足底筋膜炎という足底の病気に2019年07月20日 18時32分29秒

★我は今、歩けなくなった。

 つくづく歳は取りたくないと思う。まさかこんなことになるとは、である。
 私事だが、このところずっと左足の踵部分が痛くて、歩くこともままならない。今もずっと左足はびっこを引いている。もう一か月近くその痛みが続いていて、いつまでも治らないので先日ついに立川の総合病院の整形を受診した。
 予約なしで行ったので、常に混んでいる整形外科だから待たされるのは覚悟の上だったが、何と午前11時に受付済ませて、医師の診察受けられたのは午後4時近く。実に5時間延々待たされた。いったん診察受けて、別の階でレントゲン何枚も撮って、その診断をあおいだ。
 結果は、「足底筋膜炎・そくていきんまくえん」という、足の裏にある薄い筋肉の膜の炎症だと診断され、治るまで三か月か三年だとのこと。
 理由というか、原因は何も思い当たらない。医師によると、マラソン選手のように過度の負担をかけたり、重たいものを持ったり無理すると起こるとのこと。

 ぎっくり腰や、腰痛持ちの身として、それらのように激痛で寝たきりというほどの痛みではない。が、鈍く痺れるような痛みで、無理して歩くとしだいに熱帯びてきてともかく距離歩けない。痛い足をかばって歩くので、右足までヘンに痛くなってくる。
 原因として思い当たることがあるとすれば、今夏はずっと安物のサンダルを常に履いてどこでも出かけていた。それは、たぶん100円ショップのそれで、底が薄く確かに足底にかなり負担がかかる。
 で、いつから痛くなったかと思い起こすと、亡き、のみ亭のやっちゃんの三回忌に牛久沼墓苑に行ったときはまだ痛くなんかなかった。が、我は貧乏性なので、実はその日、その近くに住む茨城県の笠間市在住の友人をその地に招いて、彼を乗せてウチに連れ帰った。※拙ブログに度々登場する「社員氏」である。
 せっかくそんな遠くまで行ったのだから、自分一人でただ行って帰るのではモッタイナイ。せめて片道浮かす意味でも友人を連れ帰って一仕事しようとカクサクしたのである。
 で、その晩はともかく、彼とせっせっと家の片付けというか室内の移動作業に専念した。

 というのも、今、父の帰宅時寝ている部屋のエアコンが先冬壊れてしまい、先の冬季は、デロンギ(オイル式ヒーター)で暖をとって何とかなったものの、この夏は冷房が使えないのである。※メーカーに電話したら修理だけで6~7万円~と言われた。
 それなら新規のそれに換えたほうが安いわけだが、今は我家は父の年金内では介護に金を奪われ赤字続きでそんな余裕は全然なく不可能だ。幸いこの夏はこれまでは冷夏で冷房が必要になる程暑い日はなかった。
 しかし、一切の冷房無しに、95歳の老人がひと夏無事に過ごせるとはとても思えず、梅雨明け後いったいどうしたものかと頭痛めていた。
 で、思いついたのは、玄関わきの小部屋である。その部屋は母が死ぬまで介護していた部屋で、四畳半ほどの板の間だが、エアコンが付いている。そこに簡易ベッドを入れて、夏の間だけ父をそこに寝かせばいいではないか。
 しかし問題は一つ。今、その部屋は我の古本の不良在庫の置き場と化していて、本や雑誌がびっしりと天井近くまで積み上げられてとてもそんなベッドを広げるスペースはなかった。
 その部屋を片づけるべく、まず父の今寝ている部屋に、その、今そこにある本を移動させることにした。そうして何とか折り畳みベッドが設置できるスペースをつくった。そうした作業のために、男二人して二日がかりの時間がとられた。とうぜんかなり過度の労働であった。

 思い返せば、それ以降、いつからか左足のカカトの部分が痛むようになってきて、寝ているときはともかく、まず朝起きると痛いし、無理して距離歩くとさらに痛みは激しくなる。
最初は、我の身近で、やや年上の人たちに多い「痛風」かと案じた。しかし、通風は指先とか先端の部分とのことで昼夜問わない。我の場合は、起きて歩き出すと痛いわけで、それは体重がかかると痛みだすとはっきりしている。
 何か骨の病気かもと心配になったが、今回やっと医師の診断で、「足底筋膜炎」だと判明した。ネットで調べてみると、スポーツマンや高齢者に多い病気で、高齢の場合、固くなったその足裏の筋肉が、サンダルや底のすり減ったシューズが原因で炎症起こすと記してある。

 治療には、飲み薬から痛みを抑える注射、手術までいろいろあるようだが、我が医師から言われたのは、できるだけ無理せず歩かず安静にしていれば三か月ぐらいで自然に治るだろうということだった。※カカトの部分に中敷き入れてかばうことも。
 だから、今は基本、近所へ行くのも自転車や車を用い、左足にできるだけ負担かけないようにしている。
 むろん腰痛のように激痛で歩けないわけではない。が、鈍く痛いだけでなく無理して多く歩くととさらにまた悪化して痛みがじんじんしてくるわけで、いまはともかく犬の散歩すら距離が歩けない。

 情けない話だが、60年以上生きて来てこんなことが起こるとは、まったく初めてのことで未経験ゆえ戸惑うばかりだ。そんなで車とか自転車ならばともかくも電車での移動は、ホームや階段とか自力で歩く部分も多いから今は控えるしかない。無理して歩いた晩は、寝ていても足のその部分が痺れるようにシミジミずっと痛い。
 ともかく一日も早く治癒させて、また元通り自由に、好きなだけ自分の足でスタスタ歩けるようになりたいと心底思う。同時に、足元を見るとか、見られるという言葉があるように、足元こそ大事なのだと今さらながら気づく。

 暑かろうが寒かろうが、良いしっかりした靴を常に履かないからこうなるのである。我は究極の面倒くさがりであり、ネグレクターだから、ついつい足元なんか何も気にかけないでいた。我が身のことはほったらかしにしてきた。そうしてずっと足に過度の負担をかけていたのだ。

 御身大事に、と我は常々他人様には進言している。が、まずは自らこそ歳とって来たからこそ、大事にせねばならなかったのだ。若いときならば無理もきく。無理しても回復も早かった。
 が、いまは、ちょっと徹夜したり、無理して身体に負担かけるとあとが怖い。これが老いであり、現実ということなのだろう。
 というわけで、今はそんなわけで気軽には出かけられないわけで、ご迷惑おかけする方も多々いると思うが、どうかご容赦願いたい。と、同時に誰もが無理なさらぬよう、皆様も老いてこそ慎重に、無理せずご自愛ください、お大事に、と言うしかない。
 これが老いの現実なのだ。そしてそれは我だけではないと信じたい。