本日19日、中川五郎と「共謀」コンサート! ぜひご参加を!2019年10月19日 09時29分34秒

★ついに当日となりました。

 昨夜もまたかなり本格的な雨が降り続き、天気も悪くおまけにともかく寒い。
 が、今は雨も上がって今日は終日曇り空の予報のようだ。先週の土曜日だったら颱風襲来の当日だったわけで、中止にしなくても誰一人来れなかったはずだから、今日でともかく幸いだったと思うしかない。

 こんな天候だから客の入りも心配だけど、御大五郎氏をはじめ出演者はどんな状況であろうとも最善最良の熱いステージを見せてくれるに違いない。ぜひとも一人でも多くの観客、参加者を皆でお待ちしている。
 先にお知らせした演者の他に、さらに今回は豪華な飛び入りアーチストも来るとのことで、企画した我マスダ自身が楽しみでならない。

 個人的なことだが、コンサートの企画は、ひとまず今日でいったん終わりにするつもりでいる。先のことは何ともわからないが、今の自分にとってこれまでの集大成となるべく最良のイベントにしたい。
 それを敬愛する恩人・フォークソングの伝道師・中川五郎氏と共に、最良のミュージシャンを招いて催し出来るのは、企画者冥利に尽きる。

 今回も豪華メンバーが登場するが、相変わらず投げ銭制とした。消費税10%のご時世に、かけこみ亭は、増税も値上げもせずがんばっている。
 今回も出入り自由で、代金は自由意志である。今日、もしお時間あり出かけられる状況にある方は、ぜひぜひ谷保かけこみ亭へお越し頂きたい。午後4時から夜9時近くまで熱い演奏が繰り広げられる。問/042-574-3602 かけこみ亭

 たくさんの素晴らしい演奏とうたがそこにはある。足りないのはたくさんの素晴らしい観客だけだ。
 心からお待ちしてます。

五郎さんと僕2019年10月17日 18時16分30秒

★中川五郎祝・古希&音楽活動半世紀越え・記念コンサート10/19日@谷保かけこみ亭

 その『五郎と「共謀」コンサート』が明後日に迫って来た。いま、改めて彼と自分・マスダとの関わりを振り返ろうと思う。

 五郎氏は、いや、五郎さんは、昭和24年の生まれだから、我よりは十歳近く年上で、その初めての出会いからすれば、もう40年近く経つ。そのとき僕は、17か18歳だったか。
 いや、それだと計算が合わない。ならば40年以上時が過ぎているはずだ。

 正確な日月は思いせないのだが、1977年か76年だと思う。今も昔も政権与党は、様々な勝手な法律を拵えては、国民にそれを無理やり押しつけてくる。そして常にそれに抗議の声を上げる民衆がいる。
 尺貫法の法改正だったか、それと銃刀法、モデルガン規制の法律が出来、それらに反対する文化人、市民によるコンサートがあった。場所はもうどこだったか思い出せない。
 当時、僕は福生で、高校の後輩たちとミニコミを作っていて、彼らを連れて取材も兼ねて都内で行われたそのコンサートに出向いた。出演者も今ではほとんど記憶にないが確か永六輔さんも出ていたはずだ。
 そのとき、中川五郎さんも登場し、何曲か歌ったのだ。何を唄ったのか全く記憶にない。

 終わって、帰り道、皆と夜道を歩いていたら、ふとその道の先に、五郎さんが青木ともこさんと一緒に歩いている後ろ姿があった。
 で、声かけて、呼び留めて、何か手持ちの紙に、サインしてもらい少しだけ話したのが初めての出会いであった。今も変わらず才人の彼は、そのときもさっさっとモデルガンのイラストをその場で書き加えてくれた。
 が、彼のライブは、一人で東京から夜行列車で出かけて観た大阪天王寺公園での「春一番」コンサートのほうが先だった気もする。

 その以前からURCのレコードとか、受験生ブルースの作詞家とかではお名前は知っていた人だったが、当時、わいせつ裁判も抱えていたせいか、春一ステージの彼はともかく元気がなかった。
 情けないうたを弱弱しく情けなく歌う人というイメージをまず持った。客席からは、「ゴロ―!元気出せ!」という野次が飛んでいたことを今も思い出す。

 僕は高校生の頃から、吉祥寺にあった伝説的喫茶店「ぐゎらん堂」に出入りしていて、その店は、「中川五郎わいせつ裁判支援東京本部」であったから、僕も支援会員にもなっていたかと記憶する。
 店では、週一で、ライブもやっていて、友部正人やシバ、渡氏を生で見知ったのもそこであった。その流れで大阪・春一番に行くことになったのだ。
 が、当時既に東京に居を移していたはずの五郎さんのライブはその店で見た記憶はない。
 それだから、僕にとっての中川五郎とは、ずっと情けないうたを情けなく歌う人というイメージしかなかった。
 が・・・人は変わる。時の流れと環境、状況で人は良くも悪くも変わっていく。

 十代の頃は、わざわざフォークソングの祭典・春一番コンサートを観に、大阪まで大垣行き夜行列車でキセルして出向くほどのフォーク少年だった僕も、大学を出て、社会に飛び込むようになると、仕事や新生活に追われてフォークのライブにも吉祥寺にも足が遠くなってしまった。
 折しも時代は80年代のバンドブームで、かつて一時代のを築いたムーブメントであったアコギによる「日本のフォークソング」は、すっかり古臭い、時代遅れのものだという風潮に代わってしまった。
 地道に歌い続けたシンガーもいたかと思うが、多くのフォークシンガーは、うたと離れて、別の生業に手を染めるしかなかったようだ。
 五郎さんもマガジンハウスで、雑誌編集に携わったり(その頃のことは、彼の小説『ロメオ塾』に描かれている)、レコードのライナーノーツ書きや音楽評論、洋楽の歌詞などの翻訳家として、その名を目にすることが多くなった。
 あの五郎さんは、今こんなことをしているのかと紙媒体を通してその動向はよく伺い知れた。
 僕もすっかり音楽からは離れてしまいJポップも含めて、日本の音楽シーンには関心を失いまったく疎くなってしまっていた。あんなに好きだったフォークソングは過去のもの、青春時代の思い出の一コマと化していた。そして20世紀も終わる。

 人生には、大きな転機のときが来る。もし、その日、その場所に行かなかったら、今の自分はなかった、まったく違ったものであったと思うきっかけのときがある。
 それは2005年4月の高田渡の死であり、その直後に、彼の友人知人たちが催した小金井公会堂での、縁のミュージシャン総出のお別れ会コンサートであった。
 ネット古本屋仲間に誘われて行く気もなしに連れていかれたのだが、そこで再びフォークソングと再会し、名状しがたい深い感動を覚えた。焼けポックリに火がついた。
 終わってすぐ感動冷めやらぬうちに、五郎さんにメールか何かで連絡したのだと思う。

 何事においても気さくな、フットワークの軽い彼からすぐ返信があり、近く水道橋の居酒屋スナックでライブがあるから、とお誘いを受けた。向うは、かつてモデルガン規制反対コンサートの帰り道、声かけてきた少年のことなど憶えているはずもない。が、ともかく出かけてみた。
 30年?ぶりに観た五郎さんのステージに僕は度肝を抜かれた。かつての弱弱しく元気のなかった、なさけない歌をなさけなく歌う姿はまったくそこにはなかった。
 パワフルでエキサイティングで逞しく力強く、しっかり声も出ている。まるでイギー・ボップのようなロックンローラーがそこにいた。ほんとうに驚かされた。人は変わる。これほど変わるとは。かつての何か弱弱しかったイメージはどこにもなかった。実に素晴らしい!

 それから僕は、誰彼問わずいつもきさくで親切に接する彼の知己を得て、彼のコンサートの追っかけとなり、そこからみほこんをはじめとして新しく多くの素晴らしいシンガーに出会うことができた。枯れて乾いていた僕の中に、音楽、フォークソングの水脈が再び流れ始めたのだ。
 以後多くの素晴らしいシンガーたちと知り合い、そしていつしか僕自身もコンサートの企画などに関わるようにもなり、今こうしているというわけだ。思えば渡氏の死の年から既に15年過ぎた。
 あの日、渡氏の追悼コンサートに行ってその後すぐ五郎さんに連絡しなければ、今の自分はここにいない。たぶん今でも本の山に埋もれて音楽なんか関係ない人生を歩んでいたはずだ。

 誰かの歌詞の一節ではないが、♪俺をこんなに変えてくれた昔の友がいるんだ、という気がする。
 五郎さんは僕を変えてくれた恩人であり、迷うことばかりの僕の人生を導いてくれる北極星のような不動の存在だ。ならばいつかきちんと恩返しをせねばならない。それも元気に生きているうちに。

 折しも今年2019年は、彼はちょうど70歳の古希にあたる。また、1967年、彼が高三のときに高石友也のコンサートでデビューしてから音楽生活は半世紀を越えた。
 そうした節目の年、7月25日の彼の誕生日辺りに、今住む地元国立でも記念の祝賀コンサートを、と仲間内で企画し始めたが、時遅く、既にその頃はスケジュールが一杯で、何とか今秋、10月19日だけが空いていて、今春やっと押さえられたというわけだ。そしてやっとその日が来た。

 五郎さん、古希おめでとう。そしてこれまでご苦労様。そしてこれからも変わらずお元気で、フォークソングの神髄を歌い続けるトップランナーとして、ピート・シーガーの歳までしっかり歌い続けてください。
 僕らはずっと応援していきますから。フォークって何かと問われたらば、五郎さんを見よ、その存在こそがフォークソングなんだと、僕は答える。
 有難う! ミスター・フォークソング!素晴らしき中川五郎。

中川五郎を迎えて「共謀」コンサート、いよいよ来週土曜日19日!2019年10月11日 17時44分36秒

★ぜひ、どなたでもお気軽に、10/19日(土)、自由にご参加を!!

 体調がもう一つのところ、家庭内でケガ人(猫)が出て、病院通いが続いたりと慌ただしく気がつけば19日土曜日の、谷保かけこみ亭『五郎と「共謀」コンサート』が一週間後と迫って来た。
 チラシも何回か載せてるが、改めて詳細をこの場でお知らせしたい。

 ★中川五郎音楽活動半世紀越え記念&古希祝賀コンサート
  『五郎と「共謀」コンサート』

 ・日時/2019年10月19日(土) 午後4時定時開演~午後8時過ぎ終演予定
 ・出演/生けるフォークソング伝説・中川五郎
  応援出演アーチスト
 ・五十嵐正史とソウルブラザーズ
 ・館野公一
 ・ウッディ―
 ・槙 篤
 ・広瀬波子 その他超豪華アーチスト飛び入り参加決定!乞うご期待‼

 ・会場/谷保かけこみ亭 JR南武線谷保駅下車歩3分 042-574-3602 http://www.asahi-net.or.jp/~yi7k-ttn/kakekomi/ ※地図アリ

 ・参加費・投げ銭+ワンドリンクorワンフード

 ・問い合わせ&企画進行・全責任/マスダ昭哲 090-8175-8479

サマークリスマス2019のお知らせ2019年08月23日 01時01分58秒

★以下内部情報ですが、もし関心あればどなたでもご参加を。


今年のサマークリスマスの「詳細」です。

★ハヤシヨシオメモリアルクラブ残党有志主催 「サマークリスマス2019」 ■日時/時間 8月25日 午後2時半開場 3時開始 7時頃閉会予定  

■プログラム 前半第一部 三留まゆみのミニ映画塾 映画界の今~天国の林さんに伝えたいこと  フォークシンガー・館野公一の語り歌・映画うた

■会場場所/行き方 京王井の頭線の井の頭公園駅下車、改札を出て右へ歩1分。 〒181-0001 三鷹市井の頭3-32-15 2F 寺小屋二階スタジオ  以前にもそこを何度かお借りして開催しました。 パントマイマー松井さんのスタジオです。 ※冷暖房完備 ★井の頭公園駅の改札は一つしかなく、出たら右へ歩き交番のほんの先、  角側の建物です。

■参加費/前半第一部のスタジオでのアトラクションのみは、 ¥1000 後半第二部は、今回は吉祥寺駅北口いせやに移動して懇親会を行います。 第二部の懇親会は いせや北口店で午後5時半より ¥2000 ※予定  スタジオから歩いて13分ほど。ヨドバシカメラの近くとのことです。 第一部のみ、第二部のみの参加も歓迎いたします。※一部はスペースも広いので突然の参加も何も問題ありませんが いせや北口店は、席人数の予約連絡もあるため、参加者はせめて当日中には携帯に連絡入れてください。

★旧会員、関係者とも皆さん高齢化が進み、おそらくこれが最後の「懇親の集い」となるかと思います。来年からは8/25日は平日となるため開催の予定はありません。ぜひこの機会にお時間と体調に問題ない方はご参加を、心待ちにしております。 ■幹事/問い合わせ マスダ 090-8175-8479 ※クラブ会員外の方でも誰か会員と知人・友人の関係あればどなたでも歓迎いたします。当プログの読者の方も。  当日携帯 090-1886-2729 出席予定者は村越、マスダまで。 ★いせや 北口店 •住所: 東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目20-3 • 電話: 0422-23-8577 •

この夏以降の予定と、マス坊の「人生相談」2019年07月23日 22時03分17秒

★まずは、7/23日(日)に「じみへん」で、みほこん+太田三造ライブ

 ようやく異常な冷夏も出口が見えて来たのか、このところは晴れ間もあるし、予報ではこの先は晴れの日が続くとのことで梅雨明けも間近い感じがしている。今日も湿度が高く蒸し暑い。やっと日本の夏が戻ってきたようだ。
 参院選の総括というか、いろいろ思うところはまだ多々あり、書き足せたらと考えてはいるが、ともかく今は時間がない。体調もすぐれず、なのにやることは山積みで、痛む足をかばいながら今日も洗濯をはじめとしてあれこれ家事に追われ動き回っている。

 この夏から秋の予定は、10月の中川五郎との「五郎と共謀」コンサートだけの予定だったが、ごくプライベートな集いだが、我が世話人していた秘密結社・旧「ハヤシヨシオ的メモリアルクラブ」の残党に向けて、「サマークリスマス2019」を今年は開催することが決定した。
 ご存知の方もいるだろうが、いつもどおり8月25日だ。そう、TBSのアナウンサーだった故林美雄さんの誕生日に、である。
 幸い今年は日曜でもあるし、昨年は参加者が少なかったので予定はしてたものの中止にした経緯もあり、今年は何としても盛況に、という思いもある。

 場所は、井之頭公園駅近くのスタジオをお借りして、昼過ぎから夜まで、だらだらやっている。基本は、そのクラブ会員のだけの集いだったけれど、かつての深夜放送や70年代以降のサブカルチャー、映画などに関心お持ちの方なら、当方は拒まない。
 前回、一昨年は、会員でもある、さこ大介のミニステージが大好評であった。
 何をするかというと、前半の一部は、スタジオで、昔の映像を流したり、三留まゆみの『映画塾』特別篇・ミニトークショーとシンガーソングライター館野公一の『語り歌・映画うた』を予定している。今年は、久々復帰登場、三留まゆみ嬢のトークショーで盛り上がる事であろう。

 後半・二部は、階下の畳部屋に移動して、アルコールも含む飲食で懇親会。会費は、まだ確定ではないが、通して三千円程度に収まればと考えている。
 クラブの会員でなくても誰でもご参加歓迎するが、飲食などの支度の関係上、事前に、お知り合いの会員、もしくは、我マスダに連絡してほしい。さすれば、会場の住所、行き方、時間など詳細をお知らせするので。まずは、このブログの掲示板にでも問い合わせも含めて書き込んでください。非表示なので、ご連絡先にこちらから返信しますので。

 こんどの日曜の東中野じみへん。前回みほこんと太田さんの二人でやった再演であるわけだが、今回は我も多少はライブの構成に関わっているので、またやや違った二人の一面が見られるかもしれない。
 基本参加の方向で気持ちも予定も進めているのだが、果たしてその日、無事に電車に乗って歩いて行けるか、だ。

 その他、我、マス坊の人生について、皆さんに相談いたしたいこともある。なにはともあれ、まずは猫のことだ。どなたか、誰か子猫を飼ってくれる方はおられないでしょうか。あるいは、欲しがってる方をご存知か。かわいい子猫、何匹でもタダでお譲りしますんで。

みほこんと太田三造の「共謀」ライブが5/19日、東中野じみへんで。2019年05月16日 17時01分09秒

みほこん自作のフライヤー転載
★魂の一番深い所に響くうた、を。

 日本のフォークソングならずとも、ずっと考え続けていることがある。いったい歌とは何かということだ。
 むろん、商業的にヒットして、売れて皆に聴かれ唄われるうたも多々ある。多くの人はそれがうただと思っているだろう。いわゆるときどきの代の流行歌、ヒットソングである。
 しかし、本当のうたとは、そんな軽い上っ面のものではなく、もっと深い「魂」の部分から出て、他者の魂へ届くものではないか。
 ソウル、という音楽ジャンルがあるが、ブルースにしろジャズにしろ、元々は、そうした人それぞれの悩み、怒り、苦しみ、そして嘆きや怒りが、ごく自然に口から出てメロディを伴い、やがては「うた」として形になって、それを聞いた人々の心に届き、唄い継がれるようになっていく。それが「うた」なんだと我は考える。むろん楽しいことも喜びもまた。

 今回、みほこんと出られる太田さんは、若く見えるが60年代末から音楽活動を始めて、中津川フォークジャンボリーにもリアルタイムで参加された長い長い音楽歴を持つ。
 そして全国各地をギター抱えて放浪し、各地で様々な人と出会い、三里塚や西成区あいりん地区、釜ヶ崎などにも身を置き、そこでの事件や出来事を見聞きし、それらをうたとして語り歌ってきた。
 だから彼の唄声は、とてつもなく深く重く、聴き手の心に突き刺さるように響く。ギターも唄のスタイルも昔ながらのそれで、我はかつてはこうしたシンガーは各地にいたと記憶するが、もう現存している人は彼以外知らない。
 非礼を承知で記せば、ある意味、フォークソングの希少絶滅種であり、無形文化財、国の認めない人間国宝である。※ちなみにその1号は、高田渡、2号は、さこ大介、そして3号目が彼だ。
 
 そんな彼と奇縁あって知り合い、かれこれ10年以上過ぎた。彼は常に若々しくフットワーク軽い人だから、いつしかあたかも同世代の友人のごとく、気軽に気安く扱い付き合ってきてしまった。
 しかし、じっさいは真に凄いうたを数多く知り内面に持ち、それをしつかり歌うことのできる稀有な唯一無比のシンガーであった。
 そんな彼の真の実力、深い歌の世界に惹かれて、今回はみほこんが、彼を東中野のじみへんでライブで「共演」の場を持ちかけてくれた。有難い機会だ。そう、本来は積年の恩義ある我こそがもっともっと彼をしっかりブッキングしなければならなかったのだ。

 このところ自分の非情さ、薄情さに今さらながら気づき情けなく思う我だが、太田さんとみほこんという、我にとってとても大切な、常々お世話になっている方々のジョイント=「共謀」ライブである。何をさておき駆けつけ応援せねばと思う次第だ。
 この機会に一人でも多くこの二人の魂の歌声を聴き知ってほしい。

生涯最高の熱く濃いコンサートを成し終えた。2019年05月06日 00時58分01秒

★が、興行的にはやはり失敗。しかし何の悔いもない。

 日付は変わったが今さっき帰って来た。今日のかけこみ亭での「共謀」フォークジャンボリー、延々6時間を越す超ロングの、総勢10数組を上回るシンガーが出る大きな催しは先ほど9時半過ぎに終わった。
 それから打ち上げで皆と熱く語らい、11時過ぎの南武線で、さらには五日市線の最終で無事家に帰れた。
 一言でいうと、ここまで熱く盛り上がったコンサートは記憶にない。自分が声かけて協力願った人たちばかり集めたからだが、ここまで盛り上がるか、である。すべてが濃い人たちの予想以上の熱く激しい「共謀」ぶりであった。
 もう、各出演者それぞれの出番ごとに、フィナーレのそれのような激しく熱い盛り上がりを見せて、企画した者自身、ちょっとこれでは最後まで気持ちと体力が持つか心配になる程であった。
 今まで自らの企画した以外も含めて様々なコンサート、ライブを観続けてきた我だが、予想外、未体験と思えるほどの熱くものすごいノリのコンサートとなった。そう。信じられないほど素晴らしいコンサートであった。

 ただ、残念ながらやはり予想し怖れていたことだが、観客は、出演者総数を上回るかどうか、といった入りで、最後の方でかけこみ亭関連の方がやっとまとまって来てくれたが、収益、つまり「投げ銭」そのものの額は、残念ながらも今までの「共謀」コンサートでいちばん低い結果となった。
 しかしそのことに悔いはないし、今回は、予め、出演者各自ごと、自分が何とか出せる、ほぼ最低限の交通費ほどの「寸志」は用意していたから、それを渡してご容赦頂いたが、これが現実なのである。情けない限りだが。

 興行として冷静に考えれば、そもそも「投げ銭制」、つまりフリーカンパ的形式で、これだけの人数が出演するコンサートを企画して興行として成り立つわけがないではないか。よほど気前のいい人は別にして、大概千円札一枚といったところなのだから。これも安倍政権の偽装された好景気の結果であろう。
 それは事前からわかっていたことだし、それでもこのビッグイベントをこの大型連休にやりたい、その意義と価値があると考えて始めたことだから。※はっきり書けば、春一の風太への個人的リベンジから来ている。
 つまりそもそも無理ある企画、設定のうえでのことで、それでも我はこれまで関わって頂いたミュージシャンたちに声かけて、地元で今回の「共謀」ジャンボリーを企画したのだった。ほんまのバカである。

 昔聴いた関西の楽曲のタイトルに、「負けると知ってて博打をしたよ」ってのがあったと思うが、つまりそういうことで、絶対興行として成り立たないことを俺はやったのだ。そして、やはり案のじょう観客は出演者の数も入らず、我はあらかじめ用意した「交通費」ほどの出演料を出られた皆さんにお支払いした次第。まったくもって申し訳ない。もっと大勢の観客が来られれば上乗せも考えていたが、やはり無理であった。

 でも、ほんとに素晴らしいコンサートであった。出られた誰にも心から感心した。当初の予定にはなかったみほこんも飛び入りで参加してくれたし、長時間で大変であったが今終わってしまえば、何かものすごく楽しい夢を見たような気分でいる。これは現実だったのかという感じがしている。

 つまりそもそも絶対赤字のイベントを無理を承知で企画してしまったことなのだから、せめてもう少し観客が来てくれればという悔いはあるけれど、我が声かけお願いした出演者の方々は、期待以上の素晴らしい「仕事」をしてくれた。ならば「興行」的なことはさておきこれは大成功ではないか。
 はっきり言う。こんな素晴らしいコンサートがすぐそこでやってたのに、来ない人が悪いのである。もったいないことをしたことに気づきもしないのだ。つまりその人にとっての「音楽」とはそれだけのものでしかないということでありそもそも縁がなかったのだ。ならばそれはそれで仕方ないではないか。

 むろん世間に向けて宣伝告知、その努力が足りなかったという責は問われようが、本当に濃くて熱い、ちょっと信じらない程素晴らしいコンサートはそこで成し終えた。
 我マスダは企画者として心から出られた皆さんに感謝し、彼ら全員を誇りに思う。企画者としての誇りとは、つまるところ自分の眼鏡に狂いはなかったということだ。
 むろん午後から長時間拘束して、しかも微々たる額の出演料しかお渡しできなかったのだからただ心苦しく申し訳なくも思う。毎度ながらいくつか失敗、失態もあった。しかし、もし我らの「音楽」というもの、このコンサートの趣旨がわかっている方ならば、こうした「場」の持つ意味、それを企画する者の気持ちはご理解頂けると信ずる。
 
 何より励まされたのは、終わって打ち上げのとき、出演者の一人から、マスダがやろうとしていることは、興行ではなくムーブメントなのだから、との有難い言葉をもらったことだ。
 そう、興行というその場の儲けなど刹那的なことはそもそも目的にしていない。それ以上に、こんな時代に熱く良い確かな音楽を唄い演奏する、我が出会い認め応援するミュージシャンたちを一同に集め、彼らを繋ぎ、そこからまた新たなネットワークを築くことこそ、つまり志ある仲間たちの「共謀」こそが目的で、その場をつくる役割が我の使命なのだった。
 彼らもそれに十二分以上に応えてくれた。ならばもうそれだけで良いじゃないか。
 
 というわけで、先にも記したがこれでしばらくは企画活動はお休みとしたい。再開の次回は夏の参院選後、秋口となってから御大中川五郎を迎えて、『五郎と共謀コンサート』だ。詳細は後ほどお知らせいたします。共演は今回の「共謀」ミュージシャンズだ。

 今はただ関わって頂いた全員、全てに感謝、という気持ちだ。この場を借りて、ビデオ撮影のOさん、Fさん、機材を事前に運んでくれたIさん、受付担当してくれたMたん、その他来られたお客様方に心から御礼の気持ちでいっぱいだ。我一人では何一つできなかった。我は真に幸せ者だ。神はそこにいてくれた。

いよいよ明日5日、かけこみフォークジャンボリー開催2019年05月04日 23時50分47秒

★どうかたくさんのお客様が来ますように。

 東京多摩地方は今日も天気が不安定で、朝は晴れて暑いぐらいだったのに、午後から曇ってやがて雷が鳴り出した。

 我は、パソコンで明日用の簡易なプログラムの版下を作ってたのだが、しだいにl雷鳴が近づいたので中途で断念して電源落とした。
 以前、家のイチョウの木に落雷があり、電気製品はかなり被害受けたことがある。もしまた雷が落ちたら停電騒ぎではなく、データも含めてパソコン自体が壊滅的被害を受けてしまう。強い雨も降り出した。どこそこでは雹も降ったとか。
 そんなで、作業は中止して、いったん横になり、夕方起きたら、まだ遠雷が聞こえて雨もまた降り出した。

 それから何とか腰すえて、A判用紙ペラ一枚だが、表面だけ完成させて、まずその面だけ印刷してたら紙詰まりを起こして、ノズルチェックと目詰まりクリーンを何度も繰り返してもなかなか綺麗に印刷できない。
 そうこうしているうちに手持ちの黒のインクは1本だけとなっていることがわかり焦った。あちこち探したが予備の替えはないのである。
 でもかろうじてギリギリ予定数分は、裏表とも印刷できた。もしかしたら明日朝いちばんで駅前の大手電機屋に純正インクを買いに走り、それから大慌てで印刷することになるかと心配したが、かろうじて足りた。
胃が痛くなる思いである。何で今さらながらこうなるのか。

 今日出かける予定も実はあったのだが、体調も風邪気味だったので、明日に備えて大事をとって中止にしてやはり正解だった。天候は予測できないし、雨の後はまた急に寒くなって来て、今も鼻水垂らしている。
 しかし、何とか日付が変わる前にはプログラム表は完成・印刷し終えられたので、今晩は風呂入って体温め枕高くして眠れると思える。

 我は不安神経症でもあるから、先日見た夢では、コンサートが始まってミュージシャンたちは勢ぞろいしているのにお客は一人も誰も来ないという「悪夢」にうなされた。
 でもほんと、出演者のほうが総数にして観客より多いことだって現実としてあり得るわけで、今回の企画、見る側としては多彩な顔ぶれが次々出て来ていろいろ楽しめ非常にお得だと思うけれど、企画側としては不安でならない。それに見合う数の観客が来るかだ。
 我は、かつて浅草木馬亭で不入りの大失態しでかしたこともあるので、それはトラウマになっていると今また気づいた。今回もまた自腹切ることになろうか。それもまた良しと。

 しかし、ともかく明日は、素晴らしい音楽仲間たちとまず我自身がとことん楽しむつもりでいる。時代が平成から令和に変わったからではないが、我にとって今回である意味一つの節目として、こうした企画活動はここいらでしばらくひかえようと思っている。
 その意味でも今回はこれまでの集大成として、大いに楽しく満足のいくものにしたいと願う。来られた方は絶対に満足できる最良最高のコンサートにしていく。このメンバーならそれが間違いなく出来るのだから。
 あとはただ神に祈るだけだ。一人でも多くの皆と「共謀」できますように。もう何も怖れない。一人ではないのだから。

超大型連休の5/5日は、ぜひ谷保のかけこみ亭「共謀」フォークジャンボリーへ2019年04月28日 21時57分50秒

★また、次があると思うなかれ

 前代未聞の10連休のゴールデンウィークが始まった。皆さんいかがお過ごしであろうか。
 この機会に、家族で海外旅行へ、という豊かで恵まれた御仁もいるかもしれないが、拙ブログの読み手の方は、失礼だが、おそらく大方通常通り、もしくは特に予定もなくこの長い休みを持て余しているかもしれない。
 まあ、日ごろお忙しい方にとっては、自宅で身体を休める良い機会かと思うが、いろいろ公共機関や病院なども休みとなるので存外不便な「休暇」であろう。
 その我は、幸いのことに父は休みなく通常通りに施設に適宜行ってもらえるので、問題の5/5日も、父のことに煩わされずコンサートに専念できるのは有り難い。翌日の夕方まで施設に預かってもらえるので。

 さておき、何故か街には、オメデタイ気分というか、祝賀ムードが何となく漂っている。テレビも平成回顧の特番ばかりで、明後日4/30日、平成最後の日には、20世紀から21世紀に変わった、1999年の大晦日の二千年代の始まりの時みたいに、何かカウントダウンの催しでもあるのであろうか。それで何で国民は喜び騒ぐのか。
 元号制度に特に異論はない我ではあるが、きわめて不満抱く賛同できない不気味な新元号「令和」への移行が、特に目出たいとも有難いともちっとも思えない。が、日本人は常にお祭り騒ぎが好きで、それに便乗しないと「遅れてる」、取り残された気がする横並びの国民性だから、何だかわからないけど政府主催ゆえお祝いせねば、とコーフン気味なのであろう。バカバカしいというしかない。そしてそれが安倍政権への高支持率へ繋がるのか?

 ともあれ、その長いお休み、もしお時間ある方は、終わり近くの5/5日の子どもの日、谷保の駅前のかけこみ亭で開催される、我マスダが企画進行担当「かけこみ共謀フォークジャンボリー」へ、ぜひぜひ足をはこんで頂きたい。
 基本的に、チャージは「投げ銭制」で、つまり入場料は強制されないコンサートで、超豪華なメンバーが総勢10数組も次々と登場する、いわば、かけこみ亭版「春一番コンサート」が開催される。

 2017年春に、「共謀罪」が強行的に成立してから、我は音楽仲間たちと「共謀」して、護憲と反戦平和のための歌い手たちによる「共謀」コンサートを定期的に企画・開催して来た。
 その第1回目の2017年8月11日、メインに李政美+矢野敏弘を迎えて以後、中川五郎、ながいよう、よしだよしこ、なにわのてつ、ケニー井上他豪華シンガーたちをお招きして回を重ね、番外編も含めれば「共謀」コンサートは間もなく10回目近くとなる。
 今回は、おもむきを変えて、あえてそうした世に知られたベテランシンガーたちは抜きにして、我が認める実力派、異能ミュージシャン、本格派シンガーたち中心で、日中からのロングコンサートを企画してみた。開演は午後3時ジャストで始める。
 おりしも大阪では、風太の春一番が開催中であることだし、倣って我もここ東京多摩地域でもそうした多彩かつ多様なシンガーたちが勢揃いするフォークコンサートを考えてみたという次第だ。そう、我は春一出入り禁止の身であることだし。これはリベンジでもある。

 我自身は、歌い手には身分的な上下のランクなどないと考えるし、有名無名は問わず真に良いシンガー、確かなうたを唄うシンガーしか関心はなく、そうでなければ自分が企画するコンサートに招聘はしない。
 この「共謀」コンサートは、これまでも巧い下手とか関係なく、コンサートの趣旨と同じ思いを持つ、この時代をうたい映し出す、確かなうたを唄う良いシンガーたちだけを出演お願いして来た。そこに上下関係は存在しない。
 ただ、そうは言っても、やはり音楽活動歴の長い、世に知られた名のある年長のシンガーはどうしてもメインに据えねば失礼にあたるし、観客も当然、その方たちをお目当てに来られることになる。
 そしていきおい他のシンガーは前座的扱いの出順となってしまう。それは仕方ないことだが、コンサート自体のコンセプトを考えれば流れに常に制約ができる。回を重ねるうちにコンサートの本来の趣旨からすればそれは不自由な気がしてきた。

 それで今回は、これまでこのコンサートにご参加頂いた皆さんに、全員同列同等として、オムニバス盤のレコードのように持ち時間も等しく順不同で出て頂こうと考えた。
 ただコンサートの流れとして、勝手ながらトリ、ラストの出番は誰とするかとかはこちらに決めさせてもらうことにした。他は、全体の流れと彩りとご当人の希望を優先して、前座とかメインとか抜きで順不同で出てもらうつもりでいる。
 また、長いコンサートのため、前半、後半と午後6時を境に、二部構成としたが、前半にだけ出られるシンガーは、後半に来られた観客は観る機会がないわけで、それもまた不公平となろうか。
 で、ならば本人の意向と確認のうえ、全員ではないけれど、持ち時間を二分割して一部と二部に二回に分けて出て頂くシンガーもアリとしてみた。※おおまかな出番順のプログラムは、別の回で発表します。

 我としては、観客には、終日のんびり腰据えて、最初からラストまで全員の全ステージをご覧頂きたいと願うが、そうなると6時間ともなるわけで、やはり気楽かつ気軽に、出たり入ったり、短時間でもご来場いただくのでも構わない。
 ともあれ、素晴らしいシンガーが一堂に会するかつてない機会であり、ぜひぜひ最初から最後まで、次はどんな歌い手が出るのかと楽しみにご参加頂ければと心から願う。フォークジャンボリーとは、そもそもそうしたものなのだから。絶対に飽きさせないと確約する。お笑い系からシミジミ本格派、さらにはノリノリのロックバンドまで多種多彩な素晴らしい顔ぶれをお招きした。

 たぶん、こうしたメンバーでの集いはもう二度とできないし、我も関われるかわからない。自分としては、興行的に大失敗に終わった2010年の「両国フォークロアセンター40周年コンサート」以来の大人数ビッグイベントである。
 願わくば出演者の数以上何倍もの観客が来られることを切に祈る。観客が少なければ、出演者それぞれの交通費も出ない。いくらコンサートの趣旨に賛同の上で、といっても一日拘束されて、ロハではあまりに情けないではないか。我としても心苦しい。
 五月雨式でもともかくお客様も入れ替わり立ち代わり次々と一人でも多くご参加願いたい。

 強権極悪私利私欲の安倍政権を何としてもこの夏の参院選で退陣に追い込むためにも、護憲と反戦平和のための「かけこみ亭」共謀コンサート、どうか成功盛況に向けて、ご参加ご協力お願いいたしたい。

 あと一週間切った。実はいろいろあって体調も状況も私的には多事多難でただ無事で当日を迎えられることをただ祈るだけだ。

神様、お願い !だ2019年04月20日 18時26分00秒

★「共謀」コンサートは5/5日でとりあえず終了、ぜひご参加を!!

 「神様お願い」である。むろんショーケンのいたテンプターズの楽曲のタイトルだが、まさにこのところそうした気持ちでいる。

 私的なことだが、ショーケンこと萩原健一が死んで、自分の中でけっこう痛手となっていることに今さらながら気づく。つまるところ、彼のようなある意味、若気の至りのまま、ギラギラとまさに「傷だらけの天使」の主人公のように不器用に、かつ自分勝手に生きる、という人生の「見本」=具現者がいなくなってしまったという現実が辛いのだと思う。

 そう、我にとってまさにその生き方は憧れだったのだと今にして気づく。メチャクチャである。生き辛いよう、自滅するかのようにわざと自分で持って行ったように思える。近よる者は誰もを傷つけた。
 しかし、それがショーケンであり、世知に長け、他人様の顔色を窺い、忖度だらけの者が成功する、この日本社会でうまく世渡りできない者、アウトローのシンボルとしていつまでも「存在」していてほしかった。

 ショーケンのいない「現実」社会は、小ずるく利口に動きまわることのできない不器用者にとって、非常に息苦しく辛い。ダメの「見本」がいなくなってしまえば、我のようなやはりダメでとことんバカはいったい何をよすがに生きていけば良いのであろうか。
 まあ、晩年の彼は、最後の良き伴侶と出会ってからは、平穏の内に持病との闘いに心静かに専念できたのだと思うから、早すぎる死もまた悔いなきものであったと思いたい。ショーケンの魂よ、安かれである。
 しかし、残されたものとしては・・・

 そして、私事だが、安倍政権による共謀罪成立直後から続けて来た「護憲と反戦平和のための共謀コンサート」も次回の5月5日で、とりあえずいったん終了としたいと考えている。
 番外編も含めれば、間もなく10回近くとなってきて、情勢を鑑みればまだまだ安倍政権退陣させるまでは続けたいと思うところだけれど、死期が近づいて来た父とのことと、我が人生もまだ父が生きている間に、もう少しは道筋をつけておきたいと願うので、少しだけお時間頂きたい。
 むろん父が死んでからゆっくりとでもいいのである。が、人が死ぬということは、その後の「後始末」の手続きがものすごく面倒で、半年は私的公的にその事後処理に追われてしまう。
 そして何より情けない話だが、父がいなくなってしまえば、我が生活自体も立ち行かなくなってしまうわけで、その時点で果たして自らの生活維持と並行して「コンサート」など企画できる余裕が我にあるのか何とも心もとない。今思うに、難しい気がしている。

 ならばこそ、父がまだ生きている間に、もう少し先行きのことを腰据えていろいろ準備と手配しておきたいと考えた。母の時も実は同様に考えていたのだが、結局、容体がぐんぐん悪くなって、何一つ看護と介助以外のことはできないまま、なし崩し的に母は死んでしまい、その後、何もかも混沌の状態に陥ってしまったのだ。そして今もまだ元に戻せていない。
 だからこそ、父が生きている間に、どれほど呆けようと彼と語らい「死後」の手配をしておきたいと願うし、そうしておかないと、死は不意に訪れるものだからこそ、そのときが来てからでは遅いと思える。繰り返し記すが、父は今秋で95歳となる超高齢者なのである。もういつ死んでもおかしくないだろう。

 この「共謀」コンサートはまだまだ続けていきたいし、その意義もあると信ずるが、元より我はそうした義あることを責負うことのできるまっとうな者ではなく、常にまず自らのことをきちんとしてからではないか、という内心の声と闘ってきた。そう、外の世界のことよりまず自分の人生をきちんとしてからではないか、である。
 ただ、現行の安倍政権のあまりの無法と強権ぶりに、抗議を込めてせめて同じ思いを持つ音楽仲間たちと計らって(つまり共謀して)、反体制的に、抗いのコンサートができればと思い、そうした企画を立てて開催してきた。
 そして自分で言うのも面はゆいが、素晴らしいコンサートの数々を、みほこんのレコ発のも加えて、このコンセプトで企画し開催決行できたと信ずる。それこそ自信に思う。それは我マスダだから成し得たと思いたい。※そのことは我がそこにいたからという意味で。

 出演者の方々には、そのご活躍に見合う存分のギャランティを支払いできないことだけが心苦しいが、それは別として素晴らしいコンサートを、良い観客と良い場を構築できたと手前みそだが思う次第だ。
 そしてこれからも、もし許されれば「共謀」コンサートは続けていきたいと心から切望している。が、まずは、この5月5日の「共謀」フォークジャンボリーで、しばらくその後はお休みしたい。
 少しだけ、かの藤村直樹氏的な意味でなく「中休み」いたしたいと思う。

 実は、そう言いつつも次々回は既に日時も決定している。
 次々回は今秋、10月19日の土曜日、タイトルは『五郎と「共謀」コンサート』である。出演はメインに中川五郎をお迎えして、共謀ミュージシャンたちが彼をサポートして、たっぷり存分に唄って頂き音楽活動半世紀越えと、古希を大々的に皆でお祝いする場といたしたい。これこそが我にできる、十代の頃に出会い長年お付き合いして頂いた御大五郎氏に対する「恩返し」である。恩は生きている間に形として示せねばならぬ。きちんとコンサートとしてお返ししたいと心から願う次第だ。

 それ以後については現時点では全く未定で、我が父も我もまた明日をも知れぬという気分でいる。企画としては、みほこんのレコ発コンサートの続きも、さこさんと西島さんの懸案のジョイントコンサート「おじんブルース&カントリー」も絶対開催したいと考えているが、まだ日程もはっきりできないし、まずは5/5を無事終わらせてからだ。

 ともかくまずは、改元の大型連休中の5/5の「共謀」フォークジャンボリーを何としても大盛況のうちに終わらせて、今夏は家に籠り我が人生のこれからと父の死後のことに向き合って、秋口の五郎氏のコンサートを迎えてから全てこれからのことは改めて考えなおしたい。
 盛況になりますよう、一人でも多くのご参加ありますよう、神様お願いである。今回はあえて高名のベテランシンガーはお招きしていない。気心知れた素晴らしい仲間たちと、とことん存分のんびりと音楽で「共謀」して現時点で最良最高のステージをお見せできると信ずる。どなたさまでもお気軽にぜひご参加頂きたい。

 死後の世界、あの世もあると信じたいし存在すると思うが、しかしそれは別次元のことであり、現実的には、接触不可能、没交渉なのである。死んでしまえば向うもこっち側もどうしようもできない。ならばこそ、我ら誰にとっても残り少なくなってきた現実人生を、生きている間に、有意義に無駄なく活用していかねばと思う。こんな我でもまだできることとすべきことがあると信ずる。皆同じ思いだと思う。そう信じたい。

 で、神様お願いというわけだ。今さら恋人と会いたいとかあの娘が欲しいなんて思いもしない。ただ、願うは、こうした機会ある場に、同じ思いを持つ方々が皆集い出会い、さらにそこから連帯・共謀発展できるようになりますように、力が結集できますように。そのコンサートが無事盛況となりますように、ただ祈り願うだけだ。
 則天去私である。
 「安倍 イズ OVER」も含めてのことだ。そう、真に終わりにしよう、と心から願うは安倍政権、自公政治なのである。神様、どうかコンサートが盛況、成功となりますように。お願いします。