事態に至った経緯を記す② ― 2025年08月25日 16時40分47秒
★先憂後楽の思想とバッドタイミング
ほどなくして中年の警察官がひとり、自転車で現場に駆けつけてきた。
双方から事情を聴取して、免許証や車検証、自賠責の書類などを確認して、当事者間の連絡先を交換するよう促した。
相手の女性は、特にケガなどされた様子は見えなく、警官の問いに、
「ダンナが一応病院に行け、って言うから、これから病院に行く」と答えていた。
それから現場検証が来るから、とのことだが、他にも用件があるとのことで、かなり待たされた。我とその被害女性は、日陰をみつけてそこで待ったが、警官はひたすら暑い日差しの中で立ちすくんでいた。
※我はとうぜんのことながら自動車保険会社に電話した。
一通り事情聴取がすめば三人に言葉ない。我はこうした事態を引き起こしてしまった自分の迂闊さと愚かさを呪い巻き込んだ皆にただただ申し訳なかった。
事故が起きたのは早朝7時過ぎ頃だったか、それから1時間以上も現場で待たされ、やがてバンの車両のパトカーが来て、降りてきた作業服姿の二人は双方の車のぶつかった箇所や現場の写真を撮り、メジャーで地面の距離をざっと測って記録したりしたが、それはごくおざなりなもので15分もかからずすぐに終わった。
まずその被害に遭った女性をその車ですぐに帰らせて、改めて簡単に事情を確認し、ここは、パーキング内だから公道ではないので、道路交通法違反には問われない、が、場合によっては、道に出るときに歩行者などに人身事故起こす可能性もあったのだからもっと慎重に、と注意されて、彼らは帰り、自転車の警官も去ってことは終わった。時計を見たら9時15分頃だったか。
いま改めて思うのだが、我は、クルマを駐車するとき、それまでは常に前向きに停めていた。つまりそのスペースに頭から入れていた。
今回もそうしていたから、その後ろにいつの間にか別のクルマが新たに停まったのにまったく気づかずにバックしてぶつけてしまったのだ。
世の人たちを見ると、おそらく10人中9人は、バックで駐車させている。近くのスーパーのかなり込み入った小さな駐車場でも、ほとんど皆がいったん前に出て向きを変えてはバックで駐車させている。
我は免許取って数十年となるが、未だこれが苦手でうまくできたためしがない。家の庭先のスペースだってバックで入れるのに何回も失敗して、コンクリートの塀がある側のボディは擦って傷だらけである。
何事においても生来の不器用なのだから仕方ないが、今回だってその事故を起こしたパーキングでも、前向きではなくバックで入れていたらば、いくら荷台満載でも正面は見えていたのだから、そこに新たにクルマが入ってきたことは即わかったはずだ。
先憂後楽という思想がある。元は、中国の君子、為政者に対する戒めだと記憶するが、文字通りに読むと、まず先に憂いて、後で楽をしろ、ということだ。※各地にある「後楽園」という地名もこれですね。
車の駐車でも同じことで、バックで入れて停めるのはやや面倒なことだ。が、そのぶん出すときは楽で、事故も少ないはずで、世の人たちは皆さんそれを常識として備えている。
我は本当にだらしのないバカだから、面倒なことや大変なこと、そう思えることはいつも後回しにしてきた。
クルマを停めることひとつとっても、頭からその駐車区画に入れて停めたほうがカンタンである。
むろん出すときは、逆に手間取るわけだが、これまでずっとそうしてきた。それが自分の流儀、ある意味なにごとにおいても生き方だった。
そうしたことのツケがこの事故なのだ!
いま振り返り、すごく反省している。特に今回は荷物がいっぱいで後ろは何も見えない状態だったのだから、入れるときは大変でもならばこそバックで停めるべきであった。
そしてもう一つは、タイミング、それもバッドタイミングということだ。世の中はすべて偶然の積み重ねだが、ちょうど出そうとしたときに、その真後ろの空きスペースに新たに停車して来るとは考えもしなかった。
相手方の女性も、こちらのクルマが出ようとしていることは見えていたから、チケットを取りには下りずに運転席にいたと言う。彼女はきちんと正しくバック駐車していたのだ。
ほんの一瞬の悪いタイミングが合ったのと我の迂闊さ、愚かさが重なってこうした事態が起きてしまった。
実は、その日の朝、クルマを出しに行くときは、今日で6月も終わり、明日から新たな月が始まる、さあ、この夏がんばろう。これからだ!と心機一転のルンルン気分であった。けっきょくこの日の一件から、鬱的とは言えないが、長い不安と焦燥感に苛まれる苦しい日々が始まったのだ。嗚呼
ほどなくして中年の警察官がひとり、自転車で現場に駆けつけてきた。
双方から事情を聴取して、免許証や車検証、自賠責の書類などを確認して、当事者間の連絡先を交換するよう促した。
相手の女性は、特にケガなどされた様子は見えなく、警官の問いに、
「ダンナが一応病院に行け、って言うから、これから病院に行く」と答えていた。
それから現場検証が来るから、とのことだが、他にも用件があるとのことで、かなり待たされた。我とその被害女性は、日陰をみつけてそこで待ったが、警官はひたすら暑い日差しの中で立ちすくんでいた。
※我はとうぜんのことながら自動車保険会社に電話した。
一通り事情聴取がすめば三人に言葉ない。我はこうした事態を引き起こしてしまった自分の迂闊さと愚かさを呪い巻き込んだ皆にただただ申し訳なかった。
事故が起きたのは早朝7時過ぎ頃だったか、それから1時間以上も現場で待たされ、やがてバンの車両のパトカーが来て、降りてきた作業服姿の二人は双方の車のぶつかった箇所や現場の写真を撮り、メジャーで地面の距離をざっと測って記録したりしたが、それはごくおざなりなもので15分もかからずすぐに終わった。
まずその被害に遭った女性をその車ですぐに帰らせて、改めて簡単に事情を確認し、ここは、パーキング内だから公道ではないので、道路交通法違反には問われない、が、場合によっては、道に出るときに歩行者などに人身事故起こす可能性もあったのだからもっと慎重に、と注意されて、彼らは帰り、自転車の警官も去ってことは終わった。時計を見たら9時15分頃だったか。
いま改めて思うのだが、我は、クルマを駐車するとき、それまでは常に前向きに停めていた。つまりそのスペースに頭から入れていた。
今回もそうしていたから、その後ろにいつの間にか別のクルマが新たに停まったのにまったく気づかずにバックしてぶつけてしまったのだ。
世の人たちを見ると、おそらく10人中9人は、バックで駐車させている。近くのスーパーのかなり込み入った小さな駐車場でも、ほとんど皆がいったん前に出て向きを変えてはバックで駐車させている。
我は免許取って数十年となるが、未だこれが苦手でうまくできたためしがない。家の庭先のスペースだってバックで入れるのに何回も失敗して、コンクリートの塀がある側のボディは擦って傷だらけである。
何事においても生来の不器用なのだから仕方ないが、今回だってその事故を起こしたパーキングでも、前向きではなくバックで入れていたらば、いくら荷台満載でも正面は見えていたのだから、そこに新たにクルマが入ってきたことは即わかったはずだ。
先憂後楽という思想がある。元は、中国の君子、為政者に対する戒めだと記憶するが、文字通りに読むと、まず先に憂いて、後で楽をしろ、ということだ。※各地にある「後楽園」という地名もこれですね。
車の駐車でも同じことで、バックで入れて停めるのはやや面倒なことだ。が、そのぶん出すときは楽で、事故も少ないはずで、世の人たちは皆さんそれを常識として備えている。
我は本当にだらしのないバカだから、面倒なことや大変なこと、そう思えることはいつも後回しにしてきた。
クルマを停めることひとつとっても、頭からその駐車区画に入れて停めたほうがカンタンである。
むろん出すときは、逆に手間取るわけだが、これまでずっとそうしてきた。それが自分の流儀、ある意味なにごとにおいても生き方だった。
そうしたことのツケがこの事故なのだ!
いま振り返り、すごく反省している。特に今回は荷物がいっぱいで後ろは何も見えない状態だったのだから、入れるときは大変でもならばこそバックで停めるべきであった。
そしてもう一つは、タイミング、それもバッドタイミングということだ。世の中はすべて偶然の積み重ねだが、ちょうど出そうとしたときに、その真後ろの空きスペースに新たに停車して来るとは考えもしなかった。
相手方の女性も、こちらのクルマが出ようとしていることは見えていたから、チケットを取りには下りずに運転席にいたと言う。彼女はきちんと正しくバック駐車していたのだ。
ほんの一瞬の悪いタイミングが合ったのと我の迂闊さ、愚かさが重なってこうした事態が起きてしまった。
実は、その日の朝、クルマを出しに行くときは、今日で6月も終わり、明日から新たな月が始まる、さあ、この夏がんばろう。これからだ!と心機一転のルンルン気分であった。けっきょくこの日の一件から、鬱的とは言えないが、長い不安と焦燥感に苛まれる苦しい日々が始まったのだ。嗚呼
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