あるほどの菊投げ入れよ棺の中 ― 2025年09月30日 05時26分18秒
★慌ただしさとまた体調崩して
ブログ更新できず申し訳ない。
亡き友Oさんの墓参りに、無事23日の秋分の日に行けたのだが、その後またお腹の具合が悪かったり、不測の死に遇ったり慌ただしくパソコンに向き合えなかった。
気づけば今月も終わりとなる。
体調は、実は左手の中指が猫に噛まれたことで感染症を起こしてしまいすごく腫れてこれは危ないと、昨日朝から近くの一番大きい会病院に行き抗生剤出してもらえた。やれやれである。詳しくはまた後程。
多々あれこれ報告や書きたいことがあるのだが、順を追って書いていくといつ「今」に至るかわからないので、要点だけまず書いていく。
冒頭の句は、漱石が縁あった女歌人の死に向けて送ったものだが、今月の我は何度いくつの菊の花、仏花を手にしたことだろう。
叔母の葬儀で千葉の津田沼まで出向き、棺にいっぱいの花を投げ入れたことから始まり、友人の墓参でも、そしてつい先日は近くのお世話になった方のご遺体に捧げてきた。
歳とると、周りに死が増えてくるのは当然のことながらこの秋はいろいろその都度あれこれ考えさせられた。そう、何よりも自らの死についても。
我は、近くに以前ウチの改築工事に際してモノの仮置き場として長屋を借りていた。二棟続きの長屋のお隣さんに老夫婦がいて、そこを解約した後も長く懇意にしていただいていた。
そこのご主人は、高齢でもとても元気だったが、今年に入ってから癌を患ったことを知らされて、すぐ近くの都営住宅に当たったのでこの長屋を近く引き払うことになっていた。
引越しに際して、もう使わないからと庭仕事の道具や工具やらあれこれ頂きその御礼も兼ねて先日その長屋に行ったらもう住んでいないご様子。
で、鉢植えなども引き取ってほしいと言われていたから、27日の土曜日の夕方、その件もあって相談に転居先の都営を訪ねた。部屋番号は聞いていたが初めてのこと。
ドアを叩くと、奥さんが出てきてどうぞ上がってください、と我を招き入れる。中には数人の人が集まり何やらあれこれ相談している。
よくわからないまま中に入ると、奥さんは、「今日の午後2時でした。眠るように急に・・・」とベッドを指さす。
見たら、ご主人がそこに寝ていて数時間前に既に亡くなっていたのである。
死に顔は、まさに眠っているようで顔色も良く特にやつれてもいない。
聞けば、腹水も溜まり足にむくみなども出てたが、その日の昼までは話せたし、我が先日届けたリンゴなども美味しいと食べていたとのこと。
ただ、2時に訪問介護の人が来てベッドを見たらば、眠ってると思ったらもう息はなく死んでいることがわかったそうで、まさに眠るように苦しむことなく息絶えたのだ。85歳とのことだから悔いはないと奥さんは言う。ここに引っ越してまだ一週間だとも。
そこには娘さんたち親族も来て、葬儀会社の人も打ち合わせでいたから人が集まっていたのである。
こちらはまさか尋ねたら亡くなっていたとは思ってもなく驚くしかなかった。しかし、偶然とはいえまさに呼ばれたようなわけで、後から知らせはあったとしてもその尊顔を見れたのは何より有難かった。
その場はまだ何一つ葬儀の支度などはできていなく、生前ずいぶんお世話になった御礼だけ告げてすぐに辞去し、近くのドラッグストアで仏花を買い求めて再度訪ねてご遺族にお渡ししてきた。
このところこうした機会のたびにあれこれ思い考えるのは、一人で生きること、生きていることとは、とうぜん一人で死んでいくということだ。
断捨離とか死後の後片づけも大事だが、まずは「そのとき」自分はどうすべきか、どうなるのかということだ。
一人で死んでいく。その覚悟と準備はできているか。そのときどうなるのか。
ブログ更新できず申し訳ない。
亡き友Oさんの墓参りに、無事23日の秋分の日に行けたのだが、その後またお腹の具合が悪かったり、不測の死に遇ったり慌ただしくパソコンに向き合えなかった。
気づけば今月も終わりとなる。
体調は、実は左手の中指が猫に噛まれたことで感染症を起こしてしまいすごく腫れてこれは危ないと、昨日朝から近くの一番大きい会病院に行き抗生剤出してもらえた。やれやれである。詳しくはまた後程。
多々あれこれ報告や書きたいことがあるのだが、順を追って書いていくといつ「今」に至るかわからないので、要点だけまず書いていく。
冒頭の句は、漱石が縁あった女歌人の死に向けて送ったものだが、今月の我は何度いくつの菊の花、仏花を手にしたことだろう。
叔母の葬儀で千葉の津田沼まで出向き、棺にいっぱいの花を投げ入れたことから始まり、友人の墓参でも、そしてつい先日は近くのお世話になった方のご遺体に捧げてきた。
歳とると、周りに死が増えてくるのは当然のことながらこの秋はいろいろその都度あれこれ考えさせられた。そう、何よりも自らの死についても。
我は、近くに以前ウチの改築工事に際してモノの仮置き場として長屋を借りていた。二棟続きの長屋のお隣さんに老夫婦がいて、そこを解約した後も長く懇意にしていただいていた。
そこのご主人は、高齢でもとても元気だったが、今年に入ってから癌を患ったことを知らされて、すぐ近くの都営住宅に当たったのでこの長屋を近く引き払うことになっていた。
引越しに際して、もう使わないからと庭仕事の道具や工具やらあれこれ頂きその御礼も兼ねて先日その長屋に行ったらもう住んでいないご様子。
で、鉢植えなども引き取ってほしいと言われていたから、27日の土曜日の夕方、その件もあって相談に転居先の都営を訪ねた。部屋番号は聞いていたが初めてのこと。
ドアを叩くと、奥さんが出てきてどうぞ上がってください、と我を招き入れる。中には数人の人が集まり何やらあれこれ相談している。
よくわからないまま中に入ると、奥さんは、「今日の午後2時でした。眠るように急に・・・」とベッドを指さす。
見たら、ご主人がそこに寝ていて数時間前に既に亡くなっていたのである。
死に顔は、まさに眠っているようで顔色も良く特にやつれてもいない。
聞けば、腹水も溜まり足にむくみなども出てたが、その日の昼までは話せたし、我が先日届けたリンゴなども美味しいと食べていたとのこと。
ただ、2時に訪問介護の人が来てベッドを見たらば、眠ってると思ったらもう息はなく死んでいることがわかったそうで、まさに眠るように苦しむことなく息絶えたのだ。85歳とのことだから悔いはないと奥さんは言う。ここに引っ越してまだ一週間だとも。
そこには娘さんたち親族も来て、葬儀会社の人も打ち合わせでいたから人が集まっていたのである。
こちらはまさか尋ねたら亡くなっていたとは思ってもなく驚くしかなかった。しかし、偶然とはいえまさに呼ばれたようなわけで、後から知らせはあったとしてもその尊顔を見れたのは何より有難かった。
その場はまだ何一つ葬儀の支度などはできていなく、生前ずいぶんお世話になった御礼だけ告げてすぐに辞去し、近くのドラッグストアで仏花を買い求めて再度訪ねてご遺族にお渡ししてきた。
このところこうした機会のたびにあれこれ思い考えるのは、一人で生きること、生きていることとは、とうぜん一人で死んでいくということだ。
断捨離とか死後の後片づけも大事だが、まずは「そのとき」自分はどうすべきか、どうなるのかということだ。
一人で死んでいく。その覚悟と準備はできているか。そのときどうなるのか。
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