その後のことなど、近況を少し2019年11月15日 06時37分44秒

★11月20日、東中野「じみへん」で太田さんとのライブやります

 様々な不安や、世人的には嗤われるような下賤な悩みはまだ限りなくあるし、これからも新たに次々と出て来るだろうが、ようやく我が人生、近年いちばんの多事多難多忙の時期は脱して来たようだ。
 じっさい母が死ぬ前後はともかく、これだけ忙しく、しかも自分の体調も悪かった時期はちょっと記憶にない。
 ※まだ咳は発作が起きるとひっきりなしに続き、腰痛も慢性化してしまったが。

 怪我した猫の傷はだいぶ癒えて小さくなりふさがって来た。事故当初の頃は、切断した脚の側、下半身半面ほぼ全部の皮膚が剥がれてむき出しだったことを思うと適切な切断処理とその後の治療が効を奏したとつくづく思う。
 動物、それも四足の生き物は大したもので、脚の付け根からきれいさっぱり失い、傍目にはかなり痛々しく思えるけれど、三本脚となっても当人は何も臆しもさほど不便さも感じることなく、今ではけっこう早くスタスタ走るように歩けている。心配した排便も問題ないようで安堵した。
 昔のように後ろ足でジャンプすることはできなくなったわけだが、日常生活では不便はないと思える。ニンゲンならばこうした場合、やはり他人の目を気にしたりすることもあるかもしれないが、当人も仲間たちもまったくかまわず気にせず、あくまでも個々のこととして普通に勝手にそれぞれやっている。それが素晴らしい。

 そう、災難ではあったが、これは不幸ではなく少しだけ不便になっただけのことなのだった。そして我の判断で生を紡いで、今もまだこの世に在るわけで、お金では測れない命の重み、大切さを我自身改めて知ることができた。
 たかが猫一匹のことなのである。いくらでも替えはあるようにも思える。が、その弱き者に対し、特に助けを求めてきた者に出くわしたとき、何ができるか、なにをすべきか、その問いかけは重く大きい。
 何であれ、日々、すべきこともだが、ともかくできることを、たとえほんの少しでもやっていく。それこそが「人生」、生きることなのだとこの猫から教わった。

 この世は、昨今結果重視の、それもいかに世間的に成功したか、金持ち、勝者に、と結果として成り得たか、ばかり問われ求められるが、それは間違っている。それは「幸福」と同一ではない。いや、逆に聖書的には一番かけ離れている。
 幸せとは、いかに「得た」かではなく、いかに「与えた」か、であった。
 「与える」というとエラソーに、という印象があろう。
 でもそれはそんな堅苦しいことではなくて、単に自らを愛するように他者をも愛せるかどうかということに過ぎない。いかに、愛情を外に向けられるか、だ。

 我は昔から本当に自分勝手で、他者のことは基本何も考えないし、その場そのとき、常に己の都合や欲望第一に生きてきた。それは、冷酷と言ってよいほど自己中心的、対人障害的で、治療不可能なことであるが、だからこそ今償いとして、ようやく「すべきこと」に気づかされた。
 弱者や貧者のために寄付したり、カンパしたりすればよいというわけでもない。むろんそれも一助になるし大きな意義があるけれども、まずは身近なところから、関わる者たちとの「関係」であろう。
 人であろうとなかろうと、困窮しているものと出会えば、その時点で出来る限りのことを惜しみなくまずはしていくことだ。
 求められたら、それに応えていく。そこに損得はないし、たとえ多くを失った、奪われたとしてもそのことを悔やまない。お金よりも大事なこと、世間的成功よりもはるかに価値のあることがあるのだとようやくわかってきた。

 そう言いいつつ、今だってあれこれ損得でむしゃくしゃしたり、他者を恨むことも多いが、聖人君子ではないからこそ、それもまた当然で、ともかくこの新たな「基本方針」でやっていくしかない。
 できないことはできないし、できることしかできやしないのだから。

 実は子猫の他にも、昔からいる老猫が今月に入ってからほとんど何も食べられなくなり、痩せ衰えそちらも心を痛めていた。
 しかし、別の昔からかかりつけの動物病院で診察を受け、点滴と注射1本で、かなり持ち直してきて、今は再び食欲は戻って体重も増えてきた。その金額は6100円。キジ子に比べれば、思わず「安い!」と叫びそうになった。そのぐらい金銭感覚は狂ってしまい、今では猫に50万近くの「借金」があることも何も感じなくなった。
 ともあれ、その老猫は、毎晩抱いて撫でて声かけて寝床を共にした。
 医者に連れて行ったことよりも、思うにそうした「励まし」というか、「愛情」かけたことが回復に繋がったのではないか。

 誰だって、自分が愛されている、他者から求められ必要とされていると確認したいのである。それこそが『生存理由』ではなかろうか。
 ところがこの世の中には、昨今、実の親からも愛されず虐待されてときに死ぬ子どもも多数いると報道が続く。
 そうして愛されずに育ち大人になった子は、また親になったとき、どうようのことを自分の子にするだろう。
 ならば、親でなくたって誰だって良いのである。その子が、その人が必要とされ、求められ愛されているという「実感」を与えてあげれば良い。
 それは児童福祉施設や行政、国がすべきこととだとか、そこに責任があるとは思わない。まずは、気づいた周囲の人たちが、声をかけてその「困窮」にその都度、その時点でできることを少しでもしていくことだ。

 同様に、それは大人たちにだって当てはまる。船橋だったか実子を虐待死させた夫婦がいたが、妻は夫に逆らえず、エスカレートする暴行を阻止することができなかったと。そして児相の対応が問題視された。
 しかし我は思うのは、まず一番救うべきはこの親、夫ではなかったのか。その「狂気」に向かっていくこの父親を救えば、女児は死ぬことはなかったはずだ。

 我はもう逃げない。何事にも目をつぶらない。ずっと卑怯者、臆病者であったからこそ今老いても立ち向かおうと思う。むろん自己中心的性格は変わらない。だからこそ、「そのとき」に出会えば、出来る限りのことはしていく。それは「正義」ではない。善悪でもない。ただそこに「愛」があるかだけだ。