好事魔多し、油断大敵2012年06月21日 23時46分50秒

★慢心が命取りとなるところだった。

 増坊の本業、ネット古本屋は、一応会社組織に倣い代表社長の自分を筆頭に社員も秘書も相談役も社長の愛人もいることになっている。まあ、それは名目上のことでじっさいは会社登記もしていない個人営業なのは説明するまでもない。あくまでもシャレである。

 その「社員」が先日、台風の翌日、ウチでの作業中に高所から転落して頭を強く打つ事故を起こし病院に担ぎ込まれ入院していた。幸い二晩入院しただけで退院できたが大いに心胆寒震えさせられる事態であった。そのことを書き記しておく。

 自分には大学時代から長い付き合いのあるTという友人がいて、仔細は省くが、彼もまたフリーター、昔で言えば高等遊民、いや、下等遊民として正業に就かず長年バイト生活を続けていた。近年はやはり老親介護も抱えて、実家である茨城と学生の頃からずっと住み続けている世田谷の四畳半のアパートを行き来していた。まあ、昨今は不況でもあるし彼もまた初老となって職もなく基本は何もせずぶらぶら暮らしている世間的に見れば奇人変人である。無頼さは西村賢太の小説人物のようなものだがもっと何もしていない。
 で、彼が東京にいるときは招いて、古本の移動運搬や梱包、あるいは遺品整理や引越しの際の要員として頼み、報酬としてその晩の飲食代と交通費程度はこちらが払うことだけで「社員」としてこき使ってきたのである。今思えば文句を言わず呼べばすぐ来てくれてどんな仕事でも厭わず使いやすい都合の良い男であった。本当に申し訳ない。

 昔から現場仕事などもしてきた男なので、力仕事もできる。細かい工作は苦手でもパワーは増坊よりはるかにあるのでこの家の建て替えに際しまず施主自身で旧い家を壊すときなど大いに貢献してくれた。そうしていつしか我家では家族同様、いやあたかも使用人のようにウチの親たちも気軽に彼にあれこれ用事を頼むようになっていた。
 たとえば庭の木々の枝が伸びたときの剪定や伐採、物置の移動や設置などゴミの始末から家事雑事までも実の息子がいるのに、文句も言わず黙々と仕事してくれるTに頼り切っていたのである。事故はそうした流れの中で起きた。

 21日の午後、外で昼食を食べて戻って来てからである。増坊はそのとき室内で整理する本の移動だか仕分けをしていたのか思い出せないのだが、ともかくその場にいなかった。母が外にいて、春になりうっそうと伸びてきた垣根の木々の丈を詰めるのを彼に頼んでいた。アルミ製の脚立をブロック塀に立てかけて高さ160センチほどのその塀に上がってそこから松の伸びてきた新芽を切ることになっていたらしい。
 その場を見ていないので状況はわからないのだが、母が大声で呼ぶので慌てて外に出たら、「Tさんが気から落ちて真っ逆さまに頭から落ちた!」と騒いでいる。Tは真っ青な顔でふらつきながら歩いてきて自分で車のドアを開けて座席に倒れこむように座った。側で見ていた母の話だと、風が吹いてバランスを崩し頭からアスファルトの道路に落ちたのだという。ゴチンとすごい音さえしたと。

 すぐに救急車を呼ぶことを考えたが、一応意識はあり本人も頭を押さえて痛がってはいたが「大丈夫、頭は打っていない」と口にしている。でも母の話だと確かに頭から落ちたし、その証拠に後頭部が外から見てもわかるほど膨れてコブが出来てきた。冷やすために渡した濡れたタオルにも血がにじんでいる。しばらく涼しい室内で横にさせたが、脳震とうを起こしたかぼーとして何が起きたのか当人はわからないようだった。頭の中はどうなっているかとても心配だったので、近所に大きな救急病院もなくはなかったが、そこは母の病気の当初に癌を発見できず対応に不信感もあったので、迷ったが今その母が通っているウチのかかりつけの立川の総合病院まで車で連れて行くことにした。一応急患扱いでこれから行くことは電話した。

 ★長くなるのでこの続きは 続・好事魔多し、油断大敵(6/25日分)で書いていきます。【終】