古本音楽① こな雪2014年01月15日 09時42分48秒

★幻の国家・満州国で日本人の子供たちに歌われたうた      アクセスランキング: 154位

 どんよりとした曇り空。外は今にも小雪が降り出しそうだ。
 さて、昨日記した、今日では忘れ去られ歌われなくなったうたとして「こな雪」という曲をまず取り上げた。リンクさせたページからはメロディと歌詞が表示されるはずだがどうであろうか。この曲をご存じの方がいたでしょうか。

 ごくたわいのない童謡というか唱歌である。このうたはマス坊は父から知らされた。父は今、米寿を過ぎ来年は九十歳となる。むろん大正時代終わりの生まれである。
 先年、親たちと茶の間で、茶飲み話として「雪のうた」について話していた折、突然父が、こんな雪のうたがあったぞと思い出し調子ぱずれに一節を歌いだした。
 ♪こな雪さらっさら、こな雪さらっさら、と。子供の頃に聞いて覚えたうただという。

 しかし戦後生まれの自分も昭和の初めに生まれた母もまったく知らないうただ。父はもうかなり呆けているので妄想かという気もしたが、彼が思い出した歌詞の語句をネットで検索したところ、やや苦労したが満州唱歌・こな雪がヒットし出てきた。歌詞も確かにほぼ父の記憶どおりであった。
 なかなかロマンチックな時代を感じさせる詞と単純ながら耳に残るメロディであろう。

 1. こな雪 さらさら、
   こな雪 さらさら。
   里のこなやは 日が暮れて
   ろばの目隠し はずすころ、
   こな雪 さらさら、
   こな雪 さらさら。
 
2. こな雪 さらさら、
   こな雪 さらさら。
   町のかじやは、夜がふけて
   槌のひびきの さえるころ、
   こな雪 さらさら、
   こな雪 さらさら。

 この曲は中国大陸に日本が建国した満州国の小学校で、尋常3年、つまり小学3年の教科書に載っていた曲でらしい。大正15年作のものだと記されている。内地の教科書には載らなかったものと思われる。もしそうであればもっと今でも歌われていたのではないか。

 どうして父がこの曲を知っているのかと考えると、彼は満州生まれでも満州で育ったわけでもないのだが、子供の頃、その父に連れられてすぐ下の妹としばらくかの地にいたことがあるらしい。山師的気風に満ちていたマス坊の父方の祖父は、若いころ、妻子を内地に残して上の子供たちだけ連れて一旗揚げるために満州に渡った。どれぐらいの期間、かの地に彼らがいたのか定かではないが、どうやらこのうたは向うで覚えてきたものと想像される。彼らが現地の小学校に通ったのかはわからないが。でないと音楽に疎い父がこんな曲を知っている説明がつかない。

 実は今、かつて大陸にあった、日本が作り上げた傀儡政権国家「満州国」について音楽も含めあれこれ調べている。作曲者の園山民平という人は、どうやらその地で活躍された方らしく他にも「たかあしをどり」など「満州唱歌」をいくつか残している。今調査中なのでまたこの続きを記す予定である。

 思うのだが、日本人は、嫌韓、反中としてもいったいかの国についてどれほどの知識があるのだろうか。その歴史認識、過去の歴史の経過も含めてあまりにも知らなさすぎるのではないか。
 今の若者は日本がアメリカと戦争をしたことすら知らず、沖縄の歴史さえもわからずにただディズニーランド的親米感を抱き、アジア諸国には強い反感と嫌悪感を持つのである。ゆえに、産経等の世論調査では、安倍首相の靖国参拝についてかの国たちが強く抗議したことすら若者中心に「余計なお世話」「内政干渉」といった反応が高まるのだ。

 今、我々は「中国」というと、本土だけでなく台湾も香港もすべて中国と中国人だと考えてしまう。が、実は、その中国人=漢人と満人はまた民族的に違う。本来は言語も異なる。台湾の現地人、先住民族もまったく中国人とは異なる。その満人たちの国家がたとえ傀儡であっても皇帝溥儀を担ぎ「満州国」として独立した、させたことはそれなりの必然性があったのではないか。チベットの独立問題を満州国と絡めて考えはしないものの、戦争という人類最大悪とナショナリズムの問題なので迂闊なことは書けないが「満州」とはとても興味深い歴史の事例だと思う。
 
 さておき、「こな雪」、実に単純ながら心に残る童謡だと思う。特に歌詞が心にしみる。粉屋のロバの目隠しとは何のことか、もう説明しない。わからない方は周りのご老人に尋ねてみてください。

ご参考までに↓

http://www.youtube.com/watch?v=QcTtUXWMf_g