だがバカは叫ぶ 進め!2011年08月22日 22時22分33秒

今年のええかげんでの中川五郎さん
★上に立つ者こそ民意を先取りして時代を動かせ。

 自分が長年敬愛するシンガーソングライター中川五郎さんには向こうの曲の詞を彼が名訳した素晴らしい傑作が沢山ある。
 『ミー&ボビー・マギー』、『ライク・ア・ローリングストーン』、『ミスター・ボージャングル』他、すぐにいくつも思い浮かぶ。そのどれもが今や原曲よりも自分には日本語で馴染んで、ごく自然に口をついて出てくる。原詞にほぼ忠実に訳しながらもまったく日本語の歌詞として無理がない。これは本当に天才的才能だといつも心底感心している。

 その中で最近特によく歌われるのは、『腰まで泥まみれ』で、これはピート・シーガーの同名の反戦曲をしっかりそのまま日本語詞に置き換えた傑作中の傑作である。

 個人的にはさほど好きな曲では実はなかったが、このところの世相や世の中の事件を見ていると、このうたの世界はいつまでたっても何も変わっていないことに気づく。戦争や軍隊という閉ざされた世界だけにとどまらず硬直した旧態依然の発想しかできない上に立つバカたちのことをナイフのような切れ味で鋭く糾弾している。このうたの世界はますます深い意味を持っていくようだ。

 うたについては直接五郎さんご自身のライブで聴いてそのすごさと深さを味わってほしいと切に願うが、ごく簡単に曲の内容を説明すると・・・


 語り手である「ぼく」は、昔、軍隊にいてルイジアナで演習があった。
隊長は河を歩いて渡れと命じて、ぼくらは腰まで泥まみれで渡ろうとした。
 しかし重装備でなかなか渡れず、ぼくらは首まで泥まみれになった。
軍曹は引き返そうと言ったが、隊長は、そんな弱気でどうする、俺について来い。必要なのはちょっとした決心さ。俺は前にここを渡った。進め!と叫んだ。

 けっきょく、先を行った隊長だけが溺れ死んで、ぼくらは泥沼から抜け出した。隊長は前に渡ったときより水かさが増えて深くなっていたのを知らなかったのだ。

 語り手の「ぼく」は今は除隊して家にいる。しかし、新聞を読むたびにあのときの気持ちが甦ってくるという。
 うたは最後にこう繰り返される。

 ぼくらは腰まで泥まみれ だがバカは叫ぶ進め!
ぼくらは腰まで、首まで やがてみんな泥まみれ だがバカは叫ぶ 進め! と。


 何でこの曲について取上げたかというと、ポスト菅の後継者争いで、マスコミでは民主党内の有力者たちの姿が取上げられていた。しかしその誰もが原発問題に関しては、菅首相よりも明らかに後退した発言、発想を持っているようで、一人として撤退を「公約」とした人はいない。
 それどころか日本経済にとっては今後も原発は必要との認識に立って推進するとまで言っている。頭の悪い政治家たちはこの期に及んでまだこんなことを言っているのかと今さらだが呆れ果てた。
 そのとき突然中川五郎のうたう『腰まで泥まみれ』のフレーズが聴こえてきた。

 そう、ぼくらは腰まで、首まで、やがてみんな放射能まみれ だがバカは叫ぶ進め! と。