ブログ再開します2019年12月30日 22時17分55秒

★ともかく今年も死なず、死なさず終わりそうだ。

 あれからこの何日かともかく忙しかった。ほとんど寝る間もなく。飯食う時間もなく何とか昨日まであれこれ対外的雑事に追われて、やっと今日からそれも終えて自分のことだけに向きあえられる。
 まだ死にたくないが、先の22日の拙宅のクリスマスイベント以降、改めて自らのダメさを思い知らされ、鬱々として忙しさもそこに加わり、ほとんど眠ることも食べることもできないでいた。
 いまようやく、その大変な状況はひとまず過ぎ去って、今日から年末の二日、明日の大晦日も含めて、自分のこと、家のことだけにやっと向きあえられる。今、まさにほっとして肩の荷を降ろしている。

 いろいろご心配おかけしたかもしれないが、何とか今年も我も死なずに、我が父も死なさずに終えることができそうだ。それもこれも当ブログの読み手の方も含めて我と関わってくれた皆さんのおかげで、自分ひとりだったら何一つできず自滅と自死していたことだろう。

 2016年9月の母の死以降、もう三年が過ぎて、自分としては立ち直り、「人生再建中」だと思い込んでいた。当ブログでもたびたびそう記してきたかと思う。
 が、実際のところは、全くそうではなく、相変わらず人生と生活に対してネグレクトし続けていて、何ひとつ自分ではきちんと管理も対処もできないままだった。それでも臆面なく今年もお世話になった方々に向けて、クリスマス謝恩ライブパーティを企画したのは身の程知らずの愚の骨頂であった。終えてそのことを痛感した。
 
 何とか太田さんや三留さんや我の親しい仲間たちの力を借りてかろうじて場所づくりだけはギリギリで間に合ったものの、もうそれだけで手いっぱいで、肝心のクリスマスの料理も含めて、予定していたことは何もできない惨憺たる結果となった。
 そう、毎年毎年同じ失態を繰り返しているわけで、今年は去年より少しはマシになっているのならともかくも、去年より何もできなかったわけで、自分としては「再建中」どころか、逆に、「悪化」している現実を嫌ほど思い知らされた。
 手伝ってくれた皆さんにも苦労や辛い思いをかけてしまい、自らも深く悔やみ苛む日々が続いた。どうしてこうなのか、と。

 その後も、この年末は、ちょうどウチの車の車検も期限が重なり、いつも頼んでいる個人でやっている修理業者の方にお願いしたのだが、かんじんの車検証や自賠責の書類がみつからず、このクリスマスイベントの前からその準備と並行してそれを探してたのだが、結局すべて再発行してもらう羽目となり、諸経費も当初の予定より倍近くになってしまった。
 それもこれも我のだらしなさ、ダメさの至る結果であって、幸い何とか年内ギリギリ、期限キレる寸前で更新はなったものの、またまたその方にもずいぶんご迷惑とお手数おかけしてしまった。
 その他、もう何十年も毎年末に請け負っている女友達の年賀状製作の印刷もやったのだが、今年はプリンタの調子が悪くて、純正インクを買い足して何とか仕上げて昨日夜渡せたが、時間ばかりかかってインク代は自腹切るはめとなり、労多くしてという虚しさが残るだけとなった。
 けっきょく22日のイベントに向けて片づけは成ったはずなのだが、車検のため車の中をまた空にしたり、27日は、今年最後の訪問診察のため医者が来たりと、その都度また場所づくりのため箱詰めしたものを車の中や父の部屋からまた二階に移動したりと、またまた元の木阿弥が続いている。

 自分でもほんとうに頭おかしいのだと、いったい何をやっているんだと今さらながら自問してうんざりしている。そう、何か人が来るたびに、モノをあちこち移動させているだけに過ぎないのではないか。そしてそのことで焦り慌て常に疲弊しているのだ。何一つ解決も片づきもしていない。

 ここだけのはなし、22日の夜は、かなりアルコールも吞んだのに、その夜、車を走らせて立川まで出て猛スピードで帰って来て、我が家に何とか無事戻れたが、入れる時、車のフロントを庭先のゴミの山に突っ込んでライトとか傷つけてしまった。そのときの記憶はほとんどない。それもあって車検通すには苦労したと修理工場の人が言っていた。
 思ったのは、あの木田高介さんもだが、人はこうして突発的に自殺的に事故死してしまうんだと、その実感を得た。ああ、こういうことなのか、と。そういう「気分」に襲われるときがあるのだ。
 幸い今回は歳末なのに警察のお世話にもならず事故らずに、幸いにして無事で帰れたわけだが、いつも思うのは、自分は生きているだけで、何かするたび皆に迷惑をかけてしまうという毎度の自責と自己否定の強い思いだけである。
 しかし、今そんなしてうっかり死んでしまえば、残したものの後片づけで、大いに苦労させるのは我の妹であり、父もまだ生きている限り、そんな風に自滅的に、身勝手かつ衝動的に死んではならなかったのだ。

 トラブルは我が影法師という、ロス・マクドナルドのハードボイルド小説があったと記憶するが、ダメさは我が影法師であり、これは獲得形質として、いや遺伝宿命的資質として生涯我について回る事だろう。
 ならば、もういっそ、直そうとかそこから逃れようなんて思わずに、そのダメを抱えてダメの障害者として生きていくしかないのではないか。何一つ片付けられず、自分では何一つきちんとできない生活無能者、社会的落伍者として。
 ならば、真っ当になろうとか、人並み世間並みになりたいなんて思わない。そもそも自分は本当に頭がおかしいのだし、一人では片づけも含めてうたもギターも何一つできないのだから、そんなことを願うこと自体が間違い、思い上がりであった。
 ダメはダメとして、そのまま、あるがまま、そして人様にできるだけ迷惑や不快な思いをさせぬよう心して生きていくしかない。

 テレビアニメの「妖怪人間ベム」たちは、愚かにも毎回「早く人間になりた~い」と嘯いては苦労していたが、昔から思ったことだが、何で「妖怪人間」としてそれはそれとして、そのまま生きていけなかったのか。
 べつに誇りなど持たなくていい。人間でないのだから、人間になろうと考えること自体がそもそも過ちではないのか。
 我もまた今さら真っ当に、世間並みに生きることは諦めた。そこを想定しても基本が劣等なのだからできるはずもない。今回のように現実にぶち当たり、改めて自己嫌悪に陥るだけだ。が、だからといってこれで良いのだとバカボンパパのように「肯定」はしないしできやしない。
 ダメという現実、現状、本質を見据えて、その中で、少しでもダメでなくなるよう努力していくだけだ。虚しく無意味な努力かもしれないが、ダメで良いことなど一つもなく、苦労するのはこの我が身なのだから、ダメを最小限に抑えるべく頑張ってやっていくしかない。

 きっとまた「ダメ」という現実にぶつかって打ちのめされて落ち込んで自らを苛み、もしかしたら自死してしまうこともあるかもしれないが、今は、ともかく少なくとも父が生きているうちは、外の世界も含めてこの「現実」を受け容れて、その中で奮励努力していくしかない。そう、フーテンの寅さんのように。
 まともに生まれてまともに生きられる人はいい。が、この世の中には、どうしてもまともではない、願ったとしてもきちんと生きられない人間もいる。まともなことが基本的にできない人間がいる。そんな人間がカタギを目指したってなれるはずもない。
 ならば、ダメのモデルケースとして、世の反面教師として何とか死なずに生き永らえていくしかない。そう、その人生はどんなものであれ、どれほどひどく最低でも、誰のものでもなく自分のものなのだから。

 我は幸いにして、それでも多くの人たちが哀れみ助けてくれて今まで何とか生き永らえた。甘えるわけではないが、願わくばこれからも多くの人たちに支えられて生きていけたらと今願う。

 というわけで、今年2019年も終わる。結果として、相変わらず破綻したまま何一つきちんとできなかったわけだが、父もまだ死なさず我もまだ生きているのだから、それだけで「成功」の年と思いたい。

 こんな人間でもまだ何とか生きている。恥多き人生、だが失態も失敗も包み隠さずそのことを書き記していこう。そんな人間がいる、生きているということがもしかしたら誰かにとって「救い」になるかもしれない。あんなひどい、ダメ人間がいるのならば、と。