体勢整え態勢巻き返し体制打倒2015年03月22日 23時01分07秒

★腰痛頭痛心痛抱えても             アクセスランキング: 170位

 腰痛のほうは慢性的だから鈍く重い痛みは日常的であり、朝はすっきり伸びていた背中も、時間と共に腰が曲がって前屈みとなっていく。夕方ともなると背筋を伸ばしていられない。
 今の時代は少なくなったが、昔はお婆さんに多く、腰が直角に曲がって杖を頼りに何とか歩いている老人を見かけたものだが、あれは腰痛が悪化していくとああなるのであろうか。
 腰をかばうと無意識でもつい前屈みとなって背も低くなっていく。年寄りの多くが腰が曲がって小さく見えるのは腰痛が原因とは断言できないけれども自分もそういう老人となろう。このまま腰痛を抱えて生き長らえるとだ。

 まあそれでもだるいような鈍い痛みならば我慢もできる。ただ怖いのはこれが導火線的に、またギックリ腰へと引火した場合のことで、無理して疲れを溜めなければこの程度でやり過ごせるかと思う。
 ギックリ腰は本来季節を問わず突発的に起きるものではあるが、やはり寒さ、気温の低さと腰痛は大きく関係があり、暖かくなればその危機、危険度は軽くなるように思える。
※余談だが、いちばん最初にギックリ腰になったのは、好きだった女の子に誘われて彼女が働いていた西荻のソーセージ屋に職人として入り、冷え込んだ製造場で一冬ずっと立ち尽くしで働きクビになってから起きた。一か月以上激痛に囚われ寝たきりの日々が続いた。その人も先年癌で死んでもうこの世では会えない。

 ただ問題は、このところの夜になったり疲れると起きる頭痛で、ただでさえ非効率で、愚図ゆえにタスク達成度の低い我が、頭痛と付属して起きるメマイで何もできなくなる。食べられないし起きていられない。そんなで期せずして、減量果たすことに成功し、この二か月半で6キロ以上体重が落ちた。今の言葉で言えば、10%オフである。
 前はデブではなかったと思うが、腹回りに脂肪が付き、典型的な中高年体型であったが、今はスッキリした。このところ会う人ごとに痩せた、見違えたと言われてウレシイ気もなくはないが、その分体力も落ちた感じで、頭痛なくてもすぐフラフラして寝てばかりでいる。

 最近は、パソコンに向かって原稿書いたり、撮ったライブビデオの編集していると、4時間おきに少し寝て、また起きて作業して、また寝るというサイクルとなってしまった。
 つまり朝早く目覚め起きる。10時ぐらいまであれこれ家事したりすると疲れてだるくなって起きていられず仮眠とる。昼寝ではない、昼前から寝ているから二度寝に近い。
 昼零時過ぎ、起きて親たちに昼食用意して数時間作業するとまたへたばって夕方また少し昼寝。起きて本の発送や犬の散歩済まして、晩飯作って少しすると頭痛がしてきて早くもまたダウン。夜早く寝るからまた朝も早く起きる。それの繰り返し。これでは半病人である。八時間労働なんて、起き続けていられないのだからそもそもできっこない。

 それでもようやく心労の方は軽くなってきた。身近に進行癌患者がいることで、逆に見据えるものができ、気持ちも定まった。ウチの食事も今玄米食中心に新たに再考して、どうしたらこれ以上癌の成長を抑制できるかということが我が家の最重要テーマとなった。

 皮肉なことだが、「死」が迫ってきたことで「生きがい」が生まれた。つまり、生きること、生きているということは、死との距離、度合いから価値や意味が生ずるのである。
 若い時など死は無縁でいくらでも時間はあったから、全く漫然と無為かつ無意味に日々生きて時間を無駄に費やしてきた。今その時間が残り少なってきてようやく時間の価値、重みに気がついた。自分の場合、若い時だけでなく正しくは50歳近くまでそんな愚かなままでいたわけなのだが。

 まあ、美味しい酒でも同様に、中身が瓶の底の方に残り少なくなれば大切に味わって飲むであろう。死を意識するということは初めて人生という「瓶」の大きさを知ることであり、酒瓶のように眼に見えるものとしてそこにないがゆえ、死を見据えてこそ人は真に大切に生きようと考える。だから癌は健康法にはなりえないが人生健全法、再生法にはなる。

 そう、今はともかく早く我が身の体勢整えて、態勢巻き返して安倍政権という憲政史上最悪最低の体制を打倒したいと考えている。そんなで今日の大集会は参加できなかったが、心は参加者と一としている。安倍政権打倒! NO! を突き付けたい。