都知事は、行くなと名指しした業種の店舗への減収補償を確約すべきではないのか2020年03月31日 21時51分53秒

★感染拡大防止のためとはいえ・・・

 小池都知事は、昨晩、何だかその必然性がよく分からない緊急記者会見をまたもしてその場で、コロナウィルスのさらなる拡大感染抑止のためとして今後は夜間の外出と同時に、大人にはバーやナイトクラブなど店舗の利用、若者たちには、ライブハウスやカラオケボックス等の利用を当面は自粛するよう呼びかけた。
 つまりそうした場、その業種のお店には利用者は行くなということだが果たしてそれだけですむ話か。

 確かにそうした密室、密接した交際、さらには人が密集する場は、ウィルス感染が起こりやすいことは誰でも理解できる。
 が、では、その誰もが利用を控える期間、その業種、都知事から名指しされた、例えばカラオケボックスなどは利用者激減して収益減少は当然確実となるわけで経営者及びそこで働く人たちはどうやって喰っていけば良いのだろうか。都知事はそれをどこまで考えたうえで口にしているのか。
 自粛を呼びかけるのはたやすい。確かに日々感染者数がウナギ登りの現在、抑止の可能性あることは都民及び国民は何でもすべきであろう。もはやそれしか打つ手はないのかと我すら考えてしまう。
 が、誰にもまず生活がある。そうした店側は利用者が激減し結果として給与が滞ったり、あるいは倒産、解雇されて無収入となればコロナ以前にそのお店の関係者たちは全員生きていく道を断たれてしまう。どうしたら良いと言うのか。都知事は何も言っていない。都として独自の支援も「考える」とか報じられはしているが具体策は何もわからない。

 その種の店には行くな、利用するなと名指しで強く「自粛」を呼び掛けるのならば、名指しした業種の店舗には、都が責任もって減収額の補填・保障をまずすべきではないのか。そうしないで単に利用者側だけに行くなと自粛を呼びかけるのはあまりにも無責任な話だと憤るのは我だけではあるまい。
 つまるところ、都も国もこうした無責任な自粛「要請」は、そこにそのときの経済的減収の「責任」をそもそも取る気がないから故で、あくまでも「要請」という名で責任回避し逃げているに過ぎない。

 が、そうしたやり方では、誰もがやがて従わなくなろう。補填なければ、休業も含め要請を間に受け自粛して自ら困窮を望む者はいなくなるはずだし、利用者、客側もやがて近くその要請に従わなくなっていく。
 先の戦時中も統制経済となったものの、庶民の多くは、その裏で「闇」で売買して物資は横行していたし、自ら買い出しにも出向いて政府の意のままには決してならなかった。
 同様に今回はっきりと業種を名指しして、利用を控えるようにと口にしたのだから、その責任を小池都知事は取らねばならない。このままでは誰も大人しく自粛を続けなくなる。

 私的には、都に対して、この期間、ライブ等イベントを予定していた都内のライブハウス、及び予定のあったライブが出来る場全部に対して、大小の規模は問わず、店舗ごとの経済的損失をきちんと補償、補填すると公約すべきだと我は求めたい。※さらにはその中止となったライブの出演者などミュージシャン、スタッフなど関係者すべても同様に、なのだが今は話を広げない。
 要は、金の問題なのである。東京五輪も、あれだけ予定通りの開催に拘ったのも、「延期」までして夏に開催したいのも全ては「金」の問題であるし、コロナウイルス感染拡大抑制もまた「金」に裏付けされなければ効果はあるまい。

 残念ながら人の命の価値も金で動く世の中なのだから、個人の経済的損失をできる限り国が埋めないかぎり、このウイルスは簡単には終息しない。金さえあれば安心して国民はどんな困窮にもじっと我慢もできよう。
 我もだが、先が見えない不安というものは、実はお金からの不安に裏打ちされているのである。つまりこのまま手持ちの金でやっていけるのか、大丈夫なのかという不安は、自らにふりかかるコロナウィルス感染拡大の不安よりも実は大きいのである。

 政治家は都民、国民の不安に、「要請」を繰り返すばかりではなくきちんと向き合え。自粛のつけを支払え。

嗚呼‼志村けん! 同時代を共に生きた人の訃報に思う2020年03月31日 10時35分44秒

★誰が彼を殺したかとか考えてはならない。

 志村けんが亡くなった。コロナウィルスに殺されたとして、若者たちの間でもその感染の怖ろしさを啓蒙する、感染拡大防止の「象徴」となった。
 そして昨日は、ファン、芸能人のみならず世界中から彼を追悼する声明が出され、改めて彼の存在の大きさと死の衝撃の大きさを知らされた。
 彼の身体を張ったギャグは広くアジア各国でも認知され高い人気があったことを初めてその死で知らされた。※しゃべくり漫才では日本でどれほど人気を得た者も海外では吹き替えたとしてもまず通用しないであろう。言葉の壁を越えた彼独自のギャグだからわかりやすく世界中で愛されたのだ。
 そう、我も昨日の昼のニュースで訃報を知り、昨日は一日中ずっと彼のことを思い出していた。様々な感慨が湧いた。

 追悼している昨今人気ある芸能人たち、ファンの皆さんは、多くが皆同様に、彼を見て育ったとか、大人になったと語り、いかに当時のドリフターズの公開番組が子供たちに広く絶大な人気があったか今さらながら窺える。
 だが我は、そんな彼らよりもっと年寄りだから、ややその感慨は異なる。むろんその頃はドリフの放送は毎週欠かさず家族で観ていたし、こんなに笑える面白いテレビがあるのかと感嘆した記憶が今もある。
 当時はコント55号も笑えたし、その後の漫才ブームもかなり面白かったはずなのだが、それは今思うとそのときの一過性でしかなく、あのドリフの身体をはったダイナミックかつ多彩なギャグの詰め合わせと比べると今はほとんど何も思い出せない。そう、ドリフはともかく楽しかった。その思い出は今もまったく色褪せやしない。

 我は、うんと幼い頃、ドリフではなくクレージーキャッツからテレビで見始めて、その流れでドリフが荒井注を加えた五人組で本格的に活動開始した頃から知っている。
 ※志村けんは、注の脱退前に、番組内でもう一人の相方?と時おりお試しで登場してきたのだ。そして彼は替わって正式メンバーとなったわけだが、当初は、楽器のできない若造が入って大丈夫なのかと違和感と危惧すら覚えた。

 今だから書くが、まず最初は映画で彼らドリフターズを知って、明朗快活な超才人集団クレージーキャッツに比べて何て暗くつまらない奴らだと当初は呆れ果てた記憶がある。だが、テレビの公開放送で彼らは子ども相手にまさにブレイクしたのだ。
 その頃のことから書こうと思ったが、絶対に長くなるし、またの機会に回すとして今書くべきは亡くなられた志村けんである。特にその死の意味だ。

 ウチの近隣、東村山の人である。我の幼馴染の父親が小学校の教頭先生で、その関係から、志村の父もまた厳格な教師であることはデビューした頃から知っていた。その父たちの集合写真すら見せてもらい、そんな教頭センセイの息子があんなバカなことをやっているのか!と驚き感心した思い出もある。
 哀しみと共に様々な思い出や感慨が次々湧いて来るが、思えば約半世紀、ずっと「そこ」にいた人が突然亡くなった戸惑いに今はまだそれを整理して書くところまで気持ちが落ち着かない。
 さておき、各界からたくさんの追悼コメントの中に、「私が志村さんを殺したのかも」という自責のようなツイートも見かけた。そしてまずはそれについて 我が思うことを書くことにした。
 
 人の死は、常に哀しみや嘆き、つまり悲哀、悲嘆と共に、憤りのようなやるせない怒りを伴うものだ。
 コロナウィルスが原因で、誰かある人が死んだ、命を奪われたとして、それをうつした人、つまりウィルスを運んできた人、感染源だと推定された人が、その死の原因だと指弾されてはたまらないだろう。
 また家族や友人知人、あるいは職場などで密接な関係にあった人からうつされたと判明したとしても、その「感染源」の人を恨んだりしてはならないと思うし、ときにそのうつした当人は回復したのに、うつされた側の人が万一亡くなったとしてもそこで誰にも責任は問われるべきではないはずだ。感染というのはまず無意識、無自覚の上で起きたことであり、その感染源の人もまた被害者なのだから。

 ただ人間の感情として、うつした人、ウィルスをもたらした人は、亡くなった人の家族等からすれば、「あの人が――、あの人のせいで」とその悲しみからのやるせない気持ちが転じた怒りを向けられるかもしれない。
 また、そのウツシタとされる当人も、自分のせいで、あの人は死んでしまった、自分が殺したと、自責の念に苛まれるかもしれない。
 「濃厚接触者」の特定は感染拡大阻止に向けてきわめて重要なことだが、それが判明し世に知られるとまたそこでその人に対して世間から白い目で見られたり差別を受けたり糾弾されることも多いのではないか。我も近しい人を死なせて似たような経験とその自責の意識をもったことがある。

 だが、こうも考える。人の死とは、あくまでも個人的なもので、そこにウイルスがあった、持ち込まれたとしてもうつる人はうつるし、感染しない人はうつらない。それで感染しても重症化する人は死ぬこともあろうし、存外カンタンに治りすぐに回復してしまう人もいるはずだ。このウイルスの致死率は特別に高くはない。
 それだけのことであって、もしそこで死者が出たとしてもその「死」の責任は誰か個人に向けられてはならない。絶対に誰かの責任に転化してはならない。誰が殺したとか、私が殺したのかもという言質は真に慎むべきである。
 ビートたけしが、志村が感染し入院中のときに、いみじくも感想として率直に語っていたが、「運の悪い人がロシアンルーレットのように・・・」、というのは実際のところ正しいように我は思える。
 
 聞けば、志村けんは長年の多量の飲酒と、喫煙で肝臓と肺など身体はボロボロだったらしい。喫煙は先年肺炎で入院して以降やめていたとのことだが、やはり今回死に至らしめるだの負荷は間違いなく与えていたはずだ。
 今回の突然の彼の死は、誠に残念で痛ましく悔やまれるが、コロナウィルスがその引き金を引いたということだと我は考えている。むろん感染しなければ、今も健在であったことは間違いないことだが。
 そして誰もがよりいっそうの感染拡大防止に向けて注意喚起は必要なことは言うまでもない。

 ともあれ、あくまでも「死」とはその人だけのものだ。故意の殺人事件はともかく、特にこうした感染症の場合は、死の報に、誰か他者がしゃしゃり出て死んだ当人に代わって、誰々があの人を殺したとか何々のせいであの人は死んでしまった、と迂闊に騒ぐべきではない。
 それこそがモノ言えぬ死者を冒涜することだし、死んだ人もまた自分の死によって悩み苦しむ生者が生まれたらば浮かばれまい。
 そう、志村けんもまた。
 
 けんさんお疲れさまでした。最高かつ真のお笑い芸人でした。本当に大好きでした。今さらながらですが。。。彼の魂に平穏と安らぎを。合掌

昨日の「月刊・共謀」コンサート3月の回、大盛況!!2020年03月29日 10時40分56秒

★危機を乗り越え、また一つ先へと自信と確信を得た。

 この週末は、不要不急の外出は控えるよう、小池都知事からの自粛「要請」が出た昨日土曜日28日。谷保かけこみ亭での「月刊・共謀」コンサートは、無事多彩な出演者勢ぞろいで毎度のコアな観客も多く来てくれて「大盛況」で終わった。
 開催に際し改めてすべての関係者方、そしてご支援頂いた皆様に厚くこの場で御礼申したい。※「共謀支援」として膨大な数の生みたて卵をかけこみ亭に送って頂いた方にも心から感謝である。

 正直な気持ちを記せば、やはりその要請を受け容れて今回は開催は自粛すべきかと心は迷い動いた。他にもあちこちのライブハウスで予定されていたコンサートを「中止」するとの連絡も届き大いに悩みもした。
 が、今は、こう思う。コロナに負けたり、お上のからの要請という名の「強制」に屈しないで本当に良かったと。
 さすが、反骨反体制の場、かけこみ亭であるし、このコンサートに「共謀」してくれる出演者、そして お客様たちだと大いに感心し有難く誇りにさえ思った。そして我は大きな自信と確信、指針を得た。

 日本の社会は今も昔も「同調圧力」というのが非常に高く、他の皆、大勢の人と同じことをしない者には常に批判、圧力が加えられる。平時でさえそうなのだから有事においてはことさらだ。
 特にそれがお上の側、行政や支配者層からのものであればなおさらで、「要請」はそのまま「強制」に替わり、その要請に従わない者には時に社会的制裁すら与えられてしまう。
 先だっても、このコロナ感染拡大騒ぎの最中、とある格闘技の大会が県のさいさんの「中止要請」に従わず開催を決行したら開催団体に対してネットを中心に大批判の嵐が巻き起こった。そしてやむなくその次の回は無観客で開催したと聞く。

 そうした最中での今回は、ともかくまず「中止」などと告知することなく、場だけは予定通りに開けておき、出演者も含めその批判も全て何が起きようと覚悟のうえで来てくれる人は必ず来ると信じて待つことにした。
 そして予定通りいつものように素晴らしいコンサートが始まった。いや、いつも以上に皆が熱く盛り上がり感動的なステージが続いた。「月刊」として新装再開した「共謀」コンサートとしてはこれまでで最高の出来だったと我は感じた。

 むろん感染拡大阻止向けて国民は一致団結して各人がそれぞれできる限りの対策、予防策をとらねば ならないことは当然のことだ。それは国民の義務という以前に、公人、大衆、つまり人としてすべきことで都知事が問題視する三つの「密」、つまり密室環境、密集空間、それに密接接触の場は回避すべきだと思う。
 が、それが度を過ぎてしまうと、あらゆるイベント、映画演劇も含めて芸術企画の全てが開催を自粛の名の元に中止に追い込まれてしまう。
 この1~2週間が感染拡大の「瀬戸際」だと政府や専門医師たちは言い続けて既に一か月となる。が、感染は収まるどころか日々感染者数は跳ね上がっている。そしてまだこの先も来週末も同様に外出は自粛せよと各地の知事たちが口を揃えている。

 いったいいつまでこの「要請」が続くのであろうか。そしてその「要請」がやがては改正特措法により「強制」となって、それに従わない者には罰則すら下されるようになるのか。
 コロナとの戦い、これは 戦争だ、自分は戦時大統領だと勇ましいことを叫ぶ大統領がいる。そして我らが晋三は、またまた「国難」を持ち出し、国民は一致団結しないとならないと強権をかざす政治家たちがいる。
 確かにウイルスとの戦いという名目は錦の御旗であるし、それに向き合うことはとてつもなく重要だと我も思う。が、それ以前に、真に闘うべき、守るべきもの、向き合う者はまず各自の生活であり、人生であって、それがないがしろに、後回しになってしまうのは本末転倒ではないのか。
 やがてはウイルスが終息解決した時に、ウイルスで死亡した人も大勢いるだろうが、それ以上に経営困難となってしまい倒産する観光業、ホテル、旅館、観光バス、タクシー会社、観光地や繁華街のサービス業を中心にした中小の企業店舗、外国人労働者が来れなくなった農家、その他、フリーランスのミュージシャン、劇場関係者も含め「自粛要請」により人の動きが無くなった町で影響を受ける全ての職種で、解雇と収入低下により、生活が行き詰まり自殺する人も多数出ているのではないか。

 まず急いでそうした職種の人たちに手厚い支援はもちろんのこと、政府は後で、自粛による減収を補填するようなことを言っているが、たとえ現金10万円を貰えたとしても、真に生活困窮した人には雀の涙であり、何の経済効果にもならないと我は考える。それに日本人は、現金はこんな状況が続く限り、使わずにまず貯蓄してしまうのが国民性だ。
 それよりも国民が国家・地方に支払わねばならない金、あらゆる税金の類、消費税も含めてゼロにするか、うんと下げて、ウイルス騒動が終息するまで、そして日常生活が元通りに回復するまでは猶予、先払いにするとしたほうが日々さまざまな支払い督促に頭痛める我は助かる。
 
 さておき、今回も「開催」を危惧されたコンサートは無事に盛況のうちに終えられた。これからおいおい当日の盛り上がりの様子を画像アップしていく。

 ――歌は常にそこにある――。~そして歌い手と聴衆、その場を求めている。これが今回我がこのライブを終えて今強く感じ思うことだ。
 我はそうした人とうたとを繋いでいく。今回こそ、「音楽の力」を強く感じ確信したことはなかった。
 終えて今、大きな自信と確信、指針を得た。これからもどんな状況となろうとも開催を続けていく。ご期待ください!‼

『「月刊・共謀コンサート』企画・首謀・責任者マスダより声明文2020年03月27日 11時33分07秒

五十嵐正史とソウルブラザーズのめんめん
★明日28日土曜、谷保かけこみ亭『月刊共謀コンサート』3月の回は予定通り開催します。

 都知事より25日に、新型ウィルス「感染爆発の重大局面」だとして、この週末は「不要不急、夜間の外出、イベント開催を自粛するように」と強い「要請」が出ました。

 が、私たちはこれを「不要不急のもの」だとは考えていないのと、誰にとってもこんな苦しい状況下だからこそ、そこにうた(音楽)があり、人が集え(密でなく)、語らえる場が必要だと考えて今回も変更なくこの「場」を開くことにしました。

 参加者、出演者方共に、「自己責任」でお越しくださいなどとヤボなことは申しません。
 これを「不要不急なもの」とお考えの方はご自愛のうえ外出を自粛されるご判断を100%尊重いたします。
 そのうえで、出来る限り感染拡大防止の対策をとったうえで今回もこの場を開きたいと思います。
 たとえ参加者が少なくとも場が開いていれば「共謀」は成立します。護憲と反戦平和のための「共謀」をこれからも続けていくためにも。

★なお、この開催・企画に関してご意見ご批判など全てマスダが承ります。私マスダまで連絡お願いします。℡090-8175-8479
以下、おおまかな詳細です。

・開演時間/午後5時半~ 終演9時過ぎ 途中休憩アリ、出入り自由。

・出演/五十嵐正史とソウルブラザーズ 志万田さをり 槇篤 館野公一 奥主榮(詩人)  ペピータ他 司会進行 マスダ昭哲
※現時点で出演者のキャンセル、自粛など変更はありません。

・参加費/投げ銭制 +ワンドリンクorワンフード

 南武線谷保駅北口徒歩3分 TEL042-574-3602
 http://www.asahi-net.or.jp/~yi7k-ttn/kakekomi/

      ―――『月刊・共謀コンサート』企画・主催・責任者 マスダ昭哲

どんな状況下でも唄え語らえる場を維持していく2020年03月26日 12時16分59秒

★この週末の外出自粛要請を受けて

 状況が日々新たに動き、なかなか遂次ブログでふれることができないでいる。
 が、まず東京五輪延期は当然のことで、このコロナウイルス世界的感染拡大の嵐の最中、今夏に予定通り開催できるとか、開催しようと目論むほうが異常であり、それは無理だというごく当たり前の意見が上がり出してIOCも組織委員会もやむなく「延期」せざる状況を認めることとなった。それにしても遅きに失するではないのか。
 せいぜいWHOがパンデミックだと宣言した段階で、開催不可能は確定的だったはずで、臆面もなくギリシアから火を運んで聖火リレーを始めるセレモニーまで行うとは世界中の笑い物でしかなかった。

 さておき、それが一昨日の話だと思ったら、昨夜は突然小池都知事が重要な会見を行い、東京都の感染者が急速に増えていることを受けて、「感染爆発の重大局面だ」としてこの週末は不要不急の外出、夜間も含めて「自粛」してほしいと都民に要請した。
 そう、この週末は、土曜日28日には、谷保かけこみ亭での「月刊・共謀」コンサートの3月の集いがある。
 さて、どうしたもかと一瞬心は正直なところ心は揺れ動いた。

 それにしても東京五輪は延期の発表の翌日である。突然感染拡大の数字が跳ね上がった。そして「感染拡大の重大局面」だとしてこの週末は「外出自粛要請」である。
 思わず明治に巷ではやった端唄俗謡の『間がいいソング』の「何て間がいいんでしょ」という一節が頭の中を流れた。何かおかしくないか?

 確かに北海道ではその「要請」が効果上げたようで、一時期ほどの爆発的感染は今は収まってきている。
 が、ここ首都東京ではそれが効果あるのだろうか。そもそも北海道は人が少ないし冬の北海道は移動じたい活発ではない。人が少ないから感染源の特定もできたし動きも把握できた。しばらくの間じっと室内で大人しくしていればウイルスの感染拡大には至らなかった。
 ここ東京は、ともかく人が多い。東京に通勤して来る多くの県外都民にも他県の知事と謀って呼び掛けてのことならばともかく、都知事一人がいくら危機を訴えたとしてももはやほとんど意味はなさないのではないかと我は思う。
 むろん、花見シーズンの上野公園や他の花見の名所、または原宿など都心の繁華街に浮かれ気分で人、特に若者たちが出向くのは控えたほうが良いというのは理解できるし、まさに不要不急のことならば、今年は我慢すれば済むことだ。

 で、明後日のかけこみ亭での「共謀」コンサートである。店は開けて予定通りやっているはずだ。
 繰り返し書くが、こんな状況下だからこそ、唄えて語らい集える場は絶対的に必要なのである。だから観客は誰も来ない状況であろうとも我は決行するつもりでいる。たとえ誰一人来ないとしてもたった一人でも唄っているはずだ。誰ががいつか来てくれると信じて。
 むろん、今回それを「不要不急」だと思う方は、出演者であろうと観客であろうと来られなくてまったくかまわない。その判断を百%尊重いたしたい。

 改めてお知らせしておくが、かけこみ亭は都下空間ではあるが、カラオケボックスのようなごく狭い「密室」ではないし換気も常に行っている。さらにお客が「密集」することはこれまでもまずなかったし、今回などは特にそれは絶対にありえない。よって他の人と「密接」に隣り合わせになることはまずない。また感染防止の対応策はできるだけとるようにしておくので、ともかく場は開けておく。

 他の人はどう思うかわからないが、我ら仲間たちにおいては、このコンサートは、決して「不要不急」のことではない。この状況だからこそ開催したいしすべきだと我は考える。
 全てのご批判は我が受け持つが、あくまでも来る人は来るだろうという前提で進めていく。自己責任で来てくださいなんて無責任なことは絶対に言いたくない。
 だいいちコンサートといっても前売りのチケットなどはないし基本「投げ銭制」で、観客の志次第なのである。そもそもここはライブハウスではない。居酒屋のようなスペースに「うた」があるだけのことだ。そのうえで・・・

 昔、はやった懐かしい言葉で言えば「造反有理」だと我は思っている。こんなことで続けてきたことを中止してなるものか。

「月刊・共謀」コンサート、3月の回もぜひご参加を2020年03月22日 20時22分13秒

志万田さをりさんとソウルブラザーズがコロナウイルスを吹き飛ばします
★予定通り、自粛も委縮もせずに3/28日(土)に開催決行します

勇気ある誰か一人が声を上げない限り世界は変わらない、動かない。2020年03月21日 21時40分11秒

★この現状では、当然のこと東京オリンピック中止を願う

 まず断っておくが、我マス坊はそもそも今回の東京開催の五輪には断固反対、開催そのものに否定的であり、さらにあえて言えば五輪そのもに無関心であった。
 が、渋谷のハロウィン騒動よろしく、それでお祭り気分で騒ぎたい人たちが少なからずいるならば、それはそれで一概に否定や非難すべきではないと思うし、時の政権や都知事、それもともかく民意が反映され託された彼らが目論み企画したことは、大いに批判はしようともそれを楽しみに、心待ちにしている人たちの手前、あえて異を唱える気はなかった。
 それを日和見と呼び批判される方もいるとは思うが、正直、スポーツそのものが嫌いかつ関心外な我には、金メダルの数がどうのこうの、そこで君が代が流れることも含めて、全くどうでもいいことでそれで盛り上がりたい人たちは、どうぞ勝手に楽しめば、というスタンスであった。そう、ご自由にどうぞと。
 それは 今も変わらないし、勝手に決まってしまい、ここまで来てしまったのだから、今さら開催反対のアクションは起こす気はなかった。

 が、このコロナウィルス拡大感染の嵐が吹き荒れ、未だ世界的に収束の兆しが見えない現時点である。常識的に考えても、あと数か月のうちに、今夏までに感染が終息して、スポーツそのものをゆとり持って楽しめる市民生活が無事に元通りになるとは誰一人思えないだろう。
 ところがIOCとこの開催国日本のオリンピック関係者たちだけは、「予定通り」に今夏の開催を宣言し、「大会まで4カ月あり、現時点では抜本的な決定をすべきときではない」などとノンキかつ無責任なことを言っていた。※3/17日のIOC臨時理事会。

 が、スポーツというものは、そもそもその本番に向けて練習や調整を長期的かつ事前にしないとならないものであるはずだし、現時点で五輪に向けての選手選考すら各国間でもウイルスの影響でほとんどできていない現状なのに、どうして「予定通り」に開催できると言えるのか。不思議でならない。
 映画とか、既に出来上がったものをその日、その場で流すのとは違う。あくまでも選手たち、そしてその周囲の関係者たちは、その日、本番、本試合に備えて、そのときに向け万全の準備をしないとならない。
 それが半年も切っているのに、今はほとんど何もできていないしまだほとんど何も決まっていない。なのに、開催だけ「ありき」というのは、無責任すぎる。裏には何が何でも「中止」にはできない理由があるからだと誰もが思う。それはテレビ放映料も含め大金がからみ、中止や延期となれば、膨大な損失が出るからだと容易に想像がつく。

 が、それで困るのは誰であれ、今の段階でいちばん悩み困惑しているのは、このオリンピックに出場したいと考えているアスリートたちだろう。果たしてほんとうにこの現状で無事予定通りに開催できるか。しかし、ならばその準備はどうしたらよいのか、そしてこの現実の中でいったいどうすべきなのか。これから、この先果たしてどうなるのかと悩み迷い不安に駆られている。その心中は想像に余りある。
 だが、先日、ギリシアアテネで採火式が行われ、開催国日本にその聖火が届き、聖火リレーが誰も声援を送る観衆のいない中でも、粛々と行われるとなると、まさに開催は本気?マジか!!正気か?、と選手でなくとも心中穏やかざる不安に襲われる人たちも世界中に増えるのではないか。

 が、ようやくIOC委員の一人がこの流れに対する異議をツイッターに投稿して開催延期、中止論が世界のメディアに流れるようになった。
 カナダの元女子アイスホッケー代表のヘイリー・ウイッケンハウザー氏は「今回の危機はオリンピックより大きい。IOCが開催に向けて進もうとしていることは、人間性の観点から無神経で無責任だ」として「オリンピックを中止すべきかどうか、今の時点では誰もわからない。ただIOCが開催に向かって進むのは、練習している選手や世界中の多くの人たちにとって正しくないことは確かだ」と声明。
 さらにまた、ギリシャの陸上女子棒高跳び選手のエカテリニ・ステファニディ選手もツイッターで「IOCは、大会に向けて練習しなければならない私たちや家族、公衆の健康を脅かしたいのか、あなたたちはまさに今、私たちを危険にさらしている」と批判の声を上げ慎重な対応を求めている。

 そして、この流れを受けて日本でも日本オリンピック委員会(JOC)理事でソウル五輪女子柔道銅メダリストの山口香氏が19日、「アスリートが十分に練習できていない状況での開催は、アスリートファーストではない。延期すべき」との考えを示し開催国のオリンピック委員会の理事からも、今夏の開催への異論が出始めた。
 山口氏は「世界中で正常な生活が送れない状況がある中で、7月に開催して誰が喜ぶのか」と指摘。その上で「コロナウイルスとの戦いは戦争に例えられているが、日本は負けると分かっていても反対できない空気がある。JOCもアスリートも『延期の方が良いのでは』と言えない空気があるのではないか」と話した。※朝日新聞より一部転載。

 だが、この発言に対して、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は、この日、アジアの各国の五輪委員会と国際オリンピック委員会(IOC)との電話会議で「世界中のアスリートたちが安心・安全な形で五輪に参加できるように全力を尽くす」と発言し、今夏の五輪開催への意欲を改めて示したうえで、「色々な意見があるのは当然だが、JOCの中の人が、そういう発言をするのは極めて残念」と述べたと報じられている。

 思うに、森元首相もだが、ただともかく開催まずありき、と言い張るのは、常に男であり、女性のほうがより柔軟に、現実を真正面からとらえ理性的かつ常識的にモノゴトを考えて勇気ある発言をしていると気づく。
 そしてそうした勇気ある発言と行動は常に女性の側から起きることを思い出す。何故ならこの現実世界、出来上がってしまっている体制は男性社会であり、彼らはその既得権益も含めてその維持だけしか頭になく、今起きている現状を直視できやしない。
 そう、山口氏がいみじくも語ったように、まさにあの戦争のように「負けるのもわかっていても反対できない空気」を山下会長のように圧力的に拵えてしまうのである。

 が、つくづく思う。中川五郎氏のうたではないが、大きな世界を変えるのは一人の小さな行動、つまり勇気ある発言からなのだと。 
 誰か一人が勇気ある発言、それも誰もが当然に思っていたけれど、言葉に出すこと、声に出すことはためらい憚れていたことを「発言」したことで、とたんにみんながそうだそうだと一気に流れが変わっていく。
 そう、王様は裸だと初めて叫んだ子どものように。誰かがそれを声に出して指摘しない限りこの世界は、=この体制、現実は何一つこれからも絶対に変わりはしない。
 世界を変えていくのは、やはり女なのではないか。

「月刊・共謀」コンサート3月の回は、予定通り28日(土)に開催!!2020年03月20日 17時24分31秒

五十嵐正史とソウルブラザーズのめんめん
★どなたでもお気軽に、コロナウィルス&「要請」という名の「強制」に負けずに集い唄い語らいましょう!!

 ・『「月刊共謀」コンサート3月号』3/28日開催決行!!!

 ・出演: 五十嵐正史とソウルブラザーズ
      志万田さをり
槙篤
館野公一
      ぼけまる 他 飛び入り枠あり ※出演者に変更の場合もあるかも

      司会進行:マスダ昭哲※共謀企画者

 ・開場開演/午後5時半~※本編開始6時頃 途中休憩アリ、出入り自由
終演/午後9時過ぎ頃 終演後、観客も交えて打ち上げ・懇親会があります。そちらだけのご参加も可能。

  ・参加費/投げ銭+1フードor1ドリンク

  ・会場/谷保かけこみ亭 南武線谷保駅北口徒歩3分 TEL042-574-3602
  http://www.asahi-net.or.jp/~yi7k-ttn/kakekomi/

 ・問/マスダ 090-8175-8479 もしくはかけこみ亭まで

★今回は、青森が生んだ不遇の天才シンガー、亡き高坂一潮さんの命日に合わせて、彼を追悼の共謀ですが、故人に縁あろうとなかろうとどなたでもお気軽にご参加ください。
 彼の遺訓を継いだシンガーたちがパワフルでエキサイティングな歌声をたっぷり聴かせてくれると思います。むろん彼の遺した素晴らしい楽曲もその場で唄われる予定です。

 また、今回も出演者の枠に少し時間が余ってますので、飛び入り的に参加希望者にもお応えできると思います。参加希望者の方は、できれば、先日までにマスダまで連絡お願いします。当日でも時間枠が余っていたらいきなりでも出演可能ですが・・・

 未だ新型コロナウィルスの感染拡大が収まらず、イベント行事の自粛要請が続き、どこそこではライブハウスが感染源となったとか報じられておりますが、臆することなく先月に続き、かけこみ亭での「月刊・共謀」コンサートは、自粛も中止もすることなく、毎月開催してまいります。
 どうかどなたでもお気軽にご参加お願いします。むろんこちら側も万全の感染予防の対策はいたしますので・・・

続・老いて死に行く父と最期の時まで逃げずに向き合えるか2020年03月19日 14時20分12秒

★【続き】

 疲れも出たのか、つい寝坊してしまい、明け方の父のオムツ交換をさぼって自分が起きたのは午前7時だった。

 父の寝ている部屋の引き戸は下の方が外されているが、上の掛け金の部分はそのままかかったままで枠から外れていない。
 だから、まだ父は部屋の中にいるとまずは思っていた。が、居間に行くと、廊下の猫の餌皿の位置が動かされていたり、誰かが置いてあるものをいじった後がある。おかしい、と気づきもしやと慌てて父の部屋を開けてみるとベッドはもぬけの空であった。布団や毛布はまとめて畳んである。
 慌てて家の中の裏側、父が以前、母と一緒に使っていた元の寝室も覗いたが、父の姿はない。玄関の戸は変わらず鍵がしっかりかかったままだが。
 いったいどこへ・・・と不安な気持ちで台所に行き、ふと外を見たら、いつも閉めてある台所のガラスの入った引き戸が、全開になっていてそこから庭が見えて風が吹き込んでいる。父はここから外に出てしまったのだ!!

 血の気が引くという言葉があるが、まさにその通りの気分で、仰天卒倒しそうになった。
 玄関の戸を開けて庭に出た。このところやや暖かくなってきたとはいえまだ3月、気温は零度近い早朝である。しかも父は最近はパジャマは着ずに父の言う「コシタ」、つまりオムツの上には股引しか履かず、上は長袖のシャツの上に薄いスエットのようなものしか着ていないのだ。
 頭をよぎったのは、凍死はしないまでも外で倒れて意識失っているという事態だ。杖ついたとしてもフラフラで自力ではろくに歩けない状態なのだ。それが1人で深夜だか早朝に薄着で外に出て徘徊しているのだから無事のはずがない。間違いなく転んで頭から血が出ている姿が頭をよぎった。
 また、これはまず警察に連絡すべきか、どう対処したら良いのかパニック状態ながらもあれこれ考えた。いったい父は動けぬ身体でどこへ消えてしまったのか。ともかく大変なことが起こった。立ちすくむしかなかった。

 と、ふと、停めてある我が愛車を見ると、父はその運転席と助手席に横になって眠っているではないか!
 ドアを開けて揺り動かすと意識はあって、こちらの大丈夫かとの問いかけに「寒いよ~」などと返事はある。
 抱き起してともかく家の中に入れてまずトイレに連れて行った。まだ外していなかった濡れたオムツ類を交換して着てたものも全部着替えさせた。股引などはかなり薄汚れていたが幸いにして身体にケガなどはないようで、体温も低かったがその時点では風邪などひいた様子はなかった。
 コタツで体を温めて、担当のケアマネージャーに連絡報告して、どうしたものか相談した。幸い当人も自分がしたことの記憶はなかったが、通常の意識もあった。何のつもりかと問うと、そんなことをワシはしたのか、何でだろうと、自ら不思議がっている。
 その日はショートステイに行く日だったので、軽く朝食を摂らせて迎えに来た若い職員に事情を説明してともかく送り出すことにした。もし容態に何かあったらすぐに連絡してくれと頼んで。

 父を施設に送り出してから改めて状況を確認した。元々モノで溢れていた台所は積み上げた食材も含めて椅子や皿が落ちたり倒されたりしてまるで大震災の直後のようである。とてもそこへ入れやしない。※元に戻すだけで一日かかった。
 まず父の寝てた部屋の引き戸だって、下の隙間から出るのだって一苦労である。上部は掛け金で固定されているのだからあの大男がどうやってそんなわずかな隙間から外に出られたのか。無理やり押し倒したのだろうがよく嵌めてあるガラスが割れて落ちずにすんだものだと不思議でならない。

 呆れ果てるしかないのは、狭い台所をあらゆるものをなぎ倒して、戸を押し倒して開けて、その台所の前の庭先、積み上げたガラクタの山をさらに乗り越えて外に出たパワーである。その破壊の力はまるでゴジラが上陸したごとくである。普段は自力で立ち上がることもできない老人が、杖もなしでどうしてそんなことができるのであろうか。転んだりしていないのか。

 さらに感心するのは、車に入って(我はこのところ車の鍵はかけていなかった思うしその日は窓も空いていた)、彼は運転席と助手席のシートをまず外して二枚重ねて縦に並べてマット上にして、その上に長く横になり、車内にあった膝掛のようなものを毛布代わりにまとい、ちゃんと枕のようなものまでも、あり合わせの車内にあったもので拵えて寝ていたことだ。
 外に出てから、ふと正気に戻ってどこかの段階で、これは困った、寒い、大変だと考えて対処したのであろうか。
 そもそもいったい何で外に出ようと大暴れしてしまったのか。閉じ込められている暖かい自室のベッドを抜け出し薄着で寒空の早朝?に外に出ようとする付き起こされる気持ちはどこから来たのか。
 もし車のキーがみつかれば彼は運転してどこかへ行こうとしていたのか。そうなったら間違いなく事故起こしてたことだろう。
 その騒動の当人は健在だが、そのときの意識は皆無なので何でそんなことをしたのかは永久にわからない。
 ただ今回だけは有難くもそんな大騒動、大徘徊にも関わらず、父は全く怪我もせず、その後心配された発熱などもなくともかくまた無事に今もまだ生きている。
 まさに神のご加護があったというべきか、強運の男としてまさに今回も運が良かったと有難く喜ぶしかない。

 しかし以後、我は、父がいる晩は、ほぼ一睡もできなくなってしまったし、父不在の日でも夜中に頻繁に起きる習慣がついてしまい体調が崩れてしまった。
 また、その父もこの大騒動で精根尽きたのか、以後は一気に体力が落ちてしまい、さらに筋力が落ちたのかもはや自力で立ち上がることはできなくなってしまった。
 さらに汚い話だが、小便のみならず大便までも始終垂れ流し状態となり、便秘より良いかもしれないが、オムツ交換も含めて下の世話に時間とられることがさらに長くなってしまった。いやはやどうしたものか。
 今も父を施設に預けていてもいつ向うから体調が急にオカシクなったと連絡があるかと深夜でも不安でならない。
 
 そんな大騒動があった。今回は無事で終わったと報告して良いと今はやっと思えるが、いよいよまさに命運尽きようとしている、この秋96歳となる超老人を抱えて、「そのとき」に備えて覚悟と準備を急がねばと今は強く感じている。
 我が抱える月刊共謀コンサート、何とかそれが続くこの一年間は、父も無事であろうと漠然と考えてはいたが、それはきわめて甘い楽観的な考えだと思えてきた。

 が、それから二週間過ぎ、幸いにしてともかく少しはまた持ち直してきたと思うようにして、消えかかるロウソクの灯を、消えないようにそっと手で覆うがごとくに、大事に大切に、その父の命を少しでも長く灯していこうと今は思っている。

 もう自分は逃げない。最後の最期のときまで、このおいてどうしようもなくなった父と生きていく。
 今日は木曜日、あと少ししたらその父も帰宅する。今日は風はあるがボカボカ陽気なので、陽のあるうちに少し車で公園にでも連れて行き手を引いて散歩しようかと考えている。何しろあと少しなのだ。

老いて死に行く父と最期の時まで逃げずに向き合えるか2020年03月18日 10時01分25秒

★また父のことを書かせてください

 我、マス坊は、感受性が強いというのではなく、傍らにいる他者の体調や感情に同調するというか、すぐに影響受けやすい性向で、ある意味「イタコ体質」ともいえる。
 先年、精神病院に入院している友人を見舞いに行っただけで、行く都度こちらまで精神状態がどんよりしてきて戻すのに苦労したこともある。
 実は、我が父がこのところだいぶ衰弱して来てしまい、今後についても思い悩んだこともあるのだけど、父につられて我も調子崩して時間あるときは無理せずひたすら寝込んでいた。※先の月末前後のコンサート連日という疲れもあって、ひさしぶりにメマイとふらつきが起こりおまけに下痢もしたり安静にせざる得なかった。
 おかげで幸い、この二週間、いや三週間近くこのブログも含めて、対社会的なことは放擲してしまったが、何とか体調も気持ちも回復してきて改めてがんばろう、という気持ちになってこれを記している。

 これは書くべきか迷い続けたが、今はいちおう父の体調も安静してきたようなので、やはりここに書き記しておく。そう、すべてをあからさまに正直に書いていくと宣言してこのブログを始めたのだった。
 父が死んでからでは「今さら」として書けやしないし、できるだけ状況というか、起きたことは早めに逐一書き記しておいたほうが、自分にとっても備忘録として役立つかとも思い書くことにする。

 先だって、3月7日の早朝?のこと。90代半ばとなる父は、ついに徘徊が極まって、我が起きたときは、鍵かけてあった寝室を抜け出して家の中のどこにもいなかった。玄関も鍵かけてあったのだが、台所の引き戸を押し倒してどこかへ消えてしまったのだ。
 幸いにして庭先の停めてあった車の中で、ほぼ裸状態で「発見」されたが、危うく警察や市役所に通報するところであった。むろんケアマネージャーや病院など諸機関には連絡したけれど。
 詳しく書く。

 父は、このところ週に二回、それぞれ別の施設に二泊三日でお泊りに行ってくれて、ウチに帰って我家で寝るのは、三泊しかない。
 ならば我の看護の世話はさほど大変ではないと思われるだろうが、やはり家にいる時は、この高齢の父は常に目が離せない。今は食べることも歩くこともそして下のほうもすべて難しくなってきているから、常に傍らにいないと心配なのだ。
 また、深夜にも履かせているオムツのパッドの交換をしないと、自ら濡れたそれをとり外してシーツを汚してしまうだけではなく、眠りが浅いときは「徘徊」しようと起きだして深夜に騒ぐこともままある。
 そんなで、父が在宅の晩は、基本我は仮眠状態で、目覚まし時計をこまめにセットして、数時間ごとに起きては父の様子をうかがっている。なので、二晩ほぼ徹夜状態で何とか父を施設に送り出した土曜日は、昼頃から夕方まで一日寝てしまう。※いまは、土曜日の「共謀」コンサートのある週は、特別に金曜の夜から施設に預けるようにした。

 そうした状況で、まあ何とか介護施設を利用しつつ、まだ完全に介護施設・病院等に入所させることなく自宅で介護続けてきた次第だが、いちばん困るのは「徘徊」も含めて「不穏」が起こることだ。
 「不穏」とは病院用語なのだろうが、患者当人が混乱し興奮して騒ぐことで、介護側に手を焼かせる状態を指す。
 父は、基本は温和な性格で、世の頑固親父とは違うマイホームパパだったので、老いて呆けても暴れたりすることはまずなかった。
 が、ボケがひどいときは、何か気になることがあるとそれに囚われて、何度説明しても繰り返し騒ぎ立てて落ち着いてくれない。その原因もいつそれが起こるか定かではない。
 では、ただひたすら大人しくじっとして日永うつらうつらしてくれたら有難いかというと、ならばもう別にこの家に帰ってこなくてもいいわけだし、こちらが苦労してつくった飯も食べてくれないのなら我が世話する意味も必要もない。
 やはり、家族として、我が父として、それなりの反応や会話を求めたいし、何一つ家事の助けになってくれないとしても犬猫ではないのだから、人として語りかける相手になってもらいたいと願う。
 もうほとんど何も反応無く、ただこんこんと眠り続けるようになれば、いや近くそうなるのだろうが、我が1人で終日介護することはできやしないのだから、老人専門病院に預けて施設で最後を看てもらうしかない。

 そんな父が、このところ3月に入ってから木の芽時と言うこともあるのだろうが、夜の眠りが浅くなってきた。
 ウチでは、父が施設から戻って来た日、その夕時は、まず着替えさせうがいと手洗いの後、体温測って軽くオヤツなど食べさせてからは、いったん晩飯まで昼寝させていた。
 夕方は、我の職掌柄、注文本の発送や犬の散歩や買い物などで一番忙しい。その時刻に父から目を離すことができないとすると何一つできやしない。
 が、夕方長く昼寝させてしまうと、夕飯後、今度は夜になってからなかなか眠ってくれずに、寝かしつけるのにまた苦労することになる。仕方なく録画しておいた父の好きな歌番組を見せたりあれこれたわいもない会話に付き合ったりしてかなり遅くなってからやっと寝かせることができた。
 そんなで3月となってから、父を寝かしつけて、もう深夜近く犬とごく近所を散歩して我もひと眠りしたいと家に戻ったら、寝たはずの父の部屋が煌々と明るく電気がついている。何か気になる事があって探しものしているのだとか言う。早く寝てくれと言っても騒いでなかなか寝てくれやしない。「不穏」である。仕方なく天井の蛍光灯自体取り外して、起きても何もできないよう真っ暗にして戸に鍵かけて寝かしつけたこともあった。※鍵をかけることに異論や批判もあろうが、閉じ込めておかないと深夜に家の中を徘徊して電気をつけまわったこともあるだけでなく、実際に庭先に出、転んで倒れてたことすらある。物音で気づいて確保したが、当人は寝ぼけて「犬がいなくなった、探しに出た」と答えていた。

 そして、3月7日土曜日の朝のこと。父が寝たのもかなり遅かったし、その日は、ショートステイに行く日でもあったので、つい我は疲れて明け方のオムツ交換を怠り朝まで眠りこけていた。
 まあ、何とか父はおとなしく眠ってくれているだろうと朝の7時に起きてもう一時間したら父を起こさねばと階下に降りた。
 そしたらば、鍵、というか、掛金がかけてある父の部屋の戸が外されている。ただ掛け金自体はまだ外れずにいて、戸の下の部分だけが敷居から手前に飛び出している。
 また父が出ようとして夜中に騒いだのか・・・ そのときはまだ父はその室内に寝ているのだと思った。が・・・