やっと一段落、一息ついている2020年12月16日 22時50分03秒

★コロナはさておき、あとは、12/26日、「月刊・共謀コンサート」最終回だけだ。

 コロナの感染拡大が止まらない。何が勝負の三週間だ、と菅政権を笑い飛ばしたくも思うが、要するに個人ができることはもう限界なのだと思う。
 街を歩けば、マスクしていない人など皆無と言っていいし、電車内も含めて公共の場所では誰もがほぼ万全の予防対策はとっている。
 それでも何故に感染拡大が止まらないかといえば、ウィルスの性質上、はっきり表に出ない陽性者がいるからで、どれほどの対策をとろうと、GoToキャンペーンなど、各地で人の出を煽るような愚策を政府自ら旗降って喧伝すればこうなるのは誰だって予測がついたのである。
 結果、支持率も低下して菅首相自ら突然の方針転換とならざる得ない。ほんとうにこの政権は愚かでありまさに後手後手、場当たり的だと嘆息する。
 そもそも不要不急の外出は控えるよう、春先から何度も何度も繰り返し為政者は口にしてきた。ならば、「観光」はどうなのか。コンサートや演劇などが不要不急とされるならば、まさに観光旅行など「不要不急」の極みではないのか。
 なのに感染収束の兆しも見えていないのに、経済を回すという名目で、自らの政権の後ろ盾である二階幹事長のいいなりのまま、観光及び飲食事業に国民が出向くよう様々なキャンペーンを繰り広げた。
 むろんそれも意味ある経済効果となったのかもしれない。しかし、結果として感染拡大の波を全国に広げたのならば、まったく意味がない。患者は急増、医療体制は逼迫し、観光や飲食を楽しむ人たちの裏側で死者は増え続けていくのである。
 いったいこの政権は真に国民のことを考えているのであろうか。観光業で経済を回すのは、とにもかくにもコロナを収束させて誰もが安心してマスク無しでどこへでも気軽に出かけ飲食を楽しめる状況ができてからで良いのではないか。
 むろん観光及び飲食業の事業者には、万全の補償をしてともかく凌いでもらうしかない。しかし、それは決して不可能ではない。
 そもそも国民一人当たりにコロナの影響受けない人までも誰にも一律10万円配るというおかしな政策を考えるのである。これは悪平等ではないか。
 今、真に求められているのは、そうした自粛で困窮している観光、飲食業などの事業者、そして医療従事者、並びにその周辺の事業者に対する手厚い保護であろう。
 むろんコロナ禍で仕事が減り、収入が激減した人たち全てに対して政府はできる限りの保護と補償をしないとならない。それが国家であり、国民に対する義務なのだから。
 いま、このコロナ蔓延状況下、貧富の差がさらに広がり分断と孤立が進み結果として困窮のため自殺者が激増している。今、国に求められているのはそうした人たちへのセイフティネットであり、GoTo事業ではない。そんな風に不要不急の観光に喜々として行ける人はコロナの影響などほとんど受けていないのだから。
 カネモチを優遇するのもいい加減にしろ、という気持ちでいる。

 と、ここまでが毎度ながら長い前置き、前書きであり、自分のことを書く。
 今日、夜早くにかけこみ亭に行き、今月26日の、最終回となる「月刊・共謀コンサート」のチラシを置いて来た。先だって、人を通して今回のメインの出演者である五十嵐正史さんに、そのチラシは渡せたので準備としてできることはほぼ終わった。
 ※コロナ禍状況でなければ、もっと超満員、満席にすべく宣伝にさらに励まなければならないわけだが、現実のはなし、いまはお客すら人数制限があるのである。特に、ソウブラの皆さんはメンバー数も多いので場の総計が高くなり、他の出演者も含めて今回は、ほぼ出る側だけで「満席」近くとなってしまいそうなのだ。なので宣伝活動すら今は控えざる得ない。
 あとは当日を待つだけであり、個人的な対世間的なことも今日でほぼ終わったので、あとは庭先の残った落葉を掃いたり、真に自分のことだけに専念すればいいわけで、今ようやく少しだけほっとしている。
 荒井由実のうたで、「ロッジで待つクリスマス」というのがあったが、今まさにそんな気分で、クリスマスならぬ26日のコンサートを待つだけとなった。

 よほどの不測、不慮の事態が起きない限り26日も無事に開催できるとして、今年は毎月開催の全12回を目論んで始めた「月刊」での共謀コンサート、今さまざまな感慨が湧く。
 結果として26日も含め、計10回となるわけだが、やはりライブを毎月必ず開催することは予想していたよりもかなりタイヘンなことであった。何より出演者の手配・連絡と宣伝活動、そして毎回の報告を兼ねての後始末である。何しろあっという間に一か月は過ぎて次の回がすぐにまた来る。
 そこに春先からのコロナ感染拡大と緊急事態宣言発出により、5月、6月と中止を余儀なくされたわけだが、ある意味、そこで少しだけ中休みもでき、休憩もできたと告白しよう。
 が、また7月からの再開後もコロナ感染対策をとりながらと、という制約もありどう開催すべきか非常に悩んだが、ともかく何が何でも毎月開催は実現でき、今、年末を迎え最後の回を待つだけとなって感無量というか、さまざまな思いがわく。

 中止となって流れてしまった残念な企画もあるし、開催できてもコロナの影響で予定していた出演者が来られずに、ある意味自分の思い通りのものにならなかった回も多々ある。
 忸怩たるという言葉があるが、まさにコロナに振り回され何とも思い通りにならずにただあれこれ頭悩ました一年であった。
 しかし、出来なかったこと、かなわなかったことを惜しみ悔やむよりも、ともかくこの状況下にほぼ毎月10回できたことこそ特筆すべことではないのか。今はそう強く思う。

 じっさい、百歳近い我が父を抱える身なのである。どこか途中で父の容態が悪化したり、死去となれば、我のことだから葬式だけ済ませたとして、何食わぬ顔でコンサートが続けられたか自信がない。
 たぶん、また短くても数か月は「休止」としてしまったはずで、まさに薄氷を踏むような、ギリギリの状況でこんなことを考え、始めたのだと今にして気づき冷や汗が出る思いだ。
 運が良かったのか。いや、神が我に味方したのだ、と思いたい。

 そして何よりもこの一年、このコンサートに関わり、何よりも我には多きな成果があった。それは歌とは何か、ライブとはどういうものか、うたと歌い手との関係、距離など、今までずっと自問してきたことに対して、おぼろげでも答えがみえたことだ。
 またさらに、この我でも「うた」が次々湧いて作れるようになった。うたの作り方、コツがわかった。その出来はともかくも、作りたいうたが作れるようになった。そこに盟友太田三造氏と共に音楽活動が始まり、「唄う側」ではなく、音楽に関わる在り方が何とか築けるような気がしてきた。
 それはコロナとは関係なく成ったものかもしれないが、やはりコロナウィルスという難題があったからこそ、その流れで出来たと思える。

 全てがおわったら、総合的、俯瞰的に、今年一年、このコンサートについて振り返り、きちんと「総括」してみたいと思う。が、今はまだ最終の回を残している。
 好漢五十嵐正史とソウルブラザーズをメインに迎え、メディアで話題の志万田さをり他元気どころを多々集めた。妖怪アマビエに頼るのではなく音楽の力でコロナウイルスを吹き飛ばすという気概で、熱く「三密」に注意しながらも大いに盛り上がりたい。ネットでも配信できるかと思うけれど、ぜひ多くの人にできれば生で観覧願いたい。

 このコロナの年に、今いちばん聴いてもらいたい素晴らしいシンガーを集めたつもりだ。素晴らしいうたがある。その自信がある。共謀コンサートの集大成としたい。