音楽活動健康法のススメ ― 2014年05月03日 23時30分41秒
★体力なしの我が身を嘆く。 アクセスランキング: 147位
連休後半である。今日5月3日は山梨県北杜市江草の、大ケヤキで知られる根古屋神社の祭礼の日で、去年も初めてこの地に来たのがちょうど偶然その日であった。古式ゆかしい祭りにすっかり魅せられて、その地、江草の古民家と関わることを決断したのであった。
で、今年もまた合わせて家族皆で行こうとかねてより計画していたのだが、このところいろいろあって疲れが溜まっていたことに加え老犬の介護のことと、連休後半の今日は高速道は藤野辺りから30数キロの渋滞予測が出ていたので迷ったが結局断念した。それではいつ着くかわからない。渋滞するために出かけることになってしまう。
前日から泊りで向こうに行っていれば良いわけなのだが、このところ老犬バドがまたさらに弱ってきて家に残しておくことが心配だということと、連れていっても渋滞の最中の暑さでへたることは確実なので大事をとったこともある。何にしろ今は老犬がいる限り一泊でも家を空けられない。このところはいつも若犬だけ連れて日帰りで行って帰ってきているのだ。
そんなでこの大型連休後半は、最終日にライブやら出掛ける用事が確定しているもののもう遠出はあきらめ家のことに専念することにした。が、今日はどっと疲れが出て、朝のうちに洗濯だけ終えたら午前に一度、夕方にも一度昼寝というか仮眠してしまった。頭痛と眩暈でもう起きていられなかった。また咳や鼻水の風邪の症状も出てきた。
考えてみれば29日の詩朗読ライブを終えて翌日は幼馴染みのご母堂の告別式、その午後は出張でギター教室、さらにまた翌日は女友達を連れて日帰りで山梨行でラジウム鉱泉へ。そこに中一日だけ置いてまた山梨へ行くなんて考えてみれば現実的に無理だったかと思える。今の自分にはそんな体力はそもそもないと気づく。己を知るべしであろう。
このところ敬愛するフォークシンガー方々のライブを観ていて思うのは、皆さん自分より10歳近くも年上のはずで還暦を過ぎたどころか60代も半ばとなろうとしているのに、いや、中には70代の方もいて、なのに実に皆さんお元気であるということだ。
トータルにすれば二時間近くのステージを一人で立ち尽くしたままギターなど楽器を自ら弾きひたすらずっと唄い続けるのである。すごい体力ではないか。中川五郎氏に至ってはそんなことを三日にあげず一年中全国規模で続けているのだ。
この自分、マス坊もこのところ恥ずかしながらも同様のこと、つまり門前の小僧よろしく彼らに倣い始め出したところなのだが、今の自分ならば3曲歌うのだって青息吐息でそれも座ってやって疲労困憊というありさまなのだ。しかもマイクなしでは声も出ずまして思い通りに唄えない。自作の歌でも歌詞カードなしでは歌詞も覚えていないし覚えられない。しかも始終とちる。
まあ、長年続けられているプロの方と自分のようなペーペーと比べるほうが無理があるのもわかっているがそれにしても年上の彼らの体力のあることに感嘆する。先だって来日していたディラン氏もポール・Mさんも70をとうに過ぎているはずなのに何時間もパワフルなステージを繰り広げたと聞く。むろん始終トレーニングなり節制しているのだと想像もするが、いくらプロ中のプロだとしても呆れ果てるほどの喉と体力ではないか。
いったいその体力の秘訣、健康法は何かと考えてみると、外国の方はともかく、身近な方々を見る限り一つだけ見えてくるものがある。それはまずは人前で唄うことであり、声を出すこと、つまり長年続けている「音楽活動」だと思える。
じっさいの話、人知れず彼らがジムに通って鍛錬しているとは思えない。それなりに健康管理はされているのかもしれないが、五郎氏に至ってはかなり無頼な訊くだけで無理ある日常をずっと続けている。よくそれで体が持つものだと心配さえしてしまう。
が、とにもかくにも間断なく日々唄うこととファンという人たちと接すること、あるいは歌詞を頭に入れて反復することなどが呆けず老け込まぬ体が動く「秘訣」なのではないだろうか。
唄うということは自分もやってみてわかったが、ともかくかなり体力を使う。エネルギーも消耗する。まして歌詞を頭に入れて自然にそれが出てくるようにも自らを仕向けないとならない。それはすごい重労働だと思う。ましてあちこちギター抱えて移動もする。五郎氏の場合は幸い良きスタッフというか、個人ボランティアの方に恵まれているので近場なら楽器の搬入などはそのOさんがやってくれている。彼はステージだけに専念すれば良い。そうした彼を支える暖かいファンがいての音楽活動でもあるが、それでも年間100ステージというのはディラン氏やポールさんの域であろう。じつにすごい、素晴らしいことではないか。その歳でそれだけ唄い動けたら「神様」であろう。
むろんそんなことを若い時から40年以上も続けたという慣れと蓄積、学んだ人生のコツもあるのであろう。が、やはり唄うことは絶対的に健康に良いのである。そしてそうしたこと、人前での音楽活動が大好き、人間が好きということも肝心だと思える。
自分の場合は、そもそも人前と人混み、つまり人間が好きではない。が、もうこのままでは体力無しと不健康と全身不具合で早晩死んでしまう。しかし当然ながらまだ死ぬに死ねない。これからは五郎氏やシバ、さこ大介大兄らお元気なシンガーたちを見倣って「音楽活動健康法」で余生を乗り切ろうと考えている。
連休後半である。今日5月3日は山梨県北杜市江草の、大ケヤキで知られる根古屋神社の祭礼の日で、去年も初めてこの地に来たのがちょうど偶然その日であった。古式ゆかしい祭りにすっかり魅せられて、その地、江草の古民家と関わることを決断したのであった。
で、今年もまた合わせて家族皆で行こうとかねてより計画していたのだが、このところいろいろあって疲れが溜まっていたことに加え老犬の介護のことと、連休後半の今日は高速道は藤野辺りから30数キロの渋滞予測が出ていたので迷ったが結局断念した。それではいつ着くかわからない。渋滞するために出かけることになってしまう。
前日から泊りで向こうに行っていれば良いわけなのだが、このところ老犬バドがまたさらに弱ってきて家に残しておくことが心配だということと、連れていっても渋滞の最中の暑さでへたることは確実なので大事をとったこともある。何にしろ今は老犬がいる限り一泊でも家を空けられない。このところはいつも若犬だけ連れて日帰りで行って帰ってきているのだ。
そんなでこの大型連休後半は、最終日にライブやら出掛ける用事が確定しているもののもう遠出はあきらめ家のことに専念することにした。が、今日はどっと疲れが出て、朝のうちに洗濯だけ終えたら午前に一度、夕方にも一度昼寝というか仮眠してしまった。頭痛と眩暈でもう起きていられなかった。また咳や鼻水の風邪の症状も出てきた。
考えてみれば29日の詩朗読ライブを終えて翌日は幼馴染みのご母堂の告別式、その午後は出張でギター教室、さらにまた翌日は女友達を連れて日帰りで山梨行でラジウム鉱泉へ。そこに中一日だけ置いてまた山梨へ行くなんて考えてみれば現実的に無理だったかと思える。今の自分にはそんな体力はそもそもないと気づく。己を知るべしであろう。
このところ敬愛するフォークシンガー方々のライブを観ていて思うのは、皆さん自分より10歳近くも年上のはずで還暦を過ぎたどころか60代も半ばとなろうとしているのに、いや、中には70代の方もいて、なのに実に皆さんお元気であるということだ。
トータルにすれば二時間近くのステージを一人で立ち尽くしたままギターなど楽器を自ら弾きひたすらずっと唄い続けるのである。すごい体力ではないか。中川五郎氏に至ってはそんなことを三日にあげず一年中全国規模で続けているのだ。
この自分、マス坊もこのところ恥ずかしながらも同様のこと、つまり門前の小僧よろしく彼らに倣い始め出したところなのだが、今の自分ならば3曲歌うのだって青息吐息でそれも座ってやって疲労困憊というありさまなのだ。しかもマイクなしでは声も出ずまして思い通りに唄えない。自作の歌でも歌詞カードなしでは歌詞も覚えていないし覚えられない。しかも始終とちる。
まあ、長年続けられているプロの方と自分のようなペーペーと比べるほうが無理があるのもわかっているがそれにしても年上の彼らの体力のあることに感嘆する。先だって来日していたディラン氏もポール・Mさんも70をとうに過ぎているはずなのに何時間もパワフルなステージを繰り広げたと聞く。むろん始終トレーニングなり節制しているのだと想像もするが、いくらプロ中のプロだとしても呆れ果てるほどの喉と体力ではないか。
いったいその体力の秘訣、健康法は何かと考えてみると、外国の方はともかく、身近な方々を見る限り一つだけ見えてくるものがある。それはまずは人前で唄うことであり、声を出すこと、つまり長年続けている「音楽活動」だと思える。
じっさいの話、人知れず彼らがジムに通って鍛錬しているとは思えない。それなりに健康管理はされているのかもしれないが、五郎氏に至ってはかなり無頼な訊くだけで無理ある日常をずっと続けている。よくそれで体が持つものだと心配さえしてしまう。
が、とにもかくにも間断なく日々唄うこととファンという人たちと接すること、あるいは歌詞を頭に入れて反復することなどが呆けず老け込まぬ体が動く「秘訣」なのではないだろうか。
唄うということは自分もやってみてわかったが、ともかくかなり体力を使う。エネルギーも消耗する。まして歌詞を頭に入れて自然にそれが出てくるようにも自らを仕向けないとならない。それはすごい重労働だと思う。ましてあちこちギター抱えて移動もする。五郎氏の場合は幸い良きスタッフというか、個人ボランティアの方に恵まれているので近場なら楽器の搬入などはそのOさんがやってくれている。彼はステージだけに専念すれば良い。そうした彼を支える暖かいファンがいての音楽活動でもあるが、それでも年間100ステージというのはディラン氏やポールさんの域であろう。じつにすごい、素晴らしいことではないか。その歳でそれだけ唄い動けたら「神様」であろう。
むろんそんなことを若い時から40年以上も続けたという慣れと蓄積、学んだ人生のコツもあるのであろう。が、やはり唄うことは絶対的に健康に良いのである。そしてそうしたこと、人前での音楽活動が大好き、人間が好きということも肝心だと思える。
自分の場合は、そもそも人前と人混み、つまり人間が好きではない。が、もうこのままでは体力無しと不健康と全身不具合で早晩死んでしまう。しかし当然ながらまだ死ぬに死ねない。これからは五郎氏やシバ、さこ大介大兄らお元気なシンガーたちを見倣って「音楽活動健康法」で余生を乗り切ろうと考えている。

最近のコメント