大介バンド、甲府「桜座」ツアーに参加してきた2019年06月23日 23時34分38秒

★復活!さこ大介‼

 というわけで、この6月21~22日、ご本人からお誘いを受け、さこ大介率いる「大介バンド」の甲府ツアーに参加して来た。その「報告」をしていく。

 出かける朝、父の体調も悪く、朝食終えた途端、食べたお粥を全部戻して吐いてしまった。こりゃドタキャンかと行くのは大いに迷ったが、幸い熱はなかったので何とか迎えのショートステイに送り出して、施設から何も言ってこなければ「決行」と決めて不安な気分で携帯がいつ鳴るかと耳をすましていた。
 幸い、昼過ぎの段階で施設からは何も連絡なかったので、父は無事だと思うようにして、迷う気持ちを払い大慌てで荷物をまとめて留守番の猫たちに餌を与え犬を乗せて車を甲府へと走らせた。

 スマホの検索だと、ウチから会場の甲府駅近くのライブハウスまでは中央高速つかえば約一時間半である。山梨でもいつも行ってる、倉庫のある須玉よりは、ずっと手前で比べれば近いことは近い。
 が、甲府市内はまだ一度も行ったことはなく、インターを降りてから市内へは30分も迷いつつ一般道を走らねばならなかった。甲府の中心市街は予想以上に大きくて都心並の大都会であった。

 予定では、3時に、バンドメンバー、ツアー参加者全員が泊まるゲストハウスに現地集合だった。が、そんなで、かなり遅れてしまった。幸い大介さんはじめ皆さん、ライブハウスへの移動はまだで、そこで無事に落ち合え一回場所の下見に、会場となる「桜座」へ皆と一緒に歩いて行った。

 そのお店もライブも素晴らしいものであった。ツアーの参加者はマイクロバスでの移動で、翌日は、大月のほうのキャンプ場でお昼はバーベキューとのことだったが、我は、心惹かれて迷ったが、けっきょくそっちは辞退して、犬と共にまた高速に入って須玉の山里にある古民家兼倉庫へ行き、一泊して今日の昼過ぎ帰京した。

「どうしようもないこと」を「どうしたらよいものか」2019年06月20日 21時37分53秒

★我が父、いよいよ命、旦夕に迫って来た

 危篤状態とか、入院したというわけではないが、痴呆と衰弱が進み、この家ではもはや面倒見きれなくなったかと決断の時がきた。
 そんなで、介護も含めてこれからのことで頭悩まして、ブログもこのところずっと更新できなかった。

 今朝も朝食、柔らかく煮直したご飯をお粥にして無理強いして何とか食べさせたと思ったら(昨晩は食べずに寝てしまったので)、デザートのヨーグルトの段階で、全部今苦労して食べたものを吐いてしまい、衣服から何もかも汚してしまった。
 どうしたものかと迷ったが、今日、金曜はどうしても約束した出かける用件もあったので、デイサービスに事情説明して送り出した。
 体調に異変があれば電話してくるはずだが、今のところは電話はない。なので、心騒ぎ落ち着かない気分だが、ちょっと出かけることにする。

 これからのこと、詳しくは、戻ったら報告していきます。ご心配おかけしてすみません。

古民家修復のため土壁塗り体験に参加した話・お終い。2019年06月12日 20時38分01秒

★ともかく日々身体を使うこと、汗かく必要を痛感した。

 というわけで、ざっとだが、作業の手順も含めて、「土しっくい壁」というのが正しいのか、昔ながらの「土塗り壁」作業を体験して来た。
 じっさいに作業をしてみると存外コツも必要でタイヘンだし、泥をこねていく下地作りも含めて経験を重ねていくしかないことも痛感したが、ともかくノウハウは、頭では理解できた。そうかこうやって「塗っていく土」を作るのかと知り得たことは大きい。
 そして何よりも様々な出会いがあり、ずいぶん刺激を受けた。

 行ってわかったのは、今回の「塗り壁作業」は、非営利民間団体の「塗り壁隊」という人たちが、請け負ってやってることで、彼らは建築家のリーダー夫妻を中心に、こうした作業を20年も続けてきているとのことだった。
 その塗り壁隊のメンバーも不特定多数だが、自然と人体に安全な見地資材、土壁の普及を目的に、全国規模で活動を続けているとのことだった。その趣旨に大いに賛同したし、我も関わりをもって今後ともお付き合いしていきたいと強く思った。
 今回は、体験農家民宿なかやのオーナーが、前年に引き続き、彼らに作業を依頼したとのことで、今後も、古民家は常に手を入れることもあろうから、またの機会もあるかと思えた。
 天気は悪かったが、我が参加した二日目も、塗り壁隊の隊員以外にも、近所の人や聞きつけた若い夫婦などが参加して来てくれて、幼児も入れればおよそ20名もの人が入れ替わり立ち代わり来ていたように思える。
 じっさい、この地に、都会から「入植」してきた20代~30代で幼児を抱えた若い夫婦も手伝いに来ていて、彼らは自分たちで今、家を建てているとのことで、そうした若い人たちとの出会いは大いに刺激を受けた。
 このところ、我と付き合いのあるのは、同世代もしくは、さらに年上の高齢者ばかりだったから、自分の息子世代の若い人たちと会い話すのは久しぶりで新鮮だった。

 じっさいのところ作業したのは、3時間に満たないほどで、それもリーダーの説明を聴いたり眺めていた時間もあるから、ほとんど働いてはいないのだが、終えて庭先で皆でカレーライスの昼食をごちそうになって散会となって自らの家に戻ったらどっと疲れが出た。
 自分の体力のなさ、衰えをつくづく痛感した。
 どうしたものかと迷ったが、気合い入れ直して、増冨までまたさらに車走らせ、ラジウム鉱泉に浸かって温い湯の中で一時間そこら爆睡した。
 何とか立ち直って、また山道を事故らないようく下り、その晩は早く寝て、久しぶりに深く眠った。

 そして起きたら身体はいつもと違う。いつも続いている寝起きの怠さ、抜けない疲れが消えていた。そうか、こういうことか!と気づいた。

 我はこのところ、もう何年も汗をかくような肉体労働は何一つやっていない。知的な頭脳労働というのとは違い、パソコンに向かって検索したり、調べものしたりこうして書き物したりはするが、身体はほとんど使っていない。動かすのは指先だけで、後は買い物や犬の散歩で近所を歩くだけだ。汗かくような運動はしたことがない。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・62019年06月12日 20時16分02秒

★最後に、コテで押さえて「完成」。

 子供も手伝っております。
 これで乾けば石灰が入ってるので、外でも雨風では剥落などしないとのこと。

 この後、当初の予定では、別の場所に石灰クリームを塗る作業があったが、天気が悪く、そこは乾いていないとダメとのことで、材料だけ拵えて今回の作業は終了となった。
 実質、午前中で終わってしまった。マス坊も作業を観察しながら、自分でも塗ってみたり、砂を運んだり、久しぶりに汗かく肉体労働を少しだけどした気がした。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・52019年06月12日 20時02分41秒

★そして、じっさいに金ゴテで、昨日下塗りした上へ、まささらに下から上へと、塗りつけていく。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・42019年06月12日 19時56分16秒

★そこに、切った「わらすさ」をもみながら加えていく。

 子供もお手伝いしてくれた。これで少し寝かせれば「完成」だ。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・32019年06月12日 19時51分40秒

★まず、塗り壁の材料を混ぜ合わせることから

 粘土質の土と砂を同率で混ぜ合わせた所に生石灰を加えて水を少しづつ加えていく。化学反応が起こり、熱くなって湯気が上がってきた。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・22019年06月11日 22時54分14秒

「なかや」の裏側。建物北側の外壁を今回塗った。
★外壁の「土しっくい壁」は、生石灰がキモであった。

 さて、そもそも「土塗り壁」に興味や関心のない方には、まったく無関係な話であるので、できるだけ手短めに。

 というわけで、我、マス坊は、以前から昔ながらの土壁、漆喰壁に関心を強く持っていた。
 で、その古民家修復のために塗り壁体験の機会があると知ってなにはさておき連絡とって申し込んだ。この6月6~7日の土日、場所は山梨県内同じ市町内である。まあ、近いと言えば近い。
 が、土曜日は着いたのがもう夜で、積んできた古本など荷物だけは何とか下ろして、翌朝9時すぎには、現地、須玉町下津金の農家民宿「なかや」さんに到着した。が、あいにくの小雨で何か山里はうすら寒い。
 今回は、昨年に続き二回目の壁塗り作業とのことで、前回は正面入り口側をやって、今年は裏側の壁面を塗り直していた。
 前日の土曜日は晴れて作業も進んだようで、既に一回下地が塗られている。そして、簡易テントの下では、舟と呼ばれる大きなトレイの中で、今日塗る分の塗り壁ベースづくりが始められていた。
 
 材料は、ここの家の庭先から掘りだした粘土質の赤土と、砂が同量で、まずそれをクワでよく混ぜ合わせたところに、生石灰を数割加え水を入れてよくかき回す。
 すると、化学反応が起こり発熱してくる。さらにそこに「わらすさ」、つまり数センチに切った稲わらを足して、さらによく練って少し寝かせる。これで塗るための「壁土」は完成となる。
 それをこて板に乗せて、金ゴテで壁面に15ミリほどの厚さに塗り付けていく。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験の話・12019年06月11日 22時12分20秒

農家民宿「なかや」さんの宣伝ハガキ
★まず「土壁」とは何かから説明しないと

 今日の家に住む、今の人たちには、昔ながらの「家づくり」の工法から説明しないといったい何のことなのか、何のためにやってるのか伝わらないかと思う。

 今の家は、鉄筋構造にしろ、昔ながらの木造にしろ、外壁は不燃パネルを貼り付け、内部の室内の壁や間仕切りは、内部に断熱材を入れて石膏ボードの上にクロスを貼っている。
 その方が気密性もあり、断熱も優れているとされているが、何より安く早く簡便に家が出来るからそうしているに過ぎない。

 そうした工法が一般的になる前の昔ながらの家は、木造で骨組み、つまり躯体をくみ上げた後、部屋ごとの壁や間仕切りは、すべてまず、竹を細く裂いたもので格子状に組み上げたところに、土をこね上げたものに藁を透きこみ、その「粘土」状のものを左官屋がそこに埋め込み「壁」に仕上げていた。
 マス坊のこの家は、改築した時もそうした昔ながらの「土壁」をかなりそのまま残してあるので、新建材で建てた部屋に比べて夏でも冬でも常にひんやりと涼しい。また化学薬品などは一切使っていないからシックハウス症候群などになることはない。
 昔の旧家の蔵も同様のつくりで、ゆえに中は常に一定の温度であるし耐火性に優れて、モノを保存するのに適していたむろん外部には漆喰を塗って耐水性を高めておかねばならない。

 しかしこうした昔ながらの土壁工法はものすごく時間がかかるし、長い年月の間に、地震などで剥落やひび割れもしてくる。
 マス坊は、昔ながらの旧い人間で、何にしろ古いものが大好きだから、「古本音楽家」としても、土壁の工法は一度きちんと学んでおきたいと常々考えていた。じっさいのところ、今日では、そうした工法で新築を建てようと考えたとしてもそれができる大工も左官屋もまず見つからないかと想像する。そしていたとしてもバカ高く経費が掛かることも間違いない。
 ならば、自分でやるしかないわけで、山梨の倉庫兼古民家も外壁の一部が剥落して来て、そろそろ「修復」しないとと考えていた矢先、まさに「土壁塗り体験」は渡りに船であった。
 そしてじっさい短時間でも実に多くの収穫があった。

山梨で古民家修復のため土壁塗り体験に参加した話2019年06月10日 17時53分57秒

北杜市須玉町下津金の「古民家なかや」
★北杜市津金の農家民宿での「壁塗り」作業で学んだこと

 東京も先日梅雨入りしたとかで、今も外はかなり本格的な雨が音立てて降り続いている。やや薄ら寒い感じだが、寒暖差アレルギーの我としては、冷房はいらないこのぐらいの気温が楽でちょうどいい。

 私事だが、一昨日土曜日の夕方から、今日、月曜午前までまた山梨へ行っていた。二泊三日だが、向うに丸々いたのは実質日曜だけで、今回は天気も悪く行きも帰りも雨にたたられたが、実りはあった。
 というのは、向うでの古民家修復のための壁塗り作業に短時間だけど体験参加できたからで、新たな知り合いも増えて今さらながら自分の人生、今後についても考え直す機会となった。

 マス坊の本の倉庫と化した古民家は、山梨県北杜市須玉町の山里にあるのだが、その北杜市という市じたいは、平成の?大合併だかで、山梨県北部に点在していたちっこい町や村がいくつも集まって近年できたものだ。
 だからこの市は、山梨でも韮崎市から上の部分ほぼすべて、長野県に隣接する清里に至るまで網羅した巨大な「市」であって、八ヶ岳から駒ヶ岳など南アルプス山麓までも含んでいる。
 そのなかでもさらにいちばん外れというか山中に津金という集落がある。かつては津金町といったらしいが、今あるウチの古民家よりさらにまた山の中に入っていく。
 ウチは、高速のインター出入り口「須玉」から車で約30分程度、山道を登れば着けるが、津金の集落はまたさらに15分は余計にかかるほど奥地で、清里に向かう別荘地が点在する街道とも外れて本当のド田舎である。東京都で言えば、奥多摩よりさらに奥の丹波山に感じが似ている。
 しかしだからこそ、昔ながらの旧い農家がいくつも点在しているし、ここの観光の目玉は、明治・大正・昭和の三代にわたる小学校が遺っている「三代校舎」で、懐かしい昔の校舎は、博物館として、農産物直売所、レストランや宿泊施設として活用され、観光客に開放されている。※興味ある方は、お知らせ頂ければマス坊がご案内します。

 それで、今回は、街道筋にある、農家民宿なかやで、古民家修復のため土壁塗り作業のボランティア募集とのお知らせを地域のコミュニティFMで小耳にはさんで出向いた次第。