今晩は西荻のみ亭で肥後さんのライブ。 ― 2012年02月12日 18時22分21秒
★うたをもっとその自らの手のうちに
当ブログで一押しのシンガー肥後真一、本格起動ライブの第二弾は、先だっての吉祥寺のスナックブロンから西荻のみ亭へ場を移して、ある意味リベンジとして本日催された。先ほど終わってご当人と一緒に中央線で途中まで帰ってきた。その報告と今日の感想などを少し。
今日ののみ亭、何度も数曲づつでもここでうたっている肥後真一を既に知っている毎度の常連客がかけつけたので、ブロンの回よりは客は入った。また、彼の親族も応援にかけつけたのでまあまあの入りである。そして本人も前回のときのような緊張感はなく、いつものようにひょうひょう淡々と、のみ亭特有の喧しい聴衆の口さない反応にも動じずに、詩を朗読しかなりの曲数をうたい尽くした。
そのステージだけ捉えれば、前回より構成も数段まとまっていて、声も出ていて彼自身のオリジナル曲もたっぷり聴けた。当人も満足のいく出来であったかと思える。
筆者は、肥後真一というシンガーを知るようになって、この前は拙宅にまで招いて唄ってもらった関係にあるわけだが、実のところいつもまだ持ち歌を数曲しか聴いたことがなく、彼の音楽世界は未知数であったことに気づく。先だっての第一弾、ブロンでも1時間、彼のステージを聴いたわけだったが、彼の好きな詩人の詩朗読などにも時間が割かれたため、さほどたっぷりうたを聴いたという気はしなかった。
そんなことに気がついたのは、今回のみ亭で、ようやく彼の他のオリジナル曲をまとまって聴いたからで、それではっきりわかったことがある。肥後真一とは、昨今では珍しいプロテストソングをうたう社会派シンガーであったのだった。ちょっとびっくりした。少なくとも岡大介よりは気骨があることを正面からうたっている。ある意味中川五郎の流れに連なる歌い手だったのである。それで何で五郎さんが肥後真一を自らのステージに上げて歌わせるのかようやく腑に落ちた。
しかしだからこそ、今回のステージで気になったことがいくつもある。いちばんはせっかくのそうした深い内容を持つ歌詞が、自らのギターの音に埋没してなかなかそのメッセージがこちらに届かないことで、もっと声を大きく巧く出すか、ギターもしくは演奏スタイルを工夫することが課題であろう。まあ、声というのは場数を踏めばしだいに出るように必ずなっていくものだからともかくまず沢山歌うことしかない。
また、曲によってふらつきがあるのがとても気にかかる。もっともっとたっぷり歌いこんで、人柄と同じだけ動じない確固たるものにしてほしい。勝手な要望だが、彼にはもっと自らのうたをもっと自分の手の内のものとしてしっかり観客に指し示してほしい。それが常に出来るようになれば、独自の音楽世界がある人なのだからもっと人気も上がるし支持も広がるはずだ。ともかくもっと場数を踏むことである。
はっきりいって、今回は初のソロライブ、彼の本格起動記念のライブとしてご祝儀相場のような好意的反応が大きかった。しかしそれはいつまでも続かないし、彼だって決して初々しいという歳でもあるまい。もっともっと実力を蓄えてさらに大きく飛躍してほしい。そのためにもまずもっと「うた」を自らのものにすることを強く望む。
肥後真一という周回遅れのプロテストシンガーはようやく起動した。自らのうたと向き合ってこれからも確かなメッセージを聴き手に届けて欲しい。これからも応援していく。
当ブログで一押しのシンガー肥後真一、本格起動ライブの第二弾は、先だっての吉祥寺のスナックブロンから西荻のみ亭へ場を移して、ある意味リベンジとして本日催された。先ほど終わってご当人と一緒に中央線で途中まで帰ってきた。その報告と今日の感想などを少し。
今日ののみ亭、何度も数曲づつでもここでうたっている肥後真一を既に知っている毎度の常連客がかけつけたので、ブロンの回よりは客は入った。また、彼の親族も応援にかけつけたのでまあまあの入りである。そして本人も前回のときのような緊張感はなく、いつものようにひょうひょう淡々と、のみ亭特有の喧しい聴衆の口さない反応にも動じずに、詩を朗読しかなりの曲数をうたい尽くした。
そのステージだけ捉えれば、前回より構成も数段まとまっていて、声も出ていて彼自身のオリジナル曲もたっぷり聴けた。当人も満足のいく出来であったかと思える。
筆者は、肥後真一というシンガーを知るようになって、この前は拙宅にまで招いて唄ってもらった関係にあるわけだが、実のところいつもまだ持ち歌を数曲しか聴いたことがなく、彼の音楽世界は未知数であったことに気づく。先だっての第一弾、ブロンでも1時間、彼のステージを聴いたわけだったが、彼の好きな詩人の詩朗読などにも時間が割かれたため、さほどたっぷりうたを聴いたという気はしなかった。
そんなことに気がついたのは、今回のみ亭で、ようやく彼の他のオリジナル曲をまとまって聴いたからで、それではっきりわかったことがある。肥後真一とは、昨今では珍しいプロテストソングをうたう社会派シンガーであったのだった。ちょっとびっくりした。少なくとも岡大介よりは気骨があることを正面からうたっている。ある意味中川五郎の流れに連なる歌い手だったのである。それで何で五郎さんが肥後真一を自らのステージに上げて歌わせるのかようやく腑に落ちた。
しかしだからこそ、今回のステージで気になったことがいくつもある。いちばんはせっかくのそうした深い内容を持つ歌詞が、自らのギターの音に埋没してなかなかそのメッセージがこちらに届かないことで、もっと声を大きく巧く出すか、ギターもしくは演奏スタイルを工夫することが課題であろう。まあ、声というのは場数を踏めばしだいに出るように必ずなっていくものだからともかくまず沢山歌うことしかない。
また、曲によってふらつきがあるのがとても気にかかる。もっともっとたっぷり歌いこんで、人柄と同じだけ動じない確固たるものにしてほしい。勝手な要望だが、彼にはもっと自らのうたをもっと自分の手の内のものとしてしっかり観客に指し示してほしい。それが常に出来るようになれば、独自の音楽世界がある人なのだからもっと人気も上がるし支持も広がるはずだ。ともかくもっと場数を踏むことである。
はっきりいって、今回は初のソロライブ、彼の本格起動記念のライブとしてご祝儀相場のような好意的反応が大きかった。しかしそれはいつまでも続かないし、彼だって決して初々しいという歳でもあるまい。もっともっと実力を蓄えてさらに大きく飛躍してほしい。そのためにもまずもっと「うた」を自らのものにすることを強く望む。
肥後真一という周回遅れのプロテストシンガーはようやく起動した。自らのうたと向き合ってこれからも確かなメッセージを聴き手に届けて欲しい。これからも応援していく。
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