全てが「有難い」と思わねば2013年04月26日 21時22分17秒

★ざっと近況など

 実はこの二日、また風邪で寝込んでいた。まだ微熱が残り、喉や節々も痛いが、大事には至らないで済んだかと思う。

 このところ、暑いんだか寒いんだかよくわからない日が続く。日中は晴れれば汗ばむほどの陽気となっても朝晩は意外にうすら寒い。
 大したことはやっていないが、映画塾などで人の出入りが多く、その支度も含めて疲れが出たのか、一昨日あたりから寝ていても寒くてたまらず、昨日になって喉も痛くはっきり風邪をひいたと認識した。

 実は昨日、今日と親たちもデイサービスで不在がちなので、溜まった要件を片づけてから、ギンレイに映画に行ったり、今晩は近く閉店する駒込のライブハウスに顔出す予定でいた。勇造さんが来ている。
 が、もう全部何もできず、何もかもあきらめた。昨日から葛根湯を飲んで、ただひたすら三度の食事以外は寝込んで汗かきつつ眠り続けていた。
 幸い、熱はどうやら下がり、ベッドに寝すぎて腰は痛いが、どうやら大過なく風邪はやりすごせたかと思う。今は喉の痛みも咳もない。ちょっとふらふらしているが。
 心配なのは、親たちに伝染すということで、老いて体力の衰えている彼らには高熱はすぐ命とりとなる。老人の死因の多くは肺炎なのだ。季節の変わり目ごと、寒暖の差には要注意なのだ。今のところ、彼らは無事のようだ。

 無理すれば、今日は都心に出て映画を見たりライブに顔出したりできなくもなかったかと思う。ただ、その無理がどう出るか、そのツケが怖い。明後日、日曜にはまたウチで、簡単な集いがあり、人が訪れる。
それがなければ無理もできたかもしれないが、その当日、こちらが高熱出していたらどうしようもない。

 今朝も犬の散歩はぼーとしつつも行ったが、夕方、5時過ぎの散歩のときは、たっぷり寝すぎたせいか、妙な感慨があった。刑務所から出たり、入院していた人が退院したときの気分とはこんな気持ちかと思えた。たった二日間、寝込んでいただけなのにすべてが目新しく思えた。

 間もなく大型連休が来る。その後も含めていろいろイベントは目白押しだ。が、もう焦ることなく、ともかく御身大事で、親たちの世話と家のことの傍ら、一つ一つ自分のやるべきこととてきることをやっていくしかない。「本の商売」のほうもそろそろどう対処するか結論を出さねばならない。
 無頼庵のほうも儲けにならない、趣味道楽ならば何も問題なく続けてはいける。ただ、その道楽と、自分の今後の人生をうまく照合し、願わくば少しは生活の糧としていかないとちょっと辛くなってきている。むろん、人がたくさん訪れてくれて楽しんで頂ければそれだけでうれしいし満足のはずだ。大事なことはその「先」である。そこから何が起きるか、生まれるか、続いていくのか、だ。

 何もできなくても時間だけは過ぎ、季節は足早に進んでいく。目に青葉、若葉の季節もすぐに終わり、間もなく初夏である。
 幸い、老親も老犬もとりあえずはまあ元気で、懸案のことなど悩みはなくはないが、今は特に不安や心配など心にかかる憂鬱なことはない。先のことを考えてあれこれ案ずればきりがない。ともかくまだみんな生きている。それだけでも有難い。今のすべてにかんしゃせねばと思う。
 焦るより一つ一つ、少しづつでもやるべきことをやっていこう。いつまた人生に不具合が起こるかわからない。それができるうちにだ。

 そうそう、修理に出していた東芝のパソコンは先日戻ってきた。そして昨日、問題のマウスも新品の交換品が届いた。今は何も問題ない。今これはそれで打ち込んでいる。
 これからこのパソコンを中心にさまざまな編集作業を本格化させていく。
 今日は東日本は春の嵐襲来とのことで突風や落雷が心配されたが、ウチの辺りは風は強かったものの雨もほとんど降らず大したことはなかった。幸いであった。