うたを唄い継ぎ、時代を語り継いでいく2014年09月08日 21時51分31秒

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 今日は午後から親たちがデイサービスに行ったので、昼食後、思う存分昼寝してようやく風邪は癒えてきた。目覚まし時計が鳴るたびに一時間づつ先延ばしにして結局夕方までひたすらだらだら寝た。

 慌ただしいが、これから残りの年内のすべきことが見えてきたので今気持ちは燃えている。
 今日の夜のNHKのニュースでは、また安倍政権の支持率が回復したとのこと。どうやらこの内閣改造が評価されたらしい。
 じっさいの話、給料がいくらか上がったとしても、物価は高止まりで、実質賃金は変わらずずっと下がっているのだから、何一つこの政権は国民のためになることはしていないのに、今も支持する人たちがいるのだからその真意を疑ってしまう。が、まあ要するにそういう方たちは今は幸せで満足し現状を肯定できているのだろうからそれはそれで良いことであり批判も否定もしない。
 幸せな人に、実はあなたは幸せではないんだと忠言したとしても意味ないし聞く耳は持たないであろう。眼覚めないヒトが不幸だと思うのは僭越であり、人の幸、不幸は絶対的なものでも相対的なものでもなくただその人の気の持ちよう、心の在り方でしかない。当人が満足しそれで良ければ良いのである。

 今の時代が良いと思う人はそれでかまわない。が、自分にとっては決して生きやすい、良い時代だとはとても思えないし、このままの流れが続けばやがて我のような異端かつ反体制的思想、行動をとる者は非国民として弾圧され疎外されていくかと予想する。そして国家は戦争で再び破滅していく。
 しかしそれは時代の流れであり大勢がそうであるのならむろん抵抗はするが、その流れにあえて掉さす気持ちはもうなくなった。カエサルのものはカエサルに、とナザレのイエスが言ったように、時の政治とはまた別になすべきこととできることはあるのではないか。

 ずっと聖書を旧約から新約まで読み続けてきてわかったことは、これはユダヤ民族の破滅の歴史、その記録だと気がつく。つまり彼らの神話的昔から様々な預言者が現れ、ユダヤの民に悔い改めるよう常に何度も説いてきた。が、彼らは改めず、ときには善き王様と自らの国家を得たときもあったがやがては滅亡し民族は離散しイエスという救世主が預言通りに現れてもあろうことか彼をも殺してしまうのである。
 そして残念なことにその歴史は今も続き、悔い改めることなく彼らは自らの国家は超大国を後ろ盾にやっと成立できたものの今も過ちをずっと続けている。

 本来迷えるユダヤの民を救うために生まれたイエスの教えは結果、異民族のものとなり求める異邦人たちの救いとなっていく。

 歴史というものはそうしたもので、永久に本来の姿、神の意思が反映し実現するときなどないのではないか。世界平和は誰だって望む。しかし、人間の欲望は果てしなく、その人間でできている民族、国家はその欲望実現のために戦争さえも繰り返す。そして人は目覚めない。
 荒れ野で、悔い改めよと叫ぶ者の声に耳を傾けはしない。そればかりか彼らを捕らえて石もて殺してきた。

 バッシングの時代である。今は手ごろなマスコミの生贄の羊がみつからないから、朝日新聞という大新聞を標的に、全マスコミが束になって叩きまくっている。個人的に、朝日嫌いの我であるけれど、ここまで糾弾されるほど朝日新聞は悪行を重ねてきたとはとうてい思えない。公平であるべきマスコミの在り方として本来批判されるべきは安倍政権の悪行のお先棒を担いできたフジサンケイ、読売だと考えるが、今は彼らは肩で風切る勢いだから我が身はさておき「非国民」「売国奴」の朝日を叩きまくる。
 今は右翼の時代だから、左翼及び、左的色づいた意見はそれだけで耳貸すことなく頭ごなしに否定され「アカ」だと蔑まされる。原発反対すらもアカの戯言と聴く耳持たれずやがて弾圧されていく。そうして日本人はまた一億皆で戦争の時代へと突き進んでいく。歴史はこうしたことを繰り返してきた。

 自分ができることは何だろうかとこのところ考える。悔い改めよと叫ぶ者には自分はなれない。改めるべきはまず自分であろう。ならば、せめて愛と義に重きをおいて、うたや音楽、文字という行動で自らのためではなく他者のために、外の世界のためにできる、なすべきことを一つでもしていくしかない。

 日和見主義にはならないよう、まして悪のお先棒を担がないよう、自らも含めた弱者や障害ある者が疎外されることなく当たり前に生きて行けるよう共に手を携えていく。声をあげていく。そしてこれまでもこれからもどんな時代であったか、記録に残し語り継いでいく。

 神の国は祈りただ待ち望むものではなく、自らが求め行動し作り上げていくものではないのか。それはともかく行動で示していくしかない。今ならそれができる。まだできる。
 自分ができる、なすべきことを少しでもやっていく。