ブログ移転・新装開始のお知らせ ― 2010年10月23日 23時57分54秒
増坊です。
この度、エキサイトブログよりこちらに引越ししてきました。
以前からの読者の方も、新たに出会う方もどうかよろしくお願いします。
この度、エキサイトブログよりこちらに引越ししてきました。
以前からの読者の方も、新たに出会う方もどうかよろしくお願いします。
再び手に入れた「自由」を噛み締めて ― 2010年10月24日 21時14分52秒
★何も失わずに「成功」はありえないが・・・
自らが中心になり企画運営したコンサートが終わって、ちょうど二週間がたつ。事後処理、残務整理にまず一週間追われて、次の週は、疲れが出たのか何日も寝込んでしまった。母を病院に連れて行ったりとたまった家事に追われていたこともある。
そして、まだ少し事後処理は残ってはいるが、ようやくほぼすべてが終わって、また元の生活が始まり、こうしてブログもまた新たな場所で再開となった。今つくづく「自由」を噛み締めている。
今思うは、ずっと長い夢を見ていた気分である。ようやく目が覚めた気がする。それも楽しい夢ならば、いつまでも覚めずに見ていたいと思うはずだが、途中から悪夢に近いものとなって、早く当日が来て終わることを切望したし、夢のたとえで言うならば今もまだ寝覚めが悪い気分がしている。
またこう書くと、いろいろ批判されあれこれ文句がでよう。コンサートは無事盛況のうちに終わったのだからそんなことは書くべきでないと意見もあろう。でももう何を言われ、書かれようと一切かまわない。これは自分のブログであるし、自分のことを自分の意思で、自分の責任で自由に好き勝手に書いていくつもりだ。その覚悟もある。その権利において何を書いたってかまわないと信ずる。
断っておくがコンサートの成功とか内容とかとは一切関係がない。あれ自体はやるべき意義と価値があり、大盛況大好評のうちにに終わったことで大変良かったと誇るべき気持ちはあるが、それとはまた別に冷ややかに省みる自分もまた存在している。大事なことはそのことも記しておかねばならないし、腹中に今もあるもやもやした気持ちをどこかに吐き出さない限り憤懣やるせない心情は解消されることはない。愉快な気分に水を刺してはならないが、どんなに素晴らしい出来事でも手放しで喜んではならないと考える自分がいる。問題としたいのはコンサート自体ではなく自分のことである。
誤解されたくないし誤解されてもしかたないかとも思うが、誰それのことをとやかく言おうとか、誰かを念頭に書くことはしないしそうした批判では絶対ない。もし誰が悪いとかの責任論ならばそれは自分しかいないし、そもそも全て自分がいたことで、自分が始めて皆を巻き込み、関わった方々に迷惑やお世話をさんざんかけたのだから、誰のせいでもありゃしない。やったことの後悔ではなく、結果そうなってしまったことの悔いを記しておきたい。
つまり何ごともやってみないとわからないということだ。またそのことで今回は大いに勉強になった。もう懲り懲りと言う気持ちがあるならば、人は同じ失敗は繰り返さないだろう。金では買えない教訓を得たと思っている。
ともかく忙しすぎた。非力な自分が無理を承知で始めたことだったが、やはり無理が多々あった。その中でコンサート自体は無事に滞りなく大盛況で終わったのだから奇跡だったと今振り返っても感心してしまう。そこには素晴らしい出演者と多くの心ある友人知人の手弁当でのご協力と奮闘があったから何とか成功できたわけで、もとより自分ひとりでは何一つできなかった。改めてそのことに感謝しないとバチが当ろう。本当に良いイベントとなった。
しかし、それとは別に自分もまた失ったものも多かった。何も失うことなく成功はありえないとは誰の言葉だったか忘れたが、自分の時間がなくなる、「自由」がなくなることの覚悟はしていたが、一番辛かったのは、自由に書くことが出来なくなったことで、ブログの内容も常に批判の的にされてしまい、アップする度いつ文句を言われるかと戦々恐々としてしまった。
何でそうなってしまったかと振り返れば、元々は私的に始め、私的なことを書いていたブログなのに、いつしかコンサートなど他者も関わる公的なことを始めるようになりそれも題材になったからだ。迂闊なことを書くとコンサート自体に影響が及ぶというご指摘が出れば、当然自由に書けなくなるしそれは仕方ない。こちらは意図せず何の気もなく書いたことであってもある読み手にとって不快になれば文句や批判がコメントとなって次々と届く。
本来は書き手の自由として、相手にしないで無視するということもできた。しかし、ブログを書くことが相手を刺激しそこにトラブルの種があると言われ他にも迷惑が及ぶならば、もはやブログは続けることはできなかった。そう、いつしか書くことを公私混同してしまっていたのだ。
今思うのは、本来自分だけでできること、全責任が一人で負えることであるならば何を書こうとそこで問題が起きようとまったくかまわなかった。ところが、公的なことに携わってしまった時点でそこには「私」はあってはならなかったのだ。そこに思い至らず手に余ることを始めてしまったのだから先のブログ終了も当然の流れであった。
そして今、これから新しくブログを始めるに当って自戒するは、再び手に入れたこの自由を失うことのないよう大切にしたい、維持していきたいということだ。ならばこれからは自分ことだけを、好きなように自分勝手に自由に書いていく。手に余ることとは関わらない。そして今回得た教訓の中から一つだけ記すとすれば、もはや何がしたいかではなく、何をすべきか、何ができるかであろう。そう、何がしたいかはもうどうでもいい。要はこれから自分は何ができるか、何をなすべきかだ。
このブログの場はそのことの報告としたい。
自らが中心になり企画運営したコンサートが終わって、ちょうど二週間がたつ。事後処理、残務整理にまず一週間追われて、次の週は、疲れが出たのか何日も寝込んでしまった。母を病院に連れて行ったりとたまった家事に追われていたこともある。
そして、まだ少し事後処理は残ってはいるが、ようやくほぼすべてが終わって、また元の生活が始まり、こうしてブログもまた新たな場所で再開となった。今つくづく「自由」を噛み締めている。
今思うは、ずっと長い夢を見ていた気分である。ようやく目が覚めた気がする。それも楽しい夢ならば、いつまでも覚めずに見ていたいと思うはずだが、途中から悪夢に近いものとなって、早く当日が来て終わることを切望したし、夢のたとえで言うならば今もまだ寝覚めが悪い気分がしている。
またこう書くと、いろいろ批判されあれこれ文句がでよう。コンサートは無事盛況のうちに終わったのだからそんなことは書くべきでないと意見もあろう。でももう何を言われ、書かれようと一切かまわない。これは自分のブログであるし、自分のことを自分の意思で、自分の責任で自由に好き勝手に書いていくつもりだ。その覚悟もある。その権利において何を書いたってかまわないと信ずる。
断っておくがコンサートの成功とか内容とかとは一切関係がない。あれ自体はやるべき意義と価値があり、大盛況大好評のうちにに終わったことで大変良かったと誇るべき気持ちはあるが、それとはまた別に冷ややかに省みる自分もまた存在している。大事なことはそのことも記しておかねばならないし、腹中に今もあるもやもやした気持ちをどこかに吐き出さない限り憤懣やるせない心情は解消されることはない。愉快な気分に水を刺してはならないが、どんなに素晴らしい出来事でも手放しで喜んではならないと考える自分がいる。問題としたいのはコンサート自体ではなく自分のことである。
誤解されたくないし誤解されてもしかたないかとも思うが、誰それのことをとやかく言おうとか、誰かを念頭に書くことはしないしそうした批判では絶対ない。もし誰が悪いとかの責任論ならばそれは自分しかいないし、そもそも全て自分がいたことで、自分が始めて皆を巻き込み、関わった方々に迷惑やお世話をさんざんかけたのだから、誰のせいでもありゃしない。やったことの後悔ではなく、結果そうなってしまったことの悔いを記しておきたい。
つまり何ごともやってみないとわからないということだ。またそのことで今回は大いに勉強になった。もう懲り懲りと言う気持ちがあるならば、人は同じ失敗は繰り返さないだろう。金では買えない教訓を得たと思っている。
ともかく忙しすぎた。非力な自分が無理を承知で始めたことだったが、やはり無理が多々あった。その中でコンサート自体は無事に滞りなく大盛況で終わったのだから奇跡だったと今振り返っても感心してしまう。そこには素晴らしい出演者と多くの心ある友人知人の手弁当でのご協力と奮闘があったから何とか成功できたわけで、もとより自分ひとりでは何一つできなかった。改めてそのことに感謝しないとバチが当ろう。本当に良いイベントとなった。
しかし、それとは別に自分もまた失ったものも多かった。何も失うことなく成功はありえないとは誰の言葉だったか忘れたが、自分の時間がなくなる、「自由」がなくなることの覚悟はしていたが、一番辛かったのは、自由に書くことが出来なくなったことで、ブログの内容も常に批判の的にされてしまい、アップする度いつ文句を言われるかと戦々恐々としてしまった。
何でそうなってしまったかと振り返れば、元々は私的に始め、私的なことを書いていたブログなのに、いつしかコンサートなど他者も関わる公的なことを始めるようになりそれも題材になったからだ。迂闊なことを書くとコンサート自体に影響が及ぶというご指摘が出れば、当然自由に書けなくなるしそれは仕方ない。こちらは意図せず何の気もなく書いたことであってもある読み手にとって不快になれば文句や批判がコメントとなって次々と届く。
本来は書き手の自由として、相手にしないで無視するということもできた。しかし、ブログを書くことが相手を刺激しそこにトラブルの種があると言われ他にも迷惑が及ぶならば、もはやブログは続けることはできなかった。そう、いつしか書くことを公私混同してしまっていたのだ。
今思うのは、本来自分だけでできること、全責任が一人で負えることであるならば何を書こうとそこで問題が起きようとまったくかまわなかった。ところが、公的なことに携わってしまった時点でそこには「私」はあってはならなかったのだ。そこに思い至らず手に余ることを始めてしまったのだから先のブログ終了も当然の流れであった。
そして今、これから新しくブログを始めるに当って自戒するは、再び手に入れたこの自由を失うことのないよう大切にしたい、維持していきたいということだ。ならばこれからは自分ことだけを、好きなように自分勝手に自由に書いていく。手に余ることとは関わらない。そして今回得た教訓の中から一つだけ記すとすれば、もはや何がしたいかではなく、何をすべきか、何ができるかであろう。そう、何がしたいかはもうどうでもいい。要はこれから自分は何ができるか、何をなすべきかだ。
このブログの場はそのことの報告としたい。
人は少しづつ変わる。 ― 2010年10月25日 08時42分29秒
★すっからかんの空財布で思うこと。
改めて気がつく。人は経験からしか学べないと。
もちろん人から諭されたり書物などで読み頭では理解することはできる。だから勉強や教育という分野が生まれる。しかし、そこにはもっともな理屈はあっても感情は存在しない。この世のことはすべて、頭ではわかってはいても気持ちはまた別ということがほとんどだから、何事もじっさいに体験してみないと本当に理解することはできやしない。
今までの自分はそれなりに貧乏はしてきたはずだったが、生まれがよろしいせいか、お金のことには淡々、恬淡としてあまり細かくこだわらなかった。いや、貧乏人こそ金遣いが荒いとの例えがあるならば、お金にだらしないから相応の貧乏をしてきたと言えなくもない。
だから損得は別として何かをやること、目的の方に価値の重きを置いてきた。世の中のことは金で換算してはならないと信じてきた。今もその気持ちは変わらないし、金持ちが偉いとかうんと金儲けして成功したいという気持ちは全くない。友人バロンのうた一節ではないが、「お金は本当はいらないの、いらないけれど必要で、振り回される」ものであり、ないよりはあったほうが良いに決まっているが、何がなんでもうんと必要だと思っていなかった。
しかし今は違う。ある経験を得て、考え方が変わった。物事は損得だけでするかしないか判断してはならないが、:結果、儲からなくても仕方ないけれど、絶対に損してはならないと考えるようになった。今までは損しても仕方ない、それも有というスタンスだったから少しだけ違う。金に擦り寄ってきた。
というのは、僅かだけれど貯金のようなものもあって、一応それが何かもしものときの保険でもあったが、それがついに尽きて皆無となってしまったからだ。
誰が唄ったか、昔のうたに、こんな一節があったと記憶する。「すっからかんの空財布、ルンペン愉快だね~」。そう身軽になって愉快な気持ちさえある。しかし、当然不安も生まれる。金で買える自由もあるならば、今はそのぶん自由ではなくなってしまった。
夢の実現のために金を使い一文無しになって思うのはもはや何をするにも自腹切ってやることはできなくなったし、もしもまたその余裕が出来たとしてもすべきではないということだ。自分のことはさておき、一般論として記しておくが、どんな出来事にせよ、それを成し得るために一個人が負荷を背負わざるえないとするならば、それは絶対的に間違っている。傍目には成功した見えたとしてもそれは広がりを持たないしやがては尻すぼみになって行き詰っていく。ならばどうすべきか。
すべてのことは経験して、そこから生まれた感情がまた新たな考えをもたらす。それは理屈ではない。人は少しづつ変わっていく。
改めて気がつく。人は経験からしか学べないと。
もちろん人から諭されたり書物などで読み頭では理解することはできる。だから勉強や教育という分野が生まれる。しかし、そこにはもっともな理屈はあっても感情は存在しない。この世のことはすべて、頭ではわかってはいても気持ちはまた別ということがほとんどだから、何事もじっさいに体験してみないと本当に理解することはできやしない。
今までの自分はそれなりに貧乏はしてきたはずだったが、生まれがよろしいせいか、お金のことには淡々、恬淡としてあまり細かくこだわらなかった。いや、貧乏人こそ金遣いが荒いとの例えがあるならば、お金にだらしないから相応の貧乏をしてきたと言えなくもない。
だから損得は別として何かをやること、目的の方に価値の重きを置いてきた。世の中のことは金で換算してはならないと信じてきた。今もその気持ちは変わらないし、金持ちが偉いとかうんと金儲けして成功したいという気持ちは全くない。友人バロンのうた一節ではないが、「お金は本当はいらないの、いらないけれど必要で、振り回される」ものであり、ないよりはあったほうが良いに決まっているが、何がなんでもうんと必要だと思っていなかった。
しかし今は違う。ある経験を得て、考え方が変わった。物事は損得だけでするかしないか判断してはならないが、:結果、儲からなくても仕方ないけれど、絶対に損してはならないと考えるようになった。今までは損しても仕方ない、それも有というスタンスだったから少しだけ違う。金に擦り寄ってきた。
というのは、僅かだけれど貯金のようなものもあって、一応それが何かもしものときの保険でもあったが、それがついに尽きて皆無となってしまったからだ。
誰が唄ったか、昔のうたに、こんな一節があったと記憶する。「すっからかんの空財布、ルンペン愉快だね~」。そう身軽になって愉快な気持ちさえある。しかし、当然不安も生まれる。金で買える自由もあるならば、今はそのぶん自由ではなくなってしまった。
夢の実現のために金を使い一文無しになって思うのはもはや何をするにも自腹切ってやることはできなくなったし、もしもまたその余裕が出来たとしてもすべきではないということだ。自分のことはさておき、一般論として記しておくが、どんな出来事にせよ、それを成し得るために一個人が負荷を背負わざるえないとするならば、それは絶対的に間違っている。傍目には成功した見えたとしてもそれは広がりを持たないしやがては尻すぼみになって行き詰っていく。ならばどうすべきか。
すべてのことは経験して、そこから生まれた感情がまた新たな考えをもたらす。それは理屈ではない。人は少しづつ変わっていく。
商売に全力を傾け邁進していく ― 2010年10月26日 08時32分26秒
★一から出直しやり直し
長い旅から戻ってまた日常が戻ってきた。親たちの病院通いが続いたり、慌しいのは相変わらずだが、自分のペースで自分のことが組み立てられて進めていける、この歓びは大きい。
他者と何かをやることは常にどこかで相手に合わしていく事に他ならないから気疲れするしそもそも自分勝手に動けない。元より学校時代から集団活動が苦手で、会社勤めも続かない常に落ちこぼれていく人間が他者と共に何かを社会の中でやっていくことは当然無理があった。今つくづくその無謀さと限界を味わっている。もちろん終えて大きな収穫もありそこから学んだこと、得たものも沢山あり肯定する気持ちもなくはないが、やはりノリを超えたというか、その器でない者が大それたことに手を出して多くの方々にご迷惑をかけてしまったという後悔気分は抜けやしない。自分が何かをするということは常にトラブルと背中合わせだと今回またも思い知った。
もう終わったことだから全て良しとは未だ思えないスッキリしない気分が二週間過ぎても続いている。しかしいつまでも気持ちを引きずっても仕方ない。失ったものが金ならばまたがんばって稼げばいいだけの話だ。そこで一昨日からまた精力的に古本家業に励んでいる。
といっても、自店舗の方は家の工事の関係でまだ本格的再開にいたっていないし、一番てっとり早い、アマゾン・マーケットプレースでの販売に頼るしかない。アマゾンで売れる本か、値がつく本かをまず検索して儲けが出るようなら出品していくのである。
しかし、そのアクセスをしてみて気がついたことは、前回、つまり最後に出品をしたのは、6月の22日であり、実になんとちょうど四ヶ月もの間、一切一冊も出品手続きを怠っていたのだ。ちょっと驚いた。それでも在庫は千冊近く出してあったので、幸いなことに少しは販売もあって、毎月微々たる額ではあっても入金は途切れることはなかった。まあ、某詩人や某シンガーソングライターがジャスラックから振り込まれる程度のお金に過ぎないほどであるが。
改めて思うと、要するにその頃から多忙さが極まってきて、7月4日に隅田川フォークフェスがあったし、その余韻も冷めないまま次の浅草木馬亭でのセンター40周年記念コンサートの準備に移ってしまい、もう商売を省みる時間はまったくなかったということなのだ。つまり本業を投げ出して、“唄う古本屋”は、古本屋どころかイベンターになっていたということなのだ。それがやるべき価値あることだとしても道楽にもほどがあろう。人はまず働かなくてはならない。
今、夢から覚めて、現実と向き合い、今はこんなありさまになってしまったけれど、失望はしても特に絶望はしていない。いや、空に近くなった通帳の残高を打ち出して確認したとき、なにくそっと思った。すべてはまたここからだ。また商売に励んで巻き返してやる!と誓った。
金はがんばって働けばまた取り戻せる。人の心や感情、信頼の関係は一度傷つけたり失ってしまうと回復は難しい。修復に時間かかるしもう戻らないことも多々ある。それはそれとして、ならばまず金から取り戻していこう。
多くのことを学んだ。失敗はいつものことだ。トラブルは我が影法師。どこまでもついてまわるだろうが、俺はそんなにヤワじゃない。ここでは終わらない。すべてはまたここからだ。憂歌団の昔のうたではいけれど、一から出直し、やりなおしだと心に誓った。
長い旅から戻ってまた日常が戻ってきた。親たちの病院通いが続いたり、慌しいのは相変わらずだが、自分のペースで自分のことが組み立てられて進めていける、この歓びは大きい。
他者と何かをやることは常にどこかで相手に合わしていく事に他ならないから気疲れするしそもそも自分勝手に動けない。元より学校時代から集団活動が苦手で、会社勤めも続かない常に落ちこぼれていく人間が他者と共に何かを社会の中でやっていくことは当然無理があった。今つくづくその無謀さと限界を味わっている。もちろん終えて大きな収穫もありそこから学んだこと、得たものも沢山あり肯定する気持ちもなくはないが、やはりノリを超えたというか、その器でない者が大それたことに手を出して多くの方々にご迷惑をかけてしまったという後悔気分は抜けやしない。自分が何かをするということは常にトラブルと背中合わせだと今回またも思い知った。
もう終わったことだから全て良しとは未だ思えないスッキリしない気分が二週間過ぎても続いている。しかしいつまでも気持ちを引きずっても仕方ない。失ったものが金ならばまたがんばって稼げばいいだけの話だ。そこで一昨日からまた精力的に古本家業に励んでいる。
といっても、自店舗の方は家の工事の関係でまだ本格的再開にいたっていないし、一番てっとり早い、アマゾン・マーケットプレースでの販売に頼るしかない。アマゾンで売れる本か、値がつく本かをまず検索して儲けが出るようなら出品していくのである。
しかし、そのアクセスをしてみて気がついたことは、前回、つまり最後に出品をしたのは、6月の22日であり、実になんとちょうど四ヶ月もの間、一切一冊も出品手続きを怠っていたのだ。ちょっと驚いた。それでも在庫は千冊近く出してあったので、幸いなことに少しは販売もあって、毎月微々たる額ではあっても入金は途切れることはなかった。まあ、某詩人や某シンガーソングライターがジャスラックから振り込まれる程度のお金に過ぎないほどであるが。
改めて思うと、要するにその頃から多忙さが極まってきて、7月4日に隅田川フォークフェスがあったし、その余韻も冷めないまま次の浅草木馬亭でのセンター40周年記念コンサートの準備に移ってしまい、もう商売を省みる時間はまったくなかったということなのだ。つまり本業を投げ出して、“唄う古本屋”は、古本屋どころかイベンターになっていたということなのだ。それがやるべき価値あることだとしても道楽にもほどがあろう。人はまず働かなくてはならない。
今、夢から覚めて、現実と向き合い、今はこんなありさまになってしまったけれど、失望はしても特に絶望はしていない。いや、空に近くなった通帳の残高を打ち出して確認したとき、なにくそっと思った。すべてはまたここからだ。また商売に励んで巻き返してやる!と誓った。
金はがんばって働けばまた取り戻せる。人の心や感情、信頼の関係は一度傷つけたり失ってしまうと回復は難しい。修復に時間かかるしもう戻らないことも多々ある。それはそれとして、ならばまず金から取り戻していこう。
多くのことを学んだ。失敗はいつものことだ。トラブルは我が影法師。どこまでもついてまわるだろうが、俺はそんなにヤワじゃない。ここでは終わらない。すべてはまたここからだ。憂歌団の昔のうたではいけれど、一から出直し、やりなおしだと心に誓った。
「無頼庵」の現状は ― 2010年10月27日 10時54分48秒
現況拡大画像 ― 2010年10月28日 15時01分04秒
★ここでブックカフェを始めるわけだが・・・
この建物が、増坊が、ここ10年ぐらいかけて、計画段階からずっと関わり、先のブログやメルマガでも読者にお知らせしてきた新居である。
いや、新居というのは正しくないしリフォームというのも適当ではない。築50年にも及ぶ古い家を部分的に残して、耐震工事を施し、新たに増築したというのが一番説明として正しいかと思える。
だから内部は古い柱や土壁がところどころ残っているし、ドアや窓枠など戦前からの古い建材をそのまま使用したところもある。また建設費を削るため前の家の部材をそのまま転用した箇所もあるし、ある意味奇妙奇天烈な新しくも懐かしい建物となったかと思う。
その内部はまた別に画像をアップさせていくが、一番はともかく実地に来られて見て貰いたいと願う。今夏にも一度途中経過を公開し、客人を招いたが、11月中にも一度また内覧会を企画しようかと考えている。そのブックカフェ・無頼庵として営業する部屋も含めて、いつでも全てお見せしてかまわない。が、個々に来られるより日にちを決めて一度に公開したほうがこちらは楽である。
というわけで、日程が決まれば、拙ブログでお知らせする予定だ。まあ、いずれにせよ、年内には完成させて新年からはこの「新居」で暮らす予定ではあるのだが。
でも、正直まだ完成日がいつになるかまったく確定していないので、かねてよりお知らせしている、皆さんご招待する一大パーティー「完成披露(疲労)パーティー」はもしかしたら来年になるかもしれないなあと案じている。
この建物が、増坊が、ここ10年ぐらいかけて、計画段階からずっと関わり、先のブログやメルマガでも読者にお知らせしてきた新居である。
いや、新居というのは正しくないしリフォームというのも適当ではない。築50年にも及ぶ古い家を部分的に残して、耐震工事を施し、新たに増築したというのが一番説明として正しいかと思える。
だから内部は古い柱や土壁がところどころ残っているし、ドアや窓枠など戦前からの古い建材をそのまま使用したところもある。また建設費を削るため前の家の部材をそのまま転用した箇所もあるし、ある意味奇妙奇天烈な新しくも懐かしい建物となったかと思う。
その内部はまた別に画像をアップさせていくが、一番はともかく実地に来られて見て貰いたいと願う。今夏にも一度途中経過を公開し、客人を招いたが、11月中にも一度また内覧会を企画しようかと考えている。そのブックカフェ・無頼庵として営業する部屋も含めて、いつでも全てお見せしてかまわない。が、個々に来られるより日にちを決めて一度に公開したほうがこちらは楽である。
というわけで、日程が決まれば、拙ブログでお知らせする予定だ。まあ、いずれにせよ、年内には完成させて新年からはこの「新居」で暮らす予定ではあるのだが。
でも、正直まだ完成日がいつになるかまったく確定していないので、かねてよりお知らせしている、皆さんご招待する一大パーティー「完成披露(疲労)パーティー」はもしかしたら来年になるかもしれないなあと案じている。
調子崩して行きたいライブにも行けず ― 2010年10月29日 20時28分21秒
★自分は何ができるのか、何をすべきか。
台風が来るのに寒い。いや、10月も終わりなのに台風が来る。湯たんぽが恋しい寒さなのに、台風がやってくるのである。どうしたことか。もし直撃されたらこの工事中の家は大変なことになる。何しろ一階はまだ窓も玄関もできていない開けっ放しのところがある。
季節は足早に進んでもう晩秋の装いだ。あれだけ長く暑い夏が続いたのに、四季の移ろいは一気に帳尻を合わせさらに進んでしまった感がある。今日は体調を崩して午後から寝込んでしまった。友人の誘いで、近くで豊田勇造ライブがあるというのに、どうしても行くことはできなかった。一度横になったらもう起きることができなかった。
10.11のコンサートが終わって一週目は残務処理に追われ、二週目は家の事を片づけつつ暇があるとひたすら寝て疲れを癒した。ようやく心おきなく惰眠を貪った。これでもう心身ともに回復したと思ったが、まだ疲れが残っているのか、今日はまた寝込んでしまった。午前中、母をまた立川の病院に検査に連れて行き、一度戻ってから午後は飯田橋まで出てギンレイで映画を観て、夜は近所のライブへ行くつもりでいたのだが。
検査を終えた母を乗せて昼に車で戻ったら何か疲れて眩暈がするので、少しだけ横になったらもう夕方まで起きられなかった。頭痛もしていたし、一度うつらうつらしたらどうしても起きることができやしない。ひたすらこんこんと眠って外が暗くなった頃ようやく起きて、一冊だけ注文本の発送のためにヤマトの集荷場まで犬の散歩に行き、簡単に晩飯を作って親たちに食べさせてからこれを書いている。溜息ついてしまう。
寝ながらも考えていたのは、さて、これからどうすべきかということで、まだビジョンがよく見えてこない。こんな自分ができることは何か、そのうえで何をすべきかとずっと自問している。
ただ、覚悟というか、決意したのは、何事も即断即決してはならないということだ。馬鹿だから、今までは常に深く考えずにその時々の気分でモノゴトを判断し始めてしまっていた。若いときならそれもゆるされるだろうが、この歳になって、残りの人生の年数を考えればそれはすべきではないだろう。できるだけ効率よく、世のため人のためになることをしたいと真面目に思う。が、そこにもう一つだけ付け加えれば、まず自分自身が納得し満足できることでなければならないということだ。
自己否定度が強い自分は、なかなか自らを肯定することができない。他者から誉められようと評価されようとまずは自らの満足度が優先される。その気持ちが落ち着かない限り、どんなことでも何を終えても自分を苛み悔いばかりが残る。ならば何一つしないで、一人で山歩きでもすれば気は晴れるかと思うが、やっかいなことに他者とのふれあいを求める自分もまたいる。一人で誰にも会わずコツコツやれれば一番良いのはわかっているが、人恋しくもなる。
結局漱石先生が「草枕」で記したことは21世紀の今でも何一つ変わっていないことに気づく。今思うは、面倒な人間が面倒な他者と何かをすることは当然面倒なことになる。しかし、大事はその先に何があるかということで、その面倒を超える何か価値や収穫があるか、さらなる何かを示せるかどうかであろう。そのうえで自らの満足が生まれる。
ならば自分はいったい何ができるのか、何をすべきなのか。どうせもうすぐ死んでしまうのであるが。
台風が来るのに寒い。いや、10月も終わりなのに台風が来る。湯たんぽが恋しい寒さなのに、台風がやってくるのである。どうしたことか。もし直撃されたらこの工事中の家は大変なことになる。何しろ一階はまだ窓も玄関もできていない開けっ放しのところがある。
季節は足早に進んでもう晩秋の装いだ。あれだけ長く暑い夏が続いたのに、四季の移ろいは一気に帳尻を合わせさらに進んでしまった感がある。今日は体調を崩して午後から寝込んでしまった。友人の誘いで、近くで豊田勇造ライブがあるというのに、どうしても行くことはできなかった。一度横になったらもう起きることができなかった。
10.11のコンサートが終わって一週目は残務処理に追われ、二週目は家の事を片づけつつ暇があるとひたすら寝て疲れを癒した。ようやく心おきなく惰眠を貪った。これでもう心身ともに回復したと思ったが、まだ疲れが残っているのか、今日はまた寝込んでしまった。午前中、母をまた立川の病院に検査に連れて行き、一度戻ってから午後は飯田橋まで出てギンレイで映画を観て、夜は近所のライブへ行くつもりでいたのだが。
検査を終えた母を乗せて昼に車で戻ったら何か疲れて眩暈がするので、少しだけ横になったらもう夕方まで起きられなかった。頭痛もしていたし、一度うつらうつらしたらどうしても起きることができやしない。ひたすらこんこんと眠って外が暗くなった頃ようやく起きて、一冊だけ注文本の発送のためにヤマトの集荷場まで犬の散歩に行き、簡単に晩飯を作って親たちに食べさせてからこれを書いている。溜息ついてしまう。
寝ながらも考えていたのは、さて、これからどうすべきかということで、まだビジョンがよく見えてこない。こんな自分ができることは何か、そのうえで何をすべきかとずっと自問している。
ただ、覚悟というか、決意したのは、何事も即断即決してはならないということだ。馬鹿だから、今までは常に深く考えずにその時々の気分でモノゴトを判断し始めてしまっていた。若いときならそれもゆるされるだろうが、この歳になって、残りの人生の年数を考えればそれはすべきではないだろう。できるだけ効率よく、世のため人のためになることをしたいと真面目に思う。が、そこにもう一つだけ付け加えれば、まず自分自身が納得し満足できることでなければならないということだ。
自己否定度が強い自分は、なかなか自らを肯定することができない。他者から誉められようと評価されようとまずは自らの満足度が優先される。その気持ちが落ち着かない限り、どんなことでも何を終えても自分を苛み悔いばかりが残る。ならば何一つしないで、一人で山歩きでもすれば気は晴れるかと思うが、やっかいなことに他者とのふれあいを求める自分もまたいる。一人で誰にも会わずコツコツやれれば一番良いのはわかっているが、人恋しくもなる。
結局漱石先生が「草枕」で記したことは21世紀の今でも何一つ変わっていないことに気づく。今思うは、面倒な人間が面倒な他者と何かをすることは当然面倒なことになる。しかし、大事はその先に何があるかということで、その面倒を超える何か価値や収穫があるか、さらなる何かを示せるかどうかであろう。そのうえで自らの満足が生まれる。
ならば自分はいったい何ができるのか、何をすべきなのか。どうせもうすぐ死んでしまうのであるが。
商売と商売にすべきでないことの間 ― 2010年10月30日 19時36分02秒
★あえて「商売」にしないという選択も
このところ時間ができたせいかあれこれいろいろ考える。過ぎたことや終わったことはもうやり直すことはできないから悔やんだり悩んだりしても仕方ないが、それでも自分の失敗の根本要因はどこにあるかわかってきた。
この歳でようやく気がついた。自分はあまりに金にルーズすぎた。それは見方を変えれば利点、長所であったかもしれない。金に意地汚く、ドケチの人より金払いが良い、あるいは恬淡としている人のほうが世の中では好かれるかもしれない。しかし、逆にそのことは、何かをなすときには大きな難点、問題部分で、特に商売や会社組織では、お金のことをきちんきちんとしておかないと大変な事態に陥る。その当たり前すぎるほど当たり前のことが今までよくわかっていなかった。致命的欠陥であった。まあ、だらしがないのはお金のことだけではないだろうという突っ込みはおいといて。
これまでの自分の失敗は、その部分、お金のだらしなさが大きく影響していたと思う。つまりそこのところの甘さと甘えであった。それでは何をやったって、成功は覚束ない。何故なら無尽蔵に金はあるわけでないのに、管理をしっかりできないなら湯水のように出費はかさむし、取り組み事態が甘くなる。真剣さの度合いだって違ってこよう。
今こそ反省点にたって、これからの人生、最低限まずお金のことだけはきちんとしていこうと誓った。
しかし、その反面、だからといって、モノゴトすべて、商売感覚で、儲かるか儲からないかで判断してはならないと改めて思う。民主党の事業仕分けではないが、無駄をなくすことは必要でも文化や芸術にかけるお金は効果が現れなくても無駄ではない。そこに経済原理、利益優先の儲け主義が入れば、全ての文化は真の価値を失ってしまう。NHKだって、視聴率優先のあまり、民放並みに下らないバラエティ番組ばかりになってしまった。物事は全てお金で換算している限り、真の価値あるものは生まれてこない。
そしてまた思うのだが、ならばだからこそ商売にしないという生き方、考え方、選択肢もまたあるはずだ。お金のことだけ考えて、儲けが出るかだけ追っていけば、たぶん全ての芸術はやっていけない。芸術は儲からないのが当たり前だと考えてはならないが、儲からなくても皆手弁当で、自腹を切ってでもやっていくことが大事なのだと思う。
すべて、事業仕分け的に、そこに商売的大ナタを振るえば、学問も芸術もこの世からなくなってしまう。その後にあるのは、あくせくとしたせちがらい殺伐としたお金だけの世の中である。
ただ、自分はその境目をこれまでずっと曖昧にしてきた。いや、気がついてなかった。これからは商売のことと、商売抜きにしてやること、やるべきことをきちんと区別していかねばならないと今こそ思った。
このところ時間ができたせいかあれこれいろいろ考える。過ぎたことや終わったことはもうやり直すことはできないから悔やんだり悩んだりしても仕方ないが、それでも自分の失敗の根本要因はどこにあるかわかってきた。
この歳でようやく気がついた。自分はあまりに金にルーズすぎた。それは見方を変えれば利点、長所であったかもしれない。金に意地汚く、ドケチの人より金払いが良い、あるいは恬淡としている人のほうが世の中では好かれるかもしれない。しかし、逆にそのことは、何かをなすときには大きな難点、問題部分で、特に商売や会社組織では、お金のことをきちんきちんとしておかないと大変な事態に陥る。その当たり前すぎるほど当たり前のことが今までよくわかっていなかった。致命的欠陥であった。まあ、だらしがないのはお金のことだけではないだろうという突っ込みはおいといて。
これまでの自分の失敗は、その部分、お金のだらしなさが大きく影響していたと思う。つまりそこのところの甘さと甘えであった。それでは何をやったって、成功は覚束ない。何故なら無尽蔵に金はあるわけでないのに、管理をしっかりできないなら湯水のように出費はかさむし、取り組み事態が甘くなる。真剣さの度合いだって違ってこよう。
今こそ反省点にたって、これからの人生、最低限まずお金のことだけはきちんとしていこうと誓った。
しかし、その反面、だからといって、モノゴトすべて、商売感覚で、儲かるか儲からないかで判断してはならないと改めて思う。民主党の事業仕分けではないが、無駄をなくすことは必要でも文化や芸術にかけるお金は効果が現れなくても無駄ではない。そこに経済原理、利益優先の儲け主義が入れば、全ての文化は真の価値を失ってしまう。NHKだって、視聴率優先のあまり、民放並みに下らないバラエティ番組ばかりになってしまった。物事は全てお金で換算している限り、真の価値あるものは生まれてこない。
そしてまた思うのだが、ならばだからこそ商売にしないという生き方、考え方、選択肢もまたあるはずだ。お金のことだけ考えて、儲けが出るかだけ追っていけば、たぶん全ての芸術はやっていけない。芸術は儲からないのが当たり前だと考えてはならないが、儲からなくても皆手弁当で、自腹を切ってでもやっていくことが大事なのだと思う。
すべて、事業仕分け的に、そこに商売的大ナタを振るえば、学問も芸術もこの世からなくなってしまう。その後にあるのは、あくせくとしたせちがらい殺伐としたお金だけの世の中である。
ただ、自分はその境目をこれまでずっと曖昧にしてきた。いや、気がついてなかった。これからは商売のことと、商売抜きにしてやること、やるべきことをきちんと区別していかねばならないと今こそ思った。
詩の朗読会とコンサートのお知らせ ― 2010年10月30日 23時07分38秒
♪Song Workshop―歌は何処から来て何処へ行くのか?vol.5 特別編
~デフレ時代のウツに風穴をあける乾坤一擲!
記念フォークコンサートと詩の朗読会
・ 有馬敲 新詩集『糺の森』および『全詩集』出版&
・ 岡大介新CD『かんからそんぐⅡ詩人・有馬敲をうたう』
発売記念 コンサートと詩の朗読会@フォークロアセンター
★出演:有馬敲 岡大介 中川五郎 みほこん 他
◆日時:2010年11月28日(日) 14:30 開場
15:00~18:00頃 ※その後、出演者を囲んで懇親会(別途千円)を予定してます。
どなたでもお気軽にご参加ください。
◆会場:両国フォークロアセンター 〒130-0025 東京都墨田区千歳1-5-15
◆料金:予約¥2000ドリンク付き。 当日¥2500 ※懇親会別途¥1000
★問い合わせ 予約:フォークロアセンター国崎 03-3631-8273
企画進行役:マスダ 090-8175-8479 masdart★corp.email.ne.jp
※席に限りがありますのでご予約をオススメします。
~デフレ時代のウツに風穴をあける乾坤一擲!
記念フォークコンサートと詩の朗読会
・ 有馬敲 新詩集『糺の森』および『全詩集』出版&
・ 岡大介新CD『かんからそんぐⅡ詩人・有馬敲をうたう』
発売記念 コンサートと詩の朗読会@フォークロアセンター
★出演:有馬敲 岡大介 中川五郎 みほこん 他
◆日時:2010年11月28日(日) 14:30 開場
15:00~18:00頃 ※その後、出演者を囲んで懇親会(別途千円)を予定してます。
どなたでもお気軽にご参加ください。
◆会場:両国フォークロアセンター 〒130-0025 東京都墨田区千歳1-5-15
◆料金:予約¥2000ドリンク付き。 当日¥2500 ※懇親会別途¥1000
★問い合わせ 予約:フォークロアセンター国崎 03-3631-8273
企画進行役:マスダ 090-8175-8479 masdart★corp.email.ne.jp
※席に限りがありますのでご予約をオススメします。
10月の終わりに思うこと ― 2010年10月31日 22時33分11秒
★人生の節目になった月も終わる。
今日で2010年10月も終わる。自分にとって、生涯忘れることのないであろう、異常に長引いた猛暑を継いだ大きな節目の月が終わった。たぶん、これほど超忙しくて心身ともに疲弊した数ヶ月はもう二度と来ない。今思い出してもよく無事に乗り切れたと感心さえする。実は今もまだ体調は戻らず、結局、阿佐ヶ谷あるぽらんの勇造さんも行くつもりだったけれど行けなかった。誘ってくれた友人たち、そして当人にも申し訳ない気持ちでいるが、まず御身大事であるし、明日はまた朝早くから母を病院に連れて行く用事も入っている。それもあって躊躇ってしまったのだ。無理が出来ないというより、無理はできるだろうが、その後が怖い気がしている。行けば間違いなく楽しい、意義ある出会いが待っていることはわかっているのに。
混乱と不安と焦燥と心痛、そして感動と陶酔、悔恨と失望と憤懣、さらに再生と復活、これが10月一月のうちに自らの心に次々と訪れた感情である。さまざまな気持ちが波のように押し寄せては砂浜の貝殻のように後に消えない気持ちを残していく。何かを始めるためには、気持ちをまっさらにして、心機一転とすべきだと思うが、気持ちは引いても未だその残った漂着物のような感情のかけらが残っている。
しかし、季節にきちんとした変わり目がないならば、やはり月ごとに一線を引き、区切りとけじめを設けるべきであろう。いつまでも過ぎたことに囚われるのは賢明ではない。夏の思い出は浜辺で拾った貝殻程度に留めるべきであり、冬の仕度に自分もまた向かおうと思っている。そう、もう11月なのである。
これからのことだが、さてこのブログ、実は今までは、きちんと公開告知をしていなかった。好き勝手にまず自分のために書き始めてみた。使いかってもよくわからないし、どういうシステムなのかをまずは確かめてみた。もちろん、身内的友人には明かしてだが、それ以外の連絡先がわからない読者の方に知らせる方法は、前のブログ上で、こちらのアクセス先を載せるしかない。それにはずっとためらいがあった。というのはまた面倒なことが起きるかもと不安があったから。。しかし告知は先の読者への義務であるし、少ない読み手を切り捨てて先に進むことはしてはならない。それはまた人でなしの側に自らも入ることであるし、これまで書いたこととこれから書くことの責任でもある。
今は、またこちらのアサブロ、つまり朝日ネットの提供するブログで、日々自分の思うこと、考えたこと、お知らせしたいことを再び書き記していこうと考えている。基本的スタンスは一切変わらない。
ただ、使ってみてわかったのだが、ここは広告が入らないのはとても良いけれど、機能的に前のエキサイトブログに比べかなり劣り不便な点が多々ある。まず、画像も一回に一つしかアップできないし、その位置も指定できないようだ。文字も拡大とか太字や色、大きさの加減もできない。つまり基本は文章を書いて、一枚だけ画像をアップさせることだけのごくシンプルなもので、困ったなあという気持ちもなくはない。
しかし、敬愛する中川五郎氏のブログは一切の画像を廃した文字、つまり文章だけのものであるし、伝えたい気持ちさえあれば、そうした付録、付帯機能は決して必須だとも思えない。自分がしたいことは、お洒落な店に入って出された美味しいスイーツの報告記事ではない。もっと真に腹に溜まる自分にとって大切大事なことだ。ならば、このブログでも十分だと覚悟を決めた。
むろん春一番コンサートなどの報告記事の場合、一回に一枚しか写真がアップできないならば面倒であり、迷ったが、そういうときは、前のブログの方にまとめて載せようかと考えた。つまり腹立たしい広告は載るれど、写真置き場として使い道があるならば閉鎖することなく残しても良いかということだ。いずれにせよ、まだ書きかけにしたコンサートの報告記も残っている。自分の書いたことには一切未練も執着もないけれど、まだ書いていないことにはとても拘りがある。というわけで二つのブログを使い分けていくことにした。前のブログは消えてしまうかとご心配された方ご安心下さい。
――というわけで、また場を変えてブログ再開しました。基本的に毎日書けるときは書いていきます。ぜひご意見、感想、愛あるご批判をお待ちしています。勝手な言い草ですが、私マスダと互恵的かつ建設的関わりを持ちたいとお考えの方だけに読んでもらいたいと思います。読んで不快になり不満であり腹を立てる方は、読まずに無視してください。それは貴方の人生であり、私の人生とは違うのですから関わる必要はありませんし私も貴方に関わりませんので。どうかその点だけご理解のうえ、これから宜しくお付き合いお願いします。
切り口上ですが、こちらのスタンスを表明しました。どうか長く続けるためにもご理解ください。
今日で2010年10月も終わる。自分にとって、生涯忘れることのないであろう、異常に長引いた猛暑を継いだ大きな節目の月が終わった。たぶん、これほど超忙しくて心身ともに疲弊した数ヶ月はもう二度と来ない。今思い出してもよく無事に乗り切れたと感心さえする。実は今もまだ体調は戻らず、結局、阿佐ヶ谷あるぽらんの勇造さんも行くつもりだったけれど行けなかった。誘ってくれた友人たち、そして当人にも申し訳ない気持ちでいるが、まず御身大事であるし、明日はまた朝早くから母を病院に連れて行く用事も入っている。それもあって躊躇ってしまったのだ。無理が出来ないというより、無理はできるだろうが、その後が怖い気がしている。行けば間違いなく楽しい、意義ある出会いが待っていることはわかっているのに。
混乱と不安と焦燥と心痛、そして感動と陶酔、悔恨と失望と憤懣、さらに再生と復活、これが10月一月のうちに自らの心に次々と訪れた感情である。さまざまな気持ちが波のように押し寄せては砂浜の貝殻のように後に消えない気持ちを残していく。何かを始めるためには、気持ちをまっさらにして、心機一転とすべきだと思うが、気持ちは引いても未だその残った漂着物のような感情のかけらが残っている。
しかし、季節にきちんとした変わり目がないならば、やはり月ごとに一線を引き、区切りとけじめを設けるべきであろう。いつまでも過ぎたことに囚われるのは賢明ではない。夏の思い出は浜辺で拾った貝殻程度に留めるべきであり、冬の仕度に自分もまた向かおうと思っている。そう、もう11月なのである。
これからのことだが、さてこのブログ、実は今までは、きちんと公開告知をしていなかった。好き勝手にまず自分のために書き始めてみた。使いかってもよくわからないし、どういうシステムなのかをまずは確かめてみた。もちろん、身内的友人には明かしてだが、それ以外の連絡先がわからない読者の方に知らせる方法は、前のブログ上で、こちらのアクセス先を載せるしかない。それにはずっとためらいがあった。というのはまた面倒なことが起きるかもと不安があったから。。しかし告知は先の読者への義務であるし、少ない読み手を切り捨てて先に進むことはしてはならない。それはまた人でなしの側に自らも入ることであるし、これまで書いたこととこれから書くことの責任でもある。
今は、またこちらのアサブロ、つまり朝日ネットの提供するブログで、日々自分の思うこと、考えたこと、お知らせしたいことを再び書き記していこうと考えている。基本的スタンスは一切変わらない。
ただ、使ってみてわかったのだが、ここは広告が入らないのはとても良いけれど、機能的に前のエキサイトブログに比べかなり劣り不便な点が多々ある。まず、画像も一回に一つしかアップできないし、その位置も指定できないようだ。文字も拡大とか太字や色、大きさの加減もできない。つまり基本は文章を書いて、一枚だけ画像をアップさせることだけのごくシンプルなもので、困ったなあという気持ちもなくはない。
しかし、敬愛する中川五郎氏のブログは一切の画像を廃した文字、つまり文章だけのものであるし、伝えたい気持ちさえあれば、そうした付録、付帯機能は決して必須だとも思えない。自分がしたいことは、お洒落な店に入って出された美味しいスイーツの報告記事ではない。もっと真に腹に溜まる自分にとって大切大事なことだ。ならば、このブログでも十分だと覚悟を決めた。
むろん春一番コンサートなどの報告記事の場合、一回に一枚しか写真がアップできないならば面倒であり、迷ったが、そういうときは、前のブログの方にまとめて載せようかと考えた。つまり腹立たしい広告は載るれど、写真置き場として使い道があるならば閉鎖することなく残しても良いかということだ。いずれにせよ、まだ書きかけにしたコンサートの報告記も残っている。自分の書いたことには一切未練も執着もないけれど、まだ書いていないことにはとても拘りがある。というわけで二つのブログを使い分けていくことにした。前のブログは消えてしまうかとご心配された方ご安心下さい。
――というわけで、また場を変えてブログ再開しました。基本的に毎日書けるときは書いていきます。ぜひご意見、感想、愛あるご批判をお待ちしています。勝手な言い草ですが、私マスダと互恵的かつ建設的関わりを持ちたいとお考えの方だけに読んでもらいたいと思います。読んで不快になり不満であり腹を立てる方は、読まずに無視してください。それは貴方の人生であり、私の人生とは違うのですから関わる必要はありませんし私も貴方に関わりませんので。どうかその点だけご理解のうえ、これから宜しくお付き合いお願いします。
切り口上ですが、こちらのスタンスを表明しました。どうか長く続けるためにもご理解ください。



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