仕切り直し、立て直し、人生一から出直しやり直し2016年02月07日 20時42分10秒

★今さらこの歳でまたここからスタートを     アクセスランキング: 114位

 人はそれぞれ人生のビジョンを立てて、学校を出たら就職しやがてパートナーをみつけて結婚し家庭を築く。そしてさらには子供も独立し親たちを看取り、悠々自適の老後の日々を迎える。
 周りを見回しても大概の人が多少の違いはあってもそうした道筋を歩み家庭を持ち、妻子との関係を拵えている。それが普通だと思う。フツーの人は皆それができ、ごく当たり前のこととして誰もがそうて生きている。
 昨今、非婚のススメとか、何も結婚だけが人生の全てではないと説く本や風潮がマスコミをにぎわしている。むろん結婚していない男女も若い世代ほど多いのが今の日本社会だから、今までの常識や概念は変わりつつある。
 しかし、結婚していない者として、意識して非婚や独身主義を貫いたわけではなく、結果として結婚できなかった者として、つまり誰からも相手にされなかった者として言いたいのは、人はできるだけ早く結婚すべきだということだ。それこそが普通だし、たとえ離婚したり別居したりしたとしてしも人は人と出会い付き合い愛し合い暮らすべきなのである。
 
 親や子との暮らしもまた家族ではあるが、そうした血肉を分けた関係や付き合いはできれば長く共には暮らさないほうが良いとこのところつくづく思う。同じ血が流れている者とは暮らせないし暮らすべきではない。
 それは近親婚も同様に、動物の群れを見ればわかるように、本来遺伝子的に否定されている。子はやがては独立し育った群れから出て新たなパートナーをみつけ新たな家族を作るようにできている。
 そしてそれがうまくいくのは本来他人と共に築いていくことだからであり、ときにぶつかっても別人格別遺伝子ゆえにゆるし合えるし受け入れられるのだと思う。
 同じ性質と形質を持つ者はぶつかりあえばとことんどちらかが勝つまで殺し合いのようなことをしてしまう。また体質も近いから良い時も悪い時もすぐに感応し過敏に反応し結果は大きなものになっていく。

 私事だが、この歳で今老いた親たちと暮らしていて、本当に失敗したなあ、誤ったなあと心底思う。むろん子として世話や面倒みること、介護したりは当然の務めだからそれは失敗ではない。
 ただ親の家で共に24時間暮らすことは、子として肉親、近親ゆえにもう耐え難いほど辛いものがある。家族に対して強い怒りと憎しみ、憎悪を日々抱くことは人の心を病んでいく。むろん親たちもこちらに対して同様の思いであろう。
 これが他人ならこんなに憎みあわない。後腐れなく縁も切れよう。しょせん別人格、赤の他人なのだから合わなくて当然、怒りを爆発させそれでお終いにできる。
 家族、それも兄弟姉妹はともかく、親というものはそうはできない。縁を切りたくても切れるものではない。昔は親が子を勘当だとして、親子の縁を切ることができた。
 もし今でもそうしたことができて、逆に子が親との縁を切れたらどんなに良いことだろうかと考えるが、不孝とか以前に、人として、そして現実問題として今の自分はそれはできない。ただただ憎しみと憤懣、屈託を抱えていく。
 このところ親父のことで夜になると頭痛が激しく頭が割れるように痛い。まあ、母は退院できたから、とりあえずその応対は任せるとして今日は一日、昼間中泥のように眠ってしまった。いくらでも眠れた。それこそ安逸安息は眠りの中にしかない。

 そして今思う。この現実を抱えて、今さらうまくやり直しもできないし後悔しても仕方ない。せいぜい仕切り直して、気持ちを切り替えて、ここから、この中で何とかやっていくしかない。
 人から不義理ばかりしているからどう思われても仕方ない。いまさらまた1から出直しという気持ちで、何とか一つひとつやっていくしかない。

 今さらこの歳で、この体で何一つ持たないところからのスタートは正直しんどい気がする。が、逆に妻子とかいないことは足枷がないことだと考え直して、もう一度人生を立て直していく。これもまたこれこそ自己責任なのだから。