世界はミーハーで動いている・32013年01月09日 19時36分57秒

★では、「ミーハー」とはいったい何であるか

 手元にある辞書には、みいはあ みいちゃん-はあちゃんの略《俗語》流行に影響されやすく、スターなどの動静に夢中になるような人たち。特に若い女性に多く、女性は「み」と「は」の付く名前が多いことから とある。※しかしこれはホンマかいな。疑わしい気もする。
 だが、自分が考え、定義するミーハー層の人たちとは、男女性別年齢を問わないし決してそんな軽薄な人種だとは思わない。人間的、知能的にも低い人たちではない。収入を見てもいわゆる貧困層ではないし、社会性もあり皆学校を出てきちんと就職して普通に結婚もし子育てもしている。実にまっとうな好感の持てる社会的にも自立した良い人たちである。

 ただそこにミーハーの最大の特徴であるその時どきの流行や話題、トレンドに実に敏感なのである。例えばの話、その年の大河ドラマが決まると原作を読んでみたいと本屋に走るし、巷で話題の映画、ドラマなどの原作本は必ず手にする。女性週刊誌、及び週刊ポスト、現代、文春的雑誌もよく目を通している。だから芸能界のゴシップなどにも詳しい。どちらかというと活字世代でもある。その時どきの話題に置いてけぼりされたくないのである。時流に乗り遅れたくないという意識がとても強いゆえミーハーなのだ。

 ゆえに話題の店や新しい観光スポットが出来るとすぐに足を運ぶ。テレビ、マスコミで取上げられた新商品、食材などにもすぐ手を伸ばす。マスコミ及びネット上での話題にはすぐに反応していく。ただその関心は長続きせず常に一過性なのである。何事にも広く浅く、熱しやすいが冷めやすい、移り気というのも彼らの特質である。
 だから政治的にも決して無関心だというわけではない。社会的関心度は低くはないからまずは政治家には景気を良くしてほしいと望んでいる。そして選挙にも行きその時どき新しい期待できそうな政党や話題の候補者に一票を投じる。前回の総選挙では自民か民主か政権交代なるかが争点だったから民主党に入れた。今回は民主党には全く裏切られ失望したから民主だけは避けて期待がもてそうな維新ややる気まんまんの自民に入れたのである。

 しかしこれらはミーハー層の表面的な傾向、行動に過ぎない。自分が考えるミーハーの定義とはただ一つ、彼らはモノゴトを深く考えないしそもそも深くは考えられないのである。

 例えば、ある政党の党首がマイクを握りこう言ったとする。「今の政治家は仕事をしない。国会中継を見たって居眠りばかりしているではないか。だからそんな政治家は不要だから政治家の数をもっと減らすべきだ。だいたい衆議院と参議院の二つもあっても意味がない。法案を決めるのに時間がかかるばかりで政治がなかなか決まらない。参議院は廃止して一院制にすれば政治に金がかからなくなるではないか」と。

 拙ブログの読者方はミーハーではないからこの論が暴論、妄言の類だと気づかれるであろう。国会で居眠りするろくに働かない政治家は落選させるべきだけであって、議員定数を減らすこととは何も関係ない。まして民主主義の原理原則であり世界各国の政治の標準形態である二院制さえも否定するのは民主主義そのものを否定する独裁者、ファシストの持論でしかない。
 ところが、ミーハー=深く考えない人たちは、この演説に、うんうん、そうだもっともだと頷いてしまうのである。そう言われれば何となくそうだと短絡的に思うのである。決してそれを検討したり疑ったり考え続けることはしない。その裏に何があるのか気づかない。あくまでもその場そのとき耳に心地良い言葉が心にすうっと入って来てそれを無条件無定見に受け入れるのである。
 そうした根本的気質が備わっているからマスコミが流す情報にそのまま即反応していく。今はナウいとは言わないが、今年のトレンドはこれだ、これが流行る、今これが話題だと報ずればそれをそのまま受け入れていく。そうした「条件反射」によりマスコミが自民が復調だと事前の結果予測を出せばならば自民に投票するのである。

 ただ、ミーハーの心理は誰の心にも多かれ少なかれ存在している。それは誰にも否定できないし一概に悪いとはいえない。それはこのマス坊にもいくらかはある。そろそろスマホが欲しいという気持ちもなくもない。ミーハーは悪だと断ずることはできない。問題はその度合いの多寡なのである。今日本人は老い若きも男も女もあまりにミーハー化してしまった。何も考えずマスコミの言うがままに踊らされている。そのことを嘆いている。そしてミーハーの対極は何かと考えると、「おたく」だと気づく。つまり、おたく⇔ミーハーという図式が成り立つ。問題は人はそのどの位置に自分を置くかなのだ。