ライブの余韻をかみしめて2013年03月03日 22時56分18秒

国分寺ギーでの古川豪2013/3/2.
★やはり二日連続は出かけられなかった。

 昨晩の京都からの古川豪さんをお迎えした豪&律+舘野ライブの大満足感と律さんたちとの焼酎の酔いで深く眠れた。

 自分はこのところアルコールが入ったまま眠ると必ず真夜中、2時とか3時頃に目覚めてしまい、そのあとはなかなか眠れずあれこれ考えたりして苦しい思いをするのだが、昨晩はその楽しいライブの充実感もあったせいか安心して朝まで深く眠れた。

 それはこんな自分とも懇意にしてくださる、懐かしささえ覚えるほど敬愛する方々と過ごせたからだろう。多くの好きなフォークシンガーの中でも全幅の信頼を置いてつき合えるの方々は彼らを置いて他にあまりいない。

 酒というものは常に呑んだ時、呑んでいるときの快気分にに反比例して翌日、翌朝、醒めてから深く悔いのような不快感に苛まれるものであるが、昨日はそんな楽しい時間を楽しく心許せる大事な方々と過ごせたので毎度の倦怠嫌悪感から逃れたのであろう。

 ならば今晩も亀有での豪さんの最後の東京ライブに行けばよかったのだが、やはり諸般の事情、毎度ながら家庭の事情でかなわなかった。やはり一晩はともかくも二日連続して家を空けることは今は難しい。
 手のかかる老いたものたちを残して夕方からにせよ深夜まで家を留守にしてしまうと老親、特に母に負担がどっとかかる。それが連日になるとまた体調を崩すことになる。

 考えてみると、数年前、母が癌になった年は、春先からコンサートの企画やらCDの製作やら晩秋までともかく超忙しかった。2010年のことだ。商売そっちのけでほぼ連日都心に出て、夜も帰るのが遅かった。また、ライブ観覧ツアーと称して関西やあちこちに出かけて一週間も家を空けていた。けっきょくそうした間の家事の負担が八十になろうとしていた母の体にどっとのしかかり病気にさせたのだと思えなくもない。親不孝であった。

 楽しいことはいくらでもあるしそうして日々楽しいことを愉快な仲間たちと集まって過ごしたいと思わなくないが、やはり今はもう老人と老犬たちを抱える身としてはほぼ不可能だ。家で人をたまに招く程度なら何とかなろうが、夜出かけるのもせいぜい週に一日程度が限界なのだろう。

 今晩のキッドボックス、ギター1本でたっぷり唄いまくる古川豪さんをアリーナ席でたっぷり観たいと思ったが、一日でも会えて見れたわけで、そのことだけでも感謝して良しとしなければならない。またうまく時間を作って今年こそ京都に行けたらと今は夢想している。

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