正月明けてこれからのこと2019年01月04日 23時00分24秒

★さあ、今年も動き始めた。

 正月三が日も終わり、4日の金曜である。
 毎度ながら正月気分も何もなく、先の拙宅のクリスマスイベントの後片付けもろくにできないまま、年末、そして新年となり平成最後の正月も終わってしまった。
 父が、昨年暮れの29日の夕方から明日5日土曜の朝までまるまる一週間ずっと家にいて、その世話に明け暮れというか、彼が起きているときは目が離せず気も緩められず、自分のことも家のことも落ち着いて腰据えて何もできずにこの年末年始は終わろうとしている。
 何とか新年2日に、都内に住んでいる甥っ子が来たので、ネットで注文しておいた冷蔵お節セットを開封して、ごく簡単にお雑煮だけつくって父と三人、男だけの三世代でささやかな正月を終えただけだ。

 先にも書いたが、暮れからずっと本格的な風邪もひいていて、今も鼻はつまり喉も痛く咳も続いて、しんどい新年明けとなった。
 それでも、今日は昼過ぎ、父を床屋に連れて行き、髭も剃って小ぎれいになったところを愛猫抱かせて写真に撮って、その画像を入れて小一時間で父用の年賀状を拵えた。
 こんな父でも、親戚から今年も10枚程度は年賀状が有難くも届いたので、返礼せぬわけにもいかず、何とか促して一筆だけ書かせて、とりあえず今年もまだ生きている証として、父の分は年賀状は書き終えた。
 明日投函すれば、来週明けには相手方に届くだろう。95歳の老人からの年賀状はそれだけでもまさに「有難い」ものではなかろうか。
 そして我にもごく少ないが届いた分があり、返す分のハガキは用意はしてあるのだけれど、何をどうしたものかデザインも何もまだ何も思いつかない。
 まあ、それでもともかく今は、何とかこの一週間、父を殺さずにこの年末年始、平成最後の正月を無事に乗り切れただけで満足している。教会も初詣でも一切行けなかったが。

 明日、父をショートで施設に送り出してから、ようゆく我の2019年が始まる。まずは、本年2月23日の「共謀」コンサートの全体像、全出演者をすぐ確定させて、一日も早くフライヤーを正式に拵えて宣伝活動に専念していくことからだ。
 死なせた犬にはすまないが、おかげで今年こそはやっと自分のことに落ち着いて専念できるという思いと、さあ今年こそと奮起するところがある。そう、父さえ施設に預けてしまえば、我は自分のことに正面から存分に向き合えるときが来たのだ。

 母が死んで三年目の今年、やっとここまで来たという感がある。最長不倒の安倍政権も株急落も含めてついに終わりのときがはっきり見えて来た。今こそ追撃の火を高くかざして、憲法改悪の妄動を霧消とすべく我は非力ながらも今できる、すべきことに力を尽くすつもりでいる。
 むろん父のことも含めて先のことは我にも誰にもわからない。しかし、今はやっと、今こそ自分という人間がわかり、向き合い、そのうえで何をすべきか、何を優先的に何ができるかやっとわかってきた。

 我はとことんバカで無能だけど、「思い」だけは誰よりもあるし、それは誰にも負けないという自負もある。ならばこそ、その思いにどれだけ忠実になれるかだ。それが試される年となる。がんばりたいし今年こそ頑張れると思う。
 皆様にも幸いある、良い年となりますように。

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