クリスマス謝恩ライブパーティは来年こそ2017年12月23日 09時40分04秒

★来年こそ「ブックカフェ」として再起動させていく

 ちっとも片付かないままモノは増え続けまさにゴミ屋敷と化している。
 毎年、拙宅では、今日この12月23日の天皇誕生日に、「無頼庵クリスマス謝恩ライブパーティ」を開催してきた。
 これは、我マスダと関わりあった方々をお招きして何か唄なり演奏なりパフォーマンスして頂いた方は無料、その以外の観客としてご参加の方は千円で呑み放題食べ放題で、夕刻から電車で帰れる時間まで呑んで食べて唄って騒ぎ集う恒例のイベントだった。もう7~8年続けていたのではないか。むろん一見さんでも誰でも参加歓迎であった。
 去年も母が死んでまだ慌ただしい年であったが、無理してささやかにでも開催した気がするのだが、今それすらも記憶が混乱して定かではない。

 今年も早くから23日のクリスマスパーティはどうなるのか、とミュージシャンの何人かから問い合わせがあった。
 ご希望や楽しみにしてくれている方がいるならば当然のこと今年も開催せねばならないわけだが、いろいろ迷い悩んだが、今年は「中止」、来年こそは必ず再開ということで連絡してしまった。
 中止せざる得ない理由は、老父の介護があるということもだが、それは当日は介護施設に父を預けてしまえばすむ話であって、いちばんの問題ではない。 
 実は情けない話、今、あの広い二階の大部屋、無頼庵のスペースは、モノが一杯でそれも片付け途中で散乱してしまっていて、まさに足の踏み場もなく客人を招き集うスペースがないからだ。

 モノがいっぱいなのはウチの常態ではあるけれど、今年はそこに、西荻のみ亭のやっちゃんが急死し、店にあったもの、本類中心に様々なものがウチに来てしまい、それもまだ整理つかずほぼ手つかずの状態だからだ。
 そこに、母の旧い友人で、母より先に先年亡くなった近くに住む共産党の市議会議員をやっていたGさんの遺品である本類全ても引き取ってしまった。その家が建て替えのため急きょ移動処分を迫られ、亡き母が生前その家の家人と引き取りする「約束」していたのでそれもウチに来た。
 Gさんの本は、検索かけて、売れるものは右から左にAmazonマーケットプレイスなどに出して処分していけば良いのだけれど、父の老衰が進んできたため、なかなかそれを進める時間もない。
 さらにのみ亭のものは、敬愛するやっちゃんの遺したまさに形見、遺品なわけで、我としてはゴミに近しいものでもできるだけ捨てたくないし、のみ亭の本棚も運んできたので、拙宅にきちんと「再現」したいと考えている。
 拙宅無頼庵の一部に「のみ亭」スペースをつくって、やっちゃんと親交深かった神戸の光玄をお招きして「追悼」ライブをやるのが我の今いちばんの夢である。

 ただともかく今までは時間がなく、早く整理して片付けねばと思いつつ、けっきょくそれらは段ボール箱に詰めたままで山積みされ、さらにそこに我の未整理の紙ゴミ類が散乱し一体化してしまい、広いはずのスペースは今とても狭く窮屈になってしまった。写真に撮って公開しても良いのだが、観た人がトラウマになるかと思うので控えておく。
 そういうこともあって、大事な携帯電話もその本やガラクタの山海に埋没してしまい、たぶん家の中にあるはずなのに発見できないままなのだ。

 来年になれば時間ができるとも我の処理能力が上がるとも思えないが、新年からは少しづつ父のお泊りの日程が増えていく予定であることと、ようやく我自身の気持ちにおいてスタートの緒についてきたと思えるので、毎度毎度のことだが、何とか来年こそは!という気持ちに今なっている。
 そうした人が集えるスペースを作る事、そして実際にいろんな人が来て出会えることこそ、我にとっても誰にとっても良いことであり、皆が願っていることだから、来年は無頼庵を再開せねばならぬ。

 今年も拙宅に、どうして住所が判明したか、ブックカフェ訪問のために突然来られた方もいた。その時我は不在だったが失礼なことをした。当ブログでは、まがりなりに「ブックカフェ」と称しているのだから、看板に偽りありでは全く申し訳ないし恥ずかしいことはないか。
 きちんと商売にしていく気はまだないけれど、最低でも月一で、何かイベントをまた企画して客人が招けるよう、来年は全力で片づけを進めてそのためのスペースを作っていかねばと今強く思う。
 そして何としても来年の12/23日には、またクリスマス謝恩ライブパーティを企画開催したい。またみほこんたちと讃美歌を披露したいし、薪ストーブで鶏の丸焼きもつくって皆様にご賞味いただきたい。

 そんなこんなで、来年こそは必ずやと今誓う。どうかご期待ください。そしてそのときは、拙ブログの読者の方々もお招きしますのでぜひご参加ください。