やっと一段落、ようやく「道すじ」がついた2020年07月12日 17時31分14秒

★近況もろもろ。

 都知事選の後、家のことや父のこと等ともかくあれこれ慌ただしくてまたまたブログの更新できなかった。※都知事選の結果については後ほど書き足していきます。
 一昨日夕方から一日早く父はショートステイに預けて、ひたすら家事に集中してようやく少し時間ができた。
 父が帰るのは明日月曜の夕方だから今晩も一人でゆっくり自分のことに専念できる。これからのこともだが、我マス坊の近況など記したい。

 若い時から何事も深く考えず、そのときどきの面白いことや楽しいことに夢中になってこの歳まで生きてきた。
 多くの人は、たぶん大学を出る頃には、自らの将来について「人生設計」を立てるのだろうが、我はほんまもんのバカで、おまけに親も甘かったからきちんと就職もせずにそのときごと、目先のことだけにかまけてまさに思い通りに生きてきた。
 そうした無計画人生は、当然ながら行き詰まる。ろくに働いていないからお金がないこともだが、我の性格的破綻でモノが溢れて収拾つかなくなってしまった。そう、ともかく捨てられないし片付けられないのである。
 若い時から何であれ「収集癖」があり、特に紙モノは自ら書いたもの、メモ類だけでなく街で拾ったパンフ類、新聞広告、チラシの類でも捨てられない。
 同時代を生きてきたみうらじゅん氏も近しく同類だと思うが、彼と違うのはそれらをきちんと整理整頓することがまったくできないことだ。
 氏のように次々常にスクラップしてまとめていけば散乱することはないはずだが、我は集めるだけ集めては捨てずにとっておくだけで一切整理しない。いや、そういう作業ができない。これは亡き母も同様で、遺伝的「片付けられない」症候群なのだと思うが、ただ溜まり続けあちこち散乱してしまう。※母も身の回りに溜まると、父が見かねて段ボールに詰め込んでいた。今もまだ母のそうした「遺品」がいくつも残っている。

 人が来たりすると足の踏み場がないから仕方なく段ボール箱にともかく詰め込んで移動させておく。年代順、時間軸で溜まっているならばまだそれでも分類、活用しやすいのだが、またその段ボール箱もやかでは崩れて中身もまた散乱して時間軸もめちゃくちゃになる。
 それでもこの数年、母が死んでからは意識的に溜まった紙類を分別・処分して来た。が、年に一度、友人知人を招いての拙宅でのクリスマスライブパーティなどの折、スペースをつくるため大慌てでまた箱詰めしてあちこち移動したりすると、せっかく分別したものまでまた散乱してしまいまさに「元の木阿弥」であった。

 以前も書いたが、母が死んでからは、一時期は失意のあまり何もかもやる気を失い、生活そのものにネグレクトしてしまい、我家はまさにゴミ屋敷と化してしまった。
 ある意味、唯一のそこからの脱出は、その年に一度の友人たちを招くパーティの開催であり、それはそれで意味があったわけだけど、結果としてそれでは ほとんど何も片付かない。
 少しづつでも時間あるときは分別作業は続けてきたが、遅々とした歩みであることと、生きている限りモノは増え続け溜まっていくわけだから、まさにギリシア神話にある牛小屋の掃除である。
 しかも父の介護の他にこのところはコンサートも毎月企画していたのだから、その手配や宣伝、後始末でまた時間はとられてしまう。お金がないこともだが、ともかく忙しく時間がないことに頭を痛めてきた。

 そこにこのコロナ禍での「自粛」騒動である。※このところようやく様々な「自粛」が段階的に解除されるようになってきたが、そもそも都や国から「解除される」ならばそもそもそれは「自粛」ではないだろう。さておき・・・
 おそらく誰もがそうであるように、移動も含めてヒトとの距離を取らねばならず、不自由を強いられ結局、我らはコンサートなども開催不可能となった。それでようやく時間が出来てきた。

 以前からの悲願であったが、掃除にしろ片付けにせよともかくじっくり腰を据えて、そのことに専念したいと思っていた。
 が、高齢の父がいて、週のうちかなりの日数、介護施設に預けられるとしても在宅の日もあるとそのときは、終日ろくに夜も落ち着いて眠れないほど手がかかり、朝施設に送り出した日は、疲れ果て一日寝込んでしまい何もできない。
 いま父は二泊三日で、それぞれ二か所の施設に行ってもらってるのだが、そんなでほんとうに自由に時間が使えるのは、中一日だけで、帰宅日も夕方までは時間あるといっても落ち着いて何かできるわけではない。そしてそうこうしていると毎月のコンサートが近づく。
 が、そのコンサートがなくなったので、5月、6月とこの二か月、ようやく自分の時間ができた。やっと自分のことに専念できた。むろんコンサートの今後のことについてあれこれ頭悩ましたが、やっと片付け進めるための「環境」ができた。
 そう、溜まりに溜まった紙類や本処分のための片付け進めるための作業場所ができた。

 恥ずかしいことだが、「足の踏み場がない」という言葉があるが、まさにこのところ家中どこに行くにも通り道にモノが溢れていて、踏み越えたり跨いで通るしかなかった。
 今月に入って、子猫騒動も一段落したこともあって(この件についても後ほど報告したい)、拙ブログも更新ほかして、必死に通り道だけでも片づけ進めていた。そして今週やっとベッドのある寝室と作業場への道筋ができたのだ。
 作業場と言うのは、先だって購入した新パソコンを設置した机とその周辺のことで、パーティ開催の際、皆が集う広間の真ん中に平机を置き新たなパソコンを設置した。そこで溜まり溜まった紙類、まず書類は仕分け分別して、保存するものはキャビネットにそれぞれ収納していく。本や雑誌は、処分するにあたってまずネットで売れる価値があるか検索していくのだ。

 実は情けない話、これまではそういう広い「作業場」がなかった。
 この自室、古いパソコンがある、小さい机の周りは、印刷した紙類や自分のメモ類とか溜まった本が平積みとなり、まさに汗牛充棟の有様で、天井近くまで高く本の山ができていた。
 そうなってしまうと既に検索した、捨てるべき「不要本」なのか、未検索の本なのか、あるいは自分用に必要な本なのかもわからなくなる。紙類も同様、何につけ探し物にも時間がかかるしそれでは分別作業はできやしない。
 今やっと新パソコン中心に場ができて、検索と分別作業に専念していく「道すじ」ができた。ようやく当たり前のことができる、緒に就いた、スタート台に立った感がある。

 つくづく思う。自分は当たり前のことができない、頭がおかしいのだと。世間の人なら誰もが当たり前にできることがまったくできやしない。が、やっとだが、室内の移動も含めて道すじができてきた。片付いたわけでは全然ない。今ようやくそれに専念するための環境整備が終えただけだ。
 それでも新パソコンは快適だし、あとは少しでも時間あれば粛々と作業を進めて行けば、溜まりに溜まった未整理の紙類は分別でき、やがてほとんど処分できると思えてきた。
 そして今年こそは、拙宅でのライブパーティ早くから準備して「三密」にも留意し、またその場を片付けし終えて、しっかり取り組めるかと思う。あと半年近くあるのだ。きっとそれもかなう。

 コロナは多くの人に不便と不自由を強い今も続いている。それが「新しい日常」だとかニューノーマルだと言うが、それが「良いこと」「当たり前」だなんて絶対に思わない。が、誰にとってもこれまで「当たり前」だと思っていた「日常」を考え問い直す機会になったことは間違いない。
 大事なことはそこで、その新たな日常の中で何ができるか、何をすべきかだろう。そう、刑務所の中でも待遇改善を求めていくことが大事であり、どこにいてもどんな世界でも諦めず常に声を上げていくことだ。
 おかしなことはおかしいと、人間らしくありたいと。