明日、東中野「じみへん」で、マス坊、ライブの前座つとめます。2019年11月19日 23時14分40秒

★午後7時半ごろから、投げ銭制。

 人生は何一つ自分では選べない、とつくづく思う。思い通りになる事なんてほとんどない。それが、半世紀以上物心ついて生きて来た実感だ。
 ただ、そのときどき、与えられた場があり、それにどう臨むかだけなのである。そう、ことにおいて常に「試されて」いるのである。

 先の日曜午後、国立へ出て、辻つじ反戦流しに遅れて参加し、その後にかけこみ亭で、太田さんとカンタンなライブの打ち合わせ、音出しをやった。
 それから即、御茶ノ水まで出て、女友達に会い我が漬けた野沢菜とか渡すもの渡して、帰宅したのだが、漬物他の荷物が多すぎともかく重くて腰痛が悪化して今も長く座っていられない。
 おまけに激しい咳もまだ続いていて、果たして明日無事歌えるか甚だこころ元ない。今も不安でいっぱいだ。仕方なく液体咳止めを買ってきた。あの中島らもの命を奪ったドリンク剤である。いまは、それで咳は収まっている。

 しかし、調子悪いからといって、中止できる話でもないし、そんな個人的都合は、決まってしまった事には一切関係ない。後は当日、どれだけ失態なく精一杯少しでも思い通りにうたえるかどうかだけだ。
 自分のことだからまた必ず失敗はするだろう。しかし、こんな我にもお声がかかって、その場が与えられたのだから、できるだけのことはしたいと心底思う。

 そう、良くも悪くもたかがフォークソングなのである。誰でも唄える、大衆のうたなのだ。が、フォークといってもみんなが知っている歌ではない。自分だけの特別なフォークソング、その歌があり、せっかくの場だからそれを唄うつもりでいる。
 それが伝わるかどうかわからない。だいいちお客来るかもわからない。ただ、こんな歌があり、それを歌っていた人がいたことを語りたい。それこそが自分にとってのうたなのだから。

 精いっぱいできることをやる。どんな結果であれ、ここからスタートなのだ。自分のうた活動はここから始まるのだから。もう何も怖れない。

なさけない「勲章」を生涯大事に掲げていく2019年11月21日 07時36分33秒

★マス坊のデビュー戦、惨憺たる出来に終わった。

 お知らせしたように、昨日、東中野「じみへん」での、太田三造さんのライブの「前座」として出た、我の初ソロライブはともかく終わった。
 今、一夜明けてその報告をいたしたい。

 メインの太田さんのライブとしては、このところ何回も同所で回を重ねて来て、進行も選曲もこなれて来て、最良のものとなった。彼お目当ての観客も多数来られ盛況となった。
 特に昨夜は、通の、著名ミュージシャンが多数観客として駆けつけ、まさに「ミュージシャンズ、ミュージシャン」として、その噂通りの実力をはっきり示したと思える。固定ファンもついたようだ。
 その観客として来られた顔ぶれがすごい。よしだよしこさんから五十嵐正史、館野公一、みほこん他、その誰もがソロのトリで客を呼べる豪華な顔ぶれであった。
 我はその人たちを前にして唄ったのである。

 我は、今回のはなし、何ヵ月か前に太田さん当人から要請を受けた。曰く、
 11/20日に、じみへんで演る話が来てるのだけれど、当日は平日で、現場仕事に出てるから7時半の開演時間に間に合わない。マスダが、その前に30分ぐらい唄ってくれてないかと。

 実は個人的には、かねてより思うところあって、自分としてはシンガーとして今年「デビュー」したいと考えていた。そのことは以前ちょこっと拙ブログでも書いたと思う。
 その「還暦デビュー」ならぬ、還暦過ぎの者として、シンガーの方々の仲間入りライブは、このところのホームグランド「かけこみ亭」でやる予定だった。※西荻のみ亭が今もあったらもちろんそこでやるつもりでいたけど。
 そしてその記念すべきデビューライブのゲストというか、「共演」者としては旧知の太田三造さんを考えていた。誰よりも気も合うし、何より我のことをテーマにした唄まで作って頂いた中である。
 そのデビュー記念ライブ、企画はしたものの、毎度ながらいろいろ常に次から次へと慌ただしく、自分の諸事情で何月何日と決められないでいた。そう、他のミュージシャンの公演ならば彼らのご都合で調整して日時が確定できる。が、自分のこととなると、まずあれを終わらせて、これが済んでからだと、ちっとも決められない。そんなで企画だけは太田さんと話していてもそれがいつと具体的にはなかなか決められなかった。今年も終わってしまう。
 そんなさなか、彼から直に、じみへんで、出ないかとお誘いを受けたのだ。

 我としては、場所といい、彼のお誘いなのだから断る理由は何一つない。特に、まずは「前座」として、デビューするのは相応しいと思い快諾した。そして当日に向けてそれなりに練習も重ねてきた。
 ただ、あえてフェイスブックやチラシなどをつくって広く告知・宣伝することはしなかった。まだ自信がないということもある。また、太田さんの前座で持ち時間も少ない。
 誰も来ないと困るけれど、約30分程度なのだから、太田さんもさほど集客力ある方ではないので、我ら旧知の友人知人たちがぼちぼち来てくれたらそれでいいかなと思い、その人たちを前にのんびりやれたらと考えていた。そんなで内内に、我らを知るごく親しい人たちにだけライブに出るよと通知しておいた。それとこのブログにだけだ。
 が・・・
 じっさいに店が開いたらば来たのは、すごい顔ぶれのミュージシャンばかりなのである。プロ中のプロが勢ぞろいしている。何かオーディションを受けに来たような気分になった。敬愛するプロの方々を前にして、もうともかく緊張した。上がりまくった。
 落ち着いてどっしり構えて演奏にうたに集中することができず、ミスするはずのないミスを繰り返してしまった。一つのミスがまさらにミスに繋がりパニック状態となった。

 まさに惨憺たる出来であった。企画者・裏方としては一流だとは思わないけれど、それなりの自信も一家言もある自分だが、そうしてお世話した方々を前にすると、シンガー、歌い手としてはまったく何一つできない体たらくであった。ただ情けない。お恥ずかしい。込み上げて来る思い、その苦い味で喉がカラカラになった。

 けっきょく、予定していた曲も全部歌えず、あたふたして気がついたら約30分の持ち時間は終わった。何もかもまったく思い通りにならなかった。最初から最後まで頭が真っ白だった。自分の当初の思い、予定していたことは一割も表現、実現できなかった。点数としては、15点ぐらいであろうか。むろん赤点、落第である。

 もう、自分はやはり裏方に徹して、人前で歌うことはやめにすべきかとも考えたが、今一夜明けてこう思う。
 大失敗に終わったデビューライブであったが、そもそもこれが本来の「実力」なのだから仕方ない。もし、これがスムーズに何も失敗なくできていたら、何だこんなもんと自分は驕り音楽を見下し、結果として関心を失っていたかもしれない。
 苦い失敗の味を覚えて今は、逆に、自分にとって「さあ、もういっぺん」だという気分になっている。そう、勇造さんも過去の苦いライブの思いをうたにして唄ってるように、「日の暮れない前に、さあ、もういっぺん」だ。そして、ここから「終わり、始まる」のだと。

 あまりコーフンしてたのでよく覚えていないが、終わって誰かが言ってくれた。「こんなすごい顔ぶれの人たちを前にデビューできたのはスゴイことではないか」と。
 そう、まさにその通りだと今思う。太田さんの前座として、よしだよしこさんたち人気実力も高いシンガーを前にして、ともかく「デビュー」できたのだ。、しかも場所はフォークの聖地じみへんである。
 これは勲章ではないか。2019年11月20日、自分はこの日を生涯忘れない。そしてこの情けない「勲章」を誇りに、企画者、プロデューサーだけでなく、「歌い手」の一員としても生きていく。がんばるしかない。どんな観客を前にしても絶対に崩れない、動じないように練習するしかない。

 昨日最後に唄った曲の一節ではないが、すべては神の御心のままに、我もついに河を渡ったのだ。

フォークソングとは、かくも奥深く遠いものであったのか2019年11月22日 17時05分14秒

★その世界の「道案内役」として生きていく。
 
 どんな世界、ジャンルでもその道を究める人と、入り口に立ち訪れる人を誘い案内するガイド役の人がいる。
 教会でいえば、神父・司祭ではなくとも、教理を説く人、入門者をサポートする役割の人がいる。まあ、下働きであり縁の下の力持ちともいえるが。
 何であれ、その奥義を究めなくてもその世界を説明し案内する役割の人が必要だということだ。でないと新参者はいきなり奥深い世界に行くことができないから途方にくれてしまう。

 一昨日20日の、東中野じみへんでのフォークシンガー太田三造さんのライブの「前座」として30分弱歌わせてもらった我、マス坊だが、終わってからずっと失敗を悔い続け昨日は終日鬱鬱としていた。
 まあ、失敗は常である我の人生だが、太田さんのライブ自体はこれまでで最良、最高のステージだったのだから、我の「出番」がなおのこと悔やまれたというわけだ。
 そして思ったのは、やはり見ると聞くとは大違い、ではなく、観て聴くのと演るのとは大違いなのだと、今さらながら思い知らされた。
 
 フォークシンガーが自らギターを弾いて唄っているとする。観客として見ていると、いとも簡単に弾きながら譜面も見ずに気楽に唄っていると思える。そんな難しいことではないようだ。あれなら自分でもできそうだ。そう思う人も多いだろう。
 我も様々なミュージシャン、音楽家たちを観てきて、直にご当人たちと知り合い、センエツ厚顔ながらも、彼らに、それは良くない、もっとこんな風にやったほうがいいんじゃないかとか、あれこれアドバイスしたこともあった。
 むろんそれは観る側、聴き手側の意見、感想なのだからそれなりに無意味ではないとは思う。が、自分で演る側になってみると今は、「よくまあそんなことを!臆面なく言えたものだ!」と恥じ入るばかりである。

 いったい何様のつもりであったか。一昨日の晩も、我がお節介にも音楽的なことをあれこれアドバイスしたことのあるシンガーの方も来られて、その我が失態、それこそが現実そのままの姿、実力なのだが、それを眼前に曝け出したわけで、恥ずかしくてホント穴があったら入りたい気持ちであった。
 小学生ならば、泣きながらランドセルは教室に置きっぱなしにして家に帰ってしまっていたことだろう。が、大人だからそれはできない。
 今、つくづく何を俺はエラソーに、とただ恥じ入り悔やむだけだ。

 そして今思うのは、ギター弾いて唄うということ、傍目には、つまり観客側には簡単そうに見えることでも、それが当たり前にフツーに、易々とできる自体ものすごいことなのであった。間違えも失敗も歌詞を忘れることもなく。
 むろん彼らはそれだけ練習を重ねて長いキャリアがあり、何百回もライブをこなし人前で長い時間唄ってきたのだから当然といえば当然なわけだが、やはりその差は歴然であった。
 今回、我はギター、シーガルの小ぶりのアコギを持って行った。弦は当日昼に張り替えた。まあそれなりに良くなると思ってた。

 が、緊張したこともあって、カポつけるとビビッたり、何かもう一つ鳴りが良くないようで、歌ってても気も入らなかった。
 ところが、そのギターをよしこさんが使うと、まったく違うのである。こんなきれいな音が出るのかと驚かされた。※今回、太田さんさえ自らのギター持ってこなかった。何しろ現場から直帰であったから。
 よしこさんは客としてきたからご自分のギターは持ってきていない。我のギター借りるね、とそれで1曲だけ歌ってくれた。澄んだ声が流麗なギターに乗って鳴り響いた。まさに心洗われる気がした。我に汚された観客皆さんの耳も洗われたことであろう。

 よしこさんが唄ってる途中、太田さんが到着して、そのまま彼のライブが、我がギターを使って始まった。やはりギターは良く鳴って何も問題なく活躍してくれた。そして最良のコンサート最後まで良い音を出してくれた。
 つまりこれがこの音楽の深さなのである。まさに弘法大師筆を選ばずというが如く、真の実力者は、常にそのものの最良を引き出すことができるのだ。楽器だけでなくうたも何もかもすべてを。

 若いときから、日本のフォークに出会い、様々シンガーを知り、何十年も聴き続けてきて、この音楽のことなら何でもわかっていると思っていた。
 が、いざ、一人でギターを手にして人前で何曲か歌う機会を与えられると、我は自分では何一つできやしないことにただ当惑するだけであった。弾きながら人前で歌うこと。これは実に難しい。ちっともカンタンなことではなかったのである。
 誰でも少し練習すればできるようになると思っていたし、確かにそうしたものこそ「フォークソング」なのかもしれない。しかし、本当のうたの神髄、ギターの深みは、おいそれと新参者が到達できることでは絶対なかったのだ。

 この我だってギター歴は長く決して昨日今日ではない。それなりに弾けるという思いで練習してきたが、現実のライブではまったく通用しなかった。100%できる自信があったとしても現実のライブでは、70%も出せないだろう。ならば、200%300%の自信をもてるほど練習を重ねないとミスのないステージはこなせない。
 うただって同様で、歌詞も含めて100%以上、完全に自家薬籠中の物にして、眠ってるときですら無意識でも唄えるぐらいにならないかぎりやはりトチルし、声も思うように出やしない。
 そうした積み重ねの先に、ようやくシンガーとしてのスタートラインがあったのだと今はわかる。毎度のことながら、すべてが甘かったのである。

 おかしな例えだが、フォークソングの巨大な穴があったとする。クレーターのようなものをイメージしてほしい。
 我は、今、その淵に立ち、穴の中を見下ろして震えている。フォークソングの世界とは、こんなに奥深く遠いものなのかと。まったく気がつかなかった。今まではその淵の周りをうろうろ通り過ぎていただけで、その穴の中まではよく見なかったのだ。

 では、さてどうするべきか。今回初ソロライブで、かなりダメージを受けて深く恥じ入った。が、考えれば何も失ったわけではない。自らの甘さ、実力のなさが世間に露呈しただけのことで、ダメの本領発揮しただけのことだから恥じ入るばかりでも、これこそが現実・現状なのだからしょうがない。
 それよりもむしろ今回新たに淵に立ち、やっとこの深い世界の深淵を観たのだからそれこそ良いことであった。フォークとは、かくも奥深く遠いものだったと知り得た。
 で、どうするか。その穴の中に下りてさらに我も極めていくか。そのためには日夜血の出るような努力を続けなくてはならない。我も何十年も続ければ「彼ら」の域、仲間に入れるのだろうか。

 何にでも気の多く時間もない我にはたぶんそれは無理だ。何かの傍らでも上達するなんてうたや音楽はそんな甘いものではない。
 ならば、我の役割は、やはり企画側とガイド役こそが適任なのではないか。フォークソングを極めた人たちがいる。自分がその仲間に入ろうなんて思ってはならない。彼らのために、この音楽の案内人としてできることをしていくこと。
 その傍ら、うたとギターはやはり続けていこう。その奥深い世界は絶対に到達はできない。しかし、その世界の存在を知った者として、それを世に知らせる義務があるはずだ。そのことをやっていく。
 我にとってのうたとはそれなんだと気がついた。本物にはなれやしないが、「本物」がいることを広く世に知らしめていこう。こんな素晴らしいうたと歌い手が存在していると。。

 少し哀しい気分はまだ残っている。外は冷たい雨が降り続き薄暗くなってきた。何はともあれ我にまだできることがあり少し時間もまだ残っていると思いたい。
 本格的冬が来るまでにやるべきことをやっていこう。

祝・「共謀コンサート」来年1月25日再開決定!!2019年11月23日 10時32分45秒

★来年は「月刊・共謀コンサート」として毎月開催します!

 先の20日、じみへんでの「失敗」の後、落ち込んで鬱々としてしまった我、マス坊であるが、一昨日の夕方、買い物帰りのこと、突然天からの啓示を受け、「共謀」コンサートを毎月催すことを思いついた。いや、そういう啓示が我に下りた。
 そう、イエスの死後、その信者たちを迫害しまくっていたサウロに、ダマスコの街道で、突然天からイエスの声がして失明しその場に倒れたときのように。そして彼は、その後、聖パウロとしてキリスト教布教に生涯を捧げていくのだが、それはまた別の話。

 で、館野さんとさっそく電話で話して細部を詰めて詳細が決まり、毎月ならば来年1月からさっそく始めるのはどうだろうと。かけこみ亭現場担当・ぼけまる氏の快諾を得て即決定となった。
 題して『月刊・「共謀」コンサート~護憲と反戦平和、そして真の自由と平等を求めて、人が人であるために』というコンセプトで来年一年間ともかく毎月開催していくことにした。

 リニューアルしての再開ということになるわけだが、これまでやってきた「共謀」コンサートとはややスタイルを変えていく。
 これまでは、音楽中心の、趣旨に賛同する「ミュージシャン」「シンガー」たちによる「コンサート」として企画して来た。
 が、それだと出演者たちにギャランティは当然支払わねばならないし、投げ銭制でやっていくことの限界もあった。また、宣伝や準備に時間がかかり、どうしても開催間隔が空いて数か月ごとになってしまっていた。それでは日々移り変わる政治情勢に迅速に対応できないという恨みもあった。回を重ねるごとに様々な限界、マンネリ感を我は抱き始めていた。出演者も観客もいつしか固定化してきていた。
 いったん休止したのは、そうした形式を続けて何が変わっていくのか、少しでも世界は変わるのか、という悩みと打開策を模索していたからだ。

 毎月開催という形式でやる「月刊・共謀コンサート」は、最低限のシンガー、音楽家は事前に手配しておくけれど、他は、音楽に限らずどんなジャンル、パフォーマンスも含め、趣旨に共鳴して「共謀」したいと望む方ならだれでも自由参加の緩いイベントとしてやっていくことにした。むろん当日飛び入り参加もアリである。そして基本ギャラは発生しない。※出演ミュージシャンには最低限の交通費は「お車代」として用意したいと考えている。
 そのためにもフリーコンサートではなく、観客の自主的カンパ、投げ銭制は変わらない。もちろん懐が苦しい方は、一円だって払う必要はない。ただ、かけこみ亭維持のためにもせめてワンドリンクかワンフードのご注文はお願いしたい。
 それ以外は、観客、出演者ともすべて自由に、進行も含めてできるだけ事前に何か決めるとか制約はない。誰でも来て観て、ときに出られるイベントとしてやっていきたい。

 コンサートのコンセプトとして「自由と平等」ということを記した。それは憲法に保障されていることだが、こうしたイベントを企画しているとじっさいは様々な不自由感に襲われることが多い。出演依頼や当日の進行や出演順、客の入りとギャラの支払いも含めてずっと頭を痛めてきた。
 コンセプトとしだいにかけ離れていく気がしていた。開催継続はかなり重荷になってもきていた。
 では、どうしたらもっと自由に気軽に、当方もあまり苦労せずに開催し続けられるか。憲法フォークジャンボリーが一つ参考になった。そう、オープンマイク的にやっていけば良いのではないか。今の安倍政治も含めて環境問題、格差社会、老老介護問題にせよ何であれ、自ら訴えたいことのある方は、誰でもご自由に参加できる場として毎月やっていく。

 むろん時間的制約があるから、できれば開催日前日までに出演希望者は当方に連絡いれてもらう。が、当日も時間さえ空いていれば誰でも飛び入りで入ってもらってかまわない。
 各自の持ち時間は確定ではないけれど、あまり一人で長いと飽きる場合もあろうから、やはり15~30程度の節度を望みたい。しかしそれですら厳守とはしない。

 ジャンルもうたや演奏に限らず、詩の朗読、ラップ、ダンス、世間への訴えや意見発表、コント、寸劇のようなものでも一切何でもありとする。
 当初は参加出演者も少ないかもしれないが、毎月やっていると知れ渡ればやがては出る側も見る側も増えていくのではないか。

 開催日は、毎月末の最終土曜日、もしくはたまに日曜ということに決めた。基本は毎月最終土曜日ということでやっていく。で、始めるからは毎月というならば来年2020年の1月から、と決まり、幸い店のスケジュールも空いていたので、まずは第一回目は1/25日となった次第。※開始時間などは後日発表します。

 というわけで、まずは第一回目、1月25日の参加出演者をさっそく募りたい。どうかどなたでもご参加お願いしたい。また、何かご意見ご要望あればどんなことでもお気軽にお知らせください。
 こんな我も性懲りなく、先のじみへんでの失態挽回のためにも、いつものようにオープニングに1曲だけでなく赦されればたくさん歌いたいと思ってる。
 ともかく誰でも自由参加、出入り自由の楽しいイベントとして続けていきたい。どうか再開月刊・「共謀」コンサート、よろしくお願いします!!

自分の居場所と絶対的自信をつくること2019年11月24日 04時07分52秒

★「失敗」から学び得たこと

 古より、人は成功よりも失敗から学び得ることのほうが大きいと言われているが、まったくその通りだと思う。
 いや、「失敗」から学ばない者は、真に愚か者であり、また同じ愚を繰り返すという戒めでもあろう。そう、戦争などの負の「歴史」も然り。

 20日の、東中野じみへんでのライブ以降、自分の中で考え方と意識が大きく変わった。それは生きる指針さえも変更を余儀なくされたと言っていいほどに、だ。
 その20日の我が失敗、苦い思いの「教訓」から、突然「共謀」コンサート再開の啓示も下ったわけで、何はともあれ自分の場所で、自分は自分のできることをやっていくしかないということでもある。

 むろんアウェーでの自分にとって新たなチャレンジはとても意義ある事だった。結果はさておき。そしてこれからもできるだけ「外」に向けて、同様の機会あらば拒まずに積極的に出ていこうとの思いは変わらない。
 何であれ、常に身内的安定安心できる場でしか歌えない、演れないというのでは、上達も進歩もない。それでは公民館などでのサークル活動である。
 何事も場数を踏むしかないし、傷つくことこそが、真に強くなっていくことのだと、我も承知していることだからこれからも大いに恥をかくことを厭わない。が、それと並行して、今それ以上に強く我を急き立てているのは、自分の居場所をしっかり構築する、という思いである。

 「自分の居場所」と言っても、我が王様、主人公となれるような、ちやほやされる居心地の良い場所のことではない。そうではなく、我が他者から求められ、応えることができる場所、そういう関係のことを言っている。
 つまり「存在理由」がある場、関係が築ける場所のことである。これからはまずそういう場、関係をきちんと作っていかねば、と今さらながら痛感している。
 結局のところ、承認欲求もそうなのだろうが、人は、他者から求められてこそ(生きる)価値があるのだと痛感している。求められ期待されてそれに誠実に少しでも応えていく。いや、どれだけ応えられるかが、その人の大きさではなかろうか。

 そしてそのために必要なのが、自らへの信頼であり「絶対的な自信」なのである。残念ながら今の我にはそれがない。
 どんなときでも、これだけは、という「実力」もそうだが、どのような状況であろうとも崩れない、動揺しない、取り乱さない「強さ」を支える、自らを肯定できる「自信」がほしい。
 誰よりも自信がなく、人から否定されると、すぐ動揺し挙句に、まあ、それもその通りだと自己否定、卑下にすぐ陥る性格だから、ますます自信がなくなってしまう。それでは、萎縮するばかりで何一つ先へと進められやしない。

 自分はダメだという劣等意識、叱られるとオドオドしてしまう卑屈な性格、常に些細な事でも不安に苛まれる弱い心は幼少のころから養われ血肉となったようなものだから、カンタンに変えられるとは思えないが、それでも、それ、根本がダメだからこそ、これだけは、という「支え」が欲しいと強く思う。
 全能の「神」に全てを委ね、まさに御心に任せるという手もある。が、罪深く弱く卑屈な我は、まだそこまでどっしりのんびり安穏できやしない。
 ショックな出来事が起こり眠れない夜、朝が来るまでの間、これからのことを考えてはどれほどの不安に押し潰されそうになったことか。
 しかし、我が特別だというわけではく、人はたいてい同様な思いは多かれ少なかれ抱いていると思える。ただ、それと正面から向き合う愚は避けてその不安をうまく処理する処方があるかどうかだけかもしれない。
 自分もこれまでは、その不安や恐怖から目を避けて、できるだけ考えないようにしたり、ときにアルコールに逃げて意識を鈍化させて眠って忘れようと努めてきた。まさに弱い者の愚行である。
 何度でも覚醒剤使用で捕まる元タレントのことをどうして嗤えようか。

 が、もうそれはしない。酒も友人との楽しい喜びの酒ならともかく、生きる苦痛を紛らわす酒では真の救いはない。
 それよりも他者との関係において、真に良い関係を築き、信頼と友愛、相互扶助、愛の善行によって自分の居場所をつくっていくしかないと気づかされた。そこにこそ自分の場所がある。

 自分の居場所と自らをもっと愛して自信をつけていく。そう、いのちを大切にしていく。まず自らの命からだ。

祝・ローマ教皇来日~そのあまりにも大きく感動的なメッセージ2019年11月25日 23時25分38秒

★平和のための「革命家」に、愚かな晋三は内心「この共産党!」と野次を飛ばしたに違いない。
 
 今日の東京ドームでのフランシスコ教皇の御ミサ、YouTubeでの配信でリアルタイムで観ることができた。
 自宅に居ながらミサに参加しているような気分になれるとは、まさに21世紀だと感嘆するしかない。素晴らしくよく撮れていて、じっさいのドームの感動が眼前に伝わって来た。開始前から涙が溢れ出た。

 それにしてもお元気な82歳である。昨日は、長崎、広島と飛び回り、今日は、午前に皇居で天皇と面会、次いで東日本被災者に会い、昼には、若者たちとの集い、そして東京ドームでの5万人を前にしてのミサ、そして首相と面談と続いていた。
 そのドームでのミサの生中継を観れた。じっさいのドームでは豆粒ほどの大きさであろう教皇がまさに目の前におられた。その表情もはっきり見れた。実に感動的という言葉しかない。

 教皇は、連日の移動疲れもまったく見せず、満面の笑みで専用の大歓声の中オープンカーに乗って登場。会場内をゆっくり周って、とくに幼子を抱き上げては祝福された。そして約2時間にもわたる御ミサを滞りなく無事に勤められた。
 正直、5万人ものクリスチャンを集めてのミサはどうなることか、教皇様の体調も含めて不安に思えたが、最後はややお疲れの様子も見られたもののここドームでも熱く力強いメッセージを世界に向けてしっかり発信された。

 キリスト者に対するミサであるから、信者でない者にとっては意味のない、理解できない部分もあるかもしれない。
 しかし、フランシスコ教皇は、その名の元になった聖人・伊アッシジのフランシスコと同様に、何より自然と生き物たちの命を愛し、清貧に生きてきた人だから彼の訴えは、教会以外の人たちの心にも広く届くと我は信ずる。
 先に、長崎の爆心地公園で発したメッセージにあるように、唯一の被爆国の民である日本人をとてつもなく大きく勇気づけ励ますものであった。

 軍備拡張戦争は、貴重な資源の無駄遣いと断じ、「本来それは人々の全人的発展と自然環境の保全に疲れるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です」とまで言い切ったうえで、核の傘の下、被爆国当事者でありながら米国に追従して核兵器禁止条約に加わらない日本政府を暗に批判された。これは実に意義ある踏み込んだ発言であった。
 宗教者として、実に革命的であった。

 さらに教皇は 「核兵器のない世界が可能であり必要だとの確信をもって政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いする」として

「核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない。人道的及び、環境の視点から、核兵器の使用がもたららす壊滅的な破壊を考えないとなりません。核の理論によって促される、怖れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。今の地球の状態から見ると、その資源がどのように使われるのか、複雑で困難な持続可能な社会のための2030アジェンダの達成、すなわち人類の全人的発展という目的を達成するためにも、真剣に考えなくてはなりません」と。また「防衛費の一部から世界基金を創設し、貧しい人々の援助に充てる」提案をしていることも付け加えた。

 こうした指摘と発言には、真の利己主義者、アメリカ一国主義のトランプ大統領としては、「共産主義者よりタチが悪い」とツイッターなどで罵声を浴びせることであろう。また安倍晋三も同様に、国会と同じく声には出さなくても、この爺は「共産党!」と内心苦々しく思ったに違いない。
 だが我は、キリストを信ずる者である以前にマルクスを齧ったコミュニストであったから、はっきり言える。キリスト教と共産主義は、世に知られるように反目し合う水と油ではなく実は同根の思想だったのだと。
 
 新約中のルカによる「使徒行伝」を読めばわかるように、イエスの死後、残された信者たちは、共に暮らして持つ者は持たない者に分け与え、財産を共有する原始共産社会を構成していたことが記されている。
 それは帝国の弾圧により雲散霧消と化してしまうわけだが、キリスト教の思想には、元々コミュニズムが根源にあるのである。すべてを赦し互いに愛しあえ、ということこそが、だ。
 それこそがイエスの説いた絶対的無償の「愛の教え」であり、旧ソビエトや北朝鮮のような変質した共産主義とは異なり、持たずに互いに共有し相互扶助する世界、真の共産主義社会と同等のものと言えよう。

 ミサでは、教皇はこう信者に説いた。しかし、これは人類にとってもまさに共感できることであろう。
 この世界は、いのちと美に満ちており、何よりも私たち先だって存在される創造主からの素晴らしい贈り物であることを。
 「神は、お造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それはきわめて良かった」(創世記)
 美と善は分かち合うため、また他者に与えるために与えられました。
 わたしたちは主人でも主人でも所有者でもなく、創造的な夢にあずかる者なのです。

 フランシスコ教皇の教えと発言には百%共感できた。今まで自分の中ではっきりできずまとまらなかった考えや悩み、迷い、不安への答えがそこにあった。うまく言葉にできなかったことを「言葉」にしてくれた。
 我にとって、大きな指針と自信を得た。いや、人類が成すべき道を彼が示してくれたのだ。まさに神に感謝!である。

新規「共謀」コンサートに、どなたでもご参加を2019年11月26日 14時52分18秒

★今できることを、少しでもきちんと

 今日も我が愚かさと罪深さと向き合う日が続く。ローマ教皇が来ようと関係ない。そのぐらいで救われるのならば宗教なんて必要ない。
 実は今日もひと騒動あったが、いちいちここに記していたら我の愚かさは、世界をもここに収まらない。読み手は呆れ果て嗤うだけだ。
 いまは、ともかくどんな悲惨かつみじめな人生であろうと、ただ生きて「ここ」にあるだけで有難い。

 今年も残すは一か月となってきた。金の支払い、工面についてはあれからまた有難くも貴重なカンパが届き、順調ならば予定よりも早く負債、つまり動物病院への借金は終わるような気がしてきた。
 本当に思うのは、こんな愚かで罪深い我に、手を差し伸べてくれる人が少なからずいることの有難さだ。その人たちの御恩、愛に少しでも報いたいと切に思う。
 同時に、「気持ち」として我のことを案じてくれる方々にも神のご加護があればと祈りたい。
 どうしようもない愚かな人生だが、何とか続けてやっていけているのは、このブログを通して関わりある方々がいるからだとはっきり御礼申したい。
 同時に、貴重な音楽仲間たちの存在によって、何とか倒れず自滅せず、皆さんの支えでやっていける。我は自分に対する愛は薄い人間なので、ついついもうどうなってもいい。早く終わらせたいと自暴自棄になる。何度も警察の世話や病院通いする目に遭った事か。
 そうした事件や事故でもうとっくに死んでいてもおかしくない人間が、有難くも神のご加護によって、いや、皆さんの支えと励ましによっておこがましくも臆面なく未だ生きている。

 実際のところ、我には妻も子もいないのだから、後は親父が死んだら一切合切今あるものに火つけて自らオシマイにしても良いのである。
 そうした誘惑的衝動にも先行きのコトを考えると常々襲われるが、既に我よりも先に思い残して逝ってしまった人たちの顔を思い浮かべると、おいそれとそれはできない。
 彼らのためにも、こんな自分でも生きている証し、義務は果たせねばと思う。
 では、生きるとはどういうことか。どんな意味があるのか。

 それは自己充足、己の欲望の満足ではない。いかに他者のために、己の役割がそこにあったかの確認でしかない。自分のことなんてどうでもいい。

 世にはトランプ大統領のように成すこと全て自画自賛し、自分のことが大好き人間が多々いるようだが、我は違う。
 子どもの頃から学校でも社会でもずっと否定され続けてきたのだから、そのダメさは誰よりも身にしみている。しかし、それでもだからこそナニクソという思いもある。
 ダメはダメなりにそこに意味や存在理由、価値もあるのではないか。そう信じたい。

 金持や成功者が偉いとかそうなりたいなんて思いもしない。が、自分のことしか考えずに幸福でいられる人は真に幸福だと思う。我など、自分のことは何一つできず、いや、何一つ外のこと、社会的なこともできないままに、この歳まで生きてついに身動きとれなく貧困に陥り自滅に近くなってしまったのだから。
 しかし、そこにもまた神の愛は注がれている。こんな我にも、である。でなければもうとっくにこんな人間は死んでいたはずだし、そうあるべきだと自ら思える。
 ならばまだ生きていることの意味を確かめ、そのうえで自分が出来ること、生かされた理由、その使命を果たしたい。

 我は、若い時からずっと常に疎外され排斥を受けてきた。※自業自得と笑うなかれ。だからこそ、誰も疎外されず排斥されない場所をつくりたい。何をしたってどう生きたって良いんだと、その人がそのままで全人的に保障される場所を。
 そういう関係を他者と結びたい。そして思いついたのが新しい「共謀」コンサートである。誰も疎外されない。否定されない。生まれや環境で差別されない。あるがままに自然に生きられる、その人がそのままでいられる場を、そういう思いを発する場をつくれたら。

 人が人であるために、誰もが共に生きるために皆で「共謀」できたらばそれは素晴らしくスゴイことではないだろうか。
 人種や国家国籍、性別、年齢、障碍に囚われることなく、人がそのままその人であるために。
 自分ができることをやっていきます。どうかお力を貸してください。皆で共に、同じ夢をみたいのだと。
 
 美と善は分かち合うため、また他者に与えるために与えられました。
 わたしたちは主人でも主人でも所有者でもなく、創造的な夢にあずかる者なのです。               フランシスコ教皇のスピーチより。