人が死にゆくとき、傍らに看取ってくれる人がいる幸福 ― 2019年02月02日 00時20分27秒
★友人の父の死に思う。
このところ、我の周囲で、同世代友人の親たちの訃報が相継いでいる。
まあ、友たちも皆、五十代後半から六十代前半なのだから、親たちもまた、当然八十代、もしくは九十の歳であり、長生きしたとしても寿命が尽きて必然の頃だから何も驚くに値はしない。
もっと早く、若くして親を亡くした人も多くいるのだから、まあ平均寿命前後まで生きたのならば、それは当人にとっても家族にとっても悔いは少ないだろう。愛する親を喪う哀しみは哀しみとして別にして。
若かった我らもそういう、親たちを見送る世代になったということで、彼ら親世代がいなくなればこれから我らが本格的に老人世代にとって代わって、高齢者として介助や介護される側として生きていかねばならない。何だか実感もないし信じられない気がしてるが、やがては、我世代の訃報が相継ぐこととなろう。覚悟はできてないが予測はつく。
先だって、そうした同性の友人から深夜に届いた親の訃報メールには、脳梗塞で倒れた父親を自宅でずっと介護していたことが記してあって、最後は、その父を彼が自宅で看取ったとのことで、我が母のことを思い出して、胸が熱く痛くなった。その彼もまた我同様に独身であった。その苦労は思いやられる。
葬式の前に、同じ状況にあった我に、まず「報告」としてメールくれたわけだが、どう返信すべきか、すぐには葬儀があって多忙だろうと思い、時間おいてしまい未だ何もお悔やみのメールすら出せずにいる。
しかし、何はともあれ、その父は、自宅で家族、実の息子に看取られて死んだのならばそれはすごく幸福かつ幸運なことではなかろうか。このところよくそう思うようになった。
我の母もそうして我が見送ったわけだが、そのときは、ただ無力にも我は、大事な人を死なせてしまったという悔いしか残らなかったが、何といっても看取ってくれる家族が傍らにいるのならば、死に臨んだ者もさほど淋しくも不安もないのではなかろうか。
死とは、誰にとっても初めての体験で、死の苦しみとは、癌などでは肉体の痛みも当然あるとしても、それとは別に、不安と「恐怖」ではなかろうか。
つまり、一人で、この世とは永遠の別れを告げ、一人で未知の世界へ旅立たなければならないという恐ろしさである。それは筆舌に尽くしがたいほどの恐怖であろう。あのナザレのイエスでさえ、磔刑の死に臨む間際、恐怖と苦しみを激しく示したことは聖書に詳しく記してあるぐらいだから。
しかし、死の間際、魂が肉体を離れるとき、愛する人、家族が側にいてくれて、手を握ってくれたならば、その不安はかなり軽くなると我は思う。そしてそういう「死に方」が誰でもできるかと言えば、存外それは難しいのが現実なのである。
例えば、某大金持ちのゴーン氏ほどの、巨額の富を手に入れたとしても、死の間際に、家人や友人、親族は誰も傍らになく、病院のベッドで交代勤務の見知らぬ看護師や看護人に看取られるならば、その死は実にみじめで寂しく辛く苦しいものではなかろうか。
と、こんなことを考えたのは、実は、先日夜、眠る寸前ベッドの中で、身体を起こそうとした途端、突然強い腹痛に襲われ、一瞬ではあったが、「死」を意識したからだ。あまりの痛みに、助けを求めて救急車を呼ぼうかと考えもしたが、動くこともできず、叫んだところで家には犬猫しかいないわけで、そのときは携帯も手元になく、ただじっと堪えるしかなかった。※電話が身近にあってもたぶん痛くて苦しくて操作などできなかったと思う。
幸い、その痛みは数分、いや1分程度で収まって来て、鈍痛は残ったものの、少ししたら眠ることもできたし、その後、数日は軽い痛みは続いていたが、一週間が過ぎて今は痛みは消えている。
部位は、腹といっても正面を自ら向いたとき、あばら骨の下、右側のみぞおち付近だけで、胃とか腸ではない。足がつる、という言葉があるけれど、腹がつる、わけはないのに、その痛みに近い。仰向けに寝ているとき、上半身を起こしたとたん、突然激しく強い痛みに襲われたのだ。息もできず動けず脂汗が出るような感じ。
突発的な痛みが起きたのは、先の土曜の深夜のことで、二日後の翌週の火曜日29日に、父の肺のレントゲン検査があって、市内の診療所に行ったのでついでに我も受診し、その腹の突発的痛みについて医師に相談した。まだそのときは、腹部のその個所を押すと痛みが残っていた。
医師の見立てでは、部位的には胆石の疑いがあるとのことで、まずはエコーで腹部の検査することになって予約を入れた。来週の木曜7日である。
胆嚢なる臓器に、石ができて、その石が動くとスゴク痛いとか人から聞いたが、果たしてそうなのであろうか。確かに身体を屈めて腹部を圧迫すると何だか鈍く痛い感じもするし、実は一か月前ぐらいから何か腹の調子がヘンな感じではあった。
胃がもたれるとか、便秘や下痢とかそういうのとは違い、何か鈍く痛い、重い感じがしていると言ったらよいか。
まあ、検査してその結果次第のことだから、あれこれ心配も考えもしないが、その強い痛みを体験したとき、もしかしたらこれで、一人でこのまま死んでしまうかもと、ほんの一瞬だが不安に囚われ恐怖した。
思えば、我は独身者でたった一人なのである。妻も子もいない。我が父や母は、我という息子や我が妹を産み育てたから、母はその死の間際は我、つまり実の息子の手の内で逝った。その夫も傍らにいた。
しかし独身男は、死に臨んでいったい誰が側にいてくれるのか。考えられるのは、最期のときは、入院している病院内のベッドで、意識が亡くなり、巡回の看護師が様態急変しているのに気づいて来たときは一人で死んでいることだろう。
そのとき、意識もなくなって何もわからないなら幸いだが、苦しくなって死ぬと思ったとき、誰も親しい人が側にいないという死に方は、考えただけで辛く哀しい。みじめにも思える。
あの奇人・永井荷風のように、その生き方に憧れも尊敬もする我だが、自宅でたった一人で死んでいるのを通いの家政婦が死後に発見するのは倣いたくない。それもまた「自由」の顛末、究極の自由の行く末だろうが、そのとき我はその死に方に、いや、生きて来た「生き方」に、やはり苦悶し悔やむのではなかろうか。いや、いや、そんなことよりも「死」の恐怖にたった一人で立ち向かえるか、だ。
今からでも老後の婚活に励んで、異性であろうと同性であろうと、忌の際に、看取ってくれる家族を作りたい、作っておかねばとこのところ真剣に考えている。
そう、人が死に行くとき、傍らにだれかがいてくれること、それが愛する家族であることは、それだけですごく幸運、幸福なことだったのだ。
死は常に傍らにあったものだが、いつも「他人事」であり、自分とはカンケイないものであった。しかし、自ら、自分のこととして一瞬でも意識すると、ものすごく怖い。とても一人では向きあえられない。
胆石であろうと、たとえ癌であろうと、死に臨むとき、傍に誰かがいてほしい。そう切実に願う。そして、我もまた誰か、そうして孤独のうちに不安な気持ちで死にゆく人の傍にいてあげたいと今心から思っている。
死はごくごく私的な、個人的なことだが、一人ではとても立ち向かえない。万人共通の誰にでも起こることだからこそ、もっと万人が「共闘」すべきものではなかろうか。
死者は生者を煩わすべからず、という言葉もある。が、死に行く者は、生者をもっと煩わせても赦されるのではないか。次は自分の番なのだから。
このところ、我の周囲で、同世代友人の親たちの訃報が相継いでいる。
まあ、友たちも皆、五十代後半から六十代前半なのだから、親たちもまた、当然八十代、もしくは九十の歳であり、長生きしたとしても寿命が尽きて必然の頃だから何も驚くに値はしない。
もっと早く、若くして親を亡くした人も多くいるのだから、まあ平均寿命前後まで生きたのならば、それは当人にとっても家族にとっても悔いは少ないだろう。愛する親を喪う哀しみは哀しみとして別にして。
若かった我らもそういう、親たちを見送る世代になったということで、彼ら親世代がいなくなればこれから我らが本格的に老人世代にとって代わって、高齢者として介助や介護される側として生きていかねばならない。何だか実感もないし信じられない気がしてるが、やがては、我世代の訃報が相継ぐこととなろう。覚悟はできてないが予測はつく。
先だって、そうした同性の友人から深夜に届いた親の訃報メールには、脳梗塞で倒れた父親を自宅でずっと介護していたことが記してあって、最後は、その父を彼が自宅で看取ったとのことで、我が母のことを思い出して、胸が熱く痛くなった。その彼もまた我同様に独身であった。その苦労は思いやられる。
葬式の前に、同じ状況にあった我に、まず「報告」としてメールくれたわけだが、どう返信すべきか、すぐには葬儀があって多忙だろうと思い、時間おいてしまい未だ何もお悔やみのメールすら出せずにいる。
しかし、何はともあれ、その父は、自宅で家族、実の息子に看取られて死んだのならばそれはすごく幸福かつ幸運なことではなかろうか。このところよくそう思うようになった。
我の母もそうして我が見送ったわけだが、そのときは、ただ無力にも我は、大事な人を死なせてしまったという悔いしか残らなかったが、何といっても看取ってくれる家族が傍らにいるのならば、死に臨んだ者もさほど淋しくも不安もないのではなかろうか。
死とは、誰にとっても初めての体験で、死の苦しみとは、癌などでは肉体の痛みも当然あるとしても、それとは別に、不安と「恐怖」ではなかろうか。
つまり、一人で、この世とは永遠の別れを告げ、一人で未知の世界へ旅立たなければならないという恐ろしさである。それは筆舌に尽くしがたいほどの恐怖であろう。あのナザレのイエスでさえ、磔刑の死に臨む間際、恐怖と苦しみを激しく示したことは聖書に詳しく記してあるぐらいだから。
しかし、死の間際、魂が肉体を離れるとき、愛する人、家族が側にいてくれて、手を握ってくれたならば、その不安はかなり軽くなると我は思う。そしてそういう「死に方」が誰でもできるかと言えば、存外それは難しいのが現実なのである。
例えば、某大金持ちのゴーン氏ほどの、巨額の富を手に入れたとしても、死の間際に、家人や友人、親族は誰も傍らになく、病院のベッドで交代勤務の見知らぬ看護師や看護人に看取られるならば、その死は実にみじめで寂しく辛く苦しいものではなかろうか。
と、こんなことを考えたのは、実は、先日夜、眠る寸前ベッドの中で、身体を起こそうとした途端、突然強い腹痛に襲われ、一瞬ではあったが、「死」を意識したからだ。あまりの痛みに、助けを求めて救急車を呼ぼうかと考えもしたが、動くこともできず、叫んだところで家には犬猫しかいないわけで、そのときは携帯も手元になく、ただじっと堪えるしかなかった。※電話が身近にあってもたぶん痛くて苦しくて操作などできなかったと思う。
幸い、その痛みは数分、いや1分程度で収まって来て、鈍痛は残ったものの、少ししたら眠ることもできたし、その後、数日は軽い痛みは続いていたが、一週間が過ぎて今は痛みは消えている。
部位は、腹といっても正面を自ら向いたとき、あばら骨の下、右側のみぞおち付近だけで、胃とか腸ではない。足がつる、という言葉があるけれど、腹がつる、わけはないのに、その痛みに近い。仰向けに寝ているとき、上半身を起こしたとたん、突然激しく強い痛みに襲われたのだ。息もできず動けず脂汗が出るような感じ。
突発的な痛みが起きたのは、先の土曜の深夜のことで、二日後の翌週の火曜日29日に、父の肺のレントゲン検査があって、市内の診療所に行ったのでついでに我も受診し、その腹の突発的痛みについて医師に相談した。まだそのときは、腹部のその個所を押すと痛みが残っていた。
医師の見立てでは、部位的には胆石の疑いがあるとのことで、まずはエコーで腹部の検査することになって予約を入れた。来週の木曜7日である。
胆嚢なる臓器に、石ができて、その石が動くとスゴク痛いとか人から聞いたが、果たしてそうなのであろうか。確かに身体を屈めて腹部を圧迫すると何だか鈍く痛い感じもするし、実は一か月前ぐらいから何か腹の調子がヘンな感じではあった。
胃がもたれるとか、便秘や下痢とかそういうのとは違い、何か鈍く痛い、重い感じがしていると言ったらよいか。
まあ、検査してその結果次第のことだから、あれこれ心配も考えもしないが、その強い痛みを体験したとき、もしかしたらこれで、一人でこのまま死んでしまうかもと、ほんの一瞬だが不安に囚われ恐怖した。
思えば、我は独身者でたった一人なのである。妻も子もいない。我が父や母は、我という息子や我が妹を産み育てたから、母はその死の間際は我、つまり実の息子の手の内で逝った。その夫も傍らにいた。
しかし独身男は、死に臨んでいったい誰が側にいてくれるのか。考えられるのは、最期のときは、入院している病院内のベッドで、意識が亡くなり、巡回の看護師が様態急変しているのに気づいて来たときは一人で死んでいることだろう。
そのとき、意識もなくなって何もわからないなら幸いだが、苦しくなって死ぬと思ったとき、誰も親しい人が側にいないという死に方は、考えただけで辛く哀しい。みじめにも思える。
あの奇人・永井荷風のように、その生き方に憧れも尊敬もする我だが、自宅でたった一人で死んでいるのを通いの家政婦が死後に発見するのは倣いたくない。それもまた「自由」の顛末、究極の自由の行く末だろうが、そのとき我はその死に方に、いや、生きて来た「生き方」に、やはり苦悶し悔やむのではなかろうか。いや、いや、そんなことよりも「死」の恐怖にたった一人で立ち向かえるか、だ。
今からでも老後の婚活に励んで、異性であろうと同性であろうと、忌の際に、看取ってくれる家族を作りたい、作っておかねばとこのところ真剣に考えている。
そう、人が死に行くとき、傍らにだれかがいてくれること、それが愛する家族であることは、それだけですごく幸運、幸福なことだったのだ。
死は常に傍らにあったものだが、いつも「他人事」であり、自分とはカンケイないものであった。しかし、自ら、自分のこととして一瞬でも意識すると、ものすごく怖い。とても一人では向きあえられない。
胆石であろうと、たとえ癌であろうと、死に臨むとき、傍に誰かがいてほしい。そう切実に願う。そして、我もまた誰か、そうして孤独のうちに不安な気持ちで死にゆく人の傍にいてあげたいと今心から思っている。
死はごくごく私的な、個人的なことだが、一人ではとても立ち向かえない。万人共通の誰にでも起こることだからこそ、もっと万人が「共闘」すべきものではなかろうか。
死者は生者を煩わすべからず、という言葉もある。が、死に行く者は、生者をもっと煩わせても赦されるのではないか。次は自分の番なのだから。
最近のコメント