木枯らし1号と庭の公孫樹の木 ― 2015年10月25日 23時41分44秒
★欲しい方にウチの銀杏お分けします。 アクセスランキング: 180位
今日も晴れたが北風がやたら強く音を立てて吹き荒れた。夜のテレビ天気予報では、この冬初めての「木枯らし1号」とのこと。いよいよ本格的な冬の訪れである。今年は冬は早い気がしている。
拙宅に来られた方はご存知だと思うが、狭い庭なのに住宅地にあるまじきケヤキや公孫樹など、いわゆる街路樹が密集して生い茂っている。
夏などはその枝葉が庭を覆い尽くし木陰ができるので、他の人家よりはいくぶん涼しい。が、問題は秋の落ち葉で、ご近所の皆さんの顰蹙の的となってその始末に苦悶している。
そもそもウチがこの地に越して来たときは、辺りはまだ民家も少なく親たちが防風林的に植えたらしい。それから約半世紀が過ぎ、その木々は巨大に育ち、その間に間引いて切った木もあったが、今もケヤキが東側に3本、南に向かって1本、その間に一本のイチョウが大木化して大空高く聳え立っている。
ウチのその木々の落ち葉が隣近所の家々前の道路や庭先に風に吹かれて舞い散るので、これからの季節はその落ち葉掃きに追われる。そんなで皆早朝から各自の家の前の道を箒でイチョウやケヤキの落葉を掃き集めながら我家の悪口大会となる。
ご近所との軋轢を生むそんな頭の痛い季節がまた来るわけだが、いつの頃からかウチのイチョウは銀杏が実るようになってきた。むろん春先に枝を切り詰めたりした年はほとんどならないし、当たり年と不作の年もあるけれど、毎年多寡の違いはあれど銀杏がとれる。
その実、といっても「種」のことだが、ウチのはかなり大きい。たぶん町で市販されているのより上質だと思える。あんなに綺麗に表面は洗われてはいないがご容赦頂ければ。それが今年はどうやら豊作だと今日、木枯らしが吹き荒れて気がついた。
庭にそうした大木が何本もあると、落ち葉問題はさておき、風が吹くと枝葉が風でざわざわと音を立てる。それが強い風の時などは波の音のようにも聞こえ、まるで海辺に来ているような、あるいは深い海の底にいるような不思議な気分にさせられる。
そうした音を煩いと思う人もいるかもしれないが、個人的にはとても好きな音で、その音に耳を傾けるととても落ち着く。今日などふと宮沢賢治の『風の又三郎』を思い出した。
ただ、もはやこの落葉問題はご近所の方々はキレる寸前なので、やがては近所の総意で勝手に伐採、倒木されてしまうかと思う。もっと丈を切り詰めたとしても葉は毎年生い茂り枝は伸びる。それが自然というもので生命なのだから致し方ないと思うけれど、そんな言い草は多大な近所迷惑の前に世間では非常識だと通じやしない。世知辛いと思うがそれが渡る世間なのである。
さておき、その銀杏は豊作の年は、ウチに来られた方や、友人知人方にいつも差し上げている。今日など、北風一号の強い風に吹かれて、ぼたぼたぼたぼたと、音立てて地面が黄色い果実で埋まるほど落ちて来た。まだ剥いて洗い出してはいないので総量はわからないが、落葉を前にして未だ木に残っている分も含めてかなり採れるかと思えてきた。
既に先日、ウチに来られた音楽仲間の女性には早速一袋差し上げたが、おそらく何キロかは間違いなく採れるはずだ。順次友人知人へは配っていく予定でいる。それでも今年は配り切れないかもしれないと思える。
そこで考えた。もし拙ブログの読者の方で、銀杏が好物で、毎年購入されてもいる方がいるならば、お申し出頂ければお分けできるかと思う。基本タダで差し上げるつもりでいるが、もし郵送となる場合は、できれば、送料分程度のカンパか代替の食品などで交換はどうだろうか。一袋あたり何百グラムづつお分けできるかと思っている。
じっさいのところ、剥くのはともかく、綺麗に洗って干すのは一苦労なのである。臭いも閉口、いや閉鼻する。そしてウチでは何故か銀杏はほとんど食べない。たくさん採れうんざりしているからか、そうして洗って干して網に入れておいても毎年新たな春が来て結局捨ててしまう。考えてみると実にもったいない話だ。ならばご希望の方がいるとしたらその人にお分けすれば喜ばれるのではないか。
知り合いの店、西荻のみ亭、谷保かけこみ亭などには、毎年差し上げている。そこのメニューに載っている銀杏はたぶんウチのだと思ってかまわないかと思う。
★銀杏ご希望の方は、我マス坊に直接お申し付け下さるか、このブログのコメント欄に、連絡先など書き込んでください。1~2週間程度で遠路ならば郵便で発送します。会うことが可能であれば手渡しも。
見知らぬ方でも遠慮せずにどうぞお気軽に。
今日も晴れたが北風がやたら強く音を立てて吹き荒れた。夜のテレビ天気予報では、この冬初めての「木枯らし1号」とのこと。いよいよ本格的な冬の訪れである。今年は冬は早い気がしている。
拙宅に来られた方はご存知だと思うが、狭い庭なのに住宅地にあるまじきケヤキや公孫樹など、いわゆる街路樹が密集して生い茂っている。
夏などはその枝葉が庭を覆い尽くし木陰ができるので、他の人家よりはいくぶん涼しい。が、問題は秋の落ち葉で、ご近所の皆さんの顰蹙の的となってその始末に苦悶している。
そもそもウチがこの地に越して来たときは、辺りはまだ民家も少なく親たちが防風林的に植えたらしい。それから約半世紀が過ぎ、その木々は巨大に育ち、その間に間引いて切った木もあったが、今もケヤキが東側に3本、南に向かって1本、その間に一本のイチョウが大木化して大空高く聳え立っている。
ウチのその木々の落ち葉が隣近所の家々前の道路や庭先に風に吹かれて舞い散るので、これからの季節はその落ち葉掃きに追われる。そんなで皆早朝から各自の家の前の道を箒でイチョウやケヤキの落葉を掃き集めながら我家の悪口大会となる。
ご近所との軋轢を生むそんな頭の痛い季節がまた来るわけだが、いつの頃からかウチのイチョウは銀杏が実るようになってきた。むろん春先に枝を切り詰めたりした年はほとんどならないし、当たり年と不作の年もあるけれど、毎年多寡の違いはあれど銀杏がとれる。
その実、といっても「種」のことだが、ウチのはかなり大きい。たぶん町で市販されているのより上質だと思える。あんなに綺麗に表面は洗われてはいないがご容赦頂ければ。それが今年はどうやら豊作だと今日、木枯らしが吹き荒れて気がついた。
庭にそうした大木が何本もあると、落ち葉問題はさておき、風が吹くと枝葉が風でざわざわと音を立てる。それが強い風の時などは波の音のようにも聞こえ、まるで海辺に来ているような、あるいは深い海の底にいるような不思議な気分にさせられる。
そうした音を煩いと思う人もいるかもしれないが、個人的にはとても好きな音で、その音に耳を傾けるととても落ち着く。今日などふと宮沢賢治の『風の又三郎』を思い出した。
ただ、もはやこの落葉問題はご近所の方々はキレる寸前なので、やがては近所の総意で勝手に伐採、倒木されてしまうかと思う。もっと丈を切り詰めたとしても葉は毎年生い茂り枝は伸びる。それが自然というもので生命なのだから致し方ないと思うけれど、そんな言い草は多大な近所迷惑の前に世間では非常識だと通じやしない。世知辛いと思うがそれが渡る世間なのである。
さておき、その銀杏は豊作の年は、ウチに来られた方や、友人知人方にいつも差し上げている。今日など、北風一号の強い風に吹かれて、ぼたぼたぼたぼたと、音立てて地面が黄色い果実で埋まるほど落ちて来た。まだ剥いて洗い出してはいないので総量はわからないが、落葉を前にして未だ木に残っている分も含めてかなり採れるかと思えてきた。
既に先日、ウチに来られた音楽仲間の女性には早速一袋差し上げたが、おそらく何キロかは間違いなく採れるはずだ。順次友人知人へは配っていく予定でいる。それでも今年は配り切れないかもしれないと思える。
そこで考えた。もし拙ブログの読者の方で、銀杏が好物で、毎年購入されてもいる方がいるならば、お申し出頂ければお分けできるかと思う。基本タダで差し上げるつもりでいるが、もし郵送となる場合は、できれば、送料分程度のカンパか代替の食品などで交換はどうだろうか。一袋あたり何百グラムづつお分けできるかと思っている。
じっさいのところ、剥くのはともかく、綺麗に洗って干すのは一苦労なのである。臭いも閉口、いや閉鼻する。そしてウチでは何故か銀杏はほとんど食べない。たくさん採れうんざりしているからか、そうして洗って干して網に入れておいても毎年新たな春が来て結局捨ててしまう。考えてみると実にもったいない話だ。ならばご希望の方がいるとしたらその人にお分けすれば喜ばれるのではないか。
知り合いの店、西荻のみ亭、谷保かけこみ亭などには、毎年差し上げている。そこのメニューに載っている銀杏はたぶんウチのだと思ってかまわないかと思う。
★銀杏ご希望の方は、我マス坊に直接お申し付け下さるか、このブログのコメント欄に、連絡先など書き込んでください。1~2週間程度で遠路ならば郵便で発送します。会うことが可能であれば手渡しも。
見知らぬ方でも遠慮せずにどうぞお気軽に。
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