うたよ、音楽よ、今再び!!・①2020年05月01日 23時53分34秒

★社会が分断されたコロナという「国難」

 風薫る爽やかな五月となった。暖かいというより日向は汗ばむほどの一日であった。が、街には人の姿は少ない。ちょとあの大震災直後の計画停電で静まって真っ暗なあの頃を思い出す。
 あれから間もなく10年となるわけだが、この国はまたしても安倍晋三の大好きな言葉「国難」に襲われてしまった。
 ※思うに、その「国難」を作り出した、源となったことは、大地震はともかく、原発政策など時の自公政権の政治のツケであろう。今回のコロナウィルス蔓延も彼らの対応の愚策と医療に関わる予算を削減し続けてきた結果の保健所数、病院ベッド数、医療従事者不足を招いた責が問われている。

 さておき、3.11大震災と今回のコロナ禍、同じ大災害、国難であろうともその姿はまったく違っている。きわめて対照的だと我には映る。
 何回かにわたって、だからこそ今、何が求められなにをすべきか、自問していることを書き記したい。

 あの3.11東日本大震災では、記録的な数の人命をはじめたくさんのモノが失われてしまった。家屋も資産も公共の建物も何もかもが大地震と津波で破壊され消失してしまった。
 だが、生き残った人たちは、避難所や仮設住宅に集まり、ある意味濃厚かつ密な人間関係がそこにはあった。また被災地支援に多くの人たちが現地を訪れ、支援物資も全国各地から届き、新たな人間関係、絆が生まれて今もそれはかなり続いている。
 そう、物資や通信手段はことごとく失われたが、代わりに濃厚な人間関係、暖かい社会的つながりはその「災害」では確かにあった。※むろんフクシマから転校して来た児童に、放射能がうつるとかいう理のない差別もあったけれど。

 今回の未だ収束の兆しもないコロナ騒動は、モノは何も今現在失われていない。買い占めだが理由はわからないがマスクや消毒液などと一部の生活必需品、保存食料は今も品薄ではあるが、大地震のような家屋などは何一つ失われてはいない。
 では何が失われたかというと、何より人と人との関係、社会的接触こそが感染拡大予防のためとして制限され、社会的だか物理的だかわからないが、人との距離こそが求められスーパーのレジにならぶこさすら間隔空けるよう要請されてしまった。

 会社も学校もその多くが休業要請されてしまったから、人は人と会い直に語らうこともできなくなっしまった。そして感染の元とされる「三密」状況をつくる職種、業種は「自粛」せざるえなくなり、そこに携わる人たちはまさに死活問題に悩み苦しみあえいでいる。
 政府は様々な休業補償的なことや企業への支援策を打ち出しているが、それはまさに焼け石に水でしかなく、このままさらにまた「緊急事態宣言」状況が続けば、コロナウィルス原因での医療的死者数よりも経済的、社会的困窮が原因からの自殺や殺人での死者数が上まわるかもと我は予想している。むろんそれでも専門家たちが言うように、何の対策をとらなかったときの数十万というコロナ死者予測数よりは低いだろうけれど。

 3.11のときは、モノと同時にあらゆる通信手段が失われてしまった。被災地の避難所の壁に、皆がこぞって貼り紙してあったことを思い出す。
 じっさい当初はあの大戦後の焼け跡と同じく、「貼り紙」しか伝達・連絡の方法はなかった。
 が、このコロナ禍では、あの頃よりもさらに携帯などのモバイルと様々なアプリやSNS利用者が増えたということもあるのだろうけど、他者との通信手段だけは十分以上に今も確保されているしそれでのやりとりとして、会社に出向かずに在宅でのテレワークなる働き方も今後定着していくと予測されている。

 そう、コロナでは何一つモノは失われてはいない。通販・宅配業者、そのサイトも増えて、何でも携帯やパソコンから注文すれば感染の怖れある危険な人混みに、ゆざわざ街に出なくてもほぼ何でも家に届くようになった。
 しかし、結果として人が人と会う、語らうという直の関係、まさに顔の見える関係こそが失われてしまった。スーパーなど店舗での買い物もレジと客とはビニールで仕切られ、お互いマスクで顔も判別できないし、お金すら直接さわりもしない。客は自らカードで決済するだけだ。
 こうした社会的分断、人との距離をとる、その対応策は、おそらく今後も続くのではないかと我は案ずるし、コロナ騒動が収まった後も当たり前のこととして定着することを怖れる。

 このところ話題のネットで飲み会だか何だかよく知らないけれど、そんな集まりのどこが楽しいのか我にはわからない。
 電話は顔が見えないけれど、ともかくそこには人と人との直接のつながりがある。一対一で話しお互い向き合っている。そこには社会的つながりがある。が、そうしたモニターの中での集いでは、会話に加わっていない者の存在は無に等しいのではないか。そもそも分割された画面に顔も出ないかもしれない。

 我は今のようにネットが普及し、フェイスブックもだが人と人がカンタンに繋がる、繋がれるようになった時代を決して良いとは思っていなかった。それはあくまでもショートメール的なごく短く簡潔な用件のみのやりとりでしかなく、とことん踏み込んだ大事なことは何一つ言えないし書けない、送れないように感じていた。
 ならばこそ、街に出て気の合う仲間たちと会い、与太話であろうが、盛り上がり酔っぱらう場が我には絶対的に必要だった。

 西荻にあった吞み亭などでは、何か心が淋しいとき、もやもやとした気分のときにふらつと出向けば、必ず誰か顔見知りの奴がいて、例え誰もまだ客が来ていない早い時分でも、マスターのやっちゃんは温和な笑顔で出迎えてくれ、誰々のこの頃の動向や昔話に花をさかせることができた。そうして鬱気分からどれほど救われたことか。

 かつてそうした場があったことが懐かしいし、今またコロナ騒動で、同様の狭く小さい居酒屋が「自粛」要請によって経営困難となり廃業していくことを憂い心痛める。

【続く】

うたよ、音楽よ、今再び!!・②2020年05月03日 19時52分51秒

★誰が練馬のとんかつ店主を殺したのか?

 一部のネットで話題になってる、コロナ関連の自殺事件をご存じか。
 我は寡聞にして知るのが遅くなったが、女友達から知らされそのネット記事を読んでその晩は胸が痛くてよく眠れなかった。
 毎日新聞の配信では、『聖火ランナーのとんかつ店主、火災で死亡 生前は延期や新型コロナ影響を悲観』として、細かくその自死に至るまでの彼の生い立ちを記している。

https://mainichi.jp/articles/20200502/k00/00m/040/003000c

 また、東京新聞でも2020年5月3日 朝刊付けでほぼ同様の記事が掲載されたようだ。『<新型コロナ>死亡の店主将来悲観か 火災のとんかつ店「店閉じるもう駄目かも」』
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202005/CK2020050302000101.html

 記事を要約すると、店主の男性は、54歳。天ぷら油をかぶって全身やけどで死亡したとのことで、店は、五十年続いた老舗で、彼はそこの入り婿の三代目だった。
 東京五輪の成果ランナーにも選ばれ、それを心待ちにしていたが、延期となったことと、店がコロナの感染拡大のため四月半ばから営業縮小、「コロナは長続きしそう、店を閉じる。もう駄目かもしれない」と周囲にこぼしていたという。
 様々な失望要因が重なって絶望し鬱的になっての自殺とのことと想像されるが、彼の真面目な人柄を語る記事を読むと地域の顔役的に活躍し顧客をはじめ誰からも慕われた人の無念の死は、読み手にひしひしと辛く迫って来る。油をかぶっての焼身自殺であることが特に何ともやるせない。

 我はその話を聞かされてまず思ったのは、これはフォークシンガー、太田三造や館野公一が唄うところの「バラッド」の世界だということだ。
トピカルソング(時事のうた)と言ってもいい。昔なら間違いなくこの事件は「うた」となって唄われたはずだ。
 昔、まだラジオやテレビなどマスメディアが普及する以前は、アメリカでは、なにか事件事故が起こると、それを題材にした「物語うた」というような「うた」がつくられ聴き手である大衆の元に届けられた。
 むろん新聞などは都市部には出ていただろうが、識字率も低い頃だから、大きな事件、ニュースはうたで広く地方まで伝播することが多かった。そう、フォークソングのルーツ、発祥とはそうしたところも関係している。
 むろん日本でも有名な「♩真白き冨士の嶺」で知られる「七里ヶ浜の哀歌」など、逗子の中学生12人のボートが転覆し全員死亡した悲劇の事件を憐れんでつくられたものだが、東西問わず「うた」とはそもそもそうしたものだということは今日でもボブ・ディランの「ハリケーン」等のトピカルソング、つまり「バラッド」でよく理解できよう。

 さておき、では、誰がこのとんかつ店主を殺したのか、だ。
 コロナウィルス直接ではない。彼は感染していないのだから。では誰がいったい・・・
 思うに我は政府と専門家会議などによる現行の「感染拡大予防対策」、つまり店の営業時間短縮も含めて、街に出ないでください、人との距離をとってくださいという、長引くいつまでも先が見えず終わりがない強い「外出自粛要請」が、結果として彼を悩ませ苦しめ鬱をもたらし自死に至らせたのだと断言する。
 はっきり言いたい。この「自粛・隔離」政策は、失敗ではなかったのか。さらにまた1か月延ばせば、その間に何人の「とんかつ店主」たちが悲嘆して自死を選ぶかわからない。
 この「練馬のとんかつ店主の淋しい死」を無駄にしないためにも「緊急事態宣言」は一刻も早く終わらせるべきだと我は強く言いたい。

うたよ、音楽よ、今再び!!・③2020年05月04日 22時19分57秒

五郎氏のそのLPピクチャーレコード希少盤面
★コロナという悪意の前に、自らの「正義」を疑え

 新型コロナウィルスから社会を守るために一つにまとまろう、「ワンチーム」という言葉がまたこのところよくあちこちで聞かれるようだ。
 いかにも同調性を好む日本人が好きそうなスローガンで、ひねくれ者の我はそこに何か戦時中の、「進め一億火の玉だ!!」とかに通ずる気がして、無理強いされているようで何か不快である。
 そして国挙げてワンチームになろうということは、それに組しない者、はみ出す者は、モンダイだ、けしからんという意識を当然ながら秘めている。
 だから皆が自粛して様々な我慢しているのに、自粛せずにパチンコ営業も含めイベントや行楽などに出かけるのは大きな問題だ、許しがたいという気持ちは、ある意味ごく当然のことであろう。そう、皆がワンチームの気持ちでコロナウィルスと戦っている最中なのだから。

 誰もがこの「緊急事態宣言」下、様々な不自由を強いられ多かれ少なかれ困窮の中にいるかと思う。ネット注文は増えたが我も少ながらずそうだ。ともかく息苦しい。そう、マスクしててもしてなくても。
 そんな状況なのに、さらにまたこの「非常事態」は一か月先まで延長されることになった。我も周りにも多くの人がさらに我慢を強いられ経済的にも精神的にも持ちこたえられるか不安かと思う。
 そこに「自粛警察」とか「コロナ自警団」という言葉がよく目につくようになった。
 これは、現況の自粛要請下にも関わらず、それに従わず営業を続けている(と目される)店舗や個人を、民間人が、要請に従わないとはけしからんと怒って彼らの正義感の元に見つけ次第、指弾糾弾することらしく、店を閉めて内々でライブ配信のためのライブ演奏をやってたら音を聞きつけ、嫌がらせ的な貼り紙をされたりネット上で実名を挙げて「違反者」として攻撃し晒し者にしたりもするのだそうだ。
 つくづく嫌な時代だと嘆息してしまう。

 確かにコロナウィルスとの戦いは、国民一丸になって取り組まねばならない非常事態、緊急事態なのである。が、それに従う、従わないかは「要請」である以上、個人の意向、考えに全面的に任すべきではないのか。
 また、それに従わない者がいたとしても、それを何故にどんな権限で、市民の側が「取り締まる」ことができるのであろうか。その心理が我は理解できない。
 おそらく、そうしたコロナ自警団的な人たちは、皆真面目で正義感が強く、危機意識も高い人なのであろう。よってだからこそ、違反者は許しがたいと憤って、過激な行動に出るのかと推測する。その気持ちもわからなくもない。皆が我慢して辛く苦しい思いをしている。まして、これ以上の感染拡大は困る。一日も早く収束させるためにも要請に従わない者を従わせたいと考えるのも理があるようにも思える。
 が、それは間違いであり、人としてそれは早計だと我は考える。その利用はまた詳しく説明するが、その「正義」は果たしてほんとうに正義であるか、もう一度まず自問してほしいと願う。

 関東大震災の後、被災地各地で、多くの朝鮮人、中国人など「三国人」と呼ばれる日本に来ていた東アジアの人民がデマによって虐殺されたことは歴史的事実である。
 それは彼らが井戸に毒を入れたとか、まったく事実無根のデマが大地震直後流れ、震災後の不穏かつ不安な混乱した状況下、「朝鮮人狩り」という風潮が各地の自警団中心に広がり、結果として朝鮮人たちは捕らえられ虐待され殺害までされた者が続出した。

 そのことは、フォークソングの生ける伝説・御大中川五郎氏の素晴らしく長大な『トーキングブルース烏山神社の椎ノ木ブルース』に詳しく一部始終が唄われている。※関東各地で同様のことが行われたことは想像に難くない。
 我はそのうたをいつも聴きながら、ずっと何で自警団の人たち、民間人たちが日本に出稼ぎに来ていた朝鮮人たちを殺したのか不思議に思っていた。そのうたには、史実は克明に淡々と唄われているけど、彼ら日本人側の「動機」は窺い知れない。そう、無知な農民や労働者たちばかりではなく虐殺には文化人、知識人的立場の人もいたとされる。
 何でそんな理解に苦しむ暴挙、非道なことに彼ら自警団の民間人たちは及んだのか、だ。そして彼らはそこで後に反省したのか。

 が、今はこのコロナウィルス禍ではじめてわかった。よく理解できた。あのとき、朝鮮人を虐殺したのは、今回も登場したコロナ「自警団」、「自粛警察」の人たちに百年過ぎても今も通底する心理ゆえなのだと。
それは、悪意とはかけ離れた絶対的な「正義感」なのだと気づく。
 彼ら自警団は、地域の治安を守ろうという、いわば善意の思いが、「正義」となって暴挙に及んだのだと今は良く理解できる。
 自らのしていることは、世の中のために正しいと考えての行動が、ときに結果としての悲劇や大きな過ちに繋がることもあるのだ。※家庭内で躾として親が子を、体罰の挙句殺してしまうのもまた同様の「正義」故にだろう。

 コロナウィルスは社会をまず分断している。そして、その不安と恐怖、ストレスから人は他人を疑い傷つけ、ときにかつてのように「虐殺」するかもしれない。
 だからこそ流言飛語に騙されないとともに、まずは自ら行動前に、コロナ感染拡大予防と同様に、その「正義」はほんとうに正義であるのか、それを他者に行使するのは正しいのか、再考してほしい。コロナ終息後の世界が元通りに、ほんとうのワンチームの日本であるためにも。

次回の「月刊・共謀」コンサートは、開催見送りとします。2020年05月07日 21時17分57秒

★場としての「かけこみ亭」の今月末までの休業延長をうけて。

 これまでもこの拙ブログやフェイスブックを中心に「お知らせ」として宣伝告知してきた『護憲と反戦平和のための「共謀」コンサート』ですが、今月末に予定していた回は、現況のコロナ禍感染拡大防止のため会場である「谷保かけこみ亭」が休業中となるため開催見送りといたします。
 今年1月から始まり、毎月ごと全12回の予定でスタートした企画でしたが、これまでもご支援ご協力頂いた方々、そしてその回に参加予定の方々に対して誠に申し訳なく今は言葉もうまくみつかりません。
 また、さらにその先の回、6月以降ですが、現時点では感染収束の兆しも見えていないため、あえてその先の「予定」もいったん白紙に戻し改めて状況鑑み決めて行きたいと思います。
 どうかこの状況下ですのでご理解ご容赦お願いします。

新しい時代をどう生きていくか2020年05月10日 08時17分36秒

★ひとつの時代が終わった、と

 『君たちはどう生きるか』という、近年マンガ化されて再びベストセラーになった大昔の名作があるが、それの返答とすれば、『僕たちはどう生きるか』となろう。
 僕たちはともかくも、このところずっと「僕は」、どう生きるか、これからどう生きていくべきか、ずっと自問している。

 バカだからなかなか気づかなかったが、今ようやく事態がはっきりわかった。これまで続いてきた一つの時代が、この五月の大型連休を境に終わってしまったんだと。
 むろんそれはこのコロナウィルス流行禍が原因である。このところは感染者数発表の数字だけ見れば収束の傾向にあるようだが、まだ油断も予断もできないはずだし、ならば先は見えやしない。いつ元通りになるのかは。

 ただはっきりしていることは、これが収まり、元の社会生活が戻ったとしてもそれは、かつての日常、コロナ発生の前のものとは、大きく違ってしまっているということだ。
 そう、かつてあった良き時代は終わってしまったのだ。もう元通りにはなりはしない。

 この5月の大型連休、かつては毎年、僕は、大阪服部緑地での「祝・春一番コンサート」に通い続けていた。
 1970年代の、天王寺野外音楽堂にも十代の頃から行ったほどのフォークソングフリークであったから、再開後のそのコンサートもにも僕自身のフォークシーン「復帰後」は毎年ごと全日通い続けていた。
 ※「復帰」とは何か、については、我がブログで何度も書いて来たが、要するに高田渡の死後以降である。彼の死によってフォーク熱がぶり返し、中川五郎氏に手を引かれるようにしてフォークの世界に再び戻ったのだ。
 ぼくはそこで、気の合うほぼ同世代のコアなフォークマニアたちと出会い意気投合し、好きなシンガー、ミュージシャンを観ることに加えて、その場所で彼らと一年に一回「再会」することも大きな楽しみとなった。
 春が来ると毎年その5月の大型連休中の関西旅行の計画で胸はわくわくしていた。ときに10日近くも家を空けたこともある。
 その頃は、父も母も老いてもまだ何とか健在で、不安ながらも家のことは彼らに託して格安夜行バスで「春一」への旅を決行した。ついでに京都にも寄って、向うの知人たち、古川豪さんや詩人の有馬敲氏にも会うのを常にしていた。
 が、それも突然終わりの年が来た。それは東日本大震災の年だったと記憶する。
 とつぜん禁止となった写真撮影などで主催者の福岡風太と大げんかして、会場の出入りを禁じられて、録音や撮った写真など全てのデータは消されて、開催日の途中で急遽東京に帰ることになったからだ。

 今思うと、そこにもいくつもの原因があったことに気づく。風太と縁の深かった清志郎の死がまずあり、さらに彼の盟友、春一番運営の相方、阿部ちゃんの急死による風太の「独裁」体制完成である。
 風太と阿部ちゃんの二人三脚でやってきた「春一番」は、相方が消えたことにより、誰も彼の方針に異を唱える者、口を挟む者がなくなった。ここで彼の性格についてあれこれふれる気はないが、とかく狷介固陋気味のその人を和らげる「緩衝材」的な人が不在となったことで、春一はそこにあった春一独特の緩さ、自由さを突然失ってしまったのだ。

 大阪の春一番コンサートに通わなくなってから、ぼくは、あちこちのライブハウスや音楽酒場のようなところに毎週末ごと通うようになった。いや、それはその以前からのことだったが、それがよりいっそう。
 そこで五郎氏や古川豪さんを通して多くの素晴らしいシンガーの知己を得、岡大介やみほこん、館野公一さんたちと出会えた。
 そして自らの私的春一番だったと今気づく、「共謀コンサート」を、谷保かけこみ亭という素晴らしく自由かつ緩やかつ寛容な場を舞台に不定期ながら企画・開催するようになっていく。

 そして今年はついに毎月ごと、一年間の全12回、『月刊・共謀コンサート』としてこの春4月の回までコロナの嵐迫る中、ご批判も含めて多事多難の風を感じつつ何とか開催して来た。
 が、ついにこの大型連休後以降も「緊急事態宣言」継続の状況下、感染拡大予防のために店の意向で、店で企画していた他のコンサートも全て中止という流れの中で、今月5月の回から以降、開催の予定は未定となった。

 再開の予定は立たない。いや、立てられない。かけこみ亭自体は営業できたとしても、不特定多数のお客が、どれほど来られるのか予測も想定もできないコンサートというのは、感染拡大のリスクが大きく、そこが「三密」に当たるかはともかく、ほんとうに都内、国内が感染者ゼロとならないかぎり開催は難しいというのが「現実」なのだろう。
 今ようやくそのことをはっきり理解した。頭が悪いからなかなかわからなかったけれど、やっとわかった。マスクはどこであれ常に装着しないとならないし、レジに並ぶのにも一定の距離を取らないといけない。人はどのような理由であれ集まってはならないのだ。
 それが政府や御用学者たちが言う「新しい行動様式」ということなのだろう。

 そう、いつの間にかひとつの時代は終わり、新しい時代が始まっていたのだ。この5月の大型連休を境に。
 「春一」もそのときは漠然と、いつまでもこんなことが続くと、また来年もあると思っていた。が、父母の老化と衰弱は進み、特に母の癌罹患など我を取り巻く環境は彼らを介護する側面からも厳しくなって、そんな旅行の自由は狭まれていたわけで、春一出禁もある意味潮時だったのだと気づく。
 奇しくも今年の春一番コンサートも「自粛」余儀なくされたと聞く。今回こそ最期の春一とか、早くから噂されていたけれど、結果としてこれで幕引きとなるのか、それとも執拗な彼のことだから、ならば来年は必ずやりまっせ!!やったる、やったろうやないか!!と燃えるか。ともあれ我はもう関係も関心も一切ない。むろん彼は自分にとって両国フォークロアセンターの国崎さんと同様にフォークソングの「恩人」であることに変わりはないが。

 今思うのは、いったいこれから僕はどう生きていくか。コロナ以後の新しい時代に、何を、どうすべきかという「自らのこと」だけだ。
 世の中は、いや、時代は望む望まぬとはカンケイなく、あるとき突然、何かをきっかけにして大きく変わってしまう。人は少しづつしか変わらないのに対して実にダイナミックに大きく変わってしまう。
 ならば、そのとき人はどうその「変容」に対処、対応すべきか。生物学者たちが示したように、その突然の環境変化に対応できないものたちは、恐竜たちのように絶滅するしかないのであろうか。

 そう、全ては失ってから気づかされる。いつまでもずっと続くと思っていたけれど、あの良き時代はもう二度と戻らないのだと。
 さてこれから僕はどう生きるか、だ。

コロナという絶対悪の前に2020年05月14日 09時06分19秒

★もの言えば、唇寒しの世相に

 自分が好み求め、築こうとしてきたことが、突然、「悪」とされて禁止されてしまったとき、人はどう生きれば良いのだろうか。
 コロナウイルス感染防止のために「三密」状態が実質的に「禁止」されてしまったわけだが、あらためて思えば、その状態、密室、密接、密集の状況こそ我がずっと好み求めていたことであったのだと。
 「共謀コンサート」も開催の目安が立てられない今、どうしたものかと気も沈み、ずっと自問している。
 コロナ禍後の世界に、自分の居場所はあるのか、と。そこで何ができるのか。

 むろん、声を上げて異議申し立ては出来なくもない。が、この今の世相、状況下では、まさに非常識であり、他の抗議活動はともかくもこのコロナに関して異論唱え「要請」に従わなければ、社会の治安を乱す者として集団リンチされても文句も言えない風潮なのだ。誰一人賛同者はいない。
 コロナウィルスという、人類にとって大過、大きな脅威の前で、それにかかった者、人にうつした者は、絶対「悪」であり、ネット上ではまず頭を下げてお詫びせねばならないし、その各種の自粛要請に従わなかった者、違反している者には、「社会の敵」として誰だかあぶり出し、結果として自殺を強いるようなひどい文言が投げつけられている。
 迂闊なことを書けば、その礫は我にも飛んで来よう。つくづく嫌な時代、嫌な社会だと思う。まさに息詰まる。マスクをしなくても息苦しい。

 我が私淑する山本夏彦翁は、生前ことあるごとに、「正義とはつくづく嫌なものだ」と記していた。
 その頃は、自分も若かったし、どうもピンと来なかった。翁は、主に朝日新聞の姿勢に対してそう批判していたかと思うが、今の世相、この現下のネット上の「自警団」、そして「自粛警察」の人たちを見たら、やはりそう語ったことであろう。今ようやく、我も彼の言おうとしていたことが、はっきりわかる。そう、「正義」とはつくづく嫌なものだと。

 正義、及びその心情、正義感というものは、悪との対比であるわけだから、まずコロナという、人類を脅かす「絶対悪」の前では、その戦いに参加する者は、「正義」であることは間違いない。そう、それは当然正しいこと、なのだ。つまり「要請」に従うことは正義にかなう。
 が、では、それがコロナに罹った者、コロナを感染させた者が悪なのか、自分にはまったく理解できない。何で、感染した有名人は皆、頭を下げ詫びるのであろうか。誰だって好きで感染する人も、させる人もいないのに。
 むろん最低限の感染拡大予防は各自すべきであることは言うまでもない。しかし、それでも罹る人はかかるだろうし、感染の可能性高い状況下であろうとも罹らない人はかからない。
 ※じっさい感染した人の「告白」を読むと、感染予防にはマスクや手洗いなど人並みのことは欠かさず常に万全を期していたはずなのに罹ってしまったと多く記されている。だらしなく予防を怠っていた人だけが罹るわけでは決してないのだ。

 ならば、その自粛「要請」に従わない者も「悪」として、徹底的に叩くのはいかがなものか。それは、感染予防意識の程度の差であって、コロナと同列の悪ではない。そして正義の名の元に、その「正義感」から従わない者、違反者を悪人として「糾弾」するのは実に歪んだおかしなことだと我は思う。他県から来たと車のナンバーだけで、余所者だと判断しあれこれ嫌がらせする愛県家たちの心情も同様に理解に苦しむ。
 
 先日、所用で久しぶりにJRの電車に乗って都心に出た。むろん我が知るいつもより空いていたが、見回すとマスクをしていないのは、車内に我一人だけである。
 乗って来る人も降りる人も皆全員マスクをつけて席を空けて座っている。世界中でマスクを付けていない人は我とトランプ氏だけのような気持ちになった。
 我は元来呼吸系が弱く、マスクすると息苦しくまずそれを好まない。またメガネをかけているので、息で曇って見えなくなるのも困る。視力が弱いからメガネかけてるのだ。曇れば即歩行困難となる。
 世の中にはコロナ流行以前からどんなに暑くても常に日常的にマスクを欠かさない人がいて、よくそれに耐えられると感心してきたが、それもまた慣れなのかと想像できるけれど、我はきっと慣れないしその努力もしないしできやしない。それはこの状況下でも人それぞれで良いのではないか。むろん付けたほうが良いのだろうが。

 だいたい振り返れば、コロナ流行の当初は、マスクはあまり予防の効果はないとあちこちに記されていた。外からの感染予防よりも他人にうつすほうにマスクをしていればリスクを減らすと。
 また最近までは、WHO自体が、布マスクなど百害あって一利なしというスタンスで予防効果はないと言っていた。
 それがいつしか感染拡大に伴って世界中で、医療関係者のみならずマスクの必要性が叫ばれ、まさに猫も杓子も誰もがマスクをするようになってその需要が高まり、先のマスク絶対数の不足もあって、早朝からドラッグストアの前にはマスク求めて長蛇の列ができる騒動となった。
 そして有難くも一世帯に二枚の布マスクの政府からの配布である。友人宅に届いたのは薄汚れていたと聞く。が、ウチには今も届かないし10万円給付の書類も何も音沙汰ない。

 ともかく政府も感染学者たちもWHOも言うことがコロコロ変わる。耳慣れない横文字ばかり並べ立てただただ非常時、今が山場、瀬戸際だと不安感だけを煽り立てる。
 結果として誰もが常にマスクを付けてマスクしていない者には奇異の目が投げつけられるようになってしまった。

 先日の電車内も、後から思えば、マスクしていない我が車内に入って来て、座ろうとしたら近くに座っていた男は慌てて席を立って移動してしまった。そうか、マスクしていない男は、感染拡大の保菌者とみなされるのか、と今気づく。
 友人の話だと、三人でとあるレストランに入ったとき、一人だけマスクしていなかったら、ていよく追い返されたとも聞く。呆れた話だ。マスクをしていれば絶対に感染しないわけではないだろうに。
 明け方や早朝の町でも、誰一人出会うことも密接、密集になる機会もないはずなのに、犬の散歩などで道行く人は誰もがきちんとマスクをしている。感心すると同時に、この人たちはだぶん家の中でも寝る時でも常にマスクしているのだろうと想像してしまう。飯と風呂のとき以外は。

 日本人というのは、世界でも珍しく上からの言いつけ、決められたことに唯唯諾諾、粛々とおとなしく無条件で従うと海外メディアによく報じられてきたが、まさに今のコロナ騒動でつくづくそう感じる。感心すると同時に怖くなるほどだ。
 以前から気づいていたことだが、さほど広くない十字路で、信号機がついていると、真夜中で車一台走っていない状況でも、きちんと信号待ちをしている人がいる。目と耳をすませば、辺りには車どころか自転車も犬猫すら走ってくることはないことがすぐわかる。
 が、そういう人は、信号が赤だときちんと止まってそこで青に変わるまで待っている。みごとな法令順守である。それには異論ないし誰も咎めない。それは絶対的に正しいことである。が、我はおかしいと思う。不気味に感じる。そう感じる我がおかしいのか。

 それと近しい違和感をこのコロナ騒動は多く我に与えている。
 むろんじぶんを守ることが大事なひとを守ることに繋がる、というの絶対的に正しい。そしてその正義には誰も抗えない。
 が、今、ネット上で、自粛警察の人たちに糾弾され、顔写真や住所までも暴かれたされる山梨の「感染を知りながら移動した女性」も、そこまでされる大罪を犯したのであろうか。彼女の迂闊な行為で結果として感染死が起きたとしても、それだけの責がそこにあるとは思えない。しかもそれをやっているのは警察でも医療関係者でもないまったくの正義感あふれる一般人なのである。
 人は我もだが、基本愚かで様々なことに無自覚なものである。その過ちをそれだけ責め咎める資格が誰にあるのか。結果としてその「正義」と正義感でまた多くの人を傷つける。

 先にも書いたが、千歳烏山の椎の木が植えられたのは、朝鮮人虐殺の反省や贖罪のためではなかった。それは彼ら自警団の人たちの治安維持のための功績を記念するためであったと中川五郎はうたっている。そう、ならばそんな木は切り倒してやりたいと我も思う。
 そしてもし、その山梨県の女性がプライバシーを暴かれ、ネット上で多くの正義漢たちに糾弾され精神的リンチから結果として自死してしまえば、彼らは正義が勝ったと快哉を叫ぶのであろうか。

 それはコロナに勝ったのではない。コロナによって肉体だけでなく心まで侵され殺されてしまったという証であろう。
 ああ、正義とはつくづく嫌なものだ。この非情な、いや非常な状況はいつまで続くのか。いったいこの先、この国で我はどう生きていけばよいのだろう。

「新しい行動様式」に抗っていく・前2020年05月20日 09時28分07秒

★まず近況といま思うところを

 コロナ鬱という言葉があるか知らないが、この感染拡大阻止・予防を目的として「緊急事態宣言」が出されてから、様々な「自粛」と「規制」強制の嵐の中で、その不自由さで心を病む人も少なからずいるかと思う。
 この我も先に書いたように、身動きがとれなくなって、そしてその状況を仕方ないとして受け容れることもできずに、とうとう心身に不調をきたしてしまった。

 そんなでこの一週間もブログ書けなかった。更新ないが故、ご心配頂いた友人からは直にお電話も頂いた。多々ご心配おかけしたかと思う。身体も何か足腰が痛く怠く、ずっと鈍い頭痛が続いて頭が重く風邪の初期症状のような状態が続いている。
 が、むろんコロナではない。発熱などはなく、ともかくまず日常作業、注文本の発送だけ終えると、父不在のときはひたすら眠ってばかりいた。
 このブログも誰かのフェイスブックやツイッターのように、日々の出来事やそのときどきの気持ち、怒りやストレスに思うことをことあるごとに短く気軽に発信していけたらと思うが、我はそうできないしその気もない。そうできたらストレスも発散できると思うが・・・
 我は不器用で頭が悪いから書くからにはある程度考えをまとめて、その考えが伝わるためにはある程度の長さが必要なわけで、カンタンに手短く、というわけにはいかない。
 そんなで、気持ちも萎えてこれからどうしたら良いものか考えもまとまらず、書きだせばたいてい一回一時間程度ですむブログ作業もとりかかることすらできないでいた。
 こんなに苦しいのは、三年前に母が死んだ直後の頃のことだ。そのときは悲嘆と後悔とで気持ちの整理がつかずしばらく何も書けなかった。

 かといって、このまま時間ばかり過ぎて、いつしか誰も拙ブログを訪れる人もなく、忘れられてなし崩し的に「消滅」させてしまうわけにもいかない。
 それではあまりに無責任であるし、何よりコロナ騒動によって、その余波で、このブログまで終わりにすることはあまりに情けないと自分でも思う。この先のことについてきちんと説明すべき義務があろう。
 長くなると思うが、もしお読み頂ければと願います。

 このコロナ禍、ようやく日々発表される感染者数も減って来て、緊急事態宣言も近く解除されるという見通しが出てきたようだ。じっさい関西圏では解除されて遊園地なども再開されたと報じられた。
 東京など関東各県もそうなるかと思う。が、それでもコロナ流行の第二波、第三波に備えて、今後も「新しい行動様式」は続くはずだ。
 他者と「社会的距離を確保」する、という言葉もだが、この新たな「行動様式」という言葉、実に嫌なモノだと我は思う。
 それはつまるところ、我の好む「三密」を避けること、である。

 支払いなどでレジに並ぶ時も前の人との距離を空けるため足元に張られた位置で待たねばならない。買物は基本一人で来て手短に、であり、店に入るにはまず両手のアルコール消毒とマスク着用が義務付けられている。お金の受け渡しも直には渡さずトレイに置く。カードすら受け取らず自ら差し出したり自分で機械に挿入する。レジ係とはどこも全てビニールシートの幕で仕切られてしまった。
 それに異を唱えることはできない。何故ならそれはコロナウィルスとの戦いにおいて「正義」だから。従わない者、違反する者は、白眼視されときに、店舗などの場合、自粛警察、コロナ自警団、我は「コロナファシスト」だと考えるが、そういう「正義漢」たちから嫌がらせの電話受けたり貼り紙されたり警察や行政に通報すらされてしまう。
 だから我は買い物すら、人の集まっているところに行くのが嫌になった。マスクしない我は異端者であり、治安を乱す不届き者であり、批判や迫害されても文句も言えないのである。

 先日も晴れて暑く25度を過ぎる夏日となった日に、日中マスクしながらマラソンしている男がいた。我は思うに、熱中症になるのではないか、酸素不足で倒れてしまう狂気の沙汰だと案ずるが、今の時代、そちらが正しく善であり、マスクなどしない我が間違っていて悪なのである。※ちなみにウチにはまだアベノマスクは届きはしない。問い合わせする気もないが・・・
 近くのスーパーで、子を連れた父親が、子が「マスクしてると暑いよう」と嫌がったらば、父親は「暑いと思うから暑いんだ!」と叱ってるのを見た。もうそれだけでつくづく情けなくなった。嫌な時代である。精神論の問題ではないだろう。現実の感覚として暑いのは暑いのである。が、この「正義」の前には、どんな理由も理屈も通じないと知った。

 NHKのニュースでは、その「新しい行動様式」を受けて、不便だけれど工夫してあれこれ頑張っている個人やお店などが連日とり上げられている。
 が、同時に逆に、その行動様式に悩み苦しんでいる人たちもたくさんいるはずなのだが、テレビはそうした負の側面は報じない。あくまでも新行動様式は是であり善であり正しく、ともかく守るべきという前提なのだからそれも当然なのだろうが、見てると不快である。で、テレビも観なくなった。
 そもそもこの「新行動様式」はコロナ感染対策の便宜的なことで、ちっとも善でも良いことではない。本来不便かつおかしなことであるはずなのに、誰も異は口にできないし、ホリエモン氏とか一部の人気タレント以外この流れに掉さす発言は見当たらない。
 そして我が何より案じ憂うのは、この「様式」が今後も世間の常識としてコロナ対策として徹底されていくことだ。

 映画館、劇場などでは、キャパシティが百だとすれば、客席の間隔を取らねばならず半分程度の50人しか客は入れられない。
 ライブハウスなども再開できたとしても、入場者数が一定を超えたら入場制限しないとならない。入場時には一人一人体温を測らせて頂くことに。※これは実に不快不愉快なことで、我はもしどこかを利用するに際してそれを強いられる場合は、こちらも拒否して去るしかない。もし37℃以上の熱があれば、コロナであろうとなかろうと入場拒否するのならば、そもそも人権侵害ではないのか。自ら発熱があろうとなかろうとこうした一方的選別、排除は絶対に容認できないし与しない。
 しかしそれで経営はどうであろうか。成り立つのか。政府はどこまで補填・保障してくれるのだろうか。
 我の手がけてきたコンサートも、「緊急事態宣言」が解除されたとしても当面開催の目途は立たない。そもそも三密前提で始めたことである。そうでない状況で再開することは可能なのかとずっと自問している。

 ※長くなるのでもう少し続きます。

「新しい行動様式」に抗っていく・中2020年05月21日 11時11分42秒

★うたをなくしたカナリヤは

 コロナ禍後のこの国には自分の居場所がない。ならばどうするか。
 このところずっと考えていた。

 むろん開き直って、「要請」もどこ吹く風で、どこそこのパチンコ屋のように臆面なく開き直ってやっていくこともできなくはない。世間から人でなしとか、非常識、非国民と呼ばれるのは今さらのことではないし、元より我は世間から落ちこぼれた異端者、アウトサイダーだったのだから、真っ当でない道を突き進むという選択肢もあった。
 が、我が望みこれからもやっていこうとしていたこと、「共謀コンサート」も含めてライブ企画活動ができないならば、何もこの町で、この場所で息苦しい思いして暮らしていく必要はないではないかと考えた。

 幸いにして我には今、山梨県の峡北、長野に近い北杜市の山里に倉庫としての古民家がある。
 そこは八ヶ岳山麓、人よりも猿や鹿のほうが人口が多い過疎地域で、行くたびに猿の姿は見かけてもニンゲンには一人も逢わないということがままある集落だ。もともと若い頃より不登校の引きこもりであったのだから、齢60過ぎて新行動様式になじめずに山中に再び引き籠るというのもありであろう。もう一切の社会的活動は終わりにしてだ。誰とも関わらないから自由に好きに生きられるはず。コロナ対策は一切関係ない。そう真剣に考えもした。

 詩人で彫刻家の高村光太郎は、敗戦後、戦争協力者としての負い目もあって、単身、岩手県の寒村、それも山中に移り住み、独居して一人で農耕暮らしを60を過ぎてから10年近く続けた。愛妻、千恵子はとうに亡く、たった一人でのほぼ自給自足の生活である。あたかもあの『森の生活』のD・ソローが如く。しかもソローよりも長く。
 我ももはやコンサートなどの音楽活動ができないのならば、光太郎に倣って、その地で荒れ放題の畑を手に入れて、野菜類は自給し、月に一度ぐらい麓のスーパーで肉や魚など生鮮品は買い求め、あとの生活必需品は宅配に任せて、犬猫たち連れて本格的に移住することを夢見た。※今いるこの家は、売るか誰かに貸すとして、収益を得るすべとして。
 が、まだ我には老いた父がいる。病院らしい病院は麓に一つしかないその地では父を連れていくことはできないし、その地にどれだけ老人介護施設などあるか定かではない。
 いまさら引っ越しの手続きや準備している間に父は死ぬか、病院に担ぎ込まれることは間違いなく、その計画は時期尚早だと考えなおした。
 ならばここで、この場所で何ができるか、なにをすべきかだ。

 むろん昨今、多くのミュージシャンが始めたように、ライブ配信やYouTubeなどネット上に、楽曲や活動の様子そのものをアップしていくという手もある。場合によっては、それでうまくしたら有名ユーチュバーのように人気を得て、コンサートの企画なんて比べられない程金儲けすることもできるかもしれない。
 いや、何よりも今よりももっと圧倒的に多くの人たちとZoomなるシステムを使えば「共謀」できると事情通の方からはご教示頂いた。それはそう難しいことでも手間でもないらしい。

 しかしどうなんだろう。それは自分が本当に望んでいることか。その「新しい様式」は。
 
 西条八十が児童雑誌『赤い鳥』に寄せた『金糸雀』は、すぐにメロディが付けられ今日でも多くの人たちに唄い継がれている。俗に、♩うたを忘れたかなりやは~ で始まる佳曲である。
 ならば、我にとっては、うたをなくした、いや、うたの場を失くしたカナリヤであろうか。

 うたの場をなくしたかなりやは、どこへ行けば良いのであろうか。忘れたうたや失くしたうたはやがて再びみつかるかもしれない。が、失なってしまった場はどこへ行けばみつかるのであろうか。
 ならば自らつくるしかない。それしかないのではないか。

 小雨まじりの肌寒い曇り空の下、今日はひっきりなしにオスプレイが横田空域を飛び交っている。そんなことを考え続けた。

※ちなみに昨年2019年は、その「かなりや」以来、童謡誕生100周年であった。

「新しい行動様式」に抗っていく・後2020年05月23日 23時50分14秒

★緊急事態の「解除」にみる、日本特異の「同化の文化」

 アベノマスクがやっと昨日5/22日にウチに届いた。宛名もなくポストに投げ込まれていた。やっとウチにもか、である。
 菅長官は、この政府決断の一世帯全てに二枚づつの布マスク配布を、マスク不足解消に大いに役立ったとその効果を自画自賛していたが、我はそうは思わない。

 確かに今はあちこちの店舗でまだ高額ながらもマスクが出回りはじめ皆が購入できるようになってきているが、このアベノマスクとは何も関係ない。
 せめてこれが一か月前に日本全土の全世帯に届いたならば確かにマスク不足に一定の効果や役割もあったかもしれないが、やっと今さら、もはや5月も終わりである。それも中国から品質はともかく大量にマスクが入るようになって来てから一世帯ごとにたったの二枚のマスクで何の効果があろうか。しかもこれもまた国民の税金なのである。誰がこんな愚行を望んだか。
 トランプ氏と我はマスクはしない生活スタイルだからこんなものそもそも不要であるし、開けてもないがこれは確かに小さい。これを付ける人、有難いと喜ぶ人はいるのであろうか。

 さておき、このところ東京でも感染者数が激減してきたこともあって、どうやらまずは(ひとまず?)緊急事態宣言は解除となりそうだ。週明け25日にも当初予定の今月末を前に、そう発表されるとの報道が流れている。
 何はともあれ歓迎したい。誰でもだろうがもう「自粛」はウンザリだ。そしてそのうえで今思うこととこれからについて考えたことを記す。

 人は、危機において、非常時こそ、その人の本質が現れるとされる。
 このコロナウィルス流行騒動が無事このまま収束に向かうかはともかく、仕事も生活も含めその影響を受けなかった人は誰一人いないはずだ。そして誰もがこれまでとは異なる、新たな生活スタイルを強いられている。とうぜん様々なことを考えたはずだ。
 我も、日本人の一員ではあるが、この日本社会の特異性について、いや、それこそが日本人独特の社会意識なのだろうが、今さらながら深く思い知った。そして自分はそこに入っていないということも。
 
 クリスチャンであり、長くフランスで暮らし、最後はその地で客死した哲学者森有正は、フランスという最も個人主義の国から、役に立つものは何でも受け入れていく日本の「同化の文化」を指摘しているが、この「同化」の意識が今回コロナウィルス流行下こそ、はっきり示されたと思える。
 つまり法的に強制されなくても、上からのただ「要請」であろうと、国民誰もが従いやっていることは、その効果の真偽や有無はともかく日本人は皆守り粛々と従うということだ。それは感染拡大防止という意識以前に、この国独自の「同化の文化」によるものではないか。
 結果として誰もがどんなに暑くてもマスクを付け、手洗いを徹底し、人との社会的距離をとって生活するようになった。その「不便」に異論は出ず、抗議活動は起こらない。政治家たちも与党野党問わずマスク姿で臨むようになった。
 そしてそのことが政府の後手後手の感染対応策においても一定の拡大阻止の効果となって現れ、潜在的感染者数は多いはずなのに他国のように爆発的感染者数、そして者の数に現れることなく「収束」に向かうことができた。これはまさに感嘆し敬服に値すると思う。
 生真面目で潔癖かつ神経質な日本人だから成し得たと思う偉業であろう。皆が我のようにずさんでだらしなかったらもっともっと感染者は増えてパンデミックなるものがあちこちで発生していたことだろう。

 日本という国家は、四方を海に囲まれ、しかも何百年もずっと単一政権によって民は支配されてきた、ある意味一強独裁国家であったから国民は、皆同化の意識が強かった。建前として四民平等、いわゆる「横並び」である。
 出る釘は打たれるという諺もあったし、悪事をしでかしたり集団の秩序を乱したり「掟」に従わない者は、古来より「村八分」にされたり集団から石もて追われる啄木一家のような目に遭った。
 が、我は思う。では、人と同じ、他者と同じ行動をとるということは、そもそも善なのか正義であろうか。他者と違うことをする者は、悪なのであろうか。ことはそう単純なのか。

 フランス語に、ユニックという言葉がある。uniqueと書く。これが日本語で言うところの「ユニーク」の語源で、意味は唯一の、とか独特の、といった意味で、あの人はユニックだという場合は、オモシロイと言う意味ではなく、良い意味で変わってるという「評価」である。※衣料品店「ユニクロ」の語源、ユニーク・クローゼットの「ユニック」でもある。
 徹底した個人主義のかの国では、人と違うこと、人と同調しないことは善、正義以前に当然のことであり、そもそも「ひとそれぞれ」であり、ひと頃この国でも流行った言葉「みんな違ってみんないい」のである。
 自分の正義と共に、他者の正義、つまり違っていても言動や考えを認め尊重していく。それが正しい意味での近代個人主義であろうし国際的常識ではなかろうか。そう、ヒトはそもそもみんな違っているのだから。

 が、翻ってこの国の場合、あの人はユニークだから、という評価は、多かれ少なかれそこに一定の批判が含まれている。つまり人と同調しない、一緒の行動をとらないから、という同調圧力がそこにある。
 日本と日本人は、長年の「同化の文化」の中でそれが常識、当たり前だと思い込んできた。皆がすることは当然正しいし、それに抗ってはいけないと。
 周りの皆が大学に行けばとうぜん行きたくもなくても無理しても大学に行こうと考えるし、大学を出たらとうぜんの如く就職する。そして結婚し家庭を築き、子を産み育て社会の一員として種々の税金を納め規範を守っていく。それが善であり正義であると。「当たり前」のことなのたと。
 それに対して学校から落ちこぼれて家に引き籠ってたり、無職やフリーター的な者たちは、基本、悪ではないが、やはり「悪いこと」だと。事件を起こすのはそうした社会的脱落者たち、違っている人たちだと。
 しかし、モノゴトの価値や正義は多寡では測れないはずだし、大昔、漫才師時代のピートきよしこと北野武が言ったように「赤信号みんなで渡れば怖くない」ということすら起こり得るのである。

 そして今回も、このコロナウイルス禍、コロナとの国家を挙げての戦いの最中、店舗などの営業を自粛していない、集団の「和を乱す者たち」たちに対して、一方的に様々な脅迫や嫌がらせしたりする「正義の鉄拳」を下す輩も出て来る。「自粛警察」である。
 先日、どこそこのかなり年配の公務員がそうした「脅迫」の容疑で逮捕されたようだが、本人は、コロナへの恐怖心でついやってしまった、と話しているとのことだが、さもありなんと思う。
 非常時において、人は、恐怖と不安と、そこに「不満」が加われば、「同化」を拒む者、自分たちと違っている「他者」に対して何でもしてしまうものなのだと知る。かつて百年近く前にも、関東大震災直後、日本に来ていた朝鮮人たちをデマに煽られ多勢暴行、虐殺したように。

 しかし。それこそが日本人と日本社会そのものであり、良い面を見ればその気質ゆえ奇跡的にコロナを封印成功することもできたようであるわけで、百年経とうと日本人は何も変わっていないことが判明したことがわかったのは良いことだった。
 同時に、我がこれまで半世紀以上物心ついてから生きて来て、どうしてこの国で我は生き辛いのか漠然と感じていたその理由もはっきりわかった。そう、みんなが是とした「同化の文化」の中にそもそもいなかったからであった。

 コロナ禍後の、「コロナと共生していく新時代」という言葉がこのところよく聞かれるようになった。それはマスクを今夏も常に付け続けて、レジ並びや飲食店でも一定の距離を空けて、何もかも「三密」を避けていく生活を続けていくことであろうか。
 そしてそうした「新しい行動様式」下、我はどう何をしていくべきか。果たして再びコンサートなどの企画再開できるのであろうか。
 これからも油断大敵、気を緩めてはならないとして様々なガマンを強いてられていくのだろうか。

 三回で終わる予定だったけれど、もう一回だけ書き足します。これでは結論がない。

「新しい行動様式」に抗っていくために2020年05月24日 14時55分30秒

★新時代に取り残され、忘れ去られようとも

 このところつくづくこの国には自分の居場所がないと思いしっている。「緊急事態」解除後も、我が好み築こうとしてきた「三密」状態が禁じられるのならば、もうできることは我には何も無いのである。

 あえてそれを行うとするならば、我は「社会の敵」として公共の福祉、治安破壊者であり、どれほど批判、糾弾されるかわからない。
 むろん自分一人ならばそれもまったくかまわない。他者から厭い嫌われ呆れ果てられた末に罵られるのは毎度のことだから苦にも気にもしない。
 じっさい社会にとっては、そうした「敵」もまた必要なわけで、彼らの正義の前に、こちらを「害悪」として排斥、糾弾されるのも望みはしないが、この生き方として致し方ないと覚悟している。世間の流れと同調する気もなくそもそも全てが違うのだから。

 が、コトは、我一人だけですむことではなく、けっきょく何せよ仲間や賛同者、協力者、そして行うための場所がなくてはならない。そう、我一人では非力で何もできやしない。情けないがそれもまた事実である。
 三密を無視してイベントやら決行したとして、結局は、他の人たちまで撒きこんで様々な迷惑や批判の矛先が向くのは望むところではない。むろん誰か覚悟のうえで、同じ苦難の道を同行してくれるのなら話は別だが。なかなかそんな奇特な変わり者はまずいない。

 あのナザレのイエスさえも捕縛され十字架刑に遭うときには、最愛の弟子たちすらたちまち逃げてしまったではないか。弟子の筆頭ペテロでさえも保身のため師を三度も否認してしまった。
 最後のとき、共に十字架上の傍らにいたのは、何の関係もなかった悪事起こしての死刑囚二人だけであった。
 が、その一人はその場で悔い改め、イエスにすがり死後の救いを求めた。イエスは彼に応えてくれた。我もまたその一人に倣いたいと願う。
 そう、善悪は、この世の中だけのことであり、正義は時代や状況、そのときどきころころ常に変わる。ただ怖いのは、お上のお墨付きの正義であり、いつしかまた戦時中の「鬼畜米英」的に変わるかもしれない。
 あの時代は信じられないが、民主主義。国民主権という概念そのものが悪であったのだから。コロナとの闘いを名目に、その「正義」の掛け声が、またこのところ聴こえてくるような気がする。

 さておき・・・
 一部の進化論者は、昔からこう説く。環境の変化に対応できない生物、その種は、滅び消え去っていくと。
 ゴジラのような形態の大型爬虫類、恐竜たちは、隕石の落下が原因だか?地球環境の激変にうまく対応できず、死滅してしまったとされる。変わってネズミの祖ような小型の哺乳類が生き残り進化を重ねて今の我々が在るのだと。
 つまり生き残るためにはそのときどきごと常に移り変わっていく環境にうまく対応していかねばならない。適者生存が正しいのならば。それは何でも同様であろう。
 20世紀前半、街にあった商売、職業が今日では大部分残っていないように、自然の流れ、法則でもある。一例として、ラオ屋(羅宇屋)を上げておこう。

 コロナ禍後の世界では、もう既に多くのミュージシャン、シンガーたちが始めていることだが、SNSを利用したネット配信のような活動スタイルが、「新しい様式」ということなのであろう。
 これまでのような地道な生のライブ活動が「三密」として難しいならば、うたの場、音楽発表の場は、そうしたネット上で求めていくしかない。そこに聴き手がいて、場合によっては収益も得られるのならば、そうした音楽配信が有名無名、マイナー、メジャーを関係なく主流になっていくに違いない。
 ならば、我も、我らもそのような方向での活動に移行すべきであろうか。

 検討の余地は大いにある。じっさいにそうしてコンサート自体を「配信」できたらならば、記録という意味を越えて、その場そのときそこに来れない、居なかった人たちとも広く「共謀」できることであろう。そうした拡散こそが、SNSの役割であろうし、21世紀の「興業」のあり方なのだと確信もする。
 しかし、それはあくまでも新たな手段の一つ、ツールであり、これまでの音楽活動の代替、とって変えられるものではない。どれほどの視聴者数があろうと自分が求めているものとは何かが違う気がしている。
 それはすべきこと、取り組むべき課題ではある。が、今はまだすぐに移行できない。むろんこのまま永久に生のライブ、コンサート形式のことができないならば、それしか手はないのだからおいおい導入するしかないだろうが・・・。
 要は目的と手段のことなのだ。人はよくそれをいつしか取り違え
て気づかない。

 お金を欲し求めるのも、お金で買える何かのためである。お金は目的のための手段でしかない。が、いつしかお金自体をたくさん求めることが目的になってしまい、必要以上に、やみくもに金儲けや蓄財に夢中になってしまう人がいかに多いことか。そしてこの国の場合、我が知る限り、金持ちの人はすべてケチである。気前よく金を使いまくる金持は見たことがない。
 ビル・ゲイツや孫正義級のいったい人生を何百回生き直しても使いきれないほどの資産を持つ超大金持ちの人たちは、何故にそれだけ稼いでもまだ金に収着するのであろうか。不思議でならない。

 さておき同様に、ユーチューバ―のような形で、ライブ映像や新曲の画像をアップして、凄い数のフォロワーや視聴者数が増えてたくさん反応があったとする。それは確かに嬉しいだろうし、大いに励みにもなろう。弱気な自分に自信も持つことができる。お金も入って来るかもしれない。
 だが、我の求め願うことはそれとは違う。誰かが言ってたが、100のいいね!より、1人の客である。その確信は揺らがない。
 実際に来ない、会えない人たちが百人いて、その人たちとネットで繋がってトモダチになっているとしても、我は一人の、その場に来てくれた人のほうが嬉しく有難い。何故なら生の出会いであるからだ。
 それが初めての出会いであろうと、久闊を叙するものであろうと、一期一会で、それきりの出会いとなろうと、生で、つまり直に出会えたほうが嬉しい。それこそリアルで本当のことだ。その「確実性」を大事にしたい。

 ポストコロナの、政府や都知事が声高に推奨する「新しい行動様式」は、決してこれまでの人々の営み、行動様式の進化形、発展したものではない。コロナ感染拡大予防最優先で、専門家たちが仕方なく考え出した便宜的なものでしかなく、いわば机上の空論のようなものだ。人間関係の発展という視点で捉えれば退化でしかない。皆が異常に何もかも神経質になって実にバカバカしい。自粛にもほどがあろう。皆イライラして、家々から聞こえる声は荒々しい。
 むろんこの新生活様式には一定の予防効果はあると信じよう。が、いつまでもこんな不便かつ面倒なことが続くはずかないし、コロナウイルスもこの世から消えてなくなるわけでもない。そのうえでどう、どんなふうにコロナと共に我らは生きていくかだ。

 いつになれば元通りの生活戻るのか、また戻れるのかそれはわからない。願わくば元通りの日常を取り戻したいがそれはまず無理だろう。我々は既に多くのものを失ってしまい変わってしまったのだから。音楽の場だけでなく店も街も何もかも。
 が、我はあくまでも生の音楽の場を求めて、そうした密な空間で人との密な関係を今さらながら構築していきたい。
 それが文化であると信ずるし文明であり、人類の進化と発展の基礎だと信じて。そして音楽、うたはどんな時代でも常にどこでも求められているはずだと。

 たとえ我一人でも、人と人とが直に向き合い、生でふれあうライブな関係をこれからも、これまで通り探っていく。たとえそれがどれほど難しくタイヘンだとしても続けていく。
 人と人が「繋がる」ということはそういうことなのだと信じて。そしてコロナを真に怖れない仲間たちともきっと出会えると願って。