雪の温泉に浸かって考えたこと2014年01月06日 16時25分07秒

わーい、雪だ、雪だと喜ぶブラ彦&ベル子夫婦
★ここまで生きてこれただけで良かったと思った。     アクセスランキング: 112位

 【前回の続き】
 先にも書いたが、ここの湯は温泉ではなく鉱泉だから、もともとはとてもぬるく、かけ流しの源泉は20度ほどしかない。それを沸かし直して、最高温度が37度からじょじょに温度の低い湯が湯船ごとに分かれていくつもある。湯治客はいくつもの湯でのぼせたら低い湯へ、寒くなれば熱い湯へと調節して何時間も入っている。

 今回は外は雪が残っていたこともあり、さすがに半露天の源泉にはろくに入れなかった。入っている人は一人もいなかった。自分はバカだから、サウナにかなり無理して入ってとことん汗かいてからそこに浸かったが、少しすると寒くて心臓麻痺起こしそうであった。でもまたその冷たさが気持ちよく半ば意識モウロウとしつつそこに浸かりながらあれこれ考えた。いや、考える以前に「天啓」のように頭にもたらされたこと。

 自分も含めて人はどんな時代であろうとも今まで、つまりそこまで生きてこれたのならばそれは良いこと、良かったのでないか。自分のように、問題ばかりしでかし何一つものにならなかった、仕事も結婚もできなかったとことんダメな、中途半端な人間でもともかくこれまで、この歳まで生きられた。また、金はなくても大した苦労もせずに好き勝手なことを自由気ままにあれこれやってこれた。じゅうぶん自分勝手に生きられた。
 ならばどんな時代がこようと、どんな嫌なことや辛いことがあろうと、恥ばかりかこうと、皆にバカにされようともうここまで生き、生きてこれたのだから良いではないか。良いこと、良い人生ではなかったか。いや、自分に限らず誰であろうと、どんなに大変でもともかく死なずに生きてこれたのならそれは良いこと、良い人生なのではないのか。
 存分、幸せな、人並みの、いや人並み以上の人生だったのかもしれないと気がついた。こんな温泉にこれて、近くに古民家も手に入れて、老親と秘湯につかれる幸福・・・。

 むろんこれからのこと、様々な金の支払いのことやあれこれやるべき面倒な作業は山積みである。考えると憂鬱である。一人でどう生きていけるか不安も多々わいてくる。果たしてそれができるものか、と登山のとき、これから登る峰を見上げて、まだ、あんな高いところまで、あんな遠くまであるのか、と思わず息を呑むような気持ちに近い。だが、大変だと考えれば何事も大変だし、振り返ればもっと大変な絶望的な事態でも何とかヘラヘラと乗り切ってきている。ならば先のことはあれこれ考えない。だいいちオレはそんな計画的人生の人間ではないではないか。※世の中には学校から就職、結婚、子供まで将来を見据えて計画立てられる人間がいる。しかし自分はまったくそうではなかったのだから。常に無計画、目先のことだけ人間だったのだ。

 そんなダメの人間でもこれまでも何とかなったのだ。何とか無事に生きてこれた。本当はもっととっくに死んでいてもおかしくなかった。罰が当たって当然なこともしてきた。それぐらい無茶なことばかりやってきた。しかし幸いにしてもたぶん神のご加護があったからだろう、この歳まで生きられた。神様は見捨てなかった。そしてもう折り返し点はとうに過ぎ、終着点も間近に見えてきた。ならば良かったのではないか。もうここまで来たのだから。

 近年、多くの大切な人を喪うことが多くなってから、ともかく生きているだけで良しとしようという気持ちが強くなってきたが、今年は正月明けそうそうに温泉の中でそんなことを考えた。

 ただ、ではこれで、後の人生は「おまけ」だとして、この人生を肯定し過ぎて弛緩してはならないという「声」もしている。もしこれが幸せだとして、満足しその「幸福」に溺れて、ただこうして温泉に浸かり、後は何もしない人生で良いわけもない。何もしないこと、不作為のツケは必ず己に返ってくる、と昼に入った食堂に置いてあった山梨日日新聞の一面の対談記事の見出しに書いてあった。語っていたのは色川大吉と上野千鶴子であったかと記憶する。

 これまでのこと、全てに感謝しつつ気を緩めることなく残りの人生、ラストスパートをかけていく。バカにはバカの、ダメにはダメの矜持がある。