ともかくまだ生きている2020年10月31日 04時29分54秒

★うたと音楽の場があることが「有難い」。まさにに生きがい。

 このところブログ更新できず申し訳ない。ご心配されている方もいるかもしれない。何とか生きている。

 先日。某民家でお会いしたミュージシャンが語っていたことだが、ライブのオファーがあって受けたのにその後その店の人から連絡が何もない。連絡も取れないしフェイスブックを見ても更新されていない。メールもライン入れても返答はない。
 けっきょく、そのフェイスブックの書き込みで、友人の誰かが、彼は脳梗塞だかで倒れたと記してあってようやく状況がおぼろげだがわかったと言う。
 その話を聞いて、フェイスブックというのは、今の人にとっての存在証明ならぬ「生存証明」、生きている証なのだと気づかされた。

 我は、フェイスブックは、基本的に我が関するコンサートやイベントの告知に用いることしか考えていない。
 が、友人知人の中には、私的なメモ帳のように、ごくごく私的なこと、日々の雑感などを画像と共に短くアップしている。毎日どころか、1日に何回もアップする人もいる。
 我は基本的に他者のことは無関心というわけではないが、人様のコトにまで気を払う余裕が今はまったくないのでろくに確認すらしていないが、確かにそうして日々更新している限り、ああ彼、彼女は元気なんだと知ることはできる。
 逆に、その更新が止まってしまっていると確かに何か起きたのかと心配にもなろう。今の人にとっては、そうしたSNS上の私的やりとりのみが世の中、広い意味で世間と関わる手段であり、それを持たない人は、実質連絡手段を持たない。携帯の番号どころかメルアドだって知らない人が我にもかなりいる。

 そんな風にして、ネット上でも直電でさえも音信不通となって結局、死んでいたことが後に確認できた人が何人も記憶にある。
 今そうした人たちの思い出を書きだすと長くなるので控えるが、ならば我にとってのブログこそ、そうした生きている証を世に知らせる場であるわけで、何があめうとどれほど忙しくてもできるだけ頻繁に更新せねばならないのだと思い至った。でないと数人であろうと読み手にご心配おかけしてしまう。それは本意ではない。逆に、これで我の生きている「証明」、告知ができるのならば楽ちんではないか。

 ただ書き出すとついつい常に長大になってしまうものだから、我自らも書きだすのはついついおっくうになる。読み手もまた同様だろう。
 ただこれからはできるだけ短くとも以前のようにほぼ毎日とはいかずとも三日にあげず、更新していこうと今は誓い直した。
 そう、我にはここしか世間、外の世界と繋がる場はないのだから。そして近況も交え頻繁に更新していれば、それが止まってしまったときこそ我に大事、有事が起きたとわかろう。

 ただひとつ問題は、フェイスブックのように読み手仲間からの「書き込み」はカンタンにできないことで、我が関知できなくなっても広くやりとりができる掲示板のようなシステムを考えおかねばならない。
 孤独死が特別なことではなく、誰もが日常的に抱える危険な日常にある危機となっている現代、その対策としてももっとフェイスブックやブログは活用出来ると思うし利用していくしかない。

 さておき、ごく短く「近況」を少しだけ。

 このところともかく忙しく、目が回るようという言葉通り、寝る時間さえなくてまさに睡眠不足と疲労でメマイと耳鳴り頭痛がひどくもう限界かなと思うほどだった。おまけに右足の裏の足定筋膜炎も悪化している
 父の呆けと衰弱が悪化して、帰宅している日は、連日毎回必ず深夜早朝に徘徊し始める。
 彼が寝ている部屋の古い木の引き戸を鍵かけてあっても無理やり内側から引き外して部屋から出てしまう。
 そして今はまだ家の中だけだが、あちこち電気つけて徘徊してまたベッドに戻って眠るつもりらしい。が、問題は、彼の部屋にいる猫である。父は不在のときが多いからいつもその部屋に閉じ込めている猫たちで、脚が三本となった障害者猫のキジ子も木戸が開け放たれると外に出て逃げてしまう。
 幸い何とか朝になれば自ら帰ってきてくれるので大事に至っていないが、治療費総額50万円のが残り10万円の未払いがあるので、ほんとうに心痛めその晩は眠れないでいた。
 また父は、一昨日は介護施設で座らされている車椅子から落ちて腰を打ったとか留守電に伝言が入っていたりと、もう徘徊に加えていよいよ老衰も極まってきた感がある。
 
 我が事を記せば、先週三か月ぷりに一泊二日でやっと山梨へ行けたのだが、そこでもまた新たなトラブル的課題が生じ、そのこともブログに書いたのだが、何故かこの旧いブログ専用のデスクトップが容量過多からか不具合が多く、書いたのはほとんど消えてしまった。
 新たに書きなおそうと思いつつ多忙が極まりそれもできず、今に至っている。申し訳ない。
 その他、唯一の我の収入、Amazonマーケットプレイスでの古本稼業のほうも、一昨日突然、その販売専用のトップページが異常を来たし頭抱えていた。そこでも我はややトラブルあったので向うからアカウント停止の処分を受けたのかと憂鬱にもなった。この商売も一から再構築しないとならないのか・・・と。
 が、他の利用者の記す掲示板を読んだらば、それはAmazon側のシステム異常だと判明して一晩過ぎてようやく翌日の昼頃復旧して事なきを得た。が、ほんとうに不安になった。
 
 その他、そこにいくつかのライブに顔出す用件もあり、身体の不具合を抱えてもう心身とも疲労の限界であった。何しろろくに枕高くして眠っていない。子猫入れて十数匹の世話も抱えている。
 俗に、神はその人に背負えない荷物与えないと言うが、頭痛と咳が激しくて苦しい晩は、もうダメかもしれないとつい弱気になった。もうフラフラで心神喪失状態であった。

 が、自分には、うたと音楽があり、そのための場がある。苦しい最中でも唯一の慰みというべきか、そのことを考えると心が温まる事があるのは真に救いだった。
 そして今日は31日、いよいよ当日である。実は未だ何の準備も支度もできていない。これから頑張って配布する歌集を久々に作る。

 昨日は、夕方、父をショートステイの施設に一晩早く連れて行った。ほんとうは今日土曜の朝、向うから迎えが来るのだが、それだとまた深夜に徘徊など騒動があれば我は身体がもたない。コンサートで倒れてしまうかもしれない。
 父を送り届けて、軽く晩飯食べたら、気が緩んでどっと疲れも出て寒気もしてきて起きていられず10時過ぎ寝てしまった。
 昨日は北風が吹き荒れ何かうすら寒くて布団かけてもあまり熟睡できなかった感じだが、それでも午前4時にトイレに起きたら頭はずいぶんスッキリして身体も暖まり咳も収まっていた。
 そして今約一時間半かけて久々にブログでこのところのことを書いた。
 途中で刻時、またパソコンの不調で消えても被害が少ないよう、少しづつサイトにアップしながら何とか書き終えられた。

 さあ、当日、気の合った仲間たちが待っている。もう何も怖れないし心配しない。我にはうたと音楽がある。その場に向かおう。
 本当に音楽の場があって良かった。この喜びを、有り難さを一人でも多くの我同様多事多難に悩み苦しむ人たちに伝えたい。