10月に入りました。2023年10月05日 22時47分12秒

★ようやく季節が秋から冬へと動き出した。

 今年、2023年は、日本のみならず全世界的に最も暑い夏だったらしい。
9月になってもその猛暑の残暑は収まらず、月の後半になってから朝夕はやや涼しくなったものの、日中は真夏と同じく強い陽射しが照りつける残酷暑が続いていた。記憶にある限りこんなに長い夏はなかった。
 それが月が代わり、10月に入ったら、一昨日の夜の雨以降突然気温が下がり、昨日4日の朝など、上着やコートが必要なほど涼しく、いや、肌寒くなった。いつも通りTシャツ一枚で、犬と散歩に外に出たら寒くて後悔した。周りの人たちを見たらそんな夏の恰好の人は誰もいない。皆、長袖でジャケットを羽織っていた。
 ようやく観測史上もっとも長く続いた夏も終わり、季節は秋へと移った感がある。

 ただ近年の猛暑も含めた地球規模の異常気象、気候変動は、地球温暖化の一端だとするならば、これから元に戻っていくはずもないわけで、来年以降もさらに暑い夏が長く続くと予想される。
 自分はもう老人世代で残り少ないから、先を憂いてもたかがしれてるが、今の若者や幼い子供たちや、これから生まれてくる世代の人たちにとって、例えようのない過酷苛烈な環境が待っていることは間違いない。
 大雨や洪水、干ばつや森林火災など、夏場の高温のみならず人も含めて生物が生きていくのにはきわめて過酷な環境となっているだろう。
 そのためにも今生きている我々世代が、後世の人たちにとって果たすべき責任と役割があると思うが、それは今回の本題ではない。このブログをこれまで読まれて来た人たちなら、言わずもがな、であろう。

 さて、猛暑もだが、我にとって哀しみの月、9月も終わって、ようやく次へと気持ちも環境も移行しつつある。
 哀しみの月とは、父母の命日が続く月であったからで、7年前に逝った母はともかく、昨年コロナ関連死した父の死から一年が過ぎ、今ようやく新たなスタートに我は立ったという気がしている。
 当たり前のことだが、もう父に経済的にも精神的にも一切頼り恃むことはできなくなり、時間的にも気持ちの上でも束縛されることは何もなくなったのである。
 一切束縛のない自由を得た喜びと共に、船が難破して何とか無人島に辿り着き、そこで一人で生きていくしかない者のような不安が相半ばしている。

 嗤われても仕方ないが、60代半ば過ぎてようやく対外的、対社会的な事一切すべてを我一人、つまり自分一人で背負うこととなった。
 そう、日々の生活に関する出費のみならず様々な税金他、電気、ガス、水道、電話、保険料、新聞代、NHK他に至るまで父の名義から我へと替えた。その手続きもかなり煩雑で面倒であったが。
 誰もが家を出で個人で世帯を持てば、そんなことは当たり前のことのはずだが、結果として、パラサイト的に親元、実家に長年暮らしていた我は、家のこと全般ほとんど全てが父の名義で、父の口座から全て引き落とされていたのである。※個人的な税金の類も母が生きていた時は母任せにしていたのだ。

 父の死後のいま、それらすべてを我一人で背負う責任ができ、ほとんど無収入に近い我は、その支払いの工面に頭痛めている。個人の持ち家だと、固定資産税の類もかなりの額なのである。
 今のところは、まだ父の遺産というほどのことではなく、父名義の預金がまだいくらか残っていたからそれで何とか支払えたが、死後一年が過ぎて、さすがにそれも乏しくなってきた。
 そろそろ本格的に仕事に出るか、新たなビジネスを始めるかしないともう近く経済的にも行き詰る。どこからか借金して穴埋めしたとしてもその借金を返せる当てもないわけで、借金もできない。

 無能岸田政権と日銀による物価高に加え、増えすぎた猫たちの餌代、トイレの猫砂までも高騰して、さらに出費がかさんでいる。
 しかし、そうした愚痴をこぼすためにブログを書いても仕方ない。我が人生は自分だけのものなのだから、自分で何とかしていくしかない。
 今は、人手不足の世だから、我の歳でも贅沢言わなければ仕事は見つかるだろう。が、日々仕事に出てしまうと、動物たちの世話はともかく、家の片づけという大命題が出来なくなる。
 働きに出なくても生活できる年金があれば、と夢想するが、現実はほぼ無年金の我は、何とか家にいてできる金儲けを模索するしかない。
 あるいは、小説やヒット曲を書いて一発あてるか、だ。

 どれもそんな楽な話ではないし、すぐさまどうかなるわけもない。ともかく金は使わずに今は、ようやく父の死後一年間の鬱から抜け出たところなので、ここから新たな生活スタイルを構築していくことからだ。

 ようやく季節も変わって過ごしやすくなった。無人島での一人暮らしにまずは早く慣れていくことからだ。
 生活苦、最悪の場合は、タコが自らの手足を食べていくように、ウチにあるものをヤフオクなどで順次売り飛ばしていこうと思う。
 幸いボーダイな量の古本とレコードは手元にある。まずは本から、今在る本を全部一冊づつ売りに出して行く。
 そう、もう一度、古本稼業にじっくり取り組むしかない。町から本屋も古本屋も消えた今だからこそ、本好きの好事家のためにそこに活路はあるのではなかろうか。

やっと鬱から抜け出したような2023年10月23日 23時21分37秒

★年内、ともかくコンサートを成し終えて

 私事だが、先日来あるきっかけで突然鬱に陥り、日々最低限のどうしてもやるべきこと以外、何一つやる気も、すべきこともできずウツウツとしていた。
 が、やっと気持ちも体調も戻ってきたので、今さらながら気持ち新たに頑張らねばと思う。コンサートまで、もう時間残り少ないではないか。

 気がついたら、もう今月10月も20日過ぎて、残すは一週間である。月の頭はまだ真夏の暑さで、強い陽射しが照りつけてTシャツ一枚でいたのに、今は朝晩は上着をかなり着こまないと風邪ひきそうなぐらい気温は下がってきた。
 夜も夏の薄掛けのままでは寒くて、冬用の布団を出したところだ。
 わずか一か月どころか、一月もしないうちに、今月は夏から秋、そして冬へと季節は急激に進み、11月は紅葉、落葉の本格的な冬の訪れであろう。
 誰かが言ってたが、近年は四季はなくなり、春と秋は極端に短い、夏と冬だけの二季となるとのことだが、まさに今年はそれを実感している。
 こうして毎年、地球温暖化の影響かはともかく、春先から真夏日が始まり、それが秋となるはずの10月頃までも続くのならば、我々はその新たな季節の変動にどこまで対応できるのであろうか。
 むろん冬もまた温かいのだろうが、それでも夏の恰好のままではいられるはずもないし、やはり相応の防寒対策、暖房の支度もしないとならない。
 ともあれ、夏と冬しかない、それも夏がやたら長いということは、春と秋の過ごしやすい温暖かつ快適な季節が短くなるということで、それはまたとてつもなく冷房代などの電気料金がかかるということにほかならない。
 我のような体力なしの、しかもろくに収入のない困窮者にとって、ますます生きづらくなることは間違いないわけで、いかにその過酷な環境下、体調崩さず生き延びていくか、まさにこれからこそ正念場であろう。
 天候など異常気象だけでなく、さらにそこからの食糧危機に加えて、大地震や豪雨水害、旱魃、山火事等の自然災害ではない人間同士の紛争や軍事侵略なども多発して今世紀はますます地球上の生物すべてにとって生き辛い大変な時代となってきている。
 果たして、人類も地球もこのまま何とか無事に次の世紀を迎えられるのであろうか。

 残念ながら、人類全滅はともかく、この文明は近く終焉を迎えるだろうと我に思えてきた。どう楽観的に見ても、迫りくるこの危機を乗り越える術を今の人類が自ら見いだせるとは思えない。
 が、我はその前にもうこの世にはいないだろう。まさに洪水よ、我が亡きあとにに来たれ、としか言いようがない。
 むろん今まだ生きている我らが成すべきことは当然たくさんあるのだが。

 今さらだが、そうした我が亡きあとに残る人たちに向けてこのブログは「遺言」の気持ちで書いていくことにしていこう。