10月に入りました。2019年10月02日 23時09分29秒

★もう何にも囚われない。怖れない。振り回されない。

 本格的秋10月に入っても日中は強い陽射しの真夏日が続く。だが、朝晩はめっきり涼しくなってきて窓開けて寝ると寒いくらいだ。

 消費税10%増税の前に、増税される日用品、酒などの買いだめに忙しかったのとパソコンの調子も少し悪く、また更新が空いてしまった。

 引きこもりして学校を休んでいると、時間と共に「復帰」は難しくなっていく。数日なら気軽にすぐ戻れるが、休むのが長くなると気持ちは行きたくてもあれこれ思い悩むばかりで気が重く、ともかくしんどくなってしまう。行きたいのに行けなくなる。※同様の経験を持つ人はこの気持ちわかってもらえると思う。
 我がブログもそれと同じで、間が空くと、まず何から書くべきかとっかかりがみつからず「再開」がますますできなくなる。

 ならば、初心に返ってまた、まず自分のコトと自分が関係することから「お知らせ」を兼ねて今マスダはこうしている、こんなことを考えた、と気軽に日々徒然なることを記していきたい。
 むろんそんなことは人様にはカンケイないから読む人しか読まないだろう。だが、フェイスブック的繋がりより、我はこの一方的「発信」を勝手ながらも望むから、もし関心あらば誰かが読んでくれると信じて当ブログ内のランキングなど気にせずにともかく書き続けていこうと思う。
 それもできるだけ包み隠さずにあるがままに、だ。

 母が死んでこの秋で丸3年がたつ。認知症の老いた父を一人で抱えてともかく何とかやってきた。
 しかし日々の生活をともかくやり過ごすだけで手いっぱいで、生活は破綻し家はどこもかしこともゴミ屋敷と化し人を迎えることも含めて生活再建のメドは立っていない。
 一時期は、母喪失のPTSDから、体重が落ちて会う人ごとに心配されるほど痩せた我が身だったが、このところ介護のストレス晴らしのアルコールに溺れて不摂生からヘンな具合にまた太って来た。腹がせり出し、体調もあまり良くない。足底の痛みも老化と共にそうした日常に関係していたかと思える。

 しかし、ようやくだが、やっとこれからの道筋は見えて来た。ずいぶん時間がかかったけど、登山で言えば、あの尾根を越えれば、という「尾根」が指呼の間に見えて来た。
 まだまだ辛い登りは続くが、ともかく一歩一歩足をj前に進めていけば、まずその「尾根」にたどり着く。その先に何があるかはともかく、その尾根に着けたら肩の荷物を降ろしていったん休憩をしっかりとりたい。本当はそれは還暦を迎えた時にと思っていたのだが・・・
 あれこれ悩み気ばかり焦っても何もできず進まず苛立つばかりの日々は過去になっていく。

 何であれ、何事も「生活の中」でやっていかねばならなかったのだ。ところが不器用でバカな我はそれがわからなかった。
 何か一つ、目先の囚われ事があるとそれに夢中になって生活はまったく放擲し顧みることはなかった。また、逆に生活に囚われると、本来やるべきことも、「まずこれを終えてから」と、後回しにしてしまい、決局二兎を追うところか一兎もものにできなかった。
 先に古川豪さんと再会し彼のうたわ館野公一氏と共に聴き、お二人から強い示唆というか、インスパイアを受けた。うたもそうだが、、うたとの接し方と己のスタンスについてである。どこに我が身を置いて何を唄っていくか。

 生活の中、というのは、日々の日常、生活の傍らということだ。まずに何より基本の生活がきちんとしっかりあって、そのうえで、その中で、「己のやるべき、やりたいこと」をやっていく。どちらかが先にとか上に、と考えない。
 芸術至上主義というのは、あくまでも恵まれた環境にある人の言いであって、日々のパンをまず得てそのパンを得るまでの「大変さ」と得た「喜び」「有難さ」を記し唄うのが我が考える「うた」であり「芸術」なんだと考える。

 それが果たしてできるかはともかく、その「地図」はあるのだから、ともかく進むしかない。何をどうしていくかはわかってる。
 もう大丈夫だ。

 ※もう一回だけ書きます。

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