コロナ禍(下)時代の世相をうたにするとしたら2020年09月13日 23時58分20秒

★替え歌ならばこんなのは

 コロナウィルスが日本でも本格的に流行し始めてから半年、ようやくこのところ感染者数も減少続きとなり「収束」への兆しも見えてきたように言われている。
 が、またこれから冬を迎えて密になる機会や場も増え、再再度の流行再燃、第三波の襲来もあるかもしれない。またワクチンも全世界的に完成は程遠く、もしそれが国内でも流通するようになったとしてもそれを自ら強く希む人は少ないように思える。我は、まだ安全性がはっきり確定していない怪しいワクチンを予防として打つよりはコロナに罹るほうを選ぶつもりでいる。
 ともあれ、このコロナ禍状況は、世界中でまだまだとうぶん続くことは間違いないだろう。

 さておき、このコロナ感染下、「自粛」期間も含めて皆さまはどうお過ごしだろうか。そして何をお考えになられたか。
 我は、手がけるコンサートも中止余儀なくされ、うたの場、その機会をコロナによって奪われたわけだが、ならば、そうした状況を「うた」にできないものかと考えた。
 うたは、日々の暮らしの中から生まれるもの、つまり、生活や日常を映すものだとするならば、このコロナ感染下の日常、つまり実に嫌~な言葉だが、「ニューノーマル」のことを映すうたが出てきて然るべきかと思う。
 少なくとも我が知る戦後の歌謡曲やフォークソングは、そうした市井の人々の「日常」を歌詞の中で巧みに描き歌詞の中に用いてきた。※例を挙げてもいいが、長くなるので割愛する。

 我も新たに歌詞全部でコロナ時代を描く試みもやってみたが、その前にまずは「替え歌」でいくつか作ってみた。
 替え歌は、敬愛する中川五郎氏や詩人の有馬敲氏も関西フォーク黎明期に早くから手掛けていたことだ。
 我も試作としてまだ思いつき、未完成のものもあるし、じっさいに先日のかけこみ亭での「月刊・共謀コンサート」のオープニングでうたったものもある。
 以下いくつか載せてみよう。

★リモートよ              原曲/かぐや姫 「妹よ」

 リモートよ モバイル一台 隔てて今
 遠くから仕事を押しつけて来る リモートよ
 コロナ時代は 夜も昼もなく 山のような
 仕事を自宅でさせるのか

 リモートよ 昔は退社時間があったから
 どんなに遅くなっても家に帰れた
 今は自宅で リモートワーク 外で仲間たちと
 たまには酒でも吞みたい

 リモートよ 今はこんな大変な時代だから
 どんなことがあっても 我慢しないと
 そして どうしても どうしても
 どうしても 耐えられないときは
 電源切ろうか リモートよ

 ※一応歌詞は拵えて演ってみると、ギターもけっこう難しいだけでなくウケるためには、何より南こうせつのようなハイボイスでないと笑えないことに気がついてボツにした。

★三つのお願い  原曲/四つのお願い ※ちあきなおみ
 
 コロナの時代に私が 恋を 恋をするなら
 三つのお願い 聞いて 聞いてほしいの
 一つ 密室行かないで
 二つ 密集はしないで
 三つ 密にはならないで
 人との距離はしっかりとってネ
 三つのお願い 聞いて 聞いてくれたら
 あなたに私は 夢中 感染しちゃうわ

※このうたも思いつきとしては誰もが考えるもので、二番の歌詞にはマスクは常に外さないで、とか、手の消毒忘れないで、とか入れたのだが、当たり前すぎて批判がなく、ちっともオモロくない。で、これもボツ。

★君はコロナの妻だから 原曲/君は心の妻だから ※鶴岡正義と東京ロマンチカ

 愛しながらも 運命(さだめ)に 敗けて
 感染しちゃったけど 心はひとつ
 陽性反応 医師に告げられ
 涙ぐんでた 君よ
 ああ 見舞いも禁止されている
 君は コロナの妻だから

※これはちょっとイイ!!、とみうらじゅん的には思ったが、じっさいに家庭内で感染者が出た場合、その妻をこうして唄うのは不謹慎だと叱られると思うし、二番では夫も 要観察二週間 とか歌詞も考えたものの曲調も暗くてちっとも笑えない。んでこれもボツ!!

 やはり替え歌というのは、カラッと明るいメロディーでないとダメだと思い至り、考えたのが古賀正男の懐かしの名曲『丘を越えて』ならぬ『コロナを越えて』(現在、思考中)とか、『線路は続くよどこまでも』ならぬ『コロナは続くよどこまでも』とかで、先の「共謀コンサート」で、この曲は館野さんたちに伴奏つけてもらい何とか歌えました!

★もう少しこの稿続きます。ご意見ください。