「新しい行動様式」に抗っていく・前2020年05月20日 09時28分07秒

★まず近況といま思うところを

 コロナ鬱という言葉があるか知らないが、この感染拡大阻止・予防を目的として「緊急事態宣言」が出されてから、様々な「自粛」と「規制」強制の嵐の中で、その不自由さで心を病む人も少なからずいるかと思う。
 この我も先に書いたように、身動きがとれなくなって、そしてその状況を仕方ないとして受け容れることもできずに、とうとう心身に不調をきたしてしまった。

 そんなでこの一週間もブログ書けなかった。更新ないが故、ご心配頂いた友人からは直にお電話も頂いた。多々ご心配おかけしたかと思う。身体も何か足腰が痛く怠く、ずっと鈍い頭痛が続いて頭が重く風邪の初期症状のような状態が続いている。
 が、むろんコロナではない。発熱などはなく、ともかくまず日常作業、注文本の発送だけ終えると、父不在のときはひたすら眠ってばかりいた。
 このブログも誰かのフェイスブックやツイッターのように、日々の出来事やそのときどきの気持ち、怒りやストレスに思うことをことあるごとに短く気軽に発信していけたらと思うが、我はそうできないしその気もない。そうできたらストレスも発散できると思うが・・・
 我は不器用で頭が悪いから書くからにはある程度考えをまとめて、その考えが伝わるためにはある程度の長さが必要なわけで、カンタンに手短く、というわけにはいかない。
 そんなで、気持ちも萎えてこれからどうしたら良いものか考えもまとまらず、書きだせばたいてい一回一時間程度ですむブログ作業もとりかかることすらできないでいた。
 こんなに苦しいのは、三年前に母が死んだ直後の頃のことだ。そのときは悲嘆と後悔とで気持ちの整理がつかずしばらく何も書けなかった。

 かといって、このまま時間ばかり過ぎて、いつしか誰も拙ブログを訪れる人もなく、忘れられてなし崩し的に「消滅」させてしまうわけにもいかない。
 それではあまりに無責任であるし、何よりコロナ騒動によって、その余波で、このブログまで終わりにすることはあまりに情けないと自分でも思う。この先のことについてきちんと説明すべき義務があろう。
 長くなると思うが、もしお読み頂ければと願います。

 このコロナ禍、ようやく日々発表される感染者数も減って来て、緊急事態宣言も近く解除されるという見通しが出てきたようだ。じっさい関西圏では解除されて遊園地なども再開されたと報じられた。
 東京など関東各県もそうなるかと思う。が、それでもコロナ流行の第二波、第三波に備えて、今後も「新しい行動様式」は続くはずだ。
 他者と「社会的距離を確保」する、という言葉もだが、この新たな「行動様式」という言葉、実に嫌なモノだと我は思う。
 それはつまるところ、我の好む「三密」を避けること、である。

 支払いなどでレジに並ぶ時も前の人との距離を空けるため足元に張られた位置で待たねばならない。買物は基本一人で来て手短に、であり、店に入るにはまず両手のアルコール消毒とマスク着用が義務付けられている。お金の受け渡しも直には渡さずトレイに置く。カードすら受け取らず自ら差し出したり自分で機械に挿入する。レジ係とはどこも全てビニールシートの幕で仕切られてしまった。
 それに異を唱えることはできない。何故ならそれはコロナウィルスとの戦いにおいて「正義」だから。従わない者、違反する者は、白眼視されときに、店舗などの場合、自粛警察、コロナ自警団、我は「コロナファシスト」だと考えるが、そういう「正義漢」たちから嫌がらせの電話受けたり貼り紙されたり警察や行政に通報すらされてしまう。
 だから我は買い物すら、人の集まっているところに行くのが嫌になった。マスクしない我は異端者であり、治安を乱す不届き者であり、批判や迫害されても文句も言えないのである。

 先日も晴れて暑く25度を過ぎる夏日となった日に、日中マスクしながらマラソンしている男がいた。我は思うに、熱中症になるのではないか、酸素不足で倒れてしまう狂気の沙汰だと案ずるが、今の時代、そちらが正しく善であり、マスクなどしない我が間違っていて悪なのである。※ちなみにウチにはまだアベノマスクは届きはしない。問い合わせする気もないが・・・
 近くのスーパーで、子を連れた父親が、子が「マスクしてると暑いよう」と嫌がったらば、父親は「暑いと思うから暑いんだ!」と叱ってるのを見た。もうそれだけでつくづく情けなくなった。嫌な時代である。精神論の問題ではないだろう。現実の感覚として暑いのは暑いのである。が、この「正義」の前には、どんな理由も理屈も通じないと知った。

 NHKのニュースでは、その「新しい行動様式」を受けて、不便だけれど工夫してあれこれ頑張っている個人やお店などが連日とり上げられている。
 が、同時に逆に、その行動様式に悩み苦しんでいる人たちもたくさんいるはずなのだが、テレビはそうした負の側面は報じない。あくまでも新行動様式は是であり善であり正しく、ともかく守るべきという前提なのだからそれも当然なのだろうが、見てると不快である。で、テレビも観なくなった。
 そもそもこの「新行動様式」はコロナ感染対策の便宜的なことで、ちっとも善でも良いことではない。本来不便かつおかしなことであるはずなのに、誰も異は口にできないし、ホリエモン氏とか一部の人気タレント以外この流れに掉さす発言は見当たらない。
 そして我が何より案じ憂うのは、この「様式」が今後も世間の常識としてコロナ対策として徹底されていくことだ。

 映画館、劇場などでは、キャパシティが百だとすれば、客席の間隔を取らねばならず半分程度の50人しか客は入れられない。
 ライブハウスなども再開できたとしても、入場者数が一定を超えたら入場制限しないとならない。入場時には一人一人体温を測らせて頂くことに。※これは実に不快不愉快なことで、我はもしどこかを利用するに際してそれを強いられる場合は、こちらも拒否して去るしかない。もし37℃以上の熱があれば、コロナであろうとなかろうと入場拒否するのならば、そもそも人権侵害ではないのか。自ら発熱があろうとなかろうとこうした一方的選別、排除は絶対に容認できないし与しない。
 しかしそれで経営はどうであろうか。成り立つのか。政府はどこまで補填・保障してくれるのだろうか。
 我の手がけてきたコンサートも、「緊急事態宣言」が解除されたとしても当面開催の目途は立たない。そもそも三密前提で始めたことである。そうでない状況で再開することは可能なのかとずっと自問している。

 ※長くなるのでもう少し続きます。