近況とこれからブログのことなど2015年10月22日 09時17分47秒

★終わりと破滅への道を押し止めていくためにも      アクセスランキング: 174位

 10月も終わりに近づき、穏やかな秋晴れの朝だ。今、窓辺で東からのあさの陽射しを受けてパソコンに向かっている。明窓浄机という言葉があるが、机の上はともかくも気持ちだけはそう、すっきり気持ち良くありたいと願う。
 が、これは書くべきか迷ったが、実のところ今週はなぜか体調が悪く、おまけに家人もケガや不調が続きますます気持ちは萎えるばかりであった。そんなでブログもゆっくり心静かに書けないでいる。

 ずっとこのところ収まっていた持病のメマイが、月曜の朝、目覚めたときからまた起きだした。それは旋回的な、船酔い的ひどさはないのだが、立ちくらみ程度のものでもやはり辛い。ふらふらは気持ち悪い。
 そこに続いていた咳もぶり返して、食事時などふとしたきっかけで停まらない「発作」が起きてしまいそうなるともう何もできず、薬飲んで早く眠るしかない。
 しかし、早く寝ると、薬の効果で明け方まで長く眠れる時もあるが、たいがいは、2時3時頃に目覚めてしまい、それで起きだして深夜に何か作業始めると結局翌日は体調崩れてヘンな時間に昼寝したりとめちゃくちゃになってしまう。懲りたので仕方なく無理してひたすら布団の中で悶々と再び眠気が来るまで、あるいは夜が明けるまで待つ。幸いたいがいはまた睡魔は訪れ気がつくと逆に寝坊気味に起きる。そんなときはあんなに眠れなかったのにまだまだ眠っていたいのが不思議だ。

 いずれにせよそんなで体調は倦怠感に苛まれ気持ちは鬱病ではないと思うが、鬱屈、屈託を深めている。やるべきことはなかなか進められず、時間だけが過ぎていく。
 新聞やニュースを見るたび良い心の晴れるニュースは皆無でさらにうんざり絶望するばかりとなる。相次ぐ原発再稼働に、TPP大筋合意、国家権力が国民一人一人を管理監視するマイナンバー制の施行。そして安倍政権支持率アップetc.

 おまけに先週末、母がウチのバカ犬に引っ張られて庭で転び、左の肋骨付近を打ったと言う。当初は大したことないと言っていたのに今頃になって腫れているとか痛みが続くと騒ぎ出し、昨日は仕方なく立川の総合病院外科外来に午後から連れて行った。レントゲン撮ったらば大したことはないようで薬も出されず帰されたが、戻ったらもう夕方である。本の発送だけ慌てて済ませたが一日潰れてしまった。
 父は父で、毎度のこと朝は便が出ないと騒いでいたかと思うと、我が戻ったら今度は腹を下したとかで下着を汚して、呆れも驚きもしないがともかく老いた親は手がかかるとただ嘆息する。
 昨晩は父は微熱もあり、明日、毎週木曜のデイサービスは休む、行けないと騒いでいたが、今朝になったら熱もなく良く寝たせいか機嫌も良く夫婦二人してげんきんにも迎えのバスに乗って行ってしまった。昨日の騒動は何なのか。

 人類の歴史、人間の社会は進歩的に必ず発展していく。一時的には後退して歴史は繰り返してもいるかのように表面的には見えたとしても確実にらせん状に進歩し発展している。
 そのようなことを、昔通った社会科学の教室で学んだし、今もその信念は変わりはしない。が、現実的な話、今現在の目先のことだけを言えば、我も含めた世界は、この社会は終わりへと破滅へと向かっている。その流れは加速度つけて進んでいる。
 ただ、それをどう食い止めるか、そのスピードを緩めるかまだ手は残されている。まずは来年の参議院選挙であるし、多くの人たちが志を曲げずに日常的に声を上げ続け、「彼ら」を許さない、認めない、受け入れないことだ。

 そして我がことにおいては、まず自らに誠実に向き合い、何事もきちんとさせていく。と同時に、こんな人間と少しでも関わってくれた方々一人ひとりに対しても同様に誠実であらねばならない。

 このブログ、我は見栄っ張りでもあったから、できるだけ内容のある、一回一回が読んで面白くためにもなるエンタテイメントなものでありたいと心がけて来た。書くからには常にきちんとしたものを書き記したい。しかし、そうなるとそれなりに時間もとられるし、諸事情で書けずに後できちんと書きなおそうと非公開で、保存してもまた常に新たに忙しい状況に飲み込まれて一向に書きなおすことも書き足すこともできない。
 ならば、ともかく日々必ず、思ったこと、起きたこと、世に知らしたいことなど、凝らずにランダムに書き記していこうではないか。ブログとは本来そうしたもので良いのではないか。

 自分はまだ生きていく。これからも人生は続いていく。その日々、一日いちにちを日記的に記していこう。むろん書けないときもある。が、そのときでも書けないということをここで記そうと思う。

 毎朝、あたらしい朝を迎えて、朝が来たことが辛くうんざりしたものでないよう、ともかくまた一日を迎えられたことが有難く嬉しいことでありたいと思う。
 晴れの日もあれば曇りや雨の日があるように、人生もまたそのときときどきあれこれあって気分も日々変わる。しかし、破滅に、終わりに向かっていくからこそ絶望するのではなく、その中で良いことや良い兆し、希望をみつけて育てていかねばならない。

 絶望からは何も生まれない。人生をネグレクトしてはならない。賢治が説いたように、一時の感情に囚われて一喜一憂することなく、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんでいこうと思う。
 たぶんこのブログ、もうあまり長いきちんとしたものは書けない。ただとりとめのないことを正直に、ありのままに書いてくことになろう。それでももしよろしければお付き合いください。