子猫問題は一段落2021年06月17日 11時41分53秒

★さあ、ここから一気に歩を進めていく

 昨夜、そぼ降る雨の中、かけこみ亭へ出向き、都内でネイルサロンを経営されているご夫婦に今回の子猫、残る2匹一緒に引き取って頂けた。
 ご自宅は横浜方面にお住まいとのこと、先住の老いた猫もいるご家庭なので子猫が新しい環境に慣れるかまだ様子見というところもあり、もしかしたら出戻りの可能性もなきにしもだが、ともかくこれでまず今回産まれた子たちはすべて片付いた。
 沢山いた子猫たちが突然ゼロになってしまうと、淋しいような哀しいような、祭りの後のような気分に少しだけ泣きたい気分に襲われている。
 が、ともかくこれで一段落はしたわけで、さあやっとここからまた次のことに向き合えると奮起するところもある。

 考えてみると、決して事態、状況は良くなったわけではなく、さらにひどい状況から、また元のひどい状況に少しだけ戻せただけに過ぎず、悪化している事態は何一つ良くなったわけではない。
 ともあれ少しだけでも悩み事や時間とられることが減ったことは間違いなく、今また気持ち新たに一日一日、少しでもやるべきこと、いや、それ以前に今できることを進めていきたいと思う。

あと一年、何としても父を生かしていく2021年06月14日 07時37分50秒

★すべてに「時」はあるけれども

 関東、東京は梅雨に入ったかわからんけど、鬱陶しいじめじめとした「梅雨どき」らしい曇りか雨もよいの日が続く。
 梅雨と書く、字義通り、いまどこも梅の実がたわわになり、その梅で梅酒や梅干しを漬ける季節である。
 昨日は、自立型脚立に昇ってウチの庭の梅の実をもいで、ついでに伸びた枝の剪定も行った。
 そう、ウチには右隣の隣家に接してさほど大きくない梅の木もあって、先年、故あって一度枯れかけたが、幸い持ち直してこの数年多くはないが再び実をつけるようになった。
 今年は、低い枝についた手近にもげる分の実は、先にその隣家におすそ分けしたので、ウチのぶんは2キロもないけれど、これからそれを洗って梅干し用に漬けこむことにする。この数年、とれる分はごく少しで、とれても隣家にそれは全部あげてしまうので、ウチで梅を漬けこむのは久しぶりである。少しづつまた母が生きていた頃に戻って来た感がある。

 さておき、後ほどその脚立の画像をあげるが、これは、アルインコ社製の高さ約3m以上ある、同型のうち一番大きい自立型の脚立だ。※庭師などが使う、下部が広がっている梯子を1本のポールで支え、どこかに立てかけなくても自立して使えるタイプの本格的なものだ。
 あまりにウチの庭の植栽が伸びすぎ、隣近所から煩く言われていたので、先日、突発的にAmazonで注文してしまった。値段は3万円近くした。
 当初は我家まで配達、とのことだったが、あまりに大きくてヤマトや佐川では扱わず、アルインコ自社から配送なのだが、ウチの前の道にはその配送する車が入らないとのことで、仕方なく一番近くの集荷センターがある狭山市日高の物流倉庫まで自ら出向いて引き取りに行った。
 じっさいかなり大きく、アルミ製で軽量だけれど扱いに苦労する。
 その日は、我が盟友フォークシンガー太田さんにウチまで来て頂き、二人で圏央道の日高インターまで走り、その物流倉庫で引き取り、ウチの軽のミニワゴン車の屋根に苦労して前後にかなり飛び出しながら無理無理にロープで括りつけて持ち帰って来た。
 一人ではその脚立を持ち上げて屋根に縛るのは難しかった。二人で何とか乗せて無事に持ち帰れた。それが先月30日のことであった。

 そして、今月5日、土曜の午後には、かけこみ亭をお借りして、ウチの子猫の譲渡会を開いた。
 今回まず生まれた七匹のうち、既に予約が入っていた2匹を除いて、残る5匹を連れて行き、三家族が来てくれてそれぞれ一匹づつ、三匹が新たな家庭に貰われて行った。三留まゆみさん、かけこみ亭関係者の方々にも改めて厚く御礼申したい。
 ※その「予約」されていた子猫二匹は、前回記したように、12日の土曜に八王子市鑓水のショッピングセンターの駐車場で引き渡せた。

 そんなでやたら慌ただしく、父の介護施設の利用もこちらの都合で変則的になってしまい、通常は、土曜日に送り出し月曜にいったん戻るのが、今月頭は水曜までに延ばしてもらった。
 またさらに続いて今月3日の木曜から次週10日の木曜までロングで別の施設に預かってもらうことにしてもらった。七泊八日の利用は初めてのことであった。それもこれも猫騒動の余波である。おかげで父の介護はせずに家のこと、猫のことに専念できた。
 しかし、この10日にそのロングのお泊りから帰って来た父は、さすがに呆けと衰弱が進み、我家に帰宅しても意識が朦朧としてなかなか反応が戻らなかった。

 その老人介護施設では常に車椅子で移動させられているし、基本、個室で寝てばかりいたようで、食事もあまり進まなかった感じで、また一回り小さくなったというのがまず帰宅時の印象だ。
 翌日は、終日我が家に居て、医師と看護婦の訪問診察などがあり、人も来たりして刺激があったせいか、何とか夜にはこちらの声かけに真っ当な反応が戻ってくるようになった。彼の愛する猫たちの存在も大きい。
 やはり施設に預けぱなしにしてしまうと結果的に老衰はさらに進み、体力低下だけでなく呆けも進んでしまうのだと痛感、反省した。
 今回は何とか幸い彼の人格、自意識が「戻った」が、一か月も我が家に帰れないと、ウチに帰って来たとしてももう何もわからず反応もなく、ひたすらこんこんと眠り続けて食事も摂れないだろうと予想できた。
 そういう状況は目前だが、そうなってしまえば衰弱がさらに進み死期はさらに早まり、年内もつかも危ぶまれる。

 じっさい別施設で月ごと体重測定してもらったら、昨年暮れの時点では約60キロあった体重が年明けからじょじょに減り続けて、58、57、56と落ちて来ていたのが、今月はそんなこんなでなんと54キロ台である。
 かつての六尺男、背が約180㎝近くもあり、初老期には体重も80キロもあった偉丈夫が、いまではこの我よりも小さく体重も少なく、まさに骨と皮となってしまった。いよいよ危険水域に入ってきたと思える。

 さて、どうしたものか。いま、父がすぐ死んでしまえば、一時的に保険金は少しは入る。が、古本稼業もとうとう行き詰ってしまった我には年金もなく、我家は完全に「無収入」となる。
 恥ずかしい話を記すが、いまこの家は何とか父の少ない年金がともかく二カ月おきに入って来るので、介護施設利用料も家の食費も様々な税金、光熱費なども何とかそれでまかなっている。
 といっても父の施設利用料だけで10万円近くかかるので、じっさいは父の年金だけでは赤字続きで、我の貯金を取り崩したり、九州の妹からときに送金してもらい何とかやりくりしてきた。※我の「貯金」とはAmazonからの売り上げ収入で、かつては100万以上あったが、少しづつ支払いに下ろして今では数万円台となってしまった。
 しかもこのところ猫たちが大量に増えてしまい、その餌代や猫砂だけで月に何万も出費がかさむ事態となってしまった。
 あれこれ先のコトを考え出すと頭が痛くなり不安でウツウツとしてくる。いったいどうしたらよいものか、どうなってしまうのかと。

 で、今回気づいたのは、そんな手のかかる父であるが、どのような状態でもともかく生きてくれていて、施設に通い、定期的にウチに帰って来てくれるのは有り難いことだということだ、と。
 というのも、父が不在だと我は自分のことに専念できるわけだけれど、逆に生活が不規則となってしまい、さほど効率が上がらないだけでなく体調も崩してしまうことに気がついた。
 父がいないと気ままにヘンな時間にだらだら昼寝したりすると食事も不規則となり夜もなかなか眠れずに明け方まで起きたりして日中もぼうっとして体調もすぐれない。
 わかったことは、この我は、自分一人では何一つ自らを律することができず、食事もきちんと作らず、インスタントラーメンやスーパーで出来合いの弁当など買ってきてはアルコールで流し込み酔っぱらって寝てしまうことばかりしてしまうのだ。
 まだ父や猫たち犬など、世話しないとならない他者がいるから、とことん崩れないが、今室内は、汚れた皿や缶ビールの空き缶が散乱して、よく報じられる、あたかもアパートで孤独死した一人暮らしの老人の住いとなっている
 人は人のために生きてこそ、という言葉があるが、我は何より自らに関心が薄く自己愛も低いので、自分のためには何もしない。よって誰か他者がいてくれてこそ、その人のために動くことができるし、何でもしようと思える。じっさいこんな我にも求められれば何でもやってきた。
 今はまだ父がいるから、父の施設とのローテーションで我の生活サイクルも成り立っていることに気がついた。
 そう、ある意味、手のかかる父や動物たちがいるから我はまだ生きていけるのだった。

 ただ父は間もなく死に臨むことは間違いなく、あとはやたら金のかかる猫たちだけが我に残される。父亡きあと一人でどうやって生活していくべきか。

 それで考えた。かなり難しいことだが、ともかくあと一年と期限を決めて、来年の6月まで父をともかく何としても生かし、その期間にまず猫問題はこれ以上増えないよう、完全解決をはかる、ということだ。
 父が施設に定期的に通ってくれて、父の年金も定期的に入って来る間に、猫のことも家の片付けのことも処理、管理を進めて、まさに今後も維持、継続可能なようにこの生活を立て直していく。

 それが出来なければ、この我の人生も先はない。行き詰ってさらに自らへのネグレクトは進み、やがて荒れ果てた家で孤独死するか、隣近所とのトラブルにキレて隣人たちを殺して家に火をつけて動物たちもろとも破滅していくだけか、だと考えている。
 そうしたヒサンな情けない事態にならぬよう、ともかく父をあと一年は何とか生かして、その中でできること、やるべきことを少しでもやっていく。
 嗤われても呆れ果てられてもかまわない。これが現実だ。どうしようもない人生の決着をつけていく。

やっと猫問題、終わりが見えてきた。2021年06月12日 23時21分50秒

★まだ根本解決にはほど遠くとも

 久々にブログアップする。先月からの慌ただしい日々はやっと一段落してきた。
 何から書くべきか、そして我がことを書いたとしてどれほど読み手がいてその関心をひくかわからないが、ともかく近況を記す。
 今回の「猫問題」、と言ってもようわからんかもしれんが、ウチでまたまた迂闊にも生まれてしまった子猫たち7匹は、ほぼ貰い手がついて残すはあと二匹となった。
 それも来週半ばに都内のネイルサロンの方と「お見合い」をするので、たぶん今回の子はほぼ全部引き取られるかと思う。

 実は、今日も夕刻、八王子市鑓水のホームセンターの駐車場で、子猫二匹を一緒に飼ってくれる方に引き渡せた。
 それであと二匹となったしだいで、今回はかなり貰われる率が高い。有難いことである。皆幸せになってほしい。
 前回のときなどは、貰われて行ったのは4匹のうち2匹だけで、結局残った子はウチで飼うこととなり、それがまた子を産むという悪循環というか、ネズミ算ならぬ猫算展開で、とうとう多頭飼い飼育崩壊寸前となってしまった。
 今回も雌だけ室内飼いしていたはずなのに、我の判断ミスと迂闊さから出産に至り、一時期はどうして良いものか途方に暮れた。下手すると動物愛護活動に熱心な方々がまた執拗に乗り込んで来てあれこれ煩く我に指示し糾弾してくるかと怖れ危惧し頭痛めた。
 が、幸いにして、三留まゆみさんをはじめとして我の女友達があちこちに声をかけてくれて、彼女たちのフェイスブックなどで宣伝告知してくれたおかげで、多くの子たちが新たな家庭で幸福な猫人生をスタートできることとなった。
 しかし、これで「解決」、事態収束というわけではない。猫問題に関しては、まだまだ続く。「今回の問題」はとりあえず、終わりが見えただけで、真に根本的解決、最終的解決案、つまり策を実現しない限り、パレスチナ問題のように何度でもまだまだ「紛争」はこれからも続く。

 我の人生は猫たちの世話するためにあるのではない。そもそも自分の人生だってきちんと確立していないのに、だ。まあ、そんなだらしないニンゲンだからこんな愚かな事態を招くのだとご批判されても反論できないが。
 ただ、あまりそうして「正義」や「常識」を振りかざし、「動物を飼う資格がない」などと皆して我を糾弾してこられると、我としては自己を苛み家に火をつけ猫もろとも自殺するか逆にキレて世間様に復讐したりするのでほどほどにお願いしたい。
 ブログも今月頭に書いたきり、10日以上も空いてしまった。まずその間の出来事など何があったのかを記して、これからについても思うところを書いていきたい。

父を何とか今寝かしつけて2021年06月02日 23時11分49秒

★一日一日、ともかく乗り切るしかない

 今、父を自室のベッドに何とか寝かしつけ、鍵もかけた。あとは明日明け方まで大人しくじっと眠ってくれることを期待するしかない。
 早朝、5時か6時前頃、我はいったん起きて、眠ってる父のオムツを交換して布団などかけ直してから、父を起床させるまで1時間~ほど寝直す。
 そして、父を叩き起こしてトイレへ誘いそこで着替えさせ、歯や顔も洗ってから居間に連れて行き、朝食をとらせて介護施設に送り出す。

ここから、これから少しでも持ち直していく。2021年06月01日 23時44分55秒

★6月に入りました。

 何から書いたらよいものか。まずは父のコトを少し。

 父の体調、食べられなくなって痩せて体力が落ち衰弱がさらに進んでしまったことは先に書いた。
 じっさい介護施設から帰宅しても歩くのもやっとで、ウチの屋内はモノがあり過ぎて、とても車椅子は使えないので、我が常に手を引き、座椅子からは抱き起して立ち上がらせて、と、ベッドからトイレまで家中どこに移動するにせよ朝から晩まで介助さねばならない。
 ふらつきもひどく、先の帰宅時は、何度よろめいて家の内外で転んだかわからない。父に押され倒されて我も共に転んだこともある。身体中青あざだらけとなっている。

 ともかくこのところは食べさせるだけでも一苦労ゆえ、けっきょく先月後半から、父は介護保険の点数いっぱい施設に預けることにして在宅の日は極力減らすことにした。
 一晩程度の世話は労苦だと思わないが、二晩、つまり朝から晩まで終日家にいる日があると、こちらも睡眠不足もあって心身の疲労で精神的に疲弊して体調がおかしくなる。
 そんなでなかなか我が家には帰れない父には可哀想というか、すまない気持ちでいっぱいだが、父が帰宅する日は朝から気が重いというのも正直なところだ。
 これが母がまだ生きていたり、我に妻なり子なり他に家族がいれば、介護も分担でき、気持ちも体も楽だろうと思うが、ともかく今は父一人、子一人という家庭なのだから我一人ではとても24時間父の世話はできない。

 ただ、そうして今はデイサービスのお泊りとショートステイに預かってもらえているが、このままさらに老衰が進んでしまえば、食事が摂れないだけでなく、そこに行ってもひたすら眠ってばかりなら利用自体難しくなるだろう。
 その場合、特養などに入れて完全に我の手から父は離れることになると思うが、その日も間もないとひしひしと感じている。
 また、ひどく転んでまたもや骨折などしてそのまま病院介護施設に収容されるか、その可能性も高い。
 あるいは誤嚥性肺炎起こして即そのまま入院ということも。
 幸いなのは、今行っている介護施設でもコロナ患者は発生してなく、通常通り通えているから我も父も今までの日常の延長で何とかやっていけているわけで、コロナで施設閉鎖とか当人が感染ということになれば、その時点で嫌でも全ての終わりとなろう。有難いことである。

 父が帰宅する日の前の晩は、いつもあれこれ「この先」のことを不安に駆られて考えたものだが、もう百歳近くまで生きて来れたのだから何が起きようと「そのときはそのとき」だと思考停止という方便を覚えた。
 高齢の老人優先に、コロナのワクチン接種がウチの市でも進んでいるようだが、我としては在宅時にかかりつけ医が来て打ってくれるのならともかく、父を連れてどこかの会場に出向いて集団接種などまったく受ける気はない。コロナに感染しなくてももはや明日をも知れぬ年齢なのである。ワクチンは早く打ちたくてたまらない、もっと若い元気な年寄りにまわしてくれ、という気分だ。

 さておき、父のことはともかく、先月5月はともかく慌ただしかった。予期せぬ事態が次々起きてしまった。今も何一つ解決はしていない。
 が、今、月も改まり、ようやく事態はやっと収拾の方向に向かっている。むろん我の多事多難な(一概に何が多難かはともかく)人生はこれからも変わらず続く。
 実は今月、6月は、九星気学から見ると、我の運勢は今年最悪の月なのである。
 ならばこそ何があろうと父のことも含めて、今月を無事にともかく乗り切れれば、たぶんこの先しばらくはさらにこれ以上の悪いことはないだろう。運勢もだんだん持ち直していく。

 実はコロナ大不況で、我の商売も注文が途絶えて、父の年金も介護保険代と施設利用料の増加で振り込まれた分は右から左へ消えていく。生活のため我の貯金も切り崩して残高はゼロに近い。
 それに加えて、Amazonなどでの支払いでの引き落としも嵩み、我の通帳の引き落としできないマイナス残高は20万近くとなってしまった。
 このままだと、父母名義の定期預金を解約しないとこの家の家計は破綻してしまうと真剣に考えるこのところではあるが、なにはともあれ父はまだ生きているし、我も何とか無事生きながらえている。
 今ここを凌げば、ここを乗り切れば持ち直せると思いたいし、きっと良くなっていくと思っている。
そのためにもともかくまずは、今月を無事に乗り切ることからだ。

 無理せず、慎重に丁寧に何事もきちんと向き合っていく。
 これから、ここから少しでも少しづつでも持ち直していく。元の生活を取り戻していきたい。もうダメだと思うことも、つとあるが、まだできる、まだまだがんばれると信じてやっていく。

起きていることにきちんと向き合い、すべてを受け容れていく2021年05月29日 22時38分26秒

★我が「緊急事態宣言」もこれからも続く。
 
 ロス・マクドナルドのハードボイルド小説のタイトルに、『トラブルは我が影法師』というのがあったと記憶するが、まさにこの我が身も生涯多事多難は付きまとうようだ。
 世間は、またまたコロナ感染状況下の「緊急事態宣言」が再延長となったようだが、その是非も含めて思うところは多々あるが、我の人生の「緊急事態」は、思えば、母が死んでからずっと、間もなくこの5年、「発出中」というか、その状況は続いている。
 父の容態もだが、一難去ってまた一難という言葉の通り、相変わらず綱渡りというか、薄氷を踏み歩くような日々が続いている。今日また新たにまた一つ面倒な事態が起きてしまった。
 幸いまだ谷底や水中に転落ということに至らず我は何とか生きているのでこうしてブログで現況を報告できるわけで、まずそのことだけでも有難いことだと思える。
 若き日にラジオで聴いたレオン・ラッセルの曲「タイトロープ」とニール・ヤングの「ヘルプレス」が頭の中で何度もリピートしている。そう、綱渡りの出口なしである。
 が、ともかく生きて行かねばならない。こうしてブログ書けるだけでもまだ状況は良好だと思いたい。

やっと晴れた!!2021年05月23日 09時44分23秒

★洗濯も含めて、できるときに、できることをやっていこう!!

 「近況の続き」、自分のことを書く。
 このところやたら雨や曇りの日が多く、からっと朝から晴れる日はめったにない。
 今日、23日は幸いようやく明るく晴れて久々の五月晴れである。
 拙ブログ、途中まで書きかけて、溜まった汚れもの洗濯し干して、猫たちのトイレの砂箱干して取り替えたり、自分の布団も干したりと朝からいくつかの「けんあん」のことを昼過ぎまでかかってやっと終わらせた。

 遅い朝昼兼用の食事を終えて、午後は窓を開けて取り込んだほかほかの布団で短時間だが昼寝をした。
 夕刻、起きたら携帯に着信があり、誰だか表示は出てなかったのだが、ショートメールも届いていて、我が山梨の倉庫兼古民家のお隣の家の方からだと判明した。
 その短いメールでは先日の雨で、ウチの庭先のケヤキの枝がその家の雨樋や瓦に落ちて壊して大工を呼んで修理をしたことと、だからできるだけ早く伸びて徒長したその樹の枝を切ってくれと強い「要請」が記してあった。
 慌てて電話をかけて、ともかく詫びて、近く緊急事態宣言が介助されたら出向くこと、そして少しづつでもケヤキの枝下ろしはしていくことを伝えた。
 向うは、個人では切るのはタイヘンで難しいだろうし、職人を紹介して手配もしようかと提案されたが、いまはとてもそんな金銭的余裕もないので、ともかく近く行けて直接会った時にまた相談することでひとまず話はついた。※他府県との往来は「自粛」しろとの「緊急事態宣言」中で助かったと思った。

 田舎暮らしというのは、自然の中で誰にも会わずゆったりのんびりできると思われるだろうが、じっさいは大違いで、まずはご近所さまとの付き合いこそが何よりタイヘンなのである。ともかく気を使う。
 そもそも人より猿や鹿の姿が多い限界集落の山里だから、ご近所に存在する人間は、このお隣さんしかいない。道を挟んだ向かいに一人暮らしの老婆がいたはずだが、このところは入院されたか行ってもその家は窓も開かず夜も明かりもついていない。
 ともかくご近所の人間はこの段差ある坂道のすぐ下の隣一家だけで、もしウチの古民家に泥棒や火災、風水雪害など何かあったときなど知らせてくれるのはその隣家だけしかいない。大事に応対せねばならないのである。
 以前はそのケヤキや庭の植栽、大学時代の友人、「社員」氏を招いて同行して、二人で伸びた枝を切り落としていた。
 が、このコロナ騒動で、その友人は、今彼がいる茨城県笠間市から東京に来れなくなり、人手がなくなってしまった。
 むろん一人ても山梨へ行ったとき、少しでも伐採作業をしていけばよいのだが、いろいろあって冬の間は何カ月も行けず、今は、行けても高所作業でもあるため一人ではためらわれて、なかなか切る事ができなかったのだ。
 そしてとうとう見かねたお隣さんからお小言を頂いたという次第である。いや、以前から伸びた桐の木も落葉がひどく困る、何とかしろと言われていたのだった。やれやれである。

 コロナ禍も関係なく多事多難の人生は続く。しかしそのどれも全ては我の責任、自業自得なのである。
 家でもモノでも生き物でも何であれ、多くを抱えるということは、維持していくためにも責任が問われ求められる。当然それには金もかかるし労力もいる。モノゴトには常に苦労が伴う。

 実は・・・迂闊に書くべきか迷っていたのだが、我が失態によりまたも子猫が産まれてしまった。
 幸いにして、我が女友達が貰い手を捜すご協力してくれているので既に数匹は飼い主がみつかりそうだ。
 だが、まだ残ってはいる。何とか貰い手を捜していかねばならない。 だが、保護団体とかにご連絡は無用なので当ブログ内だけで内密にお願いしたい。

近況とこれからのこと等々2021年05月22日 23時51分14秒

★とりあえず眼前の危機は乗り越えられたか~まだ何とか生きている。

 このところ、一週間もずっと雨もよいの日が続いている。
 まだ関東は梅雨に入っていないはずなのだが、しとしとと弱い雨が断続的に降ったりで、時に蒸し暑く、ときに肌寒く、気持ちも天気同様スッキリしない。
 暑い日は夏日になるほど暑くなって、朝晩との寒暖差も大きく身体がまだ対応できていない。
 不順で安定しない天候も関係してか、我の寒暖差アレルギーもだが、高齢の父はこのところ体調崩してどうしたものか対応に追われていた。
 が、幸い何とかまた今朝から介護施設に送り出せて、向うから特に連絡もないのでやっと今は一安心、安堵の気持ちで久々にブログに向かっている。
 今さらだが、今月、このところの近況も含めて、「これから」のことなど書き記していきたい。

 コロナ禍など関係なく、相変わらず多事多難の人生は続いている。
 まずは、我が父のことだ。
 年寄りは、自ら体温調整が難しいと言われるが、気温が高い日は、体温が常時37℃台前後となって、なかなか下がらない。
 軽い熱中症気味となって身体もほてり、このところの父は何か怠そうである。が、何とか冷房入れて対処するとして、それよりも問題は、飲食時の吞み込みがさらに悪くなったことだ。

 食べ物を口に運ぶ都度、ゴホゴホと咳き込み、ときに喉に詰まったからか突然吐き戻してしまう。そんなことが続いている。
 自らに任せていると苦しい故食べなくなるから、ますます痩せていく。仕方なく我が傍らに付いて、飲み物と食べ物を咽ないよう交互に食べさせなくてはならない。一回の食事に、食べさせるだけで一時間はとられる。
 若い頃からの健啖家で、老いて来ても彼の弟や妹たちも呆れ果てるほど食べられた人だった。昔で言う、六尺男、約180㎝近くもあり、一時期は体重も80キロ近くあった。
 が、加齢とともにしだいに痩せ衰え、10年前の大腿骨の粉砕骨折以降、歩行が難しくなったこともあって、この数年は、常時60キロ前後で推移していた。
 しかし、先月から吐き戻すことも多かったからか、一気に体重が落ちて、今月の施設内での計測では、55キロとのことで、いよいよ゜危険水域」に入って来た感がある。
 着替えさせるとき裸にするとまさに骨と皮で、頬もこけてきて体脂肪はほとんどないと思える。
 そして食事中もだが、朝起きてもやたらうとうと眠ることが多くなった。
 やがてこのままひたすら眠り続けてそのまま逝くのであろうか。

 このところメディアでは、かなり高齢の、百歳近くの著名人の訃報が続いているが、そのどれも「老衰死」であり、特に大きな進行性の病がなければ、おそらく誰もが我が父のように、百歳前後までともかく生きながらえて緩やかに死んで行くのであろう。
 我が母のように頭はしっかりしていて、癌などの進行性の病で死期を迎えるという死は耐え難いが、父のように何もかもできなくなって何もかもわからなくなって「なし崩し的」に死んで行くのもいかがなものかと思える。
 むろん迫りくる死の恐怖、死の受容は、当人は何も感じないのだから心身共に苦痛もなく、ある意味、理想的な死に方であるのは間違いない。何もわからない、なにも感じないということは。
 楽なのは、老衰死であることは当然だが、死は、当人自らの問題として、意識してきちんと向き合いたいし、周囲の人たちにとっても「そのとき」は、しっかりと迎えたいのではないかと我は思うのだが・・・

 ともかく、我が父もこのまま咽て食べられないから食べなくても仕方ないと、ほったらかしにしてしまえば、さらに体重は落ちて衰弱していくわけだから、介護施設に任せるだけでなく帰宅時には、息子である我が親身になってできるだけ多く、しっかり食べさせないとならない。
 常に吐き戻さないよう注意しつつ、許容最大量まで食べさせるというのは、かなり神経を使うが、その行為こそが父を一日でも長く生かせることに繋がるわけで、やっていくしかない。
 やがて本当に口からは食べられなくなって、こんこんと眠り綴けるときも間もないと感じている。また、転倒してまた骨折してそのまま二度と我が家に戻れない可能性も高い。
 いずれにせよ、近づく終わりの日、その日まで、一日一日、我は誠実に生きていこうと決めた。あと何日あるかとか考えない。ともかくその日が無事終わってまた明日が来ることを待ち望むだけだ。
 父のことはまた何かあれば書き記していく。

共謀コンサート、次回は、7月18日、『反・五輪で共謀』オープンマイク2021年05月13日 22時40分47秒

★どなたでも参加・共謀できます~東京オリンピック中止を求めて

 先だっての5/9日の、さこ大介御大を迎えての共謀コンサートは無事に無観客ながらも盛況のうちに終わりました。
 改めてご来場の方々、ご支援・ご協力の方々に熱く御礼申し上げます。

 で、次回の「季刊・共謀コンサート」は、このコロナ禍でも安倍自公政権とIOCらに無理強行される、今夏の東京オリンピックに異議申し立てとして誰でも参加できるよう、いつもとは趣を変えて、全てオープンマイク形式で開催いたします。
 7月18日の日曜日です。
 近づく東京五輪に対して開催反対のみならず開催希望や延期も含め、様々なご意見、お考えをお持ちの方は、どなたでもうたや演奏に限らずご参加可能として企画・開催する予定です。
 むろん、五輪が中止となった場合は、菅政権に対して糾弾・打倒等、ご意見の場として開催したいと思います。

 基本的に、誰でも自由にご参加できます。ただし一人の持ち時間は、20分~30分弱としますので、出られる方の定数も設けますので、参加希望者はお早めにかけこみ亭、もしくは私マスダまで連絡・申し込み願います。

♪コロナは続くよ いつまでも 【歌詞】2021年05月11日 12時38分29秒

★コロナは続くよ どこまでも  ※線路は続くよ のメロディで
                         keyG ※いやいやそうに

コロナは続くよ どこまでも 野をこえ 山こえ 国こえて
世界のどこでも 僕たちに 新しい日常を押しつける
三密を避けよう 三密を避けよう 人との距離はとろう
密室は避けよう 密集はやめよう 密接になるのはよそう 

コロナの時代は 便利だな 仕事も 買い物も 出かけずに
何から何まで オンラインで 新しい日常は引きこもり
オンラインでやってこう オンラインでやってこう
面接から葬式まで オンラインで
オンラインですまそう オンラインですまそう 
ライブから飲み会までオンラインで

百合子やガースは気楽だな お酒を出す店は営業するなと
街の明かりも消せと 電車も減らせと
コロナ対策は 場あたり思いつき
オリンピックは開催する オリンピックは中止しない
感染者がどれほど増えようと
オリンピックは金のため オリンピックは金のため
コロナで死ぬ人が増えようと
コロナは続くよ いつまでも