「要観察」の二週間が終わった。2021年01月10日 12時55分40秒

★コロナの真の怖さを思い知った。

 昨年12/26日のコンサートを終えた後、数日して当日来られた客からウイルス陽性者が出たことは記した。
 以降、昨日1/9日までの発症の期間とされる二週間、、我を筆頭に、その場にいた者全員が、もしかしたら感染している可能性があるとされ、この年末年始できるだけじっと自宅待機していたのだが、昨日やっとその期間が終わった。
 昨日夜、その26日の参加者全員に、「要観察」期間の二週間が終わった、と報告の同報メールを送った。
 幸いそこにいた誰からも感染した症状や陽性の連絡はなく、皆元気でこの二週間を終えたと思われる。喜ばしいことである。正直、ほっとした。安堵の溜め息が出、やれやれ、と言うしかない。昨晩は久々に枕高くして深く眠れた。
 何も無かったというだけのことだが、まずそのことをお知らせしたい。
 そして今さらだが、コロナウィルスという感染症の恐ろしさをようやく実感できた。

 我自身は、特に大きな基礎疾患などはないし、感染したとしても重症化することはないと信じてコロナ自体を特別に怖れてはいない。まあ、「コロナは風邪」だと断じはしないけれども似たようなものだという認識は変わらない。
 が、身近に感染者が出てしまうと、もしかしたらこの身も感染している可能性が高くなる。
 症状が出てなくても自腹で3万円?ほど出してすぐさまPCR検査を受ければいいとのご意見もあったが、それで陰性とされても発症までの約二週間の期間は、安心はできない。
 その時点では陰性でも翌日陽性に転ずることもあるとは保健所の人の談だ。

 けっきょく、万が一既に感染していた場合、無症状でもウイルスを持っているのだから、迂闊に宴会やパーティなどに出、密な空間で飲食を共にしたりすればその場で新たに他者にうつす可能性も高くなる。
 我は、二階さんに呼ばれて宴会の場に王選手やみのもんた、杉良太郎がいたとしてもそんなところには絶対に行かないし宴会などにはそもそも縁がないが、それでも老父とは常に濃厚接触している。
 父在宅のときは、抱きかかえたり飲食を介助したり下の世話まで日に何回もやっている。
 この年末年始は父も在宅の時間も長く、ときに父の体調がすぐれないときや体温がややいつもより高い時などはやはり、もしかしたら、うつしたかと不安に駆られ怯えた。
 また自分でも何か寒気がしたり風邪っぽい気がすると、コロナが出たかもと臆したときもあったことを正直告白する。
 コロナなど怖くないと言いつつも、超高齢の父に感染させてしまった場合、覚悟はしていても面倒な事態が多々起きるわけで、我はかなり神経質となり怯えてしまった。

 何しろ父に感染させたら、父からまた新たに通っている介護施設の他の老人たちにも感染させてしまうことだろう。クラスターが起きるかもしれない。
 仮に父は大したことがなかったとしてもその施設の他の利用者が亡くなったりすればやはりそもそもの責任は我にあることになるだろう。
 誰だって感染したくて感染する者などはいないが、無症状の陽性者として、気がつかないうちにまた他者に感染させてしまうことこそいちばん怖ろしいことではないか。

 父の死は覚悟できていたとしても、ことは父だけで終わらないわけで、見えない感染症、しかも発熱などが出ない、無症状の感染者というものに誰もが成り得ることこそ本当に怖いと今回思い知った。
 けっきょくこの年末年始の二週間、我はできるだけ誰とも会わずに、発熱などの体調に常に気を使いつつ、じっと息を潜めて暮らしていた。
 まあ、コロナは収束したわけではなく、ますますごく身近にウイルスは蔓延しているはずなのだから、今だって油断大敵、何も安心ではやしないのだが、「無罪放免」ではなくやっと気持ちだけは解放された気がしている。
 けっきょくそんなこんなでコロナに振り回されこの二週間は何一つ落ち着いてできないままであった。今年は届いた年賀状の返事もまだ出していない。
 ブログも腰据えて書けないまま時間が過ぎてしまったが、これでようやく新年、今年も始まったとして新たな気持ちで今できる、成すべきことを少しでも進めて行きたい。

 「緊急事態宣言」もまた再度出、コロナはこれからも当分の間続くことだろう。菅総理の言うように一か月程度で収束傾向していくかあまりにも甘い楽観的見通しにおもえる。
 しかし、コロナを特別に怖れることなく、自分も含めてコロナに誰もが感染することもある、「明日は我が身」だと備えて、冷静な対応をとっていくことだ。そしてともかく情報を共有し、感染したかもしれないときは、さらにまた他者にうつすことのないようまさに今回のように発症までの期間は「自粛」していくことだ。PCR検査ももちろん重要だが、ワクチンのような感染抑止の効果はない。
 政治家たちは懲りずに宴会や政治資金集めのパーティをこれからも繰り広げるだろう。我々市民ができることはこれまでの感染防止対策を徹底し、情報を広く共有し、身近に感染者が出た場合、その人を責めるのではなくまたそこから次の新たな感染者を出さないようやっていくしかない。
 今朝はすごく冷え込んだ。今年一番の寒さで今も台所の水道は凍ったままだ。
 しかし、風邪は冷たくても陽射しは暖かく春がもうすぐそこまで来ていることを教えてくれる。
 全てのことには終わりがある。元に戻らないとしても苦難のときは必ず過ぎ去る。そのときに対して備えて今できることをやっていく。