少しづつ少しづつ善き力に囲まれて2021年07月01日 23時53分47秒

★今日から7月、今年も後半に入った

 今が梅雨の盛り、というのはオカシナ謂いだが、本番とか酣という意味で、このところずっと毎日断続的に雨が降り続いている。
 じめじめとして鬱陶しいが、その季節ごと様々な花が咲き実もつける。梅も枇杷も終わってしまったが梅雨には梅雨の味わいというか良さもある。
 四季のない国ならたとえ過ごしやすくとも「風流」というような感覚は生まれないだろう。その季節ごとの「変化」がこの歳になってようやくわかってきて滋味として味わうことができるようになった。
 今日から7月。今年もあっという間に半年が過ぎたことになる。コロナ、コロナの緊急事態で、日々感染者数の増減のニュースで昨年に続き今年も明け暮れていくようだ。
 おそらくまた第5波到来として、飲食店中心に自粛自粛の「要請」が出されるかと思う。これまで必死に持ちこたえてきた多くの中小の店はこれで閉店に追い込まれてしまうかもしれない。
 何度でも感染再拡大を繰り返す。ひれはまさに政治が無策である証ではないか。自公政権がこの状況を招いたのだ。

 そしてそんな感染拡大状況下、いよいよ東京五輪が開催される。仮に無観客になろうが、海外から選手のみならず報道陣まで関係者が大挙して何万人も訪れるのだから最後まで無事開催できたとしても医療体制はさらに手薄に、逼迫することは間違いない。
 ワクチン接種は進もうが、コロナ収束の兆しもない現況での開催強行は、どのような事情があろうとも狂気の沙汰だと我は思うが、「安全、安心」というお題目を唱えれば、きっと五輪開催によってのさらなる感染拡大は起こらないのであろう。
 その意味で東京五輪は楽しみである。むろん国民の命を人質にとっての大きな賭けとして。

 さておき、そんなことよりまず自分の「近況」などを書いていく。
 我が状況、つまり火宅の状況は相変わらずで、決して良くはなっていない。相変わらず日々悪化していく状況を何とかこれ以上悪化させないよう、「現状維持」にすべく腐心しているというところだ。
 何にも解決もしていないし改善もしていないが、このところ気持ちは落ち着いている。
 以前は先々のことに不安となり、あれこれ悩み鬱々としたものだったが、今はもうそんなことには思い煩わない。思うように進まなくとも焦りも慌ても嘆きもしない。
 ともかく一つづつ、たとえほんの少しでも自分が今できる、すべきことをやっていけばいいと決意したからだ。父がまだ生きているうちに。

 これまでの自分はだらしなく非力なくせに、欲深い完全主義者だったから、あれもこれも「全て」きちんとやろうとしていた。
 しかも父のこと以外にもあれこれ手を広げて常に忙しかったから、本来今やるべきことを、今度時間が出来たら、とか、いつか閑になったら、そのうちにゆっくりと、と常に先延ばしにしてきた。
 とうぜん日々忙しく、その日その日生きてやり過ごすだけで精いっぱいだから、そんなとき は絶対に来ない。
 結果、モノも生き物も何もかもが増え続けてさらに状況は空間も時間も経済的にも逼迫していく。それは今も変わりない。

 しかし今は、もう焦らない。慌てない。そして諦めない(ネグレクトしない)。
 何故ならば、我は善き力に囲まれているからだ。有難くも多くの同じ志を持つ仲間や友人たちの助力で、猫問題も根本解決に至らずとも対応策はとれてきたし、家の片付けのほうも屋内はともかく、まずは庭先の植栽などについては先日も太田さんに助力を仰ぎ、お越し抱き、二人してまず松の木の剪定、伐採は終わった。
 そう、少しづつではあるが、これまではなし崩し的に、手の打ちようなく悪化していく状況にやっとどうにか対処できるようになってきた。これは実に有難くもすごいことではないか。
 ようやく神が味方してくれている、と「実感」できるようになった。ならばもう何も怖れない。誰も怖くない。
 
 これから、のことについてはもう一回書き足したい。