大変でない「人生」はないだろうが・・・2026年06月03日 13時41分51秒

★6月に入りました。まずは近況報告から

 季節外れの台風が来ている。
 ここ多摩地区は、海から離れているから風はさほどではないものの、雨はかなり沢山激しく降った。いや、今もまだしとしと降り続いている。
 しかし、このところ異常な好天続きで、真夏のような陽射しで大地はカラカラになっていたから、久しぶりのかなりの大雨は生き物全てにとって恵みの到来となったに違いない。まさに天の配剤である。

 さて、ネットへの回線は回復したのに拙ブログ、なかなか更新できなかったのは、ともかく連日慌ただしく多忙すぎてその時間が全くとれなかったからだ。
 先月は、山梨の倉庫にも二回行ったし、老犬のベルコにまた今年新たにできた肩のコブ、つまり腫瘍の排膿治療にも二回通い、さらに友人も招いて、庭の高木ケヤキの伸びてきた新芽の枝降し、加えて未だ近くに借りている物置小屋の中に残っていた古本古雑誌の片づけ作業にも追われていた。先々月から何回やったことか。しかしまだ終わらない。

 それらについて詳しく記す前に最近つくづく思うのは、人生の大変さについてだ。
 誰にとっても大変でない人生なんて無い、というのが我の考え方で、昔も今もそう信ずるが、肝心なのは、そのタイヘンが、つまり大変なときがいつその人にやってくるか、起こるかなのだ。

 それについては稿を新たにまた書き足したいと思うが、我においては、まさかこの歳になって、つまり70歳目前となってこんなに大変なことが次々起こるとは思っていなかった。
 いや、親たちが死んでいく頃から、うすうすと予想はしてたし、その覚悟も少しはできてると思ってた。
 が、元来のノンキ者で何事も深く真剣に、計画たてて考えられないニンゲンだから、植木等のうたのように、そのうち何とかなるだろう~と浅はかに気軽に考えていた。
 いま様々なトラブルに囲まれ逼迫した状況に陥って、まさに苦難困難の最中にあるのだが、すべては我の人間的欠陥、脳の機能障害、性格破綻などからのまさに不徳が招いたことだし自業自得と言うしかないとしても、さすがにこの歳で次々とトラブルに見舞われるとさすがにツライ。
 それでも多くの物と生き物を抱えているからこそ、死なないよう生き続けていかねばならないし、欲深い我にはまだやりたいことがある。
 子のない我だからこそ、きちんと後世に残したいものもある。

 まずは、我の思いをうたに、拙くてもカタチにして、今月14日の「共謀コンサート」で表したいと願う。そう、思いはいくらあっても、心に秘めていたのでは誰にも伝わらないし届かない。
 外に出していかなくてはならない。その意味でもこのブログやフェイスブックなどで、伝えたい、伝えるべきことを発信していかねばならない。

 ※ネットは、先日、接続機器を交換して以来、サクサク繋がるようになったのですが、やはりパソコンが旧いので、一度書き込むと不具合が起きて変更したものに変更できないので、続きはまた新たに更新書き込みします。