民意って何だ? どこにある2016年06月23日 21時55分39秒

★「民意」について考えた。
 
 天下分け目の参院選が始まった。機を同じくして英国ではEU離脱か残留を問う国民投票が始まったが、ここ日本でも今回の選挙は、護憲派が安倍暴走政権に一矢報いられるか、それともまたも自公が大勝し、なし崩し的に憲法改定へ一気に突き進むのか、まさにここ一番の大勝負である。
 姑息かつ狡猾な自公は、あえて憲法改正は前面に出して争点にはせず、あくまでも経済、アベノミクスの成果だけを叫び、その一点だけで選挙戦を戦い抜くつもりのようだ。そして選挙で勝てさえすれば、今度は一転して、政権は信任された、民意を得たので憲法改正に突き進むに違いない。
 これが彼らの毎度の手口で、有権者は自公に全権を託したわけでもないのに一たび選挙に勝てば、選挙公約としては前面にしてこなかった、争点でなかったことまで好き勝手、思うままにやりはじめる。ならばまたも自公に投票する人ならばよくよくそうした「リスク」も含めて覚悟しないとならない。
 すでに破たんしているアベノミクスにさらにまた、三度目も騙されてみたいと思うと大変なことになると断じる。

 さておき、その参院選。我が住む東京選挙区は、一番定数が多いこともあってともかく多彩な候補者が出そろった。
 これが地方の一人区ならば、自公系が推す候補と対する野党系連立候補とのほぼ一対一の対決となり選択も難しくないかと思う。が、定数が6もあると、一人の有権者は一票しかないわけでいったい誰に投ずるべきか頭悩ます方も多いはずだ。まあ、選択肢が多いのは間違いなく良いことだが。
 定数がそんなに多いと、自民が現職と新人の二人、民新も二人、公明と共産も、社民党も、さらには知名度のある他県の元知事や、若い世代中心に抜群の知名度を持つインディーズ候補まで入り乱れてすごい顔ぶれだ。いったい誰が当選するのか、都民はどんな結果を出すか実に興味は高まる。
 我としても当選させたい候補が複数いるので、既に投じる人は決めてはいるけれど正直迷う気持ちもある。
 そして思う。選挙が終わる度に「民意が示された」と言われるが、果たして本当にそうなのか。そもそも「民意」って何なのか。

 このところの国政選挙では、投票率は全有権者の60%もいかないだろう。前回の衆院選も低かったと記憶する。つまり単純計算で、10人のうち7~8人が投票に行くならばまだしも、昨今では半分の5人が行くか行かないかという事態になっている。
 つまり有権者の半数近く、地方選となると半数以上が棄権してしまいその結果で当選した者が「民意」を得たとするのは果たして正しいのであろうか。
 むろん考えた方として、投票に行かないという選択肢もあろうし、そのことも「委任」と考えて、それもまた民意なのだというご意見もある。が、それは本当に正しいのか。
 よくマスコミ各社による、意識調査というものがある。「あなたは安倍内閣を支持しますか? 支持する方は次の答えの中から一番近しいと思う理由を選んでください」とかいうアレである。
 しかしそれは、誰彼かまわずランダムに電話とかかけてで、質問して返答のあった者が応えるわけだが、それだって回答率はかなり低い。千人に問い、答えたのはたいてい600~人とかという数字が多いと記憶する。
 そうしたアンケート調査で示された数字もまた正しい「民意」なのであろうか。ましてそこには選挙のような、行かないことで「委任」するという意識や予断は入らない。
 意識調査のアンケートに応えない人だって、もちろん大かれ少なかれ政治に関心があるはずだし、そのときどきの政治に当然大きく影響されて生きている。そして選挙に行かない人も、アンケートに応えない人も皆誰もが意思や意見を持っている。政治に関心がないとしても様々な思いがあり日々働き暮らしているのである。そこには間違いなく「民意」があるのである。

 しかし、そうした民意は示されない。彼らは選挙に行かない。示されないがゆえ選挙は、結果として低投票率となり、投票所に多く足を運ぶ世代が支持する候補者や一部の大きな組織が推す候補が当選してしまう。
 そうして選挙結果が出れば常に「民意」が示されたとして政治が動いていく。しかしそれは本当の民意ではないのである。

 つくづく思う。この国の選挙で民意が正しく示されたことなどあったのか。戦後すぐの頃は、かなり高い投票率だったはずで、有権者の八割方が選挙に行ったのではないか。10人のうち8人ならばかなり民意として正しいものに近しいかもしれない。それが10人のうちの5人。つまり二人に一人しか選挙に行かないならば、もうそれは民意とは言えない。
 それで当選し政権に就いた者たちは、民意を得た、信任されたと思い驕っては絶対にならないはすだ。先の衆院選もそうだが、国民は自公政権を真に支持してはいない。選挙結果は彼らが大勝しても民意はそこには反映されていない。

 政治不信が高まり誰もが選挙に行かなくなる、そうした時代なのかと思う。しかし、だからこそ民主主義が真の民主主義として成るためにもせめてもう少し正しく民意を政治に反映させていこう。
 誰もが皆生きていく中でそれぞれの願いや希望、思いを抱いている。何も考えない者はいない。ならばこそ、面白い選挙もつまらない選挙でもともかく投票に行き民としての個人の意思を示していこう。
 選挙に行かないことは結果として自公政権を信任したことだと認識すべし。

 民意の反映されない選挙で国家と国民の存在の根幹である「憲法」が変えられるとしたらどの国であれその民は不幸でありやがてはその国家も破滅していく。それは民主主義の自殺である。その自殺に加担してはならない。