政治の非力さをつくづく思う ― 2011年04月11日 21時24分02秒
★大震災一ヶ月目の大余震の日に
騒然として気持ちまで未だ動転している一日だった。
3月11日、慎太郎が出馬記者会見をしようとしているときに大地震が起こり、そして当選した翌日、今日4月11日大震災から一ヶ月目の日にまた最大級の余震が起きた。福島原発事故後も公然と原発推進を公言している我欲の人、慎太郎都知事に対してこれはまさに「天罰」かもしれない。
と、冗談はともかくもつくづく大変な時代になってきたと嘆息する。
今日の夕方の余震、先日深夜の余震より大きかったように思えかなり揺れた。3.11以来、地震に備えて、本や家具、道具類など高いところに山積みにしないようにしているので落ちたりすることはなかったが、揺れている間は固唾を呑んでどうなることか不安でならなかった。一ヶ月が過ぎても全く余震が収まらないのだから今後も当分の間こうした不安定な状況が続くかと思う。
大震災の前は、何だかんだあったが今思えば、平穏平和な落ち着いた世相であった。何しろ地面が揺れないだけでも人々は地に足がついて生活できた。今では余震がないときでも常に何か揺れているような気持ちがするし、安心安定という感情は掻き消え、不安感だけが高まったまま続いている。いったいこれからこの国はどうなるのか、大変な状況はいつまで続くのか、おそらく関西や九州方面の方々も落ち着かない気分でいることであろう。
統一地方選の前半は終わったが、正直なところ自分の関心は低く、東京では都知事選しか選挙がなかったこともあり、むろん投票には行き、慎太郎とは対極にある人に投じたが、やはり予想したとおり慎太郎の圧勝であった。しかし、投票率から見ても、有権者都民の4人に一人も慎太郎を支持したわけではなく、まず選挙に行った人が今回の候補者の中では選ぶとしたら一番が慎太郎であったということに過ぎないと考えている。
じっさいのところ突然の大震災を受けて三期も務めた来た現職に任せた方が新人より安心だからという思惑が都民の間にはたらいたと思うし、慎太郎に今後4年間都政を任せ期待している人なんてまずいないのではないか。こんな転換の時代に果たして旧来型の発想しか出来ない老人がいかほどのことが成しえるか。
個人的にはこのところ、聖書にある、カエサルのものはカエサルに、という気持ちが強くなってきて、政治という目に見えること、目先のこと以外に実は目に見えない大事なことがあるのだと確信するようになったので、この世のことには関心が薄くなってしまった。
むろん、今生きていること、「現実」とは原発事故も含めて政治の問題であり、しごく重要な未来へと繋がる大事なことだと理解している。しかし、今回のようなどれほど高い防潮堤を作ろうが、それをやすやすと乗り越えるような大津波が来るのなら、どれほどの土木工事的対策を立てようが全く無力ではないか。
今後の復興対策に政治は今右往左往しているが、もはや菅内閣のみならず、自民党であれ、これまで政権担当した旧い政治家たちにはこの国難を乗り切る力はないと考えている。慎太郎であれ、誰であれ、旧来の政治家たちに頼り任せてはこれからの時代は生きていけない。むろん被災地と被災された方々を救うのは政治の責任だと断言した上で、この国の民全員が本当に新しく変わるよう意識変化をしないとならない。このままだと日本は大変な新しい時代を乗り切ることはできない。
でないと、疲弊した国には、偽メシアのようなヒーローが突如登場し、さらなる破滅に導いていくのは歴史が示している。
騒然として気持ちまで未だ動転している一日だった。
3月11日、慎太郎が出馬記者会見をしようとしているときに大地震が起こり、そして当選した翌日、今日4月11日大震災から一ヶ月目の日にまた最大級の余震が起きた。福島原発事故後も公然と原発推進を公言している我欲の人、慎太郎都知事に対してこれはまさに「天罰」かもしれない。
と、冗談はともかくもつくづく大変な時代になってきたと嘆息する。
今日の夕方の余震、先日深夜の余震より大きかったように思えかなり揺れた。3.11以来、地震に備えて、本や家具、道具類など高いところに山積みにしないようにしているので落ちたりすることはなかったが、揺れている間は固唾を呑んでどうなることか不安でならなかった。一ヶ月が過ぎても全く余震が収まらないのだから今後も当分の間こうした不安定な状況が続くかと思う。
大震災の前は、何だかんだあったが今思えば、平穏平和な落ち着いた世相であった。何しろ地面が揺れないだけでも人々は地に足がついて生活できた。今では余震がないときでも常に何か揺れているような気持ちがするし、安心安定という感情は掻き消え、不安感だけが高まったまま続いている。いったいこれからこの国はどうなるのか、大変な状況はいつまで続くのか、おそらく関西や九州方面の方々も落ち着かない気分でいることであろう。
統一地方選の前半は終わったが、正直なところ自分の関心は低く、東京では都知事選しか選挙がなかったこともあり、むろん投票には行き、慎太郎とは対極にある人に投じたが、やはり予想したとおり慎太郎の圧勝であった。しかし、投票率から見ても、有権者都民の4人に一人も慎太郎を支持したわけではなく、まず選挙に行った人が今回の候補者の中では選ぶとしたら一番が慎太郎であったということに過ぎないと考えている。
じっさいのところ突然の大震災を受けて三期も務めた来た現職に任せた方が新人より安心だからという思惑が都民の間にはたらいたと思うし、慎太郎に今後4年間都政を任せ期待している人なんてまずいないのではないか。こんな転換の時代に果たして旧来型の発想しか出来ない老人がいかほどのことが成しえるか。
個人的にはこのところ、聖書にある、カエサルのものはカエサルに、という気持ちが強くなってきて、政治という目に見えること、目先のこと以外に実は目に見えない大事なことがあるのだと確信するようになったので、この世のことには関心が薄くなってしまった。
むろん、今生きていること、「現実」とは原発事故も含めて政治の問題であり、しごく重要な未来へと繋がる大事なことだと理解している。しかし、今回のようなどれほど高い防潮堤を作ろうが、それをやすやすと乗り越えるような大津波が来るのなら、どれほどの土木工事的対策を立てようが全く無力ではないか。
今後の復興対策に政治は今右往左往しているが、もはや菅内閣のみならず、自民党であれ、これまで政権担当した旧い政治家たちにはこの国難を乗り切る力はないと考えている。慎太郎であれ、誰であれ、旧来の政治家たちに頼り任せてはこれからの時代は生きていけない。むろん被災地と被災された方々を救うのは政治の責任だと断言した上で、この国の民全員が本当に新しく変わるよう意識変化をしないとならない。このままだと日本は大変な新しい時代を乗り切ることはできない。
でないと、疲弊した国には、偽メシアのようなヒーローが突如登場し、さらなる破滅に導いていくのは歴史が示している。
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