老いと死をみつめて・前2010年11月07日 18時11分09秒

★人はこんなふうに死んでいくのか

 若いときには縁遠かった「死」も歳とともに身近な関係深いものとなっていく。もちろん、若くして事故や自死で死ぬ者もなかったわけではないが、それは突発的な想定外出来事であって、決して一般的なことではなかった。それが自らも齢50を過ぎると、極めて近しい日常的なことにさえなっている。
 天気に喩えれば、若い頃は一転の雲のない快晴だった人生が、今ではどんよりとした死の雲の影に覆われている。もちろん晴れ間もまだときたま覘くときがあるが、暗雲というほどではないにしてもすっきりしない曇りがちの憂鬱な日が続いている。今秋は心なしかじっさいの天気さえもいつもの年より天高くの秋晴れとならないような気がする。しかしそれもまた人の生きていく道に他ならない。

 これは書くべきかどう書くか迷っていたのだが、ここのところ我が母の調子が悪い。この夏、先に高熱で入院した話は前のブログでちょこっと書いたが、それ以来すっかり体が弱くなってしまい、今秋になってから、胃痛が治まらず、良いときは問題なく食べられ普通に過ごせるのだが、何日かおきに昼夜を問わず激しい胃痛に襲われ、薬でも収まらず挙句に吐いたり下したりして病院通いが続いている。

 立川の病院で既に何回もバリウム入れてCTやら何やら胃から肛門からできる検査はしたのだが、未だ原因がはっきりわからず、何も問題ないと帰された日にまた胃痛が起こって慌てて近くの緊急病院に担ぎ込まれたこともあった。そんなこんなで食べるものも気を使うし、少しでも無理して食べることのないよう慎重に食事を摂っている。食べられない日が続くと体重も落ちてきて、今や骨皮筋子という有様でもある。
 特に急を要するとか、生死に関わるというところまで至っていないものの、治ったと思うとぶり返すのがもう二ヶ月ぐらい続いているのだから、どこかに癌だかなにかの原因があるのではないかと疑っている。胃カメラでは何もなかったのだから腸の方に何かが起きているのかもしれない。

 結局、立川の病院ではよく原因もわからず治りもしないので、その近くの救急病院の方に掛かることにして先日カルテとか引き渡す手続きをした。まずは来週半ば胃腸の専門医がいる日に、診て貰いそれから詳しい方針が決まる。今はともかく、食事にひたすら気をつけて、消化の良い、胃にもたれないが栄養のあるものを恐る恐る食べさせている。今できることはそれぐらいしかない。疲れさせないよう無理させられないし、もちろん家事など体力を使うことは全部増坊がやっている。

 もうこの冬で80歳を越すのだから相応の老人度だと思えるし、これまでが入院したのはお産のときだけというぐらい元気な人だったのだから、これが70代と80代の違いなのだとも思える。この「病気」が大したことなく自然に治れば幸いだが、母の知り合いの、世代が近い人たちも近年大方死んでしまったし、もはやいつ死んでもおかしくない年齢なのだと今回ようやく思い至った。胃痛が起き、吐いた挙句ようやく楽になったのか眉間に皺寄せながらも眠りに入った母を確かめてから、自分も自室のベッドで、これからどうなるのかと不安な気持ちで神に祈ることしかできなかった。じっさい、周りを見ても老いても両親二人とも未だ健在の人のほうが少なくなっているのだからこれまでが十分幸福であったのだと気がついた。

 当人もしきりにすっかり弱くなった、情けないと嘆いているが、これがまた老いの道、死に至る道筋、過程なのであろう。これが治ったとしても体力は衰え体調はすぐれず、しだいに弱っていくのだと思える。何にせよ、今はもうあとどのくらい残っているのかわからないが、家族、つまり親子皆で過ごせる日々を大切にじっくり味わいたいと切望している。

 浮かれて出かけることが多く、すっかりこのところ迷惑をかけたし今さらだがつくづく親不孝な息子であったと反省の日々である。