幸せのカタチ、死に方のカタチ2014年07月17日 18時26分04秒

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 今日は曇りがちで風も少しあり過ごしやすい。昨日に比べればずいぶん楽だった。親たちは朝からデイサービスへ。一人で犬の世話と留守番していたら夕方一時間ほど意識を失うように昼寝してしまった。朝が早いから少しでも寝るとずいぶん楽になる。それだけ疲れが溜まっているのだろう。

 今19歳の超高齢犬を抱えて、四苦八苦していることは何度も書いてきた。大変だろうと同情や励ましを頂いた。が、思うに、ここまで長生きさせて今もまだ濃密なときを共に過ごせているのだからこれはとても幸せなことではないかという気持ちでいる。

 むろんなかなか食べないで手を尽くして食べさせても吐いたりされるともういい加減にしろとさすがに倦むところもある。しかもこのところ唱歌機能が衰えたからか、食べたあとも苦しいからかしばらくのあいだ、動かない前足で立ち上がってはどてんどてんともんどりうったり頭を玄関の戸に打ち付けたり必ず騒ぐので人間が傍について体を撫でたりしてやってお腹が落ち着くのを待っやっている。

 時に30分ぐらいそうして撫ぜてやってようやくお腹がゴロゴロ鳴っていたのが静まり、息も大人しくなって眠りにつく。こらちも疲れて眠たいので撫ぜながらうとうとしたりもする。
 しかし、もう痩せて骨ばったゴツゴツした彼の体を撫でていると子供の頃のこととかウチに来た頃のこと、そして一緒にあちこち出掛けたときのことなど思い出されて、その20年近い歳月を振り返り甘美な思いにとらわれる。哀しくはない。そうして長い歳月を過ごして今、死期に臨み看取れることの幸福を味わっている。

 館野公一さんのうたに「小梅の庭」という自らの飼い猫との日々を振り返りうたにした佳曲がある。その20年も生きた猫との歳月と最後の様子を淡々と歌にしたものだが、人によると哀しい曲だという人もいる。しかしそうした年月を共に過ごせ最後まで世話できたのだから逆に実に幸せな素晴らしいことだと自分は思う。
 動物はどうしたって、人間より短命だから、一緒に過ごせる時間は限りがある。そうして共に20年ものかなり長い時間を共に過ごせてしかも最後まで看取れたならばそれはとてつもなく幸福なことではないか。

 思うに、生まれるときは人も動物もそこには大差はない。ただ、その後の「人生」、幸せのカタチは様々で、何が起こるか、何を幸福と感じるかはすべてがそれぞれ違う。さらに、その最後のあり方、死に方も同様で、事故や病気で意外とあっけなく当人もよく理解できないまま急死することも多々ある。
 また、ウチの家族のように、とにもかくにもただだらだらと長い余生を生きていくスタイルもある。昔も犬は何匹も飼ったが、昔は飼い方が下手だったり人間性がまだ低く無責任だったからか、よく事故で亡くすことが多かった。また、行方不明になることも。

 このところは自分も心して世話するようになったからか、皆最後まで我が家で死を看取り、遺骸は狭い庭に穴を掘り埋めている。考えてみれば、バドの兄弟犬ロビンもかなり世話焼かせたが、最後は衰弱して眠るように死んだし、今いるブラ彦の父で、そのロビンの旦那だったブーさんという犬も熱射病にかかって以後、吐いたりするようになり何度も動物病院に連れて行ったがある冬の夜、コタツの部屋でかなり苦しんだ挙句息をひきとった。

 皆どれも最後はかなり手を焼き、その世話が大変だったはずだが、不思議にそうした苦労の記憶はほとんど残っていない。あるのは彼らと川や野原で遊んだときのことや雪の中を走り回ったことやクリスマスで家に上げてやって家族皆揃って鶏を食べさせたときのことなど楽しいときのことばかりだ。

 この世には動物なんて嫌いでペットなんて飼ったこともない、必要のないという人もたくさんいる。しかし、彼らは人間でないからこそ人間以上に多くのものを我々に与え示してくれている。今こうして、老いて痩せたバドの体を撫でていると、最後までしっかり生きていくことの大切さがひしひしと伝わってくる。

 動物は人間のように諦め絶望して自殺なんて絶対しない。どんなにつらく苦しくたって命の火が尽きるまで最後の最後まで必死に生きている。ならば人も彼らのように泣き言は言わず、最後の最後まで懸命に生きなくてはならないではないか。
 幸せの形は様々、死に方も様々だが、ともかく最後の最後までとことん生き長らえていこう。それが生まれてきた者の務めなのだ。

 動物と共に暮らして多くのことを学び与えてもらった。ならば今彼らにお返しをしているのだ。今まで長い間ずっといてくれて有難うと。老親たちの介護も同様で、大変でも自ら彼らにそれをしてやれることは幸福なことなのだと犬たちから教わった。どんなとき、どれほど悪い時代が来ても最後までしぶとく諦めずに生き長らえてやる。