久々に映画の話をしよう ― 2013年02月15日 22時23分53秒
★映画「苦役列車」に感心した話
2月も半ばとなるのにまだまだ厳しい寒さが続く。先日はみぞれ交じりの雪が降ったし、今日は午後から冷たい雨、氷雨が夕方まで降り続いた。
そんな中、所用もあったので飯田橋のギンレイホールに行って邦画二本立てを観てきた。その感想などを少し。
1本は、俊才山下敦弘監督、出演は、森山未來、高良健吾、前田敦子 らによる、話題の芥川賞受賞作、西村賢太原作の『苦役列者』。
もう1本は才人・内田けんじ監督が今最も油が乗っている人気俳優、堺雅人、香川照之、広末涼子ら豪華スターで撮った最新作『鍵泥棒のメソッド』という豪華なカップリングである。
『鍵泥棒~』のほうは実は昨年秋、公開されたときに吉祥寺のバウスシアターで観ていて、とても高く評価していた。いずれこの天才監督と作品について書こうとは考えていた。なので、今日の二本立て行くのどうするか迷うところもあったが、友人と会う用事もあったので、ともかく出かけたのである。
が、その人から風邪ひいて行けないという連絡が向こうについて携帯にかかってきたので、とりあえずあまり期待はしていなかったが未見の『苦役列車』だけ観ることにした。でも予想外に良く出来た作品で、それだけでじゅうぶん堪能したので、『鍵泥棒』は再見せずに天気も悪かったこともあってすぐに家へと直帰した。
さて、映画についてふれる前に、原作の西村賢太とその私小説世界について書かねばならない。
ご存知のように自ら私小説作家を標榜している西村賢太という小説家はその「苦役列車」という短編で芥川賞をとり一時マスコミを大いに賑わした。私小説とは何か、書き出すと長くなるので今は紙幅の都合で後回しにするが、要するに彼の小説は全て自らの経験したことを描いたほぼ自伝であり、その徹底したダメさ、無頼さ、救いの無さこそ故「私小説」と呼び称されている。昨今のエンターティメント流行りの小説界では今時珍しいタイプのまさに絶滅危惧種である。
しかし、マス坊は彼の才能はさほど買っていない。出てきた当初から興味深く読み続けているが、けっきょく自分のことを書き続けていく限りいつかは小説の題材も尽きるはずで、果たして彼にその先があるのか大いに危惧している。というのも今現在は小説家としてもはや名を成してしまったからにはもう新たな「破滅」は起きないであろうし、ゆえに私小説としての展開は本来ありえない。
むろんもっとアクティブにマスコミに出まくるとか、何らかの事件や刃傷沙汰でも起こしてまたそれを描くという太宰治的私小説作家の生き方もある。だが、この当人はそういう道化タイプではないようだしやがてはまた別のジャンルに行き着くしかないのではないか。
この『苦役列車』も話題にはなったが、彼の一連の私小説連作の一つでしかなく、内容も分量も薄い短編でしかなかった。ゆえに、話題になったから映画化するとしても、あれではなあ、と観る前から大して期待も持てなかったのである。が、脚本のいまおかしんじが巧いからだろうが、映画は原作をはるかに凌駕し、さらには原作の西村私小説ワールドを深く読み込んだ傑作に仕上がっていたのだ。※もう一回続きを書くかも。
2月も半ばとなるのにまだまだ厳しい寒さが続く。先日はみぞれ交じりの雪が降ったし、今日は午後から冷たい雨、氷雨が夕方まで降り続いた。
そんな中、所用もあったので飯田橋のギンレイホールに行って邦画二本立てを観てきた。その感想などを少し。
1本は、俊才山下敦弘監督、出演は、森山未來、高良健吾、前田敦子 らによる、話題の芥川賞受賞作、西村賢太原作の『苦役列者』。
もう1本は才人・内田けんじ監督が今最も油が乗っている人気俳優、堺雅人、香川照之、広末涼子ら豪華スターで撮った最新作『鍵泥棒のメソッド』という豪華なカップリングである。
『鍵泥棒~』のほうは実は昨年秋、公開されたときに吉祥寺のバウスシアターで観ていて、とても高く評価していた。いずれこの天才監督と作品について書こうとは考えていた。なので、今日の二本立て行くのどうするか迷うところもあったが、友人と会う用事もあったので、ともかく出かけたのである。
が、その人から風邪ひいて行けないという連絡が向こうについて携帯にかかってきたので、とりあえずあまり期待はしていなかったが未見の『苦役列車』だけ観ることにした。でも予想外に良く出来た作品で、それだけでじゅうぶん堪能したので、『鍵泥棒』は再見せずに天気も悪かったこともあってすぐに家へと直帰した。
さて、映画についてふれる前に、原作の西村賢太とその私小説世界について書かねばならない。
ご存知のように自ら私小説作家を標榜している西村賢太という小説家はその「苦役列車」という短編で芥川賞をとり一時マスコミを大いに賑わした。私小説とは何か、書き出すと長くなるので今は紙幅の都合で後回しにするが、要するに彼の小説は全て自らの経験したことを描いたほぼ自伝であり、その徹底したダメさ、無頼さ、救いの無さこそ故「私小説」と呼び称されている。昨今のエンターティメント流行りの小説界では今時珍しいタイプのまさに絶滅危惧種である。
しかし、マス坊は彼の才能はさほど買っていない。出てきた当初から興味深く読み続けているが、けっきょく自分のことを書き続けていく限りいつかは小説の題材も尽きるはずで、果たして彼にその先があるのか大いに危惧している。というのも今現在は小説家としてもはや名を成してしまったからにはもう新たな「破滅」は起きないであろうし、ゆえに私小説としての展開は本来ありえない。
むろんもっとアクティブにマスコミに出まくるとか、何らかの事件や刃傷沙汰でも起こしてまたそれを描くという太宰治的私小説作家の生き方もある。だが、この当人はそういう道化タイプではないようだしやがてはまた別のジャンルに行き着くしかないのではないか。
この『苦役列車』も話題にはなったが、彼の一連の私小説連作の一つでしかなく、内容も分量も薄い短編でしかなかった。ゆえに、話題になったから映画化するとしても、あれではなあ、と観る前から大して期待も持てなかったのである。が、脚本のいまおかしんじが巧いからだろうが、映画は原作をはるかに凌駕し、さらには原作の西村私小説ワールドを深く読み込んだ傑作に仕上がっていたのだ。※もう一回続きを書くかも。
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