家庭内の雑事を・・・ ― 2013年08月22日 22時09分22秒
★恥ずかしく情けない話をすこし アクセスランキング: 197位
この数日ちょっと家庭内のトラブルがあり落ち着いてブログ書けなかった。いや、どう書くべきか思案中であった。恥を覚悟で書く。
詳細は省くが一昨日、認知症、つまりボケ老人である父とまた諍いをおこし、まず朝食後、玄関で父と小競り合いがあり、はむかってきた父を突き倒したらバランスを崩した父は転倒し、後ろにいた母を巻き込んで、母がクッションのようになって二人してドアにぶつかって倒れ落ちた。
その際、母は頭をドアにぶつけ大きなコブができた。後から確認したら小さく頭皮も切れていたようで血が乾いて首筋まで伝わっていた。
その後、昼食前、庭で汗まみれになっていくらこちらが熱射病になるからと呼んでも自らは家に入ってこない父を確保するため、無理やり引っ張って玄関に入れ、シャワーを浴びさせるため裸にさせようとしたら抗って暴れてそのとき板の間に腰を打ちつけたらしい。
はっきり状況はわからないが、しばらくしてから腰が痛い痛いと騒ぎだした。痛くて歩けないというので裸にして見たら、腰というより尻の半分、右側だけがぷっくりと丸く全体的にふくらんでいる。色は変わっていない。
結局、昨日水曜日、朝食後すぐに父母を車に乗せて立川のかかりつけ総合病院に行き診察を受けた。医師の話では、骨が折れているかもとのことだったが、何枚もレントゲン撮ってずいぶん待たされた挙句幸い骨には異常はなく打撲とのことですんだ。でも母もついでに診察受けたので薬局で湿布薬を受け取って家に戻ったのは午後もずいぶん遅くなっていた。
父が憎くて喧嘩しているのではない。元から奇矯な性格であった人がボケが入ってきて子供のようになって、わがまま自分勝手放題で何をしでかすかわからない。危なくてほっておけない。いくら口で言って止めてもその行動を止めることができない。ついこちらもキレてしまい、気がつくと実力行使、世間的に言えば「暴力行為」に出てしまう。それでいて当人は後で自分のしたこと言ったことも覚えていない。
今回は間に入った母がとばっちり受けて流血騒動となったただけでなく、その朝のこともすぐ忘れて外で炎天下に不要不急のことを始めてしまう。自分がやりたいこと、やらねばならぬと思い込むと真夜中でも早朝でもそれを始めてしまうのである。彼はある種の狂人だとも思う。
よく世間で家庭内暴力とか子が親を虐待しているとか「事件」が報じられる。また、老いた息子が老親の介護に疲れ果てて親を殺して自分も自殺したという事件があとを絶たない。本当に他人事ではないと思う。
このままではいつか親父を殺してしまうのではないかと不安に思うことすらある。もしそうなればたぶん自分は犬猫含め家族全員道連れにして、家に火をつけ自分も自殺するだろう。それですべておしまい、破滅である。
施設に預けてしまうことも考えた。だが、それはよりボケさせることであり放棄でしかない。かなりヘンでも今はまだまっとうなときが多いのである。大小便は自分でほぼできるし食事も自分でとれる。徘徊系ではあるが夜などは温和でお気に入りのテレビを真剣に見ている。が、寝起きの朝は大あくびで茫然自失、反応は少なくおまけに機嫌がやたら悪い。そしてすぐに心ない言葉を吐いたりこちらを怒らせるような挑発的行為に出る。
老化も含めて認知症もすべて病的な仕方ないものだと理解はしているし受け入れなくてはならないこと、我慢するしかないこともわかっている。しかしこの小さい弱い心は、つい堪忍袋の緒が切れてしまい、抗う父を手荒に扱ってしまうのである。それはストレスもたまっているからではあるが・・・。
父を怪我させ一昨日の晩は、あれこれ考えてほとんど眠れなかった。こうして親の面倒を見れることは幸せのはずなのだ。だが肉親、血縁ゆえにかつい双方が諍い起こし激昂しトラブルの種が後を絶たない。
自分が別家庭をもち、親たちの世話を「妻」に見てもらえばこんな諍いは起きないのかとも考える。が、これは他人にしてもらうことでもないし、やはり血を分けた者が最後まですべきだと考える。ならばあとはもう気持ちを割り切るしかない。つまりこの人はもうボケて完全におかしくなってしまった、ビョーキの老人なのだ、仕方ないのだと。
まっとうだと思いそう相手してしまうからイライラし頭に血が上るのである。
まあ、これで腰の骨が折れていて入院となれば数か月はかかる。たぶん認知症はさらに進み体も萎えてもう退院できなくなるかもしれない。そのまま老人病院に入れられてこちらの手はかからなくなるが、長くても1、2年のうちに死ぬ。入院したら入院したらで病院通いで忙しくなるところであった。
自分は超多忙なビジネスマンでもないし、基本的に家にいてパソコンに向かってあれこれやっている。毎日出かけるわけでも時間がないわけでもない。老親たちと過ごせるのもあと何年あるのか、こんな生活がいつまで続くかもわからない。ならば倦まず怒らず呆れ果てずとことん面倒みるしかない。
今回のトラブル、これは神がくれた最後のチャンスだと考えて焦らず慌てず諦めず頭に血が上らぬよう、親たちの死まで生ある限りとことんこの家で命を全うさせてやりたい。
それにしても常に思うのは、この弱き小さな我が心よ。
この数日ちょっと家庭内のトラブルがあり落ち着いてブログ書けなかった。いや、どう書くべきか思案中であった。恥を覚悟で書く。
詳細は省くが一昨日、認知症、つまりボケ老人である父とまた諍いをおこし、まず朝食後、玄関で父と小競り合いがあり、はむかってきた父を突き倒したらバランスを崩した父は転倒し、後ろにいた母を巻き込んで、母がクッションのようになって二人してドアにぶつかって倒れ落ちた。
その際、母は頭をドアにぶつけ大きなコブができた。後から確認したら小さく頭皮も切れていたようで血が乾いて首筋まで伝わっていた。
その後、昼食前、庭で汗まみれになっていくらこちらが熱射病になるからと呼んでも自らは家に入ってこない父を確保するため、無理やり引っ張って玄関に入れ、シャワーを浴びさせるため裸にさせようとしたら抗って暴れてそのとき板の間に腰を打ちつけたらしい。
はっきり状況はわからないが、しばらくしてから腰が痛い痛いと騒ぎだした。痛くて歩けないというので裸にして見たら、腰というより尻の半分、右側だけがぷっくりと丸く全体的にふくらんでいる。色は変わっていない。
結局、昨日水曜日、朝食後すぐに父母を車に乗せて立川のかかりつけ総合病院に行き診察を受けた。医師の話では、骨が折れているかもとのことだったが、何枚もレントゲン撮ってずいぶん待たされた挙句幸い骨には異常はなく打撲とのことですんだ。でも母もついでに診察受けたので薬局で湿布薬を受け取って家に戻ったのは午後もずいぶん遅くなっていた。
父が憎くて喧嘩しているのではない。元から奇矯な性格であった人がボケが入ってきて子供のようになって、わがまま自分勝手放題で何をしでかすかわからない。危なくてほっておけない。いくら口で言って止めてもその行動を止めることができない。ついこちらもキレてしまい、気がつくと実力行使、世間的に言えば「暴力行為」に出てしまう。それでいて当人は後で自分のしたこと言ったことも覚えていない。
今回は間に入った母がとばっちり受けて流血騒動となったただけでなく、その朝のこともすぐ忘れて外で炎天下に不要不急のことを始めてしまう。自分がやりたいこと、やらねばならぬと思い込むと真夜中でも早朝でもそれを始めてしまうのである。彼はある種の狂人だとも思う。
よく世間で家庭内暴力とか子が親を虐待しているとか「事件」が報じられる。また、老いた息子が老親の介護に疲れ果てて親を殺して自分も自殺したという事件があとを絶たない。本当に他人事ではないと思う。
このままではいつか親父を殺してしまうのではないかと不安に思うことすらある。もしそうなればたぶん自分は犬猫含め家族全員道連れにして、家に火をつけ自分も自殺するだろう。それですべておしまい、破滅である。
施設に預けてしまうことも考えた。だが、それはよりボケさせることであり放棄でしかない。かなりヘンでも今はまだまっとうなときが多いのである。大小便は自分でほぼできるし食事も自分でとれる。徘徊系ではあるが夜などは温和でお気に入りのテレビを真剣に見ている。が、寝起きの朝は大あくびで茫然自失、反応は少なくおまけに機嫌がやたら悪い。そしてすぐに心ない言葉を吐いたりこちらを怒らせるような挑発的行為に出る。
老化も含めて認知症もすべて病的な仕方ないものだと理解はしているし受け入れなくてはならないこと、我慢するしかないこともわかっている。しかしこの小さい弱い心は、つい堪忍袋の緒が切れてしまい、抗う父を手荒に扱ってしまうのである。それはストレスもたまっているからではあるが・・・。
父を怪我させ一昨日の晩は、あれこれ考えてほとんど眠れなかった。こうして親の面倒を見れることは幸せのはずなのだ。だが肉親、血縁ゆえにかつい双方が諍い起こし激昂しトラブルの種が後を絶たない。
自分が別家庭をもち、親たちの世話を「妻」に見てもらえばこんな諍いは起きないのかとも考える。が、これは他人にしてもらうことでもないし、やはり血を分けた者が最後まですべきだと考える。ならばあとはもう気持ちを割り切るしかない。つまりこの人はもうボケて完全におかしくなってしまった、ビョーキの老人なのだ、仕方ないのだと。
まっとうだと思いそう相手してしまうからイライラし頭に血が上るのである。
まあ、これで腰の骨が折れていて入院となれば数か月はかかる。たぶん認知症はさらに進み体も萎えてもう退院できなくなるかもしれない。そのまま老人病院に入れられてこちらの手はかからなくなるが、長くても1、2年のうちに死ぬ。入院したら入院したらで病院通いで忙しくなるところであった。
自分は超多忙なビジネスマンでもないし、基本的に家にいてパソコンに向かってあれこれやっている。毎日出かけるわけでも時間がないわけでもない。老親たちと過ごせるのもあと何年あるのか、こんな生活がいつまで続くかもわからない。ならば倦まず怒らず呆れ果てずとことん面倒みるしかない。
今回のトラブル、これは神がくれた最後のチャンスだと考えて焦らず慌てず諦めず頭に血が上らぬよう、親たちの死まで生ある限りとことんこの家で命を全うさせてやりたい。
それにしても常に思うのは、この弱き小さな我が心よ。
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