もともと~ないものだと思え2014年09月14日 08時43分12秒

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 相変わらず悩み多い日々を送っている。いろいろ次々と頭悩ます、というか心痛める心配なことが起きてちょっと苦しい思いでいる。

 いつか振り返ってこんなことがあったなあ、とその当事者間で笑って振り返る日が来ればと願うが、そもそもが自分の失態、判断の甘さから来ていると思うので、すべては神が与えた試練だと思うしかない。自業自得なわけだが、それにつけても我が業の深さよ。

 さて、そんな最中、悶々としてなかなか眠れぬとき手に取った枕元の本の中にあった言葉が心に響いた。
 それはイトーヨーカ堂創業者、伊藤雅俊氏が著書の中で語った経営哲学で、ある本の中で紹介されていた。
 伊藤氏がそもそもその前身である洋品店をやっていた彼の母から教わった商売の基本とは、「お客様は来てくださらないもの」「お取引先は売ってくださらないもの」「銀行は貸してくださらないもの」なのだという。
 
 発想の転換というべきか、なるほどと唸った。自分も含めて人は、~で当たり前、当然だと何につけ考えている。身近なところでは、電話や携帯での連絡はあって当たり前だとか、これこれしたのだからお礼や、見返りがあって当たり前だとか普通に考えてしまう。
 そしてこちらの期待や思い通りにいかないと怒ったり憤ったり不安になったりときに傷ついたりすらする。
 しかしもともと自分ではない、他者相手のことなのだ。相手はこちらが思うほどこちらを大事に思っていないかもしれないし向こうには向こうの考えや都合もある。自分の思い通りに期待どおりになるわけがない。

 まして客商売なんてものは、こちらがいくら願ったって思い通りに進むものではない。ならば、伊藤氏の母の言のように、最初から、もともと客は来てくれなくて当然だと考えるのが正しい。
 が、だからといって諦めては商売はなりたたない。そうしたものとまず割り切ったところからある意味商売はスタートする。
 世の中では、店をやっている人から、客が来ない、売り上げが伸びないと嘆く経営者の声はよく訊く。しかしそれは現実、つまり事実でしかなく、ならばそこからそれを前提にどう集客し売上を伸ばしていくか必死に工夫するしかないはずだ。
 ある意味、発想を転換し、最初から~でない、のが当たり前と考えれば、状況が好転すれば感謝の念がわく。少ないお客様でも大切にする。すこしでも良いことがあればとても嬉しくなる。そしてそうして真摯に感謝して生きて続けていけばまた状況はさらに好転していく。やがては商売も軌道に乗るかもしれない。

 翻って考えればすべてのことは、我々はそれが当たり前だと考えていても実はそうではないということが多いのではないのか。
 たとえば、世界は平和であり、人権は保障されているのが当たり前、当然だと考えていた。むろんそれはあるべき姿であり、それを人類は目指さなければならない。しかし、実はそれは当たり前なのではなくて、逆に、世界から紛争や戦争はなくならないもの、とまず考えて、そのうえでどうそれを最小のものにしていくか努力していくことではないのか。
 
 人間関係も人とは分かり合えないもの、気持ちはなかなか伝わらないもの、誤解やトラブルは起きてしまうもの、と開き直って構えていれば逆に抑止力的にあれこれ努力もするから、最初から人と人は分かり合えると考えているより反対にうまくゆくかもしれない。

 そう、何事もうまくいく、それが当然だと考えるからいけないのであった。人間関係も含めてモノゴトはうまくいかなくて当たり前、何もできなくて当たり前。だが、だからこそそこからがスタートなのだった。ならばこそ必死で努力していかねばならない。

 身近な人間関係から世界平和まで、何事も当たり前だと考えず、そうでないということを前提として、それを踏まえてそこからやっていくしかない。
 その辛い現実に飲み込まれ、諦めてしまっては何も始まらない。それで終わりである。すべてはその悪い現実、逆境から始まるのだった。