すべては加齢のせいなるか ― 2014年09月24日 21時30分00秒
★頭の中の壊れたファイル修復中 アクセスランキング: 109位
昨日の日帰りでの友人知人を募っての山梨行、今だから明かすがかなりの強行軍であり、無理を承知でまた無理もした。幸い無事に事故らず帰ってこれているからこれを記せるわけであり、万が一のことがあったら今頃は新聞種であっただろう。
あれこれその「危険性」を細かく書くと誰ももう同行してくれなくなってしまうので、詳しいことは秘すが、無事であるのは決して自分の運転が巧くなったわけでもなく、単に運に恵まれ神の慈しみとご加護があったからだと心している。
やはり安全性を優先すれば、最低でも一泊してもっと現地でのんびりして行きも帰りも余裕持って高速道は走りたいと思う。いや、他人様を乗せての運転なのだからそれが第一に優先されるべきである。
結果とても楽しかったし天気から全てに恵まれて良いツアーであったと確信の分だけ、やはり思い返すと冷や汗が出る。これで味をしめ常にどうにでも何とかなる、と過信してしまえば次は大参事が待つであろう。
実は、このところ自分、マス坊は頭がおかしくなってきて、様々な記憶が欠落したり、思考の回路がうまく働かなくなってきている。オレはバカだと昔から自認し、そう公言もしてきたが、それでも回路というか頭の機能はバカなりにきちんと働いていた。そのシステム、流れがこの夏から滞るようになっていつもしてきたルーティンなことでも忘れたり、肝心要の大事な、忘れてはならないことでも忘れないよう気をつけていたはずなのに、失念してしまい後になってやっと気づき慌てふためく。
つまり情報伝達の機能に不具合が起きて連絡事項や大事なことが次へと伝わらなくなってしまったのだ。だから頭の中に空白の箇所ができてそれが何とも気になるし不安でならない。
つまりパソコンなどの言葉で言えば、ファイルが破損して開けられなくなったようなものではないのか。そこをクリックしても開くソフトがみつからなかったり不具合が起きていて、それが使えなくなっているのだ。
同世代の友人で、学生時代から付き合いがあり、趣味や思考回路も近しい男がいるのだが、先日片方の目が網膜剥離で失明寸前となった。最初は目の中、つまり視界に何か変なものが飛び交い、やがてそれが肥大化して見え辛くなってきてこりゃヘンだと医者に行ったら即入院、手術となったそうで、幸いかろうじて失明は逃れたものの視力は低下し今は治りつつあるが視界の歪みは一生残るのだと言う。
医師によると原因は加齢によるもので特に他の原因はみつからないのだそうだ。まあ同世代で、彼もネットであれこれ書いたり発表したりする活動を長年しているわけで、彼に起こることなら同じく加齢で自分にも起きてもちっともおかしくない。
思うに、肉体の中でも筋肉の部分、足や腕ならば今からでもいくらでも鍛えたり訓練でどうにかできるかと思える。しかし視力や聴力、嗅覚のようなものは、衰えてきたらどうにもどうすることもできない。せいぜい目ならば酷使しないようパソコン作業やモニターを見る時間を減らすとかしか策はない。つまりいったんその能力が落ちてしまうとほぼ回復は不可能だという器官なのだ。せいぜい現状維持できるかどうかだ。
頭の中、脳もまたそうなのではないか。むろん物忘れとかボケとか軽度の段階なら機能回復もできるとされている。しかし頭の中のファイルが壊れた感には治すとか事前の予防策、起きてからの対処策は何もない。脳は数独でもやって鍛えられると言う方もいるかもしれないが、自分としてはたぶんこれ以上使えば使うほどファイルは壊れていく気がしている。
理由としていくつか想像できるのは、老犬の最後を看取るのに慌ただしく、睡眠時間が短くなってライフスタイルがめちゃくちゃになったことと、その後あれこれ心配事というか心と頭を痛め囚われることが続いてかなり脳や心を酷使したからではないか。
実は極端に小心で不安神経症的なところもある自分は、様々なプレッシャーにともかく弱い。今回も慣れないレンタカー借りて他人様を乗せて自分の運転で山梨へ行くとなったら前の晩はあれこれ考えて興奮してほとんど眠れなかった。咳も出て苦しく寝たのかわからないほど浅い眠りのまま朝を迎えた。遠足の前の晩の小中学生ならまだしも大人も大人、還暦間近のいい歳した大の大人なのである。なのに、不安と興奮に駆られて早く眠らないと大変だと焦るばかりでちっとも眠れないのだから情けない。たぶんそうした心労心痛のようなものでますます脳内ファイルは壊れていく。
しかし、今回は増富の湯で短時間であったが、神秘の湯に浸かり、いくぶんだか脳の修復はなったかと思える。夏からずっと抱えてきていたパニック障害的興奮感と不安感はずいぶん収まった。もうあれこれ考えないし些細なことに囚われないで済むように思える。
すべては加齢のせいか。確かに目などの器官はもう経年疲労を起こしているのだろう。しかし、脳はあまりにあれこれしょうもないことで酷使しすぎていくつかのファイルが壊れてしまっていたのだ。そしてそれはいくつかは修復できそうに思えるし、やはりできるだけ使わない、つまり考えないようにするしかないことにも思い至った。
そう、もともとバカなのである。そのバカがこんなに文字を連ねてあれこれ頭をひねって考えたり心配事で心をいっぱいにしてしまっていた。それでは脳内もフリーズして、記憶は欠落して失われもしよう。
まあともかく無理はしない。無理は通さない。すべて安全第一で自愛してやっていこう。結果そのことが他者にとっても良いこととなるのだから。またみんなで山梨へ参りましょう!
昨日の日帰りでの友人知人を募っての山梨行、今だから明かすがかなりの強行軍であり、無理を承知でまた無理もした。幸い無事に事故らず帰ってこれているからこれを記せるわけであり、万が一のことがあったら今頃は新聞種であっただろう。
あれこれその「危険性」を細かく書くと誰ももう同行してくれなくなってしまうので、詳しいことは秘すが、無事であるのは決して自分の運転が巧くなったわけでもなく、単に運に恵まれ神の慈しみとご加護があったからだと心している。
やはり安全性を優先すれば、最低でも一泊してもっと現地でのんびりして行きも帰りも余裕持って高速道は走りたいと思う。いや、他人様を乗せての運転なのだからそれが第一に優先されるべきである。
結果とても楽しかったし天気から全てに恵まれて良いツアーであったと確信の分だけ、やはり思い返すと冷や汗が出る。これで味をしめ常にどうにでも何とかなる、と過信してしまえば次は大参事が待つであろう。
実は、このところ自分、マス坊は頭がおかしくなってきて、様々な記憶が欠落したり、思考の回路がうまく働かなくなってきている。オレはバカだと昔から自認し、そう公言もしてきたが、それでも回路というか頭の機能はバカなりにきちんと働いていた。そのシステム、流れがこの夏から滞るようになっていつもしてきたルーティンなことでも忘れたり、肝心要の大事な、忘れてはならないことでも忘れないよう気をつけていたはずなのに、失念してしまい後になってやっと気づき慌てふためく。
つまり情報伝達の機能に不具合が起きて連絡事項や大事なことが次へと伝わらなくなってしまったのだ。だから頭の中に空白の箇所ができてそれが何とも気になるし不安でならない。
つまりパソコンなどの言葉で言えば、ファイルが破損して開けられなくなったようなものではないのか。そこをクリックしても開くソフトがみつからなかったり不具合が起きていて、それが使えなくなっているのだ。
同世代の友人で、学生時代から付き合いがあり、趣味や思考回路も近しい男がいるのだが、先日片方の目が網膜剥離で失明寸前となった。最初は目の中、つまり視界に何か変なものが飛び交い、やがてそれが肥大化して見え辛くなってきてこりゃヘンだと医者に行ったら即入院、手術となったそうで、幸いかろうじて失明は逃れたものの視力は低下し今は治りつつあるが視界の歪みは一生残るのだと言う。
医師によると原因は加齢によるもので特に他の原因はみつからないのだそうだ。まあ同世代で、彼もネットであれこれ書いたり発表したりする活動を長年しているわけで、彼に起こることなら同じく加齢で自分にも起きてもちっともおかしくない。
思うに、肉体の中でも筋肉の部分、足や腕ならば今からでもいくらでも鍛えたり訓練でどうにかできるかと思える。しかし視力や聴力、嗅覚のようなものは、衰えてきたらどうにもどうすることもできない。せいぜい目ならば酷使しないようパソコン作業やモニターを見る時間を減らすとかしか策はない。つまりいったんその能力が落ちてしまうとほぼ回復は不可能だという器官なのだ。せいぜい現状維持できるかどうかだ。
頭の中、脳もまたそうなのではないか。むろん物忘れとかボケとか軽度の段階なら機能回復もできるとされている。しかし頭の中のファイルが壊れた感には治すとか事前の予防策、起きてからの対処策は何もない。脳は数独でもやって鍛えられると言う方もいるかもしれないが、自分としてはたぶんこれ以上使えば使うほどファイルは壊れていく気がしている。
理由としていくつか想像できるのは、老犬の最後を看取るのに慌ただしく、睡眠時間が短くなってライフスタイルがめちゃくちゃになったことと、その後あれこれ心配事というか心と頭を痛め囚われることが続いてかなり脳や心を酷使したからではないか。
実は極端に小心で不安神経症的なところもある自分は、様々なプレッシャーにともかく弱い。今回も慣れないレンタカー借りて他人様を乗せて自分の運転で山梨へ行くとなったら前の晩はあれこれ考えて興奮してほとんど眠れなかった。咳も出て苦しく寝たのかわからないほど浅い眠りのまま朝を迎えた。遠足の前の晩の小中学生ならまだしも大人も大人、還暦間近のいい歳した大の大人なのである。なのに、不安と興奮に駆られて早く眠らないと大変だと焦るばかりでちっとも眠れないのだから情けない。たぶんそうした心労心痛のようなものでますます脳内ファイルは壊れていく。
しかし、今回は増富の湯で短時間であったが、神秘の湯に浸かり、いくぶんだか脳の修復はなったかと思える。夏からずっと抱えてきていたパニック障害的興奮感と不安感はずいぶん収まった。もうあれこれ考えないし些細なことに囚われないで済むように思える。
すべては加齢のせいか。確かに目などの器官はもう経年疲労を起こしているのだろう。しかし、脳はあまりにあれこれしょうもないことで酷使しすぎていくつかのファイルが壊れてしまっていたのだ。そしてそれはいくつかは修復できそうに思えるし、やはりできるだけ使わない、つまり考えないようにするしかないことにも思い至った。
そう、もともとバカなのである。そのバカがこんなに文字を連ねてあれこれ頭をひねって考えたり心配事で心をいっぱいにしてしまっていた。それでは脳内もフリーズして、記憶は欠落して失われもしよう。
まあともかく無理はしない。無理は通さない。すべて安全第一で自愛してやっていこう。結果そのことが他者にとっても良いこととなるのだから。またみんなで山梨へ参りましょう!
コメント
_ 宮瀧順子 ― 2014/09/24 22時28分43秒
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根古屋大明神の樹齢800年のケヤキすごかった!
増富の湯気持ちよかった~もっと入っていたかったよ~
これからはひとりで全部やらずに、私たちを頼ってください。一緒に作っていこうよ!楽しもうよ!