ。
 それが初めての出会いであろうと、久闊を叙するものであろうと、一期一会で、それきりの出会いとなろうと、生で、つまり直に出会えたほうが嬉しい。それこそリアルで本当のことだ。その「確実性」を大事にしたい。

 ポストコロナの、政府や都知事が声高に推奨する「新しい行動様式」は、決してこれまでの人々の営み、行動様式の進化形、発展したものではない。コロナ感染拡大予防最優先で、専門家たちが仕方なく考え出した便宜的なものでしかなく、いわば机上の空論のようなものだ。人間関係の発展という視点で捉えれば退化でしかない。皆が異常に何もかも神経質になって実にバカバカしい。自粛にもほどがあろう。皆イライラして、家々から聞こえる声は荒々しい。
 むろんこの新生活様式には一定の予防効果はあると信じよう。が、いつまでもこんな不便かつ面倒なことが続くはずかないし、コロナウイルスもこの世から消えてなくなるわけでもない。そのうえでどう、どんなふうにコロナと共に我らは生きていくかだ。

 いつになれば元通りの生活戻るのか、また戻れるのかそれはわからない。願わくば元通りの日常を取り戻したいがそれはまず無理だろう。我々は既に多くのものを失ってしまい変わってしまったのだから。音楽の場だけでなく店も街も何もかも。
 が、我はあくまでも生の音楽の場を求めて、そうした密な空間で人との密な関係を今さらながら構築していきたい。
 それが文化であると信ずるし文明であり、人類の進化と発展の基礎だと信じて。そして音楽、うたはどんな時代でも常にどこでも求められているはずだと。

 たとえ我一人でも、人と人とが直に向き合い、生でふれあうライブな関係をこれからも、これまで通り探っていく。たとえそれがどれほど難しくタイヘンだとしても続けていく。
 人と人が「繋がる」ということはそういうことなのだと信じて。そしてコロナを真に怖れない仲間たちともきっと出会えると願って。

「新しい行動様式」に抗っていく・後2020年05月23日 23時50分14秒

★緊急事態の「解除」にみる、日本特異の「同化の文化」

 アベノマスクがやっと昨日5/22日にウチに届いた。宛名もなくポストに投げ込まれていた。やっとウチにもか、である。
 菅長官は、この政府決断の一世帯全てに二枚づつの布マスク配布を、マスク不足解消に大いに役立ったとその効果を自画自賛していたが、我はそうは思わない。

 確かに今はあちこちの店舗でまだ高額ながらもマスクが出回りはじめ皆が購入できるようになってきているが、このアベノマスクとは何も関係ない。
 せめてこれが一か月前に日本全土の全世帯に届いたならば確かにマスク不足に一定の効果や役割もあったかもしれないが、やっと今さら、もはや5月も終わりである。それも中国から品質はともかく大量にマスクが入るようになって来てから一世帯ごとにたったの二枚のマスクで何の効果があろうか。しかもこれもまた国民の税金なのである。誰がこんな愚行を望んだか。
 トランプ氏と我はマスクはしない生活スタイルだからこんなものそもそも不要であるし、開けてもないがこれは確かに小さい。これを付ける人、有難いと喜ぶ人はいるのであろうか。

 さておき、このところ東京でも感染者数が激減してきたこともあって、どうやらまずは(ひとまず?)緊急事態宣言は解除となりそうだ。週明け25日にも当初予定の今月末を前に、そう発表されるとの報道が流れている。
 何はともあれ歓迎したい。誰でもだろうがもう「自粛」はウンザリだ。そしてそのうえで今思うこととこれからについて考えたことを記す。

 人は、危機において、非常時こそ、その人の本質が現れるとされる。
 このコロナウィルス流行騒動が無事このまま収束に向かうかはともかく、仕事も生活も含めその影響を受けなかった人は誰一人いないはずだ。そして誰もがこれまでとは異なる、新たな生活スタイルを強いられている。とうぜん様々なことを考えたはずだ。
 我も、日本人の一員ではあるが、この日本社会の特異性について、いや、それこそが日本人独特の社会意識なのだろうが、今さらながら深く思い知った。そして自分はそこに入っていないということも。
 
 クリスチャンであり、長くフランスで暮らし、最後はその地で客死した哲学者森有正は、フランスという最も個人主義の国から、役に立つものは何でも受け入れていく日本の「同化の文化」を指摘しているが、この「同化」の意識が今回コロナウィルス流行下こそ、はっきり示されたと思える。
 つまり法的に強制されなくても、上からのただ「要請」であろうと、国民誰もが従いやっていることは、その効果の真偽や有無はともかく日本人は皆守り粛々と従うということだ。それは感染拡大防止という意識以前に、この国独自の「同化の文化」によるものではないか。
 結果として誰もがどんなに暑くてもマスクを付け、手洗いを徹底し、人との社会的距離をとって生活するようになった。その「不便」に異論は出ず、抗議活動は起こらない。政治家たちも与党野党問わずマスク姿で臨むようになった。
 そしてそのことが政府の後手後手の感染対応策においても一定の拡大阻止の効果となって現れ、潜在的感染者数は多いはずなのに他国のように爆発的感染者数、そして者の数に現れることなく「収束」に向かうことができた。これはまさに感嘆し敬服に値すると思う。
 生真面目で潔癖かつ神経質な日本人だから成し得たと思う偉業であろう。皆が我のようにずさんでだらしなかったらもっともっと感染者は増えてパンデミックなるものがあちこちで発生していたことだろう。

 日本という国家は、四方を海に囲まれ、しかも何百年もずっと単一政権によって民は支配されてきた、ある意味一強独裁国家であったから国民は、皆同化の意識が強かった。建前として四民平等、いわゆる「横並び」である。
 出る釘は打たれるという諺もあったし、悪事をしでかしたり集団の秩序を乱したり「掟」に従わない者は、古来より「村八分」にされたり集団から石もて追われる啄木一家のような目に遭った。
 が、我は思う。では、人と同じ、他者と同じ行動をとるということは、そもそも善なのか正義であろうか。他者と違うことをする者は、悪なのであろうか。ことはそう単純なのか。

 フランス語に、ユニックという言葉がある。uniqueと書く。これが日本語で言うところの「ユニーク」の語源で、意味は唯一の、とか独特の、といった意味で、あの人はユニックだという場合は、オモシロイと言う意味ではなく、良い意味で変わってるという「評価」である。※衣料品店「ユニクロ」の語源、ユニーク・クローゼットの「ユニック」でもある。
 徹底した個人主義のかの国では、人と違うこと、人と同調しないことは善、正義以前に当然のことであり、そもそも「ひとそれぞれ」であり、ひと頃この国でも流行った言葉「みんな違ってみんないい」のである。
 自分の正義と共に、他者の正義、つまり違っていても言動や考えを認め尊重していく。それが正しい意味での近代個人主義であろうし国際的常識ではなかろうか。そう、ヒトはそもそもみんな違っているのだから。

 が、翻ってこの国の場合、あの人はユニークだから、という評価は、多かれ少なかれそこに一定の批判が含まれている。つまり人と同調しない、一緒の行動をとらないから、という同調圧力がそこにある。
 日本と日本人は、長年の「同化の文化」の中でそれが常識、当たり前だと思い込んできた。皆がすることは当然正しいし、それに抗ってはいけないと。
 周りの皆が大学に行けばとうぜん行きたくもなくても無理しても大学に行こうと考えるし、大学を出たらとうぜんの如く就職する。そして結婚し家庭を築き、子を産み育て社会の一員として種々の税金を納め規範を守っていく。それが善であり正義であると。「当たり前」のことなのたと。
 それに対して学校から落ちこぼれて家に引き籠ってたり、無職やフリーター的な者たちは、基本、悪ではないが、やはり「悪いこと」だと。事件を起こすのはそうした社会的脱落者たち、違っている人たちだと。
 しかし、モノゴトの価値や正義は多寡では測れないはずだし、大昔、漫才師時代のピートきよしこと北野武が言ったように「赤信号みんなで渡れば怖くない」ということすら起こり得るのである。

 そして今回も、このコロナウイルス禍、コロナとの国家を挙げての戦いの最中、店舗などの営業を自粛していない、集団の「和を乱す者たち」たちに対して、一方的に様々な脅迫や嫌がらせしたりする「正義の鉄拳」を下す輩も出て来る。「自粛警察」である。
 先日、どこそこのかなり年配の公務員がそうした「脅迫」の容疑で逮捕されたようだが、本人は、コロナへの恐怖心でついやってしまった、と話しているとのことだが、さもありなんと思う。
 非常時において、人は、恐怖と不安と、そこに「不満」が加われば、「同化」を拒む者、自分たちと違っている「他者」に対して何でもしてしまうものなのだと知る。かつて百年近く前にも、関東大震災直後、日本に来ていた朝鮮人たちをデマに煽られ多勢暴行、虐殺したように。

 しかし。それこそが日本人と日本社会そのものであり、良い面を見ればその気質ゆえ奇跡的にコロナを封印成功することもできたようであるわけで、百年経とうと日本人は何も変わっていないことが判明したことがわかったのは良いことだった。
 同時に、我がこれまで半世紀以上物心ついてから生きて来て、どうしてこの国で我は生き辛いのか漠然と感じていたその理由もはっきりわかった。そう、みんなが是とした「同化の文化」の中にそもそもいなかったからであった。

 コロナ禍後の、「コロナと共生していく新時代」という言葉がこのところよく聞かれるようになった。それはマスクを今夏も常に付け続けて、レジ並びや飲食店でも一定の距離を空けて、何もかも「三密」を避けていく生活を続けていくことであろうか。
 そしてそうした「新しい行動様式」下、我はどう何をしていくべきか。果たして再びコンサートなどの企画再開できるのであろうか。
 これからも油断大敵、気を緩めてはならないとして様々なガマンを強いてられていくのだろうか。

 三回で終わる予定だったけれど、もう一回だけ書き足します。これでは結論がない。

「新しい行動様式」に抗っていく・中2020年05月21日 11時11分42秒

★うたをなくしたカナリヤは

 コロナ禍後のこの国には自分の居場所がない。ならばどうするか。
 このところずっと考えていた。

 むろん開き直って、「要請」もどこ吹く風で、どこそこのパチンコ屋のように臆面なく開き直ってやっていくこともできなくはない。世間から人でなしとか、非常識、非国民と呼ばれるのは今さらのことではないし、元より我は世間から落ちこぼれた異端者、アウトサイダーだったのだから、真っ当でない道を突き進むという選択肢もあった。
 が、我が望みこれからもやっていこうとしていたこと、「共謀コンサート」も含めてライブ企画活動ができないならば、何もこの町で、この場所で息苦しい思いして暮らしていく必要はないではないかと考えた。

 幸いにして我には今、山梨県の峡北、長野に近い北杜市の山里に倉庫としての古民家がある。
 そこは八ヶ岳山麓、人よりも猿や鹿のほうが人口が多い過疎地域で、行くたびに猿の姿は見かけてもニンゲンには一人も逢わないということがままある集落だ。もともと若い頃より不登校の引きこもりであったのだから、齢60過ぎて新行動様式になじめずに山中に再び引き籠るというのもありであろう。もう一切の社会的活動は終わりにしてだ。誰とも関わらないから自由に好きに生きられるはず。コロナ対策は一切関係ない。そう真剣に考えもした。

 詩人で彫刻家の高村光太郎は、敗戦後、戦争協力者としての負い目もあって、単身、岩手県の寒村、それも山中に移り住み、独居して一人で農耕暮らしを60を過ぎてから10年近く続けた。愛妻、千恵子はとうに亡く、たった一人でのほぼ自給自足の生活である。あたかもあの『森の生活』のD・ソローが如く。しかもソローよりも長く。
 我ももはやコンサートなどの音楽活動ができないのならば、光太郎に倣って、その地で荒れ放題の畑を手に入れて、野菜類は自給し、月に一度ぐらい麓のスーパーで肉や魚など生鮮品は買い求め、あとの生活必需品は宅配に任せて、犬猫たち連れて本格的に移住することを夢見た。※今いるこの家は、売るか誰かに貸すとして、収益を得るすべとして。
 が、まだ我には老いた父がいる。病院らしい病院は麓に一つしかないその地では父を連れていくことはできないし、その地にどれだけ老人介護施設などあるか定かではない。
 いまさら引っ越しの手続きや準備している間に父は死ぬか、病院に担ぎ込まれることは間違いなく、その計画は時期尚早だと考えなおした。
 ならばここで、この場所で何ができるか、なにをすべきかだ。

 むろん昨今、多くのミュージシャンが始めたように、ライブ配信やYouTubeなどネット上に、楽曲や活動の様子そのものをアップしていくという手もある。場合によっては、それでうまくしたら有名ユーチュバーのように人気を得て、コンサートの企画なんて比べられない程金儲けすることもできるかもしれない。
 いや、何よりも今よりももっと圧倒的に多くの人たちとZoomなるシステムを使えば「共謀」できると事情通の方からはご教示頂いた。それはそう難しいことでも手間でもないらしい。

 しかしどうなんだろう。それは自分が本当に望んでいることか。その「新しい様式」は。
 
 西条八十が児童雑誌『赤い鳥』に寄せた『金糸雀』は、すぐにメロディが付けられ今日でも多くの人たちに唄い継がれている。俗に、♩うたを忘れたかなりやは~ で始まる佳曲である。
 ならば、我にとっては、うたをなくした、いや、うたの場を失くしたカナリヤであろうか。

 うたの場をなくしたかなりやは、どこへ行けば良いのであろうか。忘れたうたや失くしたうたはやがて再びみつかるかもしれない。が、失なってしまった場はどこへ行けばみつかるのであろうか。
 ならば自らつくるしかない。それしかないのではないか。

 小雨まじりの肌寒い曇り空の下、今日はひっきりなしにオスプレイが横田空域を飛び交っている。そんなことを考え続けた。

※ちなみに昨年2019年は、その「かなりや」以来、童謡誕生100周年であった。