音楽は楽しみ。人を変えていく2015年03月24日 05時21分21秒

★今日は山梨へ最後の運搬へ           アクセスランキング: 115位

 うたや音楽では世界は変わらないし、変えることはできない。ただ、それを聴いたりうたったりした人の心の何かは変わる。変えるのではなく自然に変わっていく。やがてはそれが意識の底でビタミンやミネラルのように効いて何かを変える祖となると信ずる。

 そして何よりうたや音楽は楽しい。まさに字の如く、音の楽しみである。他の芸術は文学、美術のように学ぶことや修練としてノウハウから義務的に発しているのに、音楽だけは音学でなくpleasureとして意味づけされている、この国では。

 まあどんなことでも全てのことは楽しさ、愉楽、快楽から発している。今はやりの言葉、快適性といってもいい。楽しくないこと、辛いことは誰だって好まないし、逆に現実がそうツライがゆえ、楽しいことが求められている。

 そして人は本来それを自ら求めplayしていたはずだ。
 どんなことでも受け手の側としているよりも自らやったほうが楽しいと思うのだが、この世には「観客」という位置にいることを望む人たちも多くいる。
 いちばんはサッカーのファンやプロ野球に熱中するサポーターなる一軍で、おそらくその心理は宝塚ファンなどに連なるものであろう。つまり自らは出来ないしそこに入れない世界だからこそ憧れ追い続けるように。応援という行為をサポートと位置付けたのは言葉のマジックであろう。
 が、野球でもサッカーでも実は誰だって個人的にはすぐに始められるし下手だって草野球やアマチュアチームはいくらだってあるのではないかと思う。まあ、それらはチームプレイだからまずチームを作りメンバーが集まらないと動きだせない競技だから始めたいとしてもおいそれとはできやしないこともわかるが。
 しかし、サポーターとして選手と同じ色の服を着て応援する側に熱中するよりたとえプロレスであろうとも自らやるほうが楽しいしそこから得るものと真にわかることは大きいと信ずる。どんなことでも観るより自らやる方が楽しいという信念は変わらない。だからただ観る、応援する行為にはまったく理解できないし関心ない。

 音楽は一番簡単だ。別にプロのように流暢にギターが弾けなくたって歌えなくたってまったくかまわないはずだし、聴く側だけに甘んじるのはまったくもったいない。むろん何でもやってみると実は難しいし最初は大変だ。でもそれは何だって同じで少し続けていけばできなかったことでもできるようになっていく。

 今、この自分、基本何でもできないこの我が、高速道路をレンタカーで、びゅんびゅんとばして見知らぬ土地まで運転していくことができている。そのとき至福の感に襲われるときがある。こうして自由に運転できることは何て素晴らしいことかと思ってしまう。むろん最初は教習所でもすごく苦労した。事故も起こした。もうやめようかと何度も考えた。が、できないままでいるよりできるようになったことは本当に良かったと今つくづく思える。

 人生とはでぎないことがなくなり、わからないこと、知らないことが少しでもなくしていくことではないのか。そうして未知のことや不可能であったことを一つでも克服していくことこそが即ち生きることだと断言しても良い。つまりそれこそが人としての成長であろう。
 音楽はその中でももっとも簡単でしかも楽しい。宝塚ファンや鉄道ファンの気持ちは別として、自らできること、関われることは自らやってみるに勝るものはない。
 むろん全てには観客という側も必要だし求められている。しかし、それはアマチュアの立場からすれば交互に位置を変われば済む話ではないのか。君がうたい、ぼくが聴く。ぼくのうたを君が聴く。君の歌はぼくのうた、ぼくのうたは君の歌となっていく。

 そうした共有、共感関係もまた音楽は可能なわけで、いちばんの素晴らしいことは観客や聴衆も一体となって唄い手やプレイヤーと手を叩き、足を踏み鳴らし声を張り上げることができることだ。サッカーや高校野球で楽器をブーブーブカブカ鳴らすのよりもより確かな一体感があろう。

 そんなことを寝ながら考えきのう書いたことに関連して書いた。そしてこの世にはできないままでいることに甘んじてしまう人がたくさんいることを思った。残念でならない。車の運転もだが、危険でもこんなに便利かつ楽しいのに。音楽はまして安全で楽しいのにと。

 今日は、これから「社員」氏を招いて、近くに借りている倉庫から不良在庫の撤収、山梨の古民家へと運搬作業をする。レンタのトラックを借りてやるのはこれで最後になるかと思う。
 今月、3月いっぱいで、その倉庫は引き払う。そうなればいくらかは出費も減らせる。生活も楽になっていく。

 腰が心配だが、無理せず、慎重に腰かばいつつがんばりたい。また報告する。一昨日の集まってplayした音楽が効いた。今、気持ちは珍しく前向きである。憂鬱気分はみほこんずの練習でふっとんだ。

 というわけでバンド形態の音楽活動に本腰を入れていきたい。音楽仲間を募っている。どなたでもお気軽に。