ああ、とうとう終わった~「共謀コンサート」最終回終演す。2021年12月20日 10時47分13秒

★ただただ、すべてに感謝、多謝!! 長い間お付き合い有難うございました。

 昨日のかけこみ亭での「共謀コンサート」最終回を無事終えて翌朝これを記している。
 幸せの中にも一抹の不安がよぎるように、逆にどんなに大変で苦しいことでも、終わってしまえば淋しさを覚えるものだとされている。
 そう、楽しい祭りならばなおさらである。
 が、今の我には、淋しさや残す思いはほとんどない。やがて時がたてば、終わりにしたことへの悔いや、それがなくなったことの淋しさを感じるのかもしれないが、直後のいまは、あるのは安堵の喜びのだけである。
 ともかく父が生きている間に、けんあんの抱えていることが一つ終わったという「喜び」だ。※父が逝けば、その後に予定していたコンサートは当然のこと中止となろう。
 むろん、コンサートは、当日も含めて我にとってとてつもなく楽しい楽しみであり、気の合った仲間たちと好きなことして濃厚な時間を過ごせるのだから至福の時である。
 しかし、もう本当に今は全てに余裕がなくなってしまい、体力気力ともに低下して、こうした多人数の人と関わるイベントはもう限界だとひしひしと感じていた。

 我が老父のことを案じてくれた方々も多々おられ、百歳近い老人を抱えているから我マスダはもうイベントはできないと思われたかもしれないが、それだけではない。
 容量の元々少ない古いパソコンが、長年使っていると作動が遅くなりやがては動かなくなるように、要するに我が人生がもう「いっぱいいっぱい」となってしまい、こうしたイベント企画が重く負担というよりも、処理できなくなってしまったからだ。
 家のことも、古本商売もすべてモノが増えすぎて何もかも溢れ散乱、混乱して滞り、とても以前のようにイベント企画に気持ちも時間も専念できなくなってしまった。そこに父の介護も加わるけれど、いまは基本的には施設に預けている時間も多いので、我自身は決して時間がないわけではない。
 しかし、このところ老いて体調も悪くなってきたこともだが、ともかく我は処理能力が遅く、残りの人生を無事快適に生きるためにもまずはともかく抱えているモノゴトを少しでもなくす、減らしていくことを切望していた。
 多くの方々からまたの再開やこれからも続けていくことを要請されたが、そんな個人的理由から誠に勝手ながら今回でこの連続企画は「終了」としたわけだ。我の拙い音楽活動もまた同時に。

 昨日は、6時間過ぎる長時間の音楽イベントを何とか終えられることができたが、途中から頭痛もひどく、ヘンな汗が出、喉がやたら乾いて卒倒寸前であった。前夜は、歌集プログラムづくりでほとんど寝ていないこともある。
 昔、両国フォークロアセンター40周年の記念コンサートを、浅草の木馬亭で開催したときも、企画した裏方、責任者として時間配分と進行に心底苦労した。
 あれも中川五郎氏から「たま」の知久さんまで多人数の高名ミュージシャンが出るイベントだったが、終了時間は迫っているのに、中には時間配分を守らない方もいて、幕間で見ている我は、時計見つめながらはらはら焦り苛立ち胃が痛くなった。
 客が集まらずコンサートの赤字の件も含めて、失ったものも多く、その後は一か月も冗談ではなく疲労と落ち込みで寝込んでしまった。

 今回も司会進行役を務めながら、久しぶりにそのときのことを思い出した。いや、そのときの気分がすこし蘇った。
 予定している終演時間は迫っているのに、先が見えずどんどん遅れてしまい焦り苛立ったことも今だからここに告白する。
 むろん多人数出られる企画なのだから想定内のことだけど、9時半を過ぎてもさらに続くとなると、遠路から参加している人は、打ち上げ以前に慌てて帰らないとならなくなる。
 このところはコロナ禍もあって早く始めて終演も午後8時頃ということが続いていたので、我としては、昨夜は久々の遅延にかなり焦った。
 それでもコンサートは何とかその9時半少し過ぎたぐらいで無事終演でき安堵したし、最後の最後に我は花束を受け取るという思わぬサプライズというウレシイ驚きもあった。

 まあ、その最終回も毎度のことながら我としては慌てふためき、あたふたしたが、ともかく終わって本当に良かった。いつもながら満足のいく良いコンサートだったと自分は思う。
 良いうたと良いシンガー、ミュージシャンと出会え我は幸福であった。我のワガママをやさしく快くいつも赦してくれたかけこみ亭ぼけまる氏にまず心から感謝をささげたい。
 その望外の幸福を今後とも維持、続けていくためにもまずは、混沌と化したわが人生を、少しでも少しづつでも整理し直して、やがては新たな音楽にかかわる人生をスタートさせたい。
 そう、こんな自分にもまだ夢がある。

 いっぱいいっぱいとなってコップから溢れ出たミルクを、まず溢れ出た分から拭き取っていくことだ。そのうえで、その中身を飲み干し減らして少しづつ減らしていく。カラにはできなくてもその行為こそが老後を生きることだろう。
 なんであれ、それはできる、きっとかなうと信じて。

 ※これからはブログできるだけ定期的にきちんと更新していきます。お時間のある方、ぜひお付き合いください。
 季節は本格的冬に変わったけれど、自分の中の季節もこれでやっと一つ先へと動いた。