「ええかげん」よ、いつかまた再び! ― 2011年08月16日 22時56分38秒
★追記 今回であった心に残る人たち
今日16日もうんざりするほど暑い。じっとしていも汗が噴き出るほどで、夜になっても30度以上ある。
まあ、この暑さもこの何日かが峠だと思うし、ここを乗り切ればきっと涼しくなる。やまない雨はないし、明けない夜もないのだから季節はまた繰り返していく。そう信じて、無理せずに少しづつ書き進めていく。
今回のええかげんでは、ミュージシャン以外でも多くの出会いがあった。
同じ津市在住の評論家、田中モジローさんは、事前に予約入れてお知り合いの地元女性詩人の方を連れてきてくれたし、スタッフとして動いていた女性は、かつて大阪文学校で有馬敲さんの教えを受けたこともあるとのことで、世界はまた不思議に繋がっているとの思いを新たにした。また今年の春一以来、増坊の窮地に同情され以後大変お世話になっているご夫婦も春日井から急きょお越しいただいた。こうして最後とはいえ、津にユニークなライブスペースがあったことを今回多くの人に知ってもらえたことを本当に嬉しく思った。改めてこの場で感謝いたします。
今回出会い、連絡先をお知らせ頂いた方々には、後日きちんとこちらから連絡することをお約束するが、今はまだ今回のミニ旅行の後始末も決算も終わっていないので、もうしばらくお待ち願いたい。
さて、ライブは深夜に終わり、これまで通りならだらだらと残った客や関係者、ミュージシャンたちとさらに夜遅くまで呑み打ち上げとなるはずだが、今年はアルコールが早々に尽きてしまったようで、出演者、関係者たちはそくそくと津市内?へ酒を求めて移動してしまった。後片付けをしていたガスリー氏らも明日また来るからと帰ってしまい、気がついたらええかげんには自分ともう一人初めて会う男の二人しかいなかった。
※後から知ったが、山本シンさんの一行も外でワゴン車の中で一晩過ごしていた。
その晩は蚊がものすごくて香取線香をあるったけ焚いたが、ほとんど効果なく二人ともようやく眠りについたのは朝になり蚊たちが退散してからだった。
翌朝、眠たい目で、昨晩のゴミを彼とまとめたりしてぼんやりだらだら一緒に過ごしているうちに、彼のことがだんだんわかってきた。
彼はモモさんと言い、今は京都にお住まいだが、沖縄でのオスプレイ配備に対しての反基地闘争にも関わっているとのことで、米軍基地と原発はまったく同じ構図であるということで意見が一致しすぐに親しくなった。
そして山本シンさんら一行も去ったので、ガスリー氏も来そうにないので、二人でうんうん重たい木のドアを閉めて9時過ぎええかげんを後にした。陽はもう高く、外は焼けつくように暑い。
彼も急いで帰る用もないようで、駅向こうの街道筋にできた巨大スーパーイオンに入り、缶コーヒー飲みながらあれこれ話した。詳しくはわからないがどうやら同業、同好の士であることも見えてきて本やモノ好きである仲間と出会えてすっかり嬉しくなってしまった。世代もほぼ同じ。
増坊も彼と一緒に電車で京都に出ても良かったのだが、津発の午後2時発の高速バスを先に予約していたこともあって、もうしばらくイオンで時間つぶすことにして、彼は先に駅へ向かった。再会を約束して。
最後の最後で良い出会いが待っていたのだ。同好の同じ思いを持つ友とええかげんで出会うことができた。この出会いを大切にしたいと思う。
ええかげんは諸般の都合で今月末をもって営業を休止すると聞く。しかしきっとまた近いうちまたここで皆と会えるに違いない。その日まで期待しつつ待っております。ガスリーによろしく!
今日16日もうんざりするほど暑い。じっとしていも汗が噴き出るほどで、夜になっても30度以上ある。
まあ、この暑さもこの何日かが峠だと思うし、ここを乗り切ればきっと涼しくなる。やまない雨はないし、明けない夜もないのだから季節はまた繰り返していく。そう信じて、無理せずに少しづつ書き進めていく。
今回のええかげんでは、ミュージシャン以外でも多くの出会いがあった。
同じ津市在住の評論家、田中モジローさんは、事前に予約入れてお知り合いの地元女性詩人の方を連れてきてくれたし、スタッフとして動いていた女性は、かつて大阪文学校で有馬敲さんの教えを受けたこともあるとのことで、世界はまた不思議に繋がっているとの思いを新たにした。また今年の春一以来、増坊の窮地に同情され以後大変お世話になっているご夫婦も春日井から急きょお越しいただいた。こうして最後とはいえ、津にユニークなライブスペースがあったことを今回多くの人に知ってもらえたことを本当に嬉しく思った。改めてこの場で感謝いたします。
今回出会い、連絡先をお知らせ頂いた方々には、後日きちんとこちらから連絡することをお約束するが、今はまだ今回のミニ旅行の後始末も決算も終わっていないので、もうしばらくお待ち願いたい。
さて、ライブは深夜に終わり、これまで通りならだらだらと残った客や関係者、ミュージシャンたちとさらに夜遅くまで呑み打ち上げとなるはずだが、今年はアルコールが早々に尽きてしまったようで、出演者、関係者たちはそくそくと津市内?へ酒を求めて移動してしまった。後片付けをしていたガスリー氏らも明日また来るからと帰ってしまい、気がついたらええかげんには自分ともう一人初めて会う男の二人しかいなかった。
※後から知ったが、山本シンさんの一行も外でワゴン車の中で一晩過ごしていた。
その晩は蚊がものすごくて香取線香をあるったけ焚いたが、ほとんど効果なく二人ともようやく眠りについたのは朝になり蚊たちが退散してからだった。
翌朝、眠たい目で、昨晩のゴミを彼とまとめたりしてぼんやりだらだら一緒に過ごしているうちに、彼のことがだんだんわかってきた。
彼はモモさんと言い、今は京都にお住まいだが、沖縄でのオスプレイ配備に対しての反基地闘争にも関わっているとのことで、米軍基地と原発はまったく同じ構図であるということで意見が一致しすぐに親しくなった。
そして山本シンさんら一行も去ったので、ガスリー氏も来そうにないので、二人でうんうん重たい木のドアを閉めて9時過ぎええかげんを後にした。陽はもう高く、外は焼けつくように暑い。
彼も急いで帰る用もないようで、駅向こうの街道筋にできた巨大スーパーイオンに入り、缶コーヒー飲みながらあれこれ話した。詳しくはわからないがどうやら同業、同好の士であることも見えてきて本やモノ好きである仲間と出会えてすっかり嬉しくなってしまった。世代もほぼ同じ。
増坊も彼と一緒に電車で京都に出ても良かったのだが、津発の午後2時発の高速バスを先に予約していたこともあって、もうしばらくイオンで時間つぶすことにして、彼は先に駅へ向かった。再会を約束して。
最後の最後で良い出会いが待っていたのだ。同好の同じ思いを持つ友とええかげんで出会うことができた。この出会いを大切にしたいと思う。
ええかげんは諸般の都合で今月末をもって営業を休止すると聞く。しかしきっとまた近いうちまたここで皆と会えるに違いない。その日まで期待しつつ待っております。ガスリーによろしく!

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