「老衰」という死因と認知症について2019年07月01日 21時50分18秒

★九十過ぎまで生きれば、人の死因は「老衰」となる

 我の亡き母は、八十歳になったかならない頃、癌を発症し、一度は手術で、患部を取り除き、数年間は元通りの日常生活が送れるほど回復したが、やはり癌は再発してしまい最期は進行性の癌によって衰弱してまさに精根尽き果て、我に抱かれるようにして息を引き取った。86歳であった。
 が、幸いにして癌の苦痛はなかったようで、食欲不振と絶え間ない下痢には苦しんだものの、鎮痛のモルヒネなどは用いなかったので、死のときも意識ははっきりしていて頭はクリアで、弱弱しくも最期の最後まで言葉も発していた。

 その母よりも5歳か6歳年上の我が父は、昔は前立腺癌の疑いで、手術受けたことはあったが、何故か癌は患うことなく、基本身体が頑健にできているのであろう、90代半ばの今も生きている。
 大陸での戦争も含めて、結核、誤嚥性肺炎と何度も死にかけたが、この近年は入院することもなく、まさに馬齢を重ねて来た。
 しかし、健康であっても各臓器、脳や筋肉も含めて全てが耐用年数の限界に来ていて、歩けない、食べられない、何もわからないという限界状況となってきていることは、何度もこのブログで書いて来た。
 認知症も進み、デジタル時計の表示の現在の時刻が、月日だと思い込み、丸い掛け時計とカレンダーの区別もつかず、時刻が9時40分だと、今は9月40日だと言いはったりする。昼寝して起きると朝だか夜だかわからなくなり、朝八時なのに暗い、何でだ、と大騒ぎする。

 で、とうとう、家族のことも、今世話している息子の名前も関係もわからなくなることが多くなって、お前は、ワシの弟だと言い張る始末。半世紀以上連れ添った亡き妻の名前も思い出せない。情けなくて涙が出る。
 そこに、これまで何度も誤嚥性肺炎で入院した前科があるほど、吞み込めない、食べられない状態が進み、毎食事時は、すぐに咽てひっきりなしに咳き込むばかり。で、横で我が付ききりで、食べたくないと言い張るのを、なだめすかせて無理して何とかしっかり食べさせたと思った瞬間、突然、噴水のように口から食べたものを吐き戻すことも何度もあり、先日は、さこさんのライブツアーに行こうとした日の朝も戻してくれた。もう出かける格好に着替えさせたのに、何ともやれやれである。

 九州にいて、今、介護の現場の仕事に就いている我の妹に言わせると、もう家で介護するのはとっくに限界だから、早く介護施設に入所させるしかないとのことだが、問題は当人の意思である。
 そんなに呆けていて、全てが何もできなくわからなくなってもまだ喜怒哀楽の感情は残っている。二泊三日で、ショートステイから帰ってくると、やっと帰って来れた‼と満面の笑みである。まだ、ここは自分の住処、「我家」だとの意識は残っている。通ってる施設でも、ワシはいつ帰れるのかとうるさく職員に聞いてるらしい。

 そんな人を、全面的に、老人介護施設に入れてしまうのはどうだろうか。つまり、住まいそのものがその施設になって、終の住処となるのである。しかも彼の年金の関係で、個室は無理で、四人以上の相部屋となるとのこと。
 今、訪問診療に来ている医師とか、ケアマネたちは、どうせもう何もわからないのだから、どこだって同じだろう、とか言っているが、やはり当初は絶対に帰りたいと騒ぐだろう。
 そしてしだいに、さらに呆けも進んで、我家のこともそこでずっと面倒みてきた「弟」のことも忘れてしまうのだろう。最後は、ほんとうに何もわからなくなって、ほぼ終日寝たきりとなって、食事も摂らなくなってこんこんと眠り続けて、我が枕元に行って声かけても反応なく、まさに眠るように息をひきとるのだと予想する。※そうした死に方を、多くの縁ある老人を見舞って見て来た。

 それが父当人の望む死に方か。いや、望む人はいないだろう。では、我は子としてそう死なせたいか。そう望むか。
 しかし、先日、訪問診療で医師が来て、ケアマネも同席した時も、彼らが問うと、父は、子である我を指して、これは私の弟だ、と真顔で宣言してしまった。
 で、ここまで痴呆が進めばもう限界と、ケアマネは、ともかく施設入所の申請だけしておきましょう、そのほうがいいと、いくつか入所先を探すことに決まった。

 聖書に、汝の隣人を愛せよ、とある。それは自分がしてほしいと望むことを他者にも施せということだ。ならば、我が父にしようとしていることは、我は自らのこととした場合、自分自身は望むかだ。
 我の望む死に方は、ただひとつ。永井荷風のように、誰にも看取られなくとも我が家で暮らして最後は住み慣れた我が家で死ぬことだ。孤独死、野垂れ死でもかまわない。
 父には我という子、親族、身内がいる。ならば、何故に施設にぶち込んでそこで死なせなくてはならないのか。

 そう、我には誰もいない。それでもこの家で、自分のベッドで誰にも看取られず介護されなくとも一人で生き、一人でのんびり死にたい。四人部屋なんてまっぴらだ。
 さて、父のこと、ではどうしていくか、だ。
 人は皆さん、どう死にたいのだろう?