「要観察」の二週間が終わった。2021年01月10日 12時55分40秒

★コロナの真の怖さを思い知った。

 昨年12/26日のコンサートを終えた後、数日して当日来られた客からウイルス陽性者が出たことは記した。
 以降、昨日1/9日までの発症の期間とされる二週間、、我を筆頭に、その場にいた者全員が、もしかしたら感染している可能性があるとされ、この年末年始できるだけじっと自宅待機していたのだが、昨日やっとその期間が終わった。
 昨日夜、その26日の参加者全員に、「要観察」期間の二週間が終わった、と報告の同報メールを送った。
 幸いそこにいた誰からも感染した症状や陽性の連絡はなく、皆元気でこの二週間を終えたと思われる。喜ばしいことである。正直、ほっとした。安堵の溜め息が出、やれやれ、と言うしかない。昨晩は久々に枕高くして深く眠れた。
 何も無かったというだけのことだが、まずそのことをお知らせしたい。
 そして今さらだが、コロナウィルスという感染症の恐ろしさをようやく実感できた。

 我自身は、特に大きな基礎疾患などはないし、感染したとしても重症化することはないと信じてコロナ自体を特別に怖れてはいない。まあ、「コロナは風邪」だと断じはしないけれども似たようなものだという認識は変わらない。
 が、身近に感染者が出てしまうと、もしかしたらこの身も感染している可能性が高くなる。
 症状が出てなくても自腹で3万円?ほど出してすぐさまPCR検査を受ければいいとのご意見もあったが、それで陰性とされても発症までの約二週間の期間は、安心はできない。
 その時点では陰性でも翌日陽性に転ずることもあるとは保健所の人の談だ。

 けっきょく、万が一既に感染していた場合、無症状でもウイルスを持っているのだから、迂闊に宴会やパーティなどに出、密な空間で飲食を共にしたりすればその場で新たに他者にうつす可能性も高くなる。
 我は、二階さんに呼ばれて宴会の場に王選手やみのもんた、杉良太郎がいたとしてもそんなところには絶対に行かないし宴会などにはそもそも縁がないが、それでも老父とは常に濃厚接触している。
 父在宅のときは、抱きかかえたり飲食を介助したり下の世話まで日に何回もやっている。
 この年末年始は父も在宅の時間も長く、ときに父の体調がすぐれないときや体温がややいつもより高い時などはやはり、もしかしたら、うつしたかと不安に駆られ怯えた。
 また自分でも何か寒気がしたり風邪っぽい気がすると、コロナが出たかもと臆したときもあったことを正直告白する。
 コロナなど怖くないと言いつつも、超高齢の父に感染させてしまった場合、覚悟はしていても面倒な事態が多々起きるわけで、我はかなり神経質となり怯えてしまった。

 何しろ父に感染させたら、父からまた新たに通っている介護施設の他の老人たちにも感染させてしまうことだろう。クラスターが起きるかもしれない。
 仮に父は大したことがなかったとしてもその施設の他の利用者が亡くなったりすればやはりそもそもの責任は我にあることになるだろう。
 誰だって感染したくて感染する者などはいないが、無症状の陽性者として、気がつかないうちにまた他者に感染させてしまうことこそいちばん怖ろしいことではないか。

 父の死は覚悟できていたとしても、ことは父だけで終わらないわけで、見えない感染症、しかも発熱などが出ない、無症状の感染者というものに誰もが成り得ることこそ本当に怖いと今回思い知った。
 けっきょくこの年末年始の二週間、我はできるだけ誰とも会わずに、発熱などの体調に常に気を使いつつ、じっと息を潜めて暮らしていた。
 まあ、コロナは収束したわけではなく、ますますごく身近にウイルスは蔓延しているはずなのだから、今だって油断大敵、何も安心ではやしないのだが、「無罪放免」ではなくやっと気持ちだけは解放された気がしている。
 けっきょくそんなこんなでコロナに振り回されこの二週間は何一つ落ち着いてできないままであった。今年は届いた年賀状の返事もまだ出していない。
 ブログも腰据えて書けないまま時間が過ぎてしまったが、これでようやく新年、今年も始まったとして新たな気持ちで今できる、成すべきことを少しでも進めて行きたい。

 「緊急事態宣言」もまた再度出、コロナはこれからも当分の間続くことだろう。菅総理の言うように一か月程度で収束傾向していくかあまりにも甘い楽観的見通しにおもえる。
 しかし、コロナを特別に怖れることなく、自分も含めてコロナに誰もが感染することもある、「明日は我が身」だと備えて、冷静な対応をとっていくことだ。そしてともかく情報を共有し、感染したかもしれないときは、さらにまた他者にうつすことのないようまさに今回のように発症までの期間は「自粛」していくことだ。PCR検査ももちろん重要だが、ワクチンのような感染抑止の効果はない。
 政治家たちは懲りずに宴会や政治資金集めのパーティをこれからも繰り広げるだろう。我々市民ができることはこれまでの感染防止対策を徹底し、情報を広く共有し、身近に感染者が出た場合、その人を責めるのではなくまたそこから次の新たな感染者を出さないようやっていくしかない。
 今朝はすごく冷え込んだ。今年一番の寒さで今も台所の水道は凍ったままだ。
 しかし、風邪は冷たくても陽射しは暖かく春がもうすぐそこまで来ていることを教えてくれる。
 全てのことには終わりがある。元に戻らないとしても苦難のときは必ず過ぎ去る。そのときに対して備えて今できることをやっていく。

2020年の良かったこと・その2~32021年01月04日 11時48分59秒

★「音楽」と「うた」に新たな自信と自覚を得たこと

 2020年の個人的「良かったこと」について書いている。
 やはり、まず思うのは、ともかく我が企画し責任を負っている「共謀コンサート」の「月刊」の回が、このコロナ状況下でも一年間ほぼ毎月やり終えられたことだ。
 中止となったのは、一度目の「緊急事態宣言」が出た頃、5月と6月の二回だけで、後の月は、コロナ禍でも少数の観客を前に12月の回まで、全部で10回、ともかく終えられた。
 これは何でも中途半端で最後は尻切れになってしまうことの多い自分としては稀有なことだと今思う。
 むろん、ぼけまる氏や多くのシンガー、ミュージシャン仲間、そして観客の厚い暖かい思いに支えられてのことで、自分一人でそもそもどうにかなることではなかったが。
 しかし振り返って、よく10回、ほぼ毎月続いたなあと感慨でいっぱいだ。我は、もともと自己承認度はともて低い人間だが、珍しく自らを誉めてやりたいと思う。同時に結果として多くのことを学び得た喜びもある。自信もついた。

 ともかくコロナによって、様々な「自粛」要請をうけて制約の中でのことで、無観客のときも一回あったし、かつてのような「盛況」はかなわぬ事態なので、真に満足のいくわけではない。何より観客も出演者もいない、制限しないとならぬ、という状況下の開催なのである。
 が、ともかくこのコロナ禍という難条件の中で、「不要不急」と目されることと向き会うことこそ意味があったと信ずる。そして我らは挫折しないでともかく乗り越えられた。まさにウイ・シャル・オーバーカムという気持ちでいる。

 そもそも「毎月」やろうと思ったのは、音楽のライブだけに囚われず、もっと映像までも含めたパフォーマンス全般を取り入れて、これまでよりさらに緩~く自由に、活性化したものに、というのが発露であった。
 だか、コロナの大流行により結果として何とか音楽コンサートを維持し続けるだけで精いっぱいであった。できなかったことや、かなわぬ思いは多々あるが、それを悔やめばきりがない。
 またそうした「思い」はこれからに繋げていけばいいだけのことだ。

 ついでにこの我も太田さんに手を引かれて、企画・裏方に留まらずに臆面なくも「歌い手」としてもデビューしたことも付記しておかねばならぬ。
 じみへんで太田三造さんの前座としてのことだが、自分としては大失態という苦い結果に終わったものの、この2020年が、いちおう正式デビューの年として記憶しておきたい。
 またそれに関連して、このところ自らの楽曲が創れるようになってきた。つまり詞も曲も自作自演、自給自足できるようになってたのである。
これは個人的には実に大きな出来事である。

 以前から、他人の詩、たとえば有馬敲さんの詩作に、曲をつけて、みほこんさん唄ってもらうことなどのことはできていた。
 それは手慰み的に、さほど苦労せずに自分にはできることであった。じっさい、そうしたことは、高校生の頃からやってたことで、詩に曲をつけることはさほど難しいことではない。
 が、では、自ら詞も書いての、所謂「シンガーソングライター」としては
どうかというと、詩はかけたとしても自分の詞にはメロディがつけられなかった。何故かわからないが、そのことは分離していた。
 しかし、このコロナ禍中、替え歌をつくったりあれこれ歌詞を考えていたからか、歌詞とメロディーがほぼ同時に出て来るようになった。
 一番ができれば後はカンタンで、一番の歌詞の延長すれば二番もさほど苦労せずにできることに気がついた。何だこんなことかという感じでいる。浜口庫之助の手法である。

 そしてそうしてできたうたを盟友太田さんに渡す。すると、彼は彼なりに我の詞にまた新たなメロディーをつけて唄ってくれる。そしてそれもなかなか素晴らしい。
 我は、自分自身では自分のつくった楽曲を思い通りにしっかり唄う子事ができないから、結果として太田さんバージョンが世に広まる。
 そうしてできた2020年の世相をうたにした『二人の恋はアフターコロナ』は名曲だと自分でも思う。もっとこれからも様々な場でうたっていきたい。YouTubeにもアップしたい。
 今年2021年もこうした作詞作曲活動にもっと取り組んで、彼と共に様々な音楽活動をしていきたいと願っている。

 というわけで、順不同ながら『マスダの2020年良かったこと』の2~3は、「月刊・共謀コンサート」が一年間続き無事終了したことと、自らの「音楽活動の新たな発展・展開」であろうか。

その後・・・の報告など2021年01月03日 23時13分15秒

★正月三が日を終えて

 というわけで、何とか父と二人、無事に新しい年を迎えられた。
 昔ならば、数えで年齢を表したから、新年となったので、父は97歳となったこととなる。そして息子である我も60代半ばとなる。
 老々介護というが、まあ、介護できているうちは良いわけで、老いても大男である我が父を小男である我が抱きかかえたり持ち上げることは間もなく不可能となろう。
 何にせよ、そのときはそのときで、父が百歳過ぎて、息子が70になるまでは生き続けることはないと「予想」して、先のことはあれこれ悩み煩うことなかれ、今日は今日のことだけで足れり、という気持ちで今年もやっていきたいと願う。
 
 さて、モンダイのコロナ罹患であるが、幸いにして我も父もその後、発熱などの症状は現時点では出ていない。
 また、その当日、感染した人の近くに居た人も含めて、我が知る限りその後も新たな新規感染者の報告は届いていない。
 まだ「経過観察中」なので、油断はできないし気も緩めてはならないわけだが、26日のコンサートから感染した人はこのまま出ないことを祈り願うだけだ。
 感染・発症したご夫妻も幸い、経過は軽く良好とのことで、個々に隔離入院されていると思うのだが、それぞれから状況のお知らせが届き、ほっと安堵した。
 が、それとは別ルート?で、陽性と思しき人も出たとの報も届いたので、また我は、新たな対応、連絡に追われることになろう。詳しいことは、はっきりしたら告知いたしたい。

 いずれにせよ、この見えないウイルスという脅威に、まさに年を跨いで翻弄されている年明けである。
 どうか皆さんも改めてご注意、ご自愛ください。自らは感染してなくても、また「濃厚接触」していなくても、身近で一人でも陽性者が出るとタイヘン面倒な事態が起こるのである。
 ただ、感染者を出さない、感染しない!と叫んだとしても、好きで感染する者などいないのだから、常にマスクして手洗い消毒していても運悪く感染された人たちを非難したり謗ることは絶対にしてはならない。
 自分に起きなかっただけのことで、それは自分にも起きて然るべきことなのだ。ならば、まさに「共助」し合って支援、応援していかねばと今回の件で改めて強く思った。

 年が明けて、新たな一年が始まったとしても、コロナは急に収束はしない。年末年始に限らず、これからもまたさらに感染者は増え続けることであろう。
 政府は、またも「緊急事態宣言」を発出せざるえないはずだ。
 先のコトはまさに誰にもわからないが、これからも身近に「感染者」「陽性者」が出る事を覚悟し想定して、慌てず徒に騒がず怖れず対処していこう。
 それこそがまさに「新しい日常」なのである。ワクチンなどに期待はしない。人の世は、常に「明日は我が身」と覚悟していけ。

2021年が始まった。2021年01月01日 18時37分32秒

★2020年、思い出す10の良かったこと

 なにはともあれ年が明け、新年2021年が始まった。
 明けましておめでとうございます。と、書いてもコロナ感染者数が史上最高の状況最中では、ちっともオメデタイとも誰も思えないだろう。
 そう、我は元々何で新年になると、オメデタイのか、ずっと不思議に思っていた。ただ日付が新たになっただけのことでしかないではないか。
 が、今年はそんな災厄に見舞われた年がともかく終わったから、心機一転、気分を変えるためにも、新年が来たことを率直に喜びたい。感染者数はさらに増え続けて死者すらも身近になったとしても。

 それでふと思いついたのは、昨年、我に起きた「良いこと」をともかくランダムに10並べて記しておこうということだ。果たして10も良いことがあったか思い出してみないとわからないが、悪いことのベストテンを挙げるよりも良いことのほうが「建設的」であるのは間違いない。

 順位は付けないが、ともかくまず一番目は、こんなご時世なのに、我の周りでは葬式に出なくてはならぬような死者が出なかったことだ。
 葬儀は、昨年はかけこみ亭のぼけまる氏の生前葬程度で、喪服着るなり参列はゼロですんだ。これはある意味、自分の年齢を考えれば珍しく、それはそれは素晴らしく良いことではないか。
 親しい人が誰も死なず、皆無事であることはそれだけで喜ばしい素晴らしいことだろう。

 その他、思い出してみると次々と良いことが浮かんでくる。
 まずは音楽のことなどから、どんどん書き記していきたいが、今日元旦から三日の朝までは、父が在宅なので、パソコンにゆっくり向き合えない。
 父を昼寝させたり、早く寝かしつけたり、合間合間を見て書いていくつもりでいる。もしお時間ありましたらお付き合い願いたい。

2020年の終わりに2020年12月31日 21時46分47秒

★身近にコロナ陽性者が出て考えたこと

 年明けからコロナコロナで翻弄され、誰にとっても苦難の年、大変な年だった2020年も間もなく終わる。
 様々な感慨がわくが、まずは最後の最後に起きたことについて触れないとならない。

 コロナが未だ大流行中でも個人的には、月例のコンサートが2回、つまり二月中止となったぐらいで、老父も無事に介護施設に変わりなく通ってくれたし、さほどその「影響」は感じていなかった。緊急事態宣言が出、誰もが自宅に皆引き籠りおまけに10万円の給付金が出た頃は、古本稼業も注文が増えて我も「コロナ景気」を少しだけ味わった。
 まあ、マスクは面倒で息苦しいから嫌いだけど買物や飲食など店に入るときだけはマスクを付ければいいだけか、と、このウイルスの怖ろしさ、大変さは特に感じていなかった。

 が、今年も最後の最後になって、友人が感染し、身近なところから感染者が出たことで、我も要観察中となってしまいようやくコロナの怖さ、大変さがわかった。
 これは書くべきかかなり迷い、実際にいったん書いてアップしようとしたら何かの不手際で昨日は全部消えてしまい、やはり広く告知すべきではないのかもと迷ったが、やはり後学のためにも書き記すことにする。
 この年末は、例年ならば年明けには都内に住んでいる甥っ子がウチに来るので、そのためにも少しでも大掃除したりもてなしの支度もせねばならぬところ、コロナ禍で来ないはずだから正月三が日も含めやっとのんびりできるはずだった。
 このブログでも、今年亡くなられた方々についてゆっくり回想し偲びたいと考えていた。その他、父は元旦の夕方まで施設に居るので、やっとのんびりゆっくり自分のコトに専念できるつもりでいた。

 ところが、29日の昼頃、友人からメッセンジャーで、「昨日から発熱し、今日、検査を受けたらコロナ陽性でした。万が一、誰かにうつしていたら、申し訳ありません。」と感染が判明したという連絡があった。
 その方は、先日26日のコンサートに観客として来てくれた我の友人で、来た当初から何か体調悪そうで、ライブの間中、座ってほぼずっと居眠りをされていた。
 この年末、仕事がらお疲れのことだろうと思い、我も二言三言は話したが、あえてほったらかしにしていた。彼は途中から来て終わったあと早めに帰られたが、その場に3時間はいたかもしれない。

 だが、コロナ陽性者が出たということで、すぐに店側に知らせてどう対策をとるか皆が頭悩ましてあたふた追われた。
 まず、当日、その場にいた人たち、出た側も観客として来られた側も全員に、その日来ていた人から陽性者が出たことを連絡し、濃厚接触していないとしても感染している怖れもあるため体調に注意することと外出などは慎重な対応をとってほしいと伝えた。

 店から陽性者が出たとの報は、他の常連客達にもすぐに広がり、多くのご意見が寄せられた。中には、その場にいた人たち全員にすぐにPCR検査を受けるよう通達してお店はすぐに閉めてください、という声もあった。
 しかし発熱もない段階で、ほんの数日前同じ場にいたというだけで自費で検査を受けたとしても、約二週間の期間は潜伏期間だから、すぐに検査し現時点では感染していないと判明してもそれで良しとは疑問に思える。
 ましてこの年末年始、いま特に感染者が急増し医療体制がひっ迫している最中、そのために慌てて動きまわるよりも各自が「もしかしたら感染しているかも」という意識で自宅でまさにじっとステイホームするほうが得策ではないかと考えた。つまり自ら「要観察」と意識して自分の体調に注意することからだ。その後、PCRは各自の判断で受ければ良いのではないか。
 また、店では、保健所からの聞き取りに、その感染した男性がどう答えたかそれがわからず困惑していた。
 けっきょく、彼の妻に当たる人から、店に行ったこと、その場に居た人たちの数と全員マスクはしていた、と伝えてあることが確認とれ、後は保健所側から店にどのような連絡があるか待つことになった。
 濃厚接触者がいると判断されれば、店にすぐに連絡があるはずだが、現時点では幸いにしてどうやら何も連絡はないようだ。向うも感染拡大に追われて多忙だろうし店での「濃厚接触者」はいないと判断したのではないか。
 じっさい、彼はほとんど誰とも話さずひたすらうとうとしていたので、我も含めて「濃厚接触」した人は今回はいないと思いたい。

 だが、この我ももしかしたらウイルスを保菌し自宅に帰ってきて老父の介護等をしているわけで、父とはかなり濃厚に接触した。その父の容態も含めて、感染者が身近に出たとの報を受けてからは我よりも超高齢の父のことが心配でならなかった。
 幸いにして、この大晦日になっても施設からは、発熱など体調不良、異変の連絡はないので安堵はしている。が、まだ完全に安心はできない今の時点で気は緩められない。
 12/26日から二週間だと、1/10日頃をもって、何も体調に異変異常がなければ、感染は杞憂だったと今回の騒動は我においては終わる。
 しかし、彼の妻にあたる人も濃厚接触者として感染が確認されたようでご夫婦で別の病院に入院してしまったようだ。
 彼の方は軽い糖尿もあるとのことで、悪化しないことをただ祈り望むしかない。

 そして今回の「騒動」で、店では以後に予定されていた年末年始のライブイベントは全て中止となった。
 そのことに対して我はただただ申し訳なく思う。何とも忸怩たるというか、すまなさでいっぱいだ。そもそもそのコンサートの全責任者として。感染した当人に対しては全く何ひとつ思うところはないのに、我が感じる自らのこの「申し訳のなさ」はいったい何になのだろうか。

 誰だって感染したくて感染するのではないし、皆誰もが当然のこととして出来る限りの予防対策はとっている。 
 それでも感染する人は出、今もまたさらに日々増え続けている。以前から芸能人などが感染すると、お詫びの会見などし謝罪していて、不審に思っていた。
 が、やはり、自らが準当事者的立場となり、そのことで周囲に大小問わず様々な影響、何らかの迷惑や不便をかけてしまうと、こんな我でさえもやはり心苦しく申し訳なく思う。それこそが人情であり、人間なのだと気づく。

 今回の一件で、もしかしたら自分は感染しているかも、という怖れから高齢の両親に会いに行く正月の実家帰省を諦めた方もいた。
 自分もいまこの年末年始は極力誰とも接触しないようにしている。息をひそめてこの潜伏期間が通り過ぎるのを待つだけだ。

 コロナというのは、ウィルスだから目には見えない。都知事たちは、ひたすら「感染しない!感染させない!」と声高に繰り返し呼びかけているけれど、感染しないかどうかは人には判別も対処もできやしない。誰だって好きで感染する者はいないのである。
 つまり、感染する人は感染する。それはその人の不注意・不徳や因果応報ではなく、まったくの単なる偶然、ある意味運不運なのである。
 そして一たび、身近に感染した人が出ると、今度は自らもその怖れを抱えて他者との接触は控えざるえなくなる。そしてもしかしたら自らも発症するかも、あるいは症状は出てなくても既に他者に感染させてしまったかもと不安に苦しむ。

 はっきりわかった。コロナの怖さとは、真の恐ろしさとは、感染することもだが、それ以前の人心の不安を強くかきたてることだ。誰もが疑心に揺れている。身近で感染者が出たらば、それは自分が感染するかも、よりも他者に感染させるかも、という恐怖が大きい。
 今まで傍観者としてコロナを甘く見ていたことを今ここで告白し深く恥じ入る。コロナ感染者が身近に出るとどういう事態となるか、今回はっきり理解できた。
 もし、自分から誰かにうつしてしまい、その人が結果として亡くなったとしたら、道義的にはともかく誰もが深く自責の念に囚われ自らを苛むことになるかと思える。

 今日大晦日の新たな感染者の発表が出た。何と東京は、最多の1337人!! 国内の新規感染者数は4000人を超えた。いずれも記録更新である。コロナはここをピークにして収まることはなくまだまだ続くと我も覚悟した。 
 2020年歳末になって、最後に最後に、ケチがついたとは思わない。この「おまけ」こそ、災難ではなく試練として大きな勉強、我にとって多々得るところとしたい。

 どうか皆様もご自愛のうえ、まずは体調管理に務め、慌てず焦らず無理せずに、このコロナの時代を生き延びていきましょう!!

本当にただただ感謝、そしてこれからも2020年12月27日 23時51分24秒

★このコロナ禍の時代、「音楽」にできること、すべきこと

 今年1月から始めた、毎月開催予定の「月刊・共謀コンサート」、最終回を終えて昨夜は零時近くに帰って来た。
 ギターの他、荷物も多かったこともあるが、このところマイカーで出向いては、かけこみ亭のすぐ近くの時間貸し駐車場に停めている。
 車なのでアルコールは飲めないが、重たい荷物を抱えて行き来することを思えば、格段に楽で、基本何時間停めても600円なのだからもっと早くそうすれば良かった。

 帰り途、それでも慎重にハンドルを握りながら新甲州街道を走りながら思ったのは、こんな満足感、幸福感は久々だということだ。満ち足りたと言うか、何の不安も不満もない、満たされ落ち着いた気分になったのは思い出してもいつ以来か記憶にない。
 いや、コンサートを終えて、ということでは初めてではないか。
 ともかくこれで終わったのだ。この一年、全12回の予定がコロナの影響で2回中止になったけれども10回ともかく成し終えた。
 まさに感無量という月並みな言葉しか出てこない。そしてただただ有難いことだと、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 ライブイベント、コンサートの企画に関わるようになったのはいつからだろうか。少なくとも10年以上経つことはことは間違いない。
 浅草の木馬亭のようなホール会場からライブハウス、野外イベントまで、さまざまなカタチで企画側として関わって来た。が、大入りでどんなに盛況となったとしても(そんなことはまず有り得ないが)、どれほど素晴らしく熱いステージ、良い演奏が繰り広げられても、終わった後は常に必ずいくばくかの悔い、苦い思いが澱のように胸に必ず残る。
 それは大概は客の入りの問題より、自らの失態、判断ミスだったり、己のダメさに帰することばかりなのだが、結果として帰路、その苦い味を噛みしめながら重たい荷物を抱えて家へ戻るはめとなる。

 しかし今回だけは、そうした「苦いもの」、「また失敗したなあ」という悔やむ気持ちはほとんどなかった。むろん細かく振り返れば完璧、完全に満足などできやしない。でも、気心知れた音楽仲間たちとこのコロナ禍続く最中、何とか今年一年間、ほぼ毎月コンサートを開催でき、そのラストをまたもや素晴らしい仲間たちと盛況の裡に終えられただけで、もうただただ満足であった。
 ともかく我は成し得たのだ。

 誰かが言ってたが、こうした投げ銭制で多人数が出演するコンサートを毎月続けることは「共謀」ならぬ「無謀」だと、じっさい今終えて我自身そう思える。
 しかもそこに春先からのコロナの感染拡大が広がり、さらに開催は困難を極めた。2回中止余儀なくされただけでなく、再開後も観客も入れられないし出演者も呼びかけても出てくれない。
 当初は毎回ごと、その都度コンセプトを決めてシンガー、ミュージシャンたちに声かけ出演交渉していたのだが、コロナ禍ですべてが白紙となってしまった。
 それでも無観客は1回だけで、以後は、毎回数人ではあるけれど予約された理解ある熱心な観客が来てくれて、決して以前のようなフルハウスにはできないまでも店側が設けた感染拡大防止ラインを越さない程度の毎回通な観客たちを前に熱いコンサートは続けられた。まあ、常に出る側の方がお客さんより多かったが。
 今思うと、まさに共謀どころかそもそも無謀ではあったが、このタイヘンな年に全10回を終えて今、しっかり「共謀」コンサートは成し終えた、と胸が張れる。

 コロナ大流行で人々は切り離され、分断と孤立の時代となってしまった今年だが、だからこそこのコンサートで、いくらかであろうとも「共謀」と「連帯」の関係が取り戻せたと信じたい。
 この2020年は、ひどい苦難と試練の年となったと感じている人も多々おられよう。しかし、我にとっては、結果としてこのコロナ禍で、多くのことを考えさせられ、自分にとって「音楽」というものが何かやっとわかった。見えてきた。その意味で非常に成果ある、ある意味良き年となった。
 そう、「音楽」にできること、すべきこと、は何か、である。音楽家、それぞれの歌い手にとって、ではなく。

 あるシンガーにとっては、感染拡大を怖れてライブ活動は一切控えて、自宅でオンラインで配信したりYouTubeに楽曲をアップしたりしたことであろう。
 また、別なあるシンガーは、コロナ怖れるものにあらず、と声さえかかれば、どこへでも観客の多寡に関係なく精力的にライブ活動を続けたことであろう。まさに人それぞれである。。

 このコロナ流行で、当初いみじくも為政者側から語られ強いられたことは、不要不急の外出の「自粛」であった。
 それはつまるところ、コンサート、ライブ活動、寄席、映画演劇の観覧であり、野外でのスポーツイベントでさえそれに含まれた。それらに行くのは自粛せよ、というのである。そうした人が集うイベントこそ、「三密」に繋がる故に「不要不急」のものとされてしまったのだ。
 「音楽」も含めてそうした芸能・芸術活動が、そもそも不要不急のものかはともかく、感染拡大防止のためには致し方ない面もあったとは思う。
 しかし、だからこそ、それに少しでも関わる者、観客も含めて関心持つ者は、いまこの時代に「できること」「すべきこと」は何なのか自らに問わねばならないはずだ。
 それを為政者たちが言うように「不要不急」だと思う人は除くとして。

 我はその答えを見出し、それを実践、成し終えた。それこそがこの全10回の「月刊・共謀コンサート」なのだ。
 音楽にできること、すべきことはまだまだ無限にある。多くの信頼できる仲間たちに支えられ、コンサートが続けられたことで誰より無力かつ非力な我も大きな自信を得た。
 そう、「音楽」にできること、すべきことはまだいっぱいある。
 これからも「共謀コンサート」は「月刊」は終えても不定期的にでも続けていく。
 まだできる、すべきことがあると信じて。
 再開の第一弾は、来年2/28日だ。

 終わった後に常に感じる、何か忘れ物をしたのではないかと我を苛む不安感も今回は一切感じない。自分が死ぬときもこんなふうに満ち足りた、落ち着いた幸せな気持ちで死ねたらなあと思った。
 
 これが26日のライブを終えて、帰り途に車を走らせながら考えたことだ。

いよいよ明日、「月刊・共謀コンサート」最終回。2020年12月25日 20時30分11秒

★まだ席に余裕があります。

 コロナによる感染拡大は日々その新規感染者数を更新中であるが、とにもかくにも今日はクリスマスで今年も残すは一週間である。
 大変な年にタイヘンなことを始めてしまったと今にして思うけれど、何とか老父も我も無事にこの大禍の年を乗り越えられそうなので、それだけでもただただ有難いことだと思える。
 人生は誰にとってもタイヘンなものではあるが、今年2020年こそおそらく国民誰もがその思いを痛感したのではないか。我が世の春を長年謳歌してきた安倍晋三も。
 そして、今年は毎月開催と銘打って始めた「月刊・共謀コンサート」もひとまず明日の回で「最終回」となる。
 今はまだ感慨も何もないが、2回中止となったものの全部で計10回もこのコロナ状況下に開催できたことは我ながら実に大したこと、素晴らしく偉大なことだと思える。
 むろん自分の力ではまったくない。我はただ場をつくり、かけこみ亭という極めてユニークな店が快く最大の協力をしてくれて、さらにウイルス感染拡大中でも出演参加してくれたミュージシャン、歌い手たちがいたから成し得た話で、彼らのおかげ様様だと言うしかない。

 というわけで、明日も観客側の数よりも出る側の数が多い集いとなるわけだが、まだ座席に余裕はあるとのことなので、どうか人数制限いっぱい迄の「満席」にしたいと願う。
 ぜひどなたでも我か店側にご一報のうえ、「共謀」にご参加頂きたい。
 090-8175-8479 マスダ

※画像は今年、奇しくも結成30周年を迎えた「五十嵐正史とソウルブラザーズ」。今回はたっぷり唄ってもらいます。

これからのこと、来年のこと・⑦~まとめ2020年12月24日 00時58分54秒

★何よりサスティナブルな人生を

 若いとき、マルクスというか、科学的社会主義をほんの少し齧った者として、世界は紆余曲折や後戻りはときにあったとしても、段階的に発展・進歩していくと信じていた。
 進歩というのは、前進であり、つまるところ良い方向に世界も人類も発展していくはずだと教わった。要するに差別も貧困もない、誰もがニンゲンらしく生きられる社会の構築と実現である。
 今でもそう信じて「活動」している人も多々いると思うが、残念ながら我は今はそうは思えないし考えられない。

 色川武大が生前繰り返し書き記したように、世界は、常に破滅へ向かっている。人もまた同様であり、決して良くはならないと我もいつしか思うようになった。むろん多少はマシになることもあってもそれは世知や経験則を学んだだけで、根本的に良くなるわけではない。進歩も発展もしない。
 その思いは、米国でのトランプ氏が大統領になったことで確信に変わった。彼が二期目の大統領になっていたら、暴政は加速しヒトラーやスターリンと並ぶ歴史的極悪人、大量殺人の犯罪者として後世に語り継がれたことだろう。
 
 キリスト教・カトリックでは、「七つの大罪」として、人間の罪の根源として以下の七つを挙げている。
 傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲なのだが、かのトランプ氏にはほぼ全てが当てはまるとたぶん誰もが頷くのではないか。
 そしてそんな彼をアメリカ国民のほぼ半数の人たちが今も熱烈に支持しているのである。
 何故ならば、彼こそそんな人類のある意味七つの欲望、その本質を肯定し具現化した存在だからで、きれいごとを言いつつ実際は公約を守らなかったり私腹を肥やすこれまでの政治家とはまったく違う「正直」な人だったからだ。

 ニンゲンというのは残念ながらものすごく身勝手で、自分のことしか考えないものなのである。アメリカ人なら自国のこと、自国民のことだけ考えればいいわけで、国際協調や地球環境保全などカンケイない話だと断ずる彼こそが真の愛国者だと思われて人気は今も衰えないのである。
 むろんそんなアメリカ第一の一国主義を続ければ、地球的規模での世界の破滅はますます早く進んでいく。本来、常識的というか理知的に考えれば、彼のような人間を大統領に選ぶことはまず有り得ない話なのだが、おそらくこのコロナ禍がなければ今回もまた圧倒的大差で彼がバイデン翁に勝利していたことだろう。

 そして他国に目を向ければ、いま、中国やロシアがやろうとしていること、続けていることこそ結果としてトランプ的自分勝手な、自国第一主義であるわけで、世界はいま多くの国家でトランプ的独裁者が強大な権力を永年的に保持している。
 一番問題なのは、ナチス政権と同様に、隣国を除き彼らがいちおうは民主的選挙でまず選ばれその座につき、そして今もまだ強く国民に支持されていることだ。
 彼らはその権力で国内の少数民族や民主主義を求める人々を弾圧・抑圧しまさに息の根を止めるまでの独裁的政治を行っている。しかし他国がどれほど非難しようと内政干渉だと聞く耳はまったく持たない。
 さらに今も世界のあちこちで民族紛争・部族紛争、宗教による紛争が続き、行き場を失った避難民が大量に存在している。
 すべての原因はニンゲンの持つ七つの大罪、根源的な欲望によるもので、残念ながらどんな哲学や宗教をもってもそれは解決できやしない。

 各国は為政者自らの権力維持と自国の利益だけを第一に、これからもとことん追求し地球環境のことや民主主義など後回しにしていくだろう。
 その先に人類の未来はあるのか。そんな状況下に突如全世界規模で起こったのが、コロナウイルスの大流行であった。
 本来、国連的・WHO的視点で考えれば、各国はこの新型ウイルス根絶に向けて国を越えて協力、協調していくはずであろう。
 が、残念ながらそれぞれが他国を指弾・非難したり排斥し自国内に向けてそれぞれの国で独自のワクチン開発に熱中し、トランプ的な自分勝手さは相変わらずで為政者の意識の変化は何一つない。
 それでは破滅に突き進む世界の流れは変えられない。

 声高に言えないが、一説に、そもそもこのコロナの大流行は、あまりに増えすぎてしまった人類の人口調節のための「方便」なのだという指摘もある。
 というのもこの70年以上、大きな戦争はないが故に人類は、地球が維持できる数以上についに増えてしまった。とあるネズミは増えすぎると自ら海に飛び込みその数を減らすとか訊くが、同様に今回のコロナは何らかの「節理」だと言うのである。我はそれを神の意思だとは絶対に認めないが・・・

 世界は破滅に突き進んでいく。決して良くはならない。コロナはやがては収まるのであろう。が、またぞろ新たな感染症なり新たな病気が大流行するのではないか。拙速に開発されたワクチンによる副作用・後遺症のようなものも広まり問題化するかもしれない。

 ならばどうすべきか。我は残りの人生をどう生きていくか。
 今切実に思うのは、良くならないのならば、せめて今の、この現状を維持していくことからだ。つまるところ「継続」していくこと。
 昨今、サスティナブルという言葉をよく耳目するが、まさに自ら持続可能な人生をいかに構築していくか、である。
 我は、最愛の母、全て頼り切っていた母を亡くして以降、何一つ自分一人ではできなくなってしまい人生をネグレクトしほぼ破滅させてしまった。
 いま、母の死から四年が過ぎ、ようやく再建の道筋、その途上にある。とても母や父が元気で健在だった頃に戻るはずもないが、ともかく「今」を何とか維持してその中でできること、すべきことをやっていかねば、と強く思う。
 これで父が死に、また我が人生も崩れてしまえば、もう本当に破滅であり、残りの人生はないに等しい。
 そうならないためにも、ともかく我が人生を持続可能なものにすべく「あたりまえのこと」をきちんとやっていこう。
 できること、すべきことをたとえ一つでも少しでも続けていこう。

 そして自らの「引き出し」を増やし、それを分かち合おう。様々な破滅と崩壊を目前にし、誰もが孤立と分断に苦しむとてつもなく大変な時代だからこそ、自分のことだけを考えることなく、分かち合い助け合い共に生きて行かねばならぬはずだ。
「七つの大罪」はまさにキリスト教徒でなくともニンゲンにとっての罪なのである。それをそのまま肯定してはならない。自ら克服していくしかない。それこそが、マルクスが説いた人類の英知、真の人類の目指す、あるべき社会なのだと我は信ずる。
 希望の光はその先にある。そのためにもまず「今」を維持・継続していこう。ともかく何があってもまず生き続けることだ。自らの身体もきちんとメンテしていく。これからも人生を持続していくために。

これからのこと、来年のこと⑥2020年12月19日 10時49分14秒

★身体も含めすべてをメンテしながら希望の年にしていく

 いろいろご心配おかけして申し訳ない。体調は何とか戻った。
 といっても快適・爽快ということではなく、やっと昨日からやや寒さも和らいで来たので少し楽になったという感じだ。
 やはり風邪ではなく、毎度の寒暖差アレルギーが悪化しての不定愁訴のようなものだった気がする。
 むろん寒気がして朝起きた時からも頭も痛くフラフラしているのだから多少の熱はあったのかもしれないが、今回は咳の発作はさほどでなく今は起きて作業できるようになった。じっさいひどい時は寒くて身体の節々が痛くて布団に入るしかない。
 が、電気アンカを最強にしてもちっとも暖かくなく、脚からの寒気は続き眠っていても深く熟睡はできない。
 元々低体温かつ低血圧で、高血圧系の人たちに比べれば元気度が欠ける体質、性格の我だがその不健康度はますます歳と共に高まってきた気がしている。
 我が父のように、90歳頃まで自ら自力で杖使わずどこへでも歩けてメガネもかけず何でもできた頑健な人とは親子でもまったく違うと嘆息する。

 愚痴はともかく、さておき今年も残すは二週間足らずとなった。
 今さっき、父を何とか介護施設に送り出した。やっとまた月曜夕方までの父不在の二泊三日の週末である。
 この一か月毎朝、毎晩、真っ暗なうちから庭先の道路に散ったケヤキ湯イチョウの落葉掃きに追われていたが、一昨日の木曜で完全に散り終わった。が、まだ庭の中には大量の黄色い銀杏の葉が残雪ならぬ厚く積もっているので、それを早く処理しないと木枯らしなど吹けばまた隣近所に飛び散る。
 毎年のこと、呉羽忙しく正月も何もないようなものだが、今年はコロナ禍のおかげで、東京にいる甥っ子も来ないようだからお節も取り寄せないし大掃除も含め一切の正月の支度もしないで済む。
 そのぶんの時間を自分のコトに向けて、やっと対世間的面倒な家事雑事から少しだけ離れて、けんあんのことにしっかり取り組んでいきたい。

 そしてこれから、来年はどうしていくか。このコロナ状況下で、だ。
 ようやくわかった。抽象的な謂いで申し訳ないが、まず自らの引き出しをもっと増やして、それを分かち合うこと。そして何より「継続」「持続」していくことだ。
 もう一回だけそのことについて書きたい。

やっと一段落、一息ついている2020年12月16日 22時50分03秒

★コロナはさておき、あとは、12/26日、「月刊・共謀コンサート」最終回だけだ。

 コロナの感染拡大が止まらない。何が勝負の三週間だ、と菅政権を笑い飛ばしたくも思うが、要するに個人ができることはもう限界なのだと思う。
 街を歩けば、マスクしていない人など皆無と言っていいし、電車内も含めて公共の場所では誰もがほぼ万全の予防対策はとっている。
 それでも何故に感染拡大が止まらないかといえば、ウィルスの性質上、はっきり表に出ない陽性者がいるからで、どれほどの対策をとろうと、GoToキャンペーンなど、各地で人の出を煽るような愚策を政府自ら旗降って喧伝すればこうなるのは誰だって予測がついたのである。
 結果、支持率も低下して菅首相自ら突然の方針転換とならざる得ない。ほんとうにこの政権は愚かでありまさに後手後手、場当たり的だと嘆息する。
 そもそも不要不急の外出は控えるよう、春先から何度も何度も繰り返し為政者は口にしてきた。ならば、「観光」はどうなのか。コンサートや演劇などが不要不急とされるならば、まさに観光旅行など「不要不急」の極みではないのか。
 なのに感染収束の兆しも見えていないのに、経済を回すという名目で、自らの政権の後ろ盾である二階幹事長のいいなりのまま、観光及び飲食事業に国民が出向くよう様々なキャンペーンを繰り広げた。
 むろんそれも意味ある経済効果となったのかもしれない。しかし、結果として感染拡大の波を全国に広げたのならば、まったく意味がない。患者は急増、医療体制は逼迫し、観光や飲食を楽しむ人たちの裏側で死者は増え続けていくのである。
 いったいこの政権は真に国民のことを考えているのであろうか。観光業で経済を回すのは、とにもかくにもコロナを収束させて誰もが安心してマスク無しでどこへでも気軽に出かけ飲食を楽しめる状況ができてからで良いのではないか。
 むろん観光及び飲食業の事業者には、万全の補償をしてともかく凌いでもらうしかない。しかし、それは決して不可能ではない。
 そもそも国民一人当たりにコロナの影響受けない人までも誰にも一律10万円配るというおかしな政策を考えるのである。これは悪平等ではないか。
 今、真に求められているのは、そうした自粛で困窮している観光、飲食業などの事業者、そして医療従事者、並びにその周辺の事業者に対する手厚い保護であろう。
 むろんコロナ禍で仕事が減り、収入が激減した人たち全てに対して政府はできる限りの保護と補償をしないとならない。それが国家であり、国民に対する義務なのだから。
 いま、このコロナ蔓延状況下、貧富の差がさらに広がり分断と孤立が進み結果として困窮のため自殺者が激増している。今、国に求められているのはそうした人たちへのセイフティネットであり、GoTo事業ではない。そんな風に不要不急の観光に喜々として行ける人はコロナの影響などほとんど受けていないのだから。
 カネモチを優遇するのもいい加減にしろ、という気持ちでいる。

 と、ここまでが毎度ながら長い前置き、前書きであり、自分のことを書く。
 今日、夜早くにかけこみ亭に行き、今月26日の、最終回となる「月刊・共謀コンサート」のチラシを置いて来た。先だって、人を通して今回のメインの出演者である五十嵐正史さんに、そのチラシは渡せたので準備としてできることはほぼ終わった。
 ※コロナ禍状況でなければ、もっと超満員、満席にすべく宣伝にさらに励まなければならないわけだが、現実のはなし、いまはお客すら人数制限があるのである。特に、ソウブラの皆さんはメンバー数も多いので場の総計が高くなり、他の出演者も含めて今回は、ほぼ出る側だけで「満席」近くとなってしまいそうなのだ。なので宣伝活動すら今は控えざる得ない。
 あとは当日を待つだけであり、個人的な対世間的なことも今日でほぼ終わったので、あとは庭先の残った落葉を掃いたり、真に自分のことだけに専念すればいいわけで、今ようやく少しだけほっとしている。
 荒井由実のうたで、「ロッジで待つクリスマス」というのがあったが、今まさにそんな気分で、クリスマスならぬ26日のコンサートを待つだけとなった。

 よほどの不測、不慮の事態が起きない限り26日も無事に開催できるとして、今年は毎月開催の全12回を目論んで始めた「月刊」での共謀コンサート、今さまざまな感慨が湧く。
 結果として26日も含め、計10回となるわけだが、やはりライブを毎月必ず開催することは予想していたよりもかなりタイヘンなことであった。何より出演者の手配・連絡と宣伝活動、そして毎回の報告を兼ねての後始末である。何しろあっという間に一か月は過ぎて次の回がすぐにまた来る。
 そこに春先からのコロナ感染拡大と緊急事態宣言発出により、5月、6月と中止を余儀なくされたわけだが、ある意味、そこで少しだけ中休みもでき、休憩もできたと告白しよう。
 が、また7月からの再開後もコロナ感染対策をとりながらと、という制約もありどう開催すべきか非常に悩んだが、ともかく何が何でも毎月開催は実現でき、今、年末を迎え最後の回を待つだけとなって感無量というか、さまざまな思いがわく。

 中止となって流れてしまった残念な企画もあるし、開催できてもコロナの影響で予定していた出演者が来られずに、ある意味自分の思い通りのものにならなかった回も多々ある。
 忸怩たるという言葉があるが、まさにコロナに振り回され何とも思い通りにならずにただあれこれ頭悩ました一年であった。
 しかし、出来なかったこと、かなわなかったことを惜しみ悔やむよりも、ともかくこの状況下にほぼ毎月10回できたことこそ特筆すべことではないのか。今はそう強く思う。

 じっさい、百歳近い我が父を抱える身なのである。どこか途中で父の容態が悪化したり、死去となれば、我のことだから葬式だけ済ませたとして、何食わぬ顔でコンサートが続けられたか自信がない。
 たぶん、また短くても数か月は「休止」としてしまったはずで、まさに薄氷を踏むような、ギリギリの状況でこんなことを考え、始めたのだと今にして気づき冷や汗が出る思いだ。
 運が良かったのか。いや、神が我に味方したのだ、と思いたい。

 そして何よりもこの一年、このコンサートに関わり、何よりも我には多きな成果があった。それは歌とは何か、ライブとはどういうものか、うたと歌い手との関係、距離など、今までずっと自問してきたことに対して、おぼろげでも答えがみえたことだ。
 またさらに、この我でも「うた」が次々湧いて作れるようになった。うたの作り方、コツがわかった。その出来はともかくも、作りたいうたが作れるようになった。そこに盟友太田三造氏と共に音楽活動が始まり、「唄う側」ではなく、音楽に関わる在り方が何とか築けるような気がしてきた。
 それはコロナとは関係なく成ったものかもしれないが、やはりコロナウィルスという難題があったからこそ、その流れで出来たと思える。

 全てがおわったら、総合的、俯瞰的に、今年一年、このコンサートについて振り返り、きちんと「総括」してみたいと思う。が、今はまだ最終の回を残している。
 好漢五十嵐正史とソウルブラザーズをメインに迎え、メディアで話題の志万田さをり他元気どころを多々集めた。妖怪アマビエに頼るのではなく音楽の力でコロナウイルスを吹き飛ばすという気概で、熱く「三密」に注意しながらも大いに盛り上がりたい。ネットでも配信できるかと思うけれど、ぜひ多くの人にできれば生で観覧願いたい。

 このコロナの年に、今いちばん聴いてもらいたい素晴らしいシンガーを集めたつもりだ。素晴らしいうたがある。その自信がある。共謀コンサートの集大成としたい。